映画『不登校の真実』

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先日、あるフォーラムで紹介された巨椋修(おぐらおさむ)監督の映画『不登校の真実』 は、

プロデューサー自身の体験を原作としたドキュメントタッチの映画です。


おすすめです。


不登校というキーワードにひっかからなくとも、子育ての悩み、迷いに対する

ヒントが随所にちりばめられていて、多くの親にとって現実的に役立つ映画だ思う。

ひきこもり当事者や専門家のインタビューや対話も取り入れていて、

中でも、精神科医の明橋大二氏、元文部科学省大臣審議官の寺脇研氏、

また星さグループ(通信制高校、大学など)代表の宮澤保夫氏らの

インタビューは心にずしんと響いた。


明橋氏『学校に行けないでいる子どもは心の複雑骨折をしているようなもの。

不登校の子どもに学校へ行けというのは足を骨折してる人に走れといってるようなもの。

休みたいという子どもに今以上のことを求めない。今の本人を100%認めること。

子どもが荒れるときの心情は、怒りではなくて哀しみ。

親がうるさいイヤだという気持ちと相反して親が大事だという気持ちとのせめぎあいに

あるとき、子どもは暴力でそれを表現することがある。』


寺脇氏『まずは親と子どもとが話し合える関係を作りあげること。

学校が介入できるのはそうした親子関係があった上でのこと。

生まれてきてから10数年のつきあいの親と教師は当然ながら役割が違う、

教師と子どものつきあいは担任した1年か2年のこと。その中でできることをやる。

しかし短いからこそ担任、学校ができることの重要さがある!』


宮澤氏『安心して通えるところとして学校環境を整えるのは学校の仕事。

学校にいられない、はみ出してしまう子どもをただ切り捨てているのが現状。

子どもに安心感を与えてあげる、それは教師というより人間としての仕事・・・・。

不登校の子どもたちへ。たくさん休んでもいいよ、その代わりちゃんと元気になろう。』


そんなメッセージの数々。

わたしがインタビューから受け取ったメッセージです。

受け取り方、その言葉への思いはそれぞれだと思いますが・・・。


これまでわたしは学校からもドクターからもカウンセラーからもこんなに

わかりやすく丁寧に語られる話を聴いたことがなかった。

製作された方々に深く感謝したい。

フォーラムを開催してくれたNPO法人こども共育サポートセンターにも感謝。

ありがとうございます。

世の中には、こんなに困っている人に手を差し伸べてくれる人たちがいるんだと感激でもある。


大人が子どもの『未来を信じられるか』。(多分、それは自分の未来をも)

今年はそのことを考えて動いていこうと思う。

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認証し合う。

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今朝、息子のクラスメメイトMくんから電話が来た。

少し問題のあった子ときいていたので、正直イヤな気がした。

トイレに入っていることを伝え『なにか伝言しましょうか?』と言うと、

あせった感じで『じゃあいいです!』と切った。


息子にそのことを伝えると、

『あいつもいいじめられているからね・・・。』って。

『誰に?』

『連中に・・・』

『Mくんも誰かをいじめていたの?』

『あいつにそんな力はないよ。』


はああ・・・と後悔した。

Mくんに、『どうかしたのかい?』というスタンスで応えればよかった。

自分の子どものことで精一杯の毎日で。

Mくんにもなにかあったのかもしれない。

もしかしたら、たいした用件じゃないかもしれないし、その真相はわからない。


でも子どもたちはつながっている。

自分の子どもがひとり単体でそこに立っているわけじゃないんだよね。

もっと言うと人はみなつながっている。


どうしてこんなに学校がつらい子どもが増えて、会社がつらい大人がふえるのかな。

お互いの関係の中で『ゆっくりでいい』とか『そのままでいい』という認証が足りないんだと思う。

(自分もそうだが)不満だけどこのくらいは我慢しようという寛容さが足りないんだと思う。

だからだから、自分とは違っていてもまず相手を認証できる人になっていきたいわ。

Mくんのことも気にかかる。ほかの用件に紛らせて先生に連絡してみようと思う。

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おいしー!!

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なにコレー!!おいし~!

焼き芋なのに!?スイーツみたい。あま~くてとろり。

1個100円(小さいカットですが)でデパ地下で買った

思いのほかにおいし~おやつでした。

Uちゃんとランチとおしゃべりをして一緒にぶらぶらとバーゲンをのぞいてた一日。

Uちゃんも買って帰ったらよかったね。

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ありのまま。

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今日はUちゃんとランチ。

Uちゃんは、迷いの中にいる乙女ちゃん。(ごめん)

迷いの中でもがいているUちゃん。

がんばらないでね。

ありのままに今を味わっていけばいいと思うよ。


ゆっくりと、精一杯に歩いてね。

がんばらなくてよいので~す。

(わたしの大切なgodzillaさんが教えてくれたこと。)



