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2012年02月14日(火)

初診のご予約

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最近、初診の方からのお問い合わせで

「今日の12時に行きます」 とか

「これから行きます」

と、来院のお時間を指定される方が多いのですが・・・・。


初診の方は初診申し込み書を書いていただいたり、診察もゆっくりお時間をお取りしたいので、

予約をなさるときに、お時間に余裕を持って予約をされて下さい。


その方が、ゆっくりお話を伺うことが出来るかと思います。


皆様を30分以上お待たせすることがないよう、予約を調整させて頂いておりますが、

予約をされていてもそれ以上お待たせする場合がありますので、あらかじめご了承ください。





2012年02月11日(土)

才能ある人を妬む人

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才能に恵まれた人の話が続きましたが、私が診察室でお会いするのは、むしろ才能に恵まれた人を羨んだり妬んだりして、苦しんでいる方たちです。


羨ましいとか、妬ましいとか思う気持ちはなかなか人に言いにくいものですが、妬みや羨望は、しばしば良いものとの関係を壊してしまいますので、精神分析的な治療の対象となります。



私の症例ではありませんが、かつて師匠の小此木先生が治療された方の例ですが、既にお亡くなりになられていますので、ご紹介しても差支えないかと思いますが、その方は著明な音楽家を沢山育てた方でした。


ご自身が優れた音楽の才能に恵まれながら、社会不安障害があった為にステージで演奏をすることが出来ず、ソリストの道を諦めなければなりませんでした。

弟子たちが華々しく活躍していく様子を見て、内心大変な羨望に苦しまれ、小此木先生の治療を受けられたのでした。



精神分析的な治療を通して、人前で緊張するという社会不安障害そのものは改善しませんでしたが、教育者としての御自分のアイデンテイテイーを取り戻し、お弟子さんたちへの羨望を乗り越えることが出来たのでした。



小此木先生がその方を治療した当時は、今ほど薬が発達していませんでした。

今ならSSRIという薬を服用することで、社会不安障害の方の、人前で過度に緊張するという症状はかなり改善出来るようになっています。

もしSSRIがあったなら、その方はソリストの道を諦めることも無かったかもしれないですね。



でもソリストにはなれなかったけれども、立派なお弟子さんを沢山育て、後の日本の音楽教育に多大な貢献をなさったのですから、そして御自分の中の「羨望」と言う扱いにくい感情を乗り越えることが出来たのですから、人の一生として考えると、とても立派な生涯だったのでしょう。




勝ち組・負け組と言う二分法は、価値の多様化に逆行する単純化かと思いますが、SSRIなどの薬が出現してかなりの困った症状が改善出来るようになったことと価値観の単純化は深いところで繋がっていると私は個人的には考えていますが、薬が今ほど発達していなかった頃の方が、むしろ多様な生き方や価値観が尊重されていたように感じるのは何やら皮肉なことですね。



2012年02月10日(金)

村上佳菜子さんの貧血

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フィギュアスケートの村上佳菜子さんが酸欠と貧血でお倒れになられたとのこと・・・

