歌のレッスン

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最近、歌を習い始めた。土曜日の午後に月2回。

息子には4歳から8歳までピアノも習わせたけれど、だめだめ。

でも、息子は歌を歌うのが好き。

そこで息子に歌を習わせようと思って知り合いにお願いしたのだが、

息子からは、『面倒くさい』と一言。


息子がその気になるまで、わたしが習うことにした。

声を出すことは、とっても気持ちいいし、腹筋も鍛えられるし。

いつか発表会で息子にわたしの歌を聴いてもらおうと思う。

もしかしたら、その気になるかもしれない。

なってくれるといいなと思う。

だって、音楽だけは褒められるんだから。


歌の先生のW先生はわたしよりひとつ年下の女性。

障害のある人たちのピアノ指導をするための研究会でも活動していらっしゃるので、

生徒さんの中には、軽度発達障害のある30代の男性や自閉症のお子さんもいる。


ご自身もいくつかの病気と共存していらっしゃるW先生は、

「いつ死ぬかわからないから、いつもやりたいことを精一杯やりたいのよ」

とおっしゃる。

強くてしなやか。思わず『先生、かっこいい』と言ったら、

『どうして~みんな同じじゃん。みんな自分自身で生きていくしかないんだもん』

と言われた。


元気で、しなやかで、おもしろくて、まっすぐで、素適な女性たちがいっぱいだね。

年をとるごとにもっともっと楽しくなりそう。

またまた年を重ねるのが楽しくなってきた。

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少しでも美しく

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美しくありたいのは、みんなの願い。

食事にも気をつけているが、お腹の皮下脂肪がなかなか落ちない。

週に一度、韓国式のハーブを使ったデトックスダイエットのエステに通っている。

汗を出して、老廃物も一緒に除去しちゃう。

40何年も使ってきたカラダ溜まってしまった要らないものをポイポイポ~イ。

働いたあとの、汗出しはとても気持ちいいよ。


お昼休み、ソフトクリーム食べた。

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「大変がるな、そういうものだと思って気にするな。」と言う人。

「お母さんはよくやってきましたね。」とドクターに言われた言葉を

大事にするわたしに、「そういう言葉だけにしがみつくな」と言う人。


わたしがヘコタレルことがあなたの望みですか。(違いますよね)

わたしがヘコタレルトあなたも困りますよ。

いくら駄目なわたしでも、わたしのほかに息子の母親はいませんからね。

もう少しです。もう少し。息子が大人になるまで。


『たいへんがってもいいじゃん。大事な言葉にしがみついてもいいじゃん。』

って、親友が言ってくれた。

救ってくれた一言。


やっぱり、人は人とかかわってこそしあわせになれる。

さりげなく、押し付けず、奪わずに。

今までわたしが何かを押し付けてきた人たちへ。

ごめんなさい。

いつも一からはじめようと思う。



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先輩たちへ。

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わたしのほしいもの、したいこと。

あなたのほしいもの、したいこと。

わたしの進みたい道。

あなたの進みたい道。

別々でいいと思うよ。

別々なのに仲良くできる。

別々だから仲良くできる。

わたしはそうできると思うのだけど。

別々の人とは仲良くしたくないですか?


一番とか二番とか、そういう基準はわたしには要らないのです。

わたしにはわたしの歩き方があるんです。

わたしにはわたしが見つけた宝物があるんです。

いろいろと教えてくれてありがとう。

でもね、もう大丈夫ですから。

みんなそれぞれ自分の立ち位置があり、自分の力量があり、

その中で精一杯生きていけばいいと思う。

困難を切り抜ける方法は、ひとつじゃなくていいと思うよ。


みんな違って、みんないい。って、

金子みすずさんがずいぶん昔に教えてくれたこと。

幸せの四葉のクローバー

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息子の親友、Hくんが息子に届けてくれた四つ葉のクローバー。

休みがちな息子に、プリントを届けてくれたHくんは、とっても素敵な贈り物をしてくれた。

息子が学校を休んでも、以前と変わらない気持ちで見守ってくれるHくん。

ほんとうに素敵な少年だと思う。勇気とやさしさをありがとね。

息子は帰宅したわたしに、クローバーを差し出して見せて、

「Hがくれたよ。四葉のクローバーを見つけるのが得意なんだ」と言う。

気持ちが弾んでいるのがすごくよくわかった。



ある専門化によると定型発達の子供たちが3から5の力で学校生活を送っているとしたら、

発達に何らかのつまずきのある子供たちは、自らのもてる力目いっぱい、つまり10割の

力を出し切って学校生活を送っているのだという。

学齢があがるにつれて難しい面が現れてくるもんだなあと思う。


新学期より週に2~3回登校するのが、わが子にとっての精一杯の様子だ。

しかたがないと気持ちを切り替えて、気持ちよく休ませてやればいいものを、

悲しいかな親は、できたら学校を休んでほしくないと思ってしまうものなのです。


学校はあまり行かないが、今年から通い始めた大学の研究室でのカウンセリングには

けっこう喜んで行くのだから、まったくワガママなやつ。

でもわたしも、月に何度かのこのカウンセリングはとても楽しみなのです。

ドクターがとても素敵な方だし、たくさんのパワーを分けていただいているから。

発達につまずきのある子供の親は、親自身が支援されることがとても大切だ。

今までよくやってきましたね。お母さんはよくやっていますよ。大丈夫です。

と認証してくれる存在が、養育する(特に)母親には大きな勇気を与えてくれる。


支援されてきたありがたさを忘れずに、いつかなにかのかたちで社会にお返ししたいと思っている。

そんなことを思うことができるのは、息子の存在が大きい。

息子がわたしを成長させてくれ、大人にしてくれる材料を与えてくれるのだと思う。

とは言え、あまりに行き詰まったときは、ほんとうに憎たらしいけどね。

でも、今日もありがとう。いろんな人や出来事に感謝します。






絨毯みたいですが、これはチベットのお坊さんが描いた砂曼荼羅。

色とりどりの砂で仏様のいらっしゃる宇宙を描いているそうです。

大きなお坊さんが背中をかがめて一心不乱に描いている砂曼荼羅。

配色の鮮やかさ、緻密な構図はまさに修行の賜物ですね。

画板に砂を落としている最中にくしゃみをしたら・・・考えたらひやっとします。


悪い出来事に一方的なものはないのだと。

嫌なことをされたと思っていても、必ず自分の中にも悪い部分がある。

すべては影響しあって存在しているのです、と。

札幌に初めていらしたチベットの高僧のリンポチェさんがおっしゃっていました。