久しぶりに。

Y子さんとお茶した。

Y子さんは、とってもやさしくて真面目な女性。

素敵な個性をもっていて、真剣に生きている。

真面目すぎて少し苦しそうなところが、

なんだか同じ年のころの自分と似ているなあと思ってた。


でも、久しぶりに会ったY子さんは、ちょっと変わったなあと思った。

外からの刺激に即応しないで、いったん受け止めているような感じ。

大人っぽくなりましたね、Y子さん。


たまにはゆるゆるになって、心から笑える時間を過ごそう。

ひとつひとつ楽しむ方法を増やしていくことが、

オンナの生きる道だよ。

ありがとう。

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祖父母らの孫を思う気持ちが心底ありがたい。

息子のことを思って励ましてくれる、泣いてくれる。

息子の進路について心からの思いやりと知恵を絞ってくれる。

有り難いこと。


支えられていることを実感するとき。

感謝して、感謝して。

わたしもほかの誰かを支えてあげているだろうかな。


息子が教えてくれたこと、支えあうことのあたたかさ。

あたたかい思いは人を大きく変えてくれる。

愛よりも親切。

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ときに愛よりも親切が人を救う、とな。

ある精神科医の先生がおっしゃっていました。


親として、母親として~というくくり、パラダイムを取り払ってしまったほうが

場合によっては、子どもと向き合うことの困難さが軽やかになるかもしれない。

最近気づいたことです。


わたしは一生母親に変わりはないけれど、

発達障害をもち、さまざまな複雑な生き難さを抱えている子どもに対して

丸ごと母親の愛情思いを押し出してかかわることは、ときとして危険だ、

そんなことを経験上思うようになりました。


愛情からの言葉でなくて、第三者(的に)が、適切で親切な関わりをするように向き合う。

そのことの有効さに気づいてから、すこし楽になれたかもしれない、

希望の光の本数が増えてきました。


思春期が重なったアスペルくんは・・・・・シンドイ。

あまりに、あまりにシンドイ。

その一言に尽きます。(わたしの器がまだSサイズだからかもしれませんが・・・)

だからこそ、わたしはもうがんばらない、努力はやめよう。

こうなるといいなあ、でももしならなかったらまたほかの切り口を探そう。

そのくらいのリズムに転換していこうと思います。

子どもと向き合い続けるための、

今のわたしにぴったりの空間サイズ、リズムを見つけられたこと、

そこんとこだけは、とってもワタシハエライニコニコとほめてあげましょう。


そんなわたしの子育ては時とともに変化を続けるのだから、

ステージに応じて空間をデザインし直しながら、

定期的なメンテナンスを忘れないようにしなくちゃ、と思っています。

父の夢は。

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もしや息子が学校に行ってない?の連絡か?と思い電話に出た。

ほっ。父からだった。お習字の作品の提出日を決めるのだ。

『Sに小遣いもやろうと思っていたんだ』と言う。

提出作品は自宅でなくて父の仕事場に持っていくことにした。


退職後、嘱託でホテルのブライダル室にお勤めしている。

徐々に勤務日数が少なくなってきているようだ。

『もう、年だからな・・・』という少しさびしそうな声。

70代半ば、少しずつ先細りしていく自分の人生を思うのだろうか。


そうだね、年を重ねていくにつれふとさびしい気持ちになるのかもしれない。

でも、最後まで生き生きと生き切ってほしいし、わたしもそうでありたい。

そのためには夢が要る。大人になった今こそ夢を胸に抱いていたい。

夢は存在することで、日々をきらきらにしてくれる、そんな効果があると思う。


大人こそ夢をもとう。小さくても大きくてもいい、自分だけの夢!

学校というところ。

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お世話になったので良くない書き方はしたくなかったのだが、

自分自身がしばらく受けていたスクールカウンセラーさんの

カウンセリング技術に、最終的には不満を抱いて終わらせてしまった。

『息子さんは親御さんのことを重荷に思っていますよ』という言い方、

伝え方がどうしても飲み込めなかった。


1年経って今思うのは、すとんと飲み込めなかった言葉だからこそ、

必要だった、取り入れた方がよい言葉だというのかわかる。

けれど、息子のことでは、2年間のスクールカウンセリングを通して、

特段、効果を発揮してくれたようには感じられなかった。

先生方の対応に変化や工夫があったわけではなく

(先生方には深く感謝しているけれど)、

昨年秋には、事前に気が付いていたので注意をしてください、

とお願いしていた件もこちらの思いほどには受け止めてもらえず、

やはり息子は暴力を受ける結果となった。

(息子のそのときの態度は偉かったです)


わたしへの説明とはまったく内容の違う説明をして(なんで?)

事態を混乱させたいじめっ子の担任の先生といい、

そのときの学校の対応には正直がっかりだった。

それでも・・・、この方たちもたいへんなんだろうなとは思う。

やりたいことが出来ず、言いたいことも言えず、

システムの枠の中であっぷあっぷしているのがわかる場面があるから。


でもやはり、変えていけるのは当事者の力によるのだから、

学校現場の不条理は先生たちが率先して変えて欲しい、

もちろんそういうことには保護者も協力したい。


間違っていただきたくないのは、理不尽な要求を突きつけるモンスターペアレンツと、

何らかの事態を把握していて誠意ある対応を求める保護者との違いだ。

学校に何かを言ってくる親たちというひとくくりにされては困る。

先生方はそこを出来うる限りきちんと見分けて、

極力、正等で公平な言い分をひろい上げていただきたい。


ともあれ、一緒に支えあっていきましょうよ。


生徒も先生も保護者も皆、学校と言う共通の場所を生きる

仲間同士なんですから。

感謝。

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自分がしあわせなとき、皆がしあわせだといいなあと思う。

おいしいものをたくさんいただいているときに、

お腹を空かせている子どもたちがいることを思うと、ふと切ない。


黒柳徹子さんの哲学、今の自分の環境でできることをする。

どんな支援でも泣きながらするもんじゃない。

にこにことしっかり笑顔でできることをする。