心配ですね。


貧血の人が高地へいけば、酸欠になります。

それに貧血は治療をしてもすぐには改善しません。

鉄剤の点滴という応急処置をすることがありますが、これは出来れば避けたい方法ですので、

アスリートやダンサーは、普段から血液検査でチェックをして、治療をしておくことが大切です。


運動をすると赤血球が壊れるので、運動をよくする人は貧血になりやすいのです。

ジャンプして着地、なんて相当赤血球、壊れているだろうなあ・・・。

女性はさらに貧血になりやすいので、2-3ヶ月に1回は血液検査をして、

ヘモグロビン値だけではなく、フェリチンを調べておく必要があります。

ヘモグロビンが正常値であっても、フェリチンが低いと貧血と同様の症状出ます。

アスリートやダンサーはフェリチンを通常の人より高値に保つ必要があります。


野口みずきさんの不調も、フェリチンの低値が疑われますので、是非、その知識のある医師のもとで

治療を受けて頂けたら・・・・と思います。


アスリートやダンサーの方々には、ぜひ、貧血の検査、特にフェリチンのチェックと、

ヘム鉄やアミノ酸の服用をお勧めします。

ドーピングの心配はありません。

怪我や故障も減って、アスリート生命やダンサー寿命が延びますよ。


プロになれば専属の医師がつくこともありますが、アマチュアスポーツやダンサーの方は

改善できる問題や故障を予防する方法はありますので、ぜひご自分から信頼できる知識のある医師を探して、(どんな医師でも良いというわけではありませんので、念のため・・・)医療機関を受診なさってください。




2012年02月08日(水)

才能と お気楽ノーテンキ

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優れた才能に恵まれた人、才能に恵まれながらそれを十分に発揮できずにいる人、

何が違うのでしょう?

菅井円加さんがお気楽能天気であることを祈る・・・・少し補足しましょうね。


精神科医は、天才を精神病理学の側面から論じるのが大好きです。

特に夭折の天才を論じるなんて、とっても大好きです。

ラデイゲとか、精神病理学者は大好きな人、多いですね。


確かに、どれ程素晴らしい才能があっても、パーソナリテイが悲観的過ぎたり、ひどく葛藤的だったりすると、才能を発揮することが困難になる場合があります。

例えばグレン・グールドもニジンスキーも、天賦の才に恵まれながら、残念なことに病理の為に活動期間はとても短かったですね。


でも、実際に天才的と言って良い位に才能ある人たちと身近に接してみると、とってもノーテンキな人が多いんです。師匠の小此木啓吾先生も、そういうところがありました。


才能が開花しそれを持続させ、トップランナーであり続けるには、困難を克服すべき課題として捕らえるのではなく、それを楽しんだり面白いと感じるお気楽さが必要なのだと、彼らを見ていて思います。



親しい友人のKYさんは、(KY=空気読めないさん・・・ではありません・・・)ある分野で世界的に知られる人です。KYさんのファンには、世界的企業のCEO、ノーベル賞級の研究者たち、ロイヤルファミリーまで・・・誇張ではなく本当に凄い人ばかり・・・。


とても頭の良い人で、分からないことがあって聞いてみると、本当に何でもよく知っています。それが・・・草津は大阪にあるのかと言いだしたり、水炊きって牡蠣を入れるの?と聞いて来たり、「岡山ってどこにあるの?和歌山の近く?」などと言い出す始末・・・。


余りに質問がシュールなので、これだけ天才的な人が言うのだから何か他の意図があるのではないかと周囲は勘ぐって混乱することすらあり・・・誰でも知っている様なことを知らない驚くばかりの知識のアンバランスですが、しかしそれを恥ずかしいと思うこともなく、堂々と、のうのうとしていらっしゃる・・・。

先日も「軍鶏」をグンドリと読んでいましたっけ・・・。


Yさんは、良く知られた優れた音楽家で、やはり天才的な人です。

繊細さと力強さをあわせ持つ素晴らしい演奏家ですが、素顔の彼は音楽からは想像も出来ない程、超ノーテンキです。


演奏家にとって手は命なのですから、さぞかし手を大切にしているのだろうと思いがちですが、全然そのような配慮をすることもなく、小さな怪我など珍しくもないそうで、「怪我しても演奏はできるよ」などと仰り、先日もシャンパンの栓を開けようとして針金で手を切りそうになり、周囲をひやひやさせていました。


