15の春。

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息子は私立専願のため、進学先はもうすでに決まっているのだけど、

もしもってことで、発達障害について特別支援を受けられるタイプの

公立高校に進学するのはどうか?ときいてみた。


『その学校に偏見を持ってるわけじゃないんだ。ただ、寂しい気持ちになる。

今までの友達皆と違う学校に行くようで・・・。』

わたしの問いに息子はそう応えた。


彼は自分のことを的確にとらえているし、その気持ちを整理して伝える力をもっている。

『(毎日の登校はなかなか困難だけど)、高校からはちゃんと毎日通いたい。

もしそこで躓いたら、またそこから考える。』


もう、まかせよう。

お母さんの思っているよりちゃんと自分のことを考えているとわかったよ。

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東巴

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コラーゲンボール入りのお鍋で好評の中華レストラン『東巴』

(札幌市中央区南2条西6丁目ホテルクラッセ1階)

のランチバイキング!

おいし~!

とくにフカヒレ入り餃子は絶品でございました。

また行こo(〃^▽^〃)o


ダイエットしてるのにね、たまにはおいしいものをいただきます。

そんなランチをした日の夕飯は玄米粥や野菜スープにします。




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たとえば親の会。

たとえば学校。

たとえばカウンセリング。

それはあくまで当事者がよりよく生きていくたに役立てるものであって、

何かにだれかに従うものじゃないんだな。

子育て(または親育ち)の中でわたしなりにたどりついたことだ。


さまざまな枠の中で活動を始めると、

初めは枠にとらわれたり、しがみついたり。

そのうち、その枠の中でしか物事を捉えられなくなってしまう、

はたまた言いたいことがいえなくなって息苦しくなってしまう、

そんな自分自身の偏りに気が付くことがある。


気が付いたら、そのそのたびに修正して歩き続ける。

また気が付いたら、今度は方向を変えてみる。

そんな繰り返しを続けながら、大げさな表現をするとそうやって目の前の課題と

格闘をしていくうちに、自分なりのメソッドを作り上げていくのではなかろうか。


それぞれの課題が、子育てであり仕事であり人間関係であり。

そう思うと、人は自分に与えられた課題をこなしながら人生を仕上げていくのかもしれないね。

格闘の多い人生であればあるだけ、美しく芳醇な香りを味わえるのかもしれない。

素直な気持ちでわたしの課題に取り組んでいこうと思う。

わたしの人生はわたしだけにしか仕上げられない、わたしのものだもん。

そう思うことは・・・・決して他の人を拒否することじゃない。

むしろ互いの課題を尊重し合って、大事にし合っていきたいと思っている。




母から『学校は???』のオーラが消えた。

だからオレは、今日のすこんと晴れ渡った空を見て、よし学校へ行こうと思った。

4時間目からの登校。

母さんがオレのことを○ごと認めてくれている、くれようとしているのがわかった。


そんな風に、家を出て行く息子の背中が語っていたように感じた。


『カラダだけがごろごろしているからといって休めているわけじゃないんですよ、

心もごろごろして初めてそのお子さんがお家で休めている状態なんです。』

一昨日、昨日と聴かせていただいた野村俊幸 さんのお話がす~~っと染み入った。

著書の『わが子が不登校で教えてくれたこと』は実体験からのこと、

これは多くの親はもとより現役の先生方に役立つと思ったなー。