目から鱗がぽろぽろぽろり

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先週末、障害に関わる全国的な団体が開催した夏の学習会というかセミナーに参加した。2日間の日程で報告会、分科会が行われたのだけれど、わたしにとってはとても意義のある内容だった。中でも、京都で子育て相談室を主宰されている池添素さんの講演での言葉がとても印象的だった。


『親は(の中には)簡単に子どもを捨てるけれど、子どもは決して自ら親を捨てたりしません。親は子どもの育ちを待てないけれど、子どもは親が親として育つのをじっと待ちます』


そのとおりかも。わたしもなんとなく感じていたこと。親は、子どもをはやくはやくと育てる。でも、子どもは『お母さん、何してるの。はやくはやくしっかりしたお母さんになってね』なんて言わない。未熟な親をじっと見守りながら育ててくれているのは子どもの方ではないのだろうか。


この気力にあふれたスペシャリストの方がお話してくれたこと。目から鱗が落ちました。

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その表現力

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親友のS子は、とても楽しい人。

ふざけている!と思われるときもあるくらい

基本的にどんな深刻な出来事でも笑いネタと化してしまう。


『乗り越えないと前には進めないんだ。

逃げた分、必ず後から津波のように襲ってくる。』


『大変なことを乗り越える事もあるよね。

必要なときもあるしね。

これは越えなくてはいけない壁だ!!

壁にへばりついてても、先には進まんし、

前も見えんしな!!』


『今朝またパパとけんかしてしまい、学習能力がないと反省。

その繰り返しだけど少しずつでもレベルを上げなきゃな!!

過去はどーでも今これからどー生きるかだ!!

どー生きたかで必ずしっぺ返しがくるからな。

今朝のしっぺ返しもくるだろなー(泣)。

しっぺ返し喰らわない生き方目指します!』


そんなメールをいつも送ってくれる。

近所にいながら、なかなか会えないけれど、

いつも支えてくれる友人の存在ってとってもとっても

大切なんだな。


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父と。

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父に話したいことがあって、夕方、父の職場に出向いた。

お習字の課題も渡さないといけなかったし。


ホテルのロビーで少し話して帰ろうとしたら、

『なにか食べていくか?』と誘ってくれたので、

息子はお出かけしていたし、少し早い夕飯をいただいた。


いつもの中華レストラン。父が選んだ冷麺はとっても美味しかった。


息子の進路について簡単に説明した。

でも、本当に話したいことはほかにあった。


会う前は、その話をしようと思っていた。

でも、先に、父から尋ねられた。

『うまくやっているのか』


だから、言えなかった。

やはり心配かけたくなかったから。

まだまだ、がんばれるし、

がんばらないと、自分に自信がもてないまま終わってしまう。

だから、心配かけるのは、心配ないわたしになってからにしよう。

今日は心からそう思った。

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年老いていくこと。

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いろんな人の話を聞かないと、どんどん頭が固くなっていく。

凝り固まった壮年にはなりたくないので、今のうちからトレーニング。


先日、ずいぶん年下で、わたしを慕ってくださるかわいいお友達とお茶をした。

さりげなくおしゃれなお嬢さんで、興味の対象が似ていてお話していても楽しい。


のっけから彼女のお爺ちゃん(お母さんのお父さん)の老人性認知症(?)の話になった。

元はサラリーマンだったというそのお爺さまは90代。

お爺ちゃん、お婆ちゃん、お母さん、彼女、弟さんの5人家族。

彼女のお父様は病気で亡くなっている。


さて、そのお爺ちゃん、自分のお財布がなくなったと言っては、

お母さん(自分の娘)が盗ったといって疑うのだという。

『こういうことって、どういうところに相談したらいいんでしょうか?』

何にも悩みのなさそうなお嬢さんに見えたけど・・・。

お家のことって、わからないんだな。

『お金に対しての執着が強いみたいで・・・』

そんな関係の相談を受けるようなNPOの心当たりがあったので、

そこはそうだろうか、と話したくらいで大した力にはなれなかった。

うまくいくといいんだけど。お年寄りの問題は難しそうだな。


そして恋愛の悩み。それはそれは、ほほえましい悩み。今のうちにもっともっと悩め~!

と言ってあげたいくらいだった。


でも、お爺さまの話はけっこう深刻そう。

『母がもうイヤ、わたしこの家を出ていきたいと言うんです』。と言ってたもんなあ。

年を重ねて、それまでの人生がどんな形で終わりに向かうのだろうか・・・。

これって大事なテーマかもしれない。

美しい老人とまではいかなくても、潔い老人になりたいなあ。


リラックスした穏やかな老年を送りたい。

人に嫌われず、人を愛して、笑っているお婆ちゃん。

そんなお婆ちゃんにわたしはなりたい。

売り言葉と買い言葉。

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『先に、イヤミを言ったり、悪口を言うほうが悪いよね・・・」と言ったわたしの言葉に、

『売り言葉を先に言うのは確かに悪いけど、それを受けて買い言葉を発してしまったら、

もうその二人は同じくらい悪いんだよ』と息子が言う。

ははあああ。参りました。

そうだよね。どっちが先だ後だなんて問題じゃなくて、イヤなことが起きたら

それが続かないように、ストップさせること。それが賢い方法だね。


『はだしのゲン』の後編を観ている。

息子は小学校ときのお泊まり会や、クラスの学級図書で何度も読んでいたので、

ストーリーを先にしゃべってくれる。


そして、ぽつりと。

『こんなことは、二度とおこしちゃいけないね』


本当に賢くてやさしい子なんだ。

親ばかな母の独り言でした。


できるだけいいことだけ。

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ブログを備忘録的にも使わせていただいているわたし。

息子のことは、できるだけ好い感情をいだいたときのことを書いている。

実のところは・・・ムカムカ腹が立ってしかたないこと、よくあります。


片付けられない、予定の変更を受け入れられないなど、主に情緒面における

彼の特徴は、一緒に生活している者をほとほと疲弊させることが少なくない。

知的には問題がないために周囲の理解を得ることが簡単じゃないのも、

親にとっては厳しいトレーニングなのだ。


でも、まず親が理解してあげなくては息子の気持ちは縮こまってしまう。

そう思ってはみても、ときどきやるせない気持ちに襲われる。

この子は、将来社会人としてやっていけるのだろうか。

そんなことを考え込んでばかりいても仕方ないので、できることをやろう。

今のわたしにできることを積み重ねる。それだけ。


今日はイタリア歌曲集を聴いていた。

それにしても、イタリア人の歌心はわたしは嫌いじゃないなあ。

濃厚に、暑苦しいくらいに濃厚に愛を語るイタリア歌曲の世界、

聴いてるとクセになる感じがする。


どこか日本の演歌に通じるところがあったりして。

演歌も、実は密かに好き。

美空ひばりとか、石川さゆりとか。

CDを買って聴き込むほどではないけれど。

今夜は、日本語訳ではとうてい恥ずかしくて歌えない、

イタリア歌曲を聴きながら・・・おやすみなさい。

けんかしたとき。

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『母さんとけんかしたとき、母さんなんか死んでしまえばいいと思うのに

そんな気持ちはすぐに消えてなくなるんだよなあ。』


育てにくく、つらかった思いが多かった子育てだった、

そんな記憶がそれこそ消えてしまうような息子の言葉。


軽度発達障害(わたしはこの言葉には違和感があるのだけれど)をもつ

子どもたちの特徴として、不器用で、部分的にいきる困難さを抱えている。

けれど、ピュアで素直で輝きを秘めている、そんな子どもたちが多い。


未熟で頼りない母親を受容してくれている、そんな息子の言葉に

愛されていることを感じた。

親が子どもを守り愛しているように、子どももそんな言葉で親を守ってくれている。


さて、母は勉強することにした。

部分的に生きる困難さを抱えた子どもたちの、就労の難しさを耳にする。

学校に通っているうちはいいけれど、その後のことを想像するにつけ、

親も力を蓄えておかないとならないなと思うようになり、

秋から、発達と教育、福祉のお勉強を始めようと思う。

東野圭吾の本はほとんど読んでいる読書家の息子。

特に推理小説が好きで「歯と爪」だとか言う、聞いたこともない本も読破していた。


その息子から、わたしに夏休みの宿題がでた。

1年以上前に息子から借りて、数10ページ読んで放ってあった

東野圭吾の「容疑者Xの献身」をこの夏、読みきること。


そしてその条件は、「ストーリーをソラで言えること、どのキャラクターが好きか、

またなぜその登場人物が好きなのか、あと軽く感想を述べてもらう」とのこと。


先に「容疑者Xの献身」を貸した友人は、「不覚にも泣いてしまった、感動ものだよ」

と言っていたので、この夏、なんとか読んでみようと思う。

わたし、本読むの遅いのよね。でも息子との約束を果たさなくちゃ。