手を怪我しては大変、手を大事にしなければ・・・という神経質さがまるでなく、演奏の為に御自分の生活を制限するということは殆どないのだそうです。

KYさんと、Yさん、何だかよく似てますね。


プロフェッショナルにはある程度の神経質さは必要、天才には暗い側面が付きまとう、等と凡人は思いがちですが、二人の例はラディカルにそんな常識を打ち破ってくれます。


苦しんで何事かを成し遂げる、という姿は感動的ですが、ノーテンキな天才は困難に思えることもヒョイッと飛び越えてしまう様なところがあって、当然受けるはずの周囲の妬みや意地悪などに多少傷つくことはあっても、それに引きずられることはなく、ある種の鈍感さがあります。


世界と戦う等と大仰に構えるのではなく、好きなことをしていたら世界水準だった、という若い人がこれから沢山出てくることと思いますが、日本の若き才能たちには、仕事に対する強迫的なまでの誠実さと、周囲の妬みには鈍感さで持って、生き抜いていってほしいと思います。


菅井円加さん、周囲の妬みや、理解不能な思惑に悩んだら、いつでもみゆきクリニックへいらして下さい。Open the door です。

2012年02月06日(月)

菅井円加さん おめでとうございます

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ローザンヌ・バレエ・コンクールでの日本の高校生、菅井円加さんが優勝したとのこと、おめでとうございます。


昨年のなでしこジャパンの優勝に続き、菅井円加さんの優勝、暗いニュースばかりの日本にとって、本当に嬉しいニュースです。

これからの菅井さんを心から応援したいと思います。頑張って下さい!


医学生の頃、パリでバレエを見ました。

本当はオペラ座へ行きたかったのに、聞いたこと無い様な小さな劇場で、しかも無名の新人の、しかも苦手なコンテンポラリー・・・ふーん・・・、オペラ座でクラッシックを観たかったのになあ・・・とか思いながら劇場へ足を運び・・・


私の狭い先入観は即座に吹き飛び、仰天しました。その若いバレエダンサーの踊りの魅力にあっと言う間に惹きこまれ、半ば呆然としながら2時間の公演を観終えたのです。

劇場からでて暫くの間、誰とも話もしたくない位、感動していました。


シルビイ・ギエム、後に100年に一度のダンサーと評される天才ダンサーの、事実上のソロデビューの舞台でした。


10年ほど前、当時72歳のマイヤ・プリセツカヤの「瀕死の白鳥」を観ました。

舞台の左手から出てきて、観客には背中を見せながら両腕を上下しながら横へ進んでいく、跳躍やピルエットの少ない地味な踊りです。しかし、その背中、腕の動きは本当に白鳥が羽をはばたかせているかのようで、余りの幻想的な美しさに圧倒されました。

マイヤ・プリセツカヤが日本の観客の前で踊った、最後の舞台でした。



随分以前、イギリスBBC放送が制作した、ロイヤル・バレエスクールの日常を撮影したドキュメンタリーフィルムを見たことがあります。

バレエダンサーを夢見て難関のロイヤル・バレエスクールで学ぶ生徒たち・・・。

しかしバレエダンサーになれるかなれないかは、その人の人生を左右することになりかねないだけに、先生たちの評価は非常に厳しく、時に残酷なまでに容赦のないものでした。


「あなたに才能はありません、バレエをおやめなさい。違う道を選んだ方が良いでしょう」

「田舎で小さなバレエ教室を開くことなら出来るでしょう」

ダンサーを夢見る若者たちにとって余りに残酷で容赦のない宣告ではありましたが、競争の厳しい世界だからこそ、可能性のない者には早い段階で見切りをつけさせなければならないという親心なのでしょう。生徒一人一人を先生たちが容赦なく評価していきます。

やがてある名前があがり、先生たちの表情がパッと明るくなりました。

「ミヤコ、彼女は本当に素晴らしい!」

「ミヤコ、いつかスターになるわ」


それから間もなく、ロイヤル・バレエカンパニーで踊る吉田都さんが出ていました。


優れた才能が開花するには、努力することが苦にならない、という条件が必須なのだろうな・・・と思います。


菅井円加さんがどのようなパーソナリテイの方なのか分りませんが、努力を努力と思わず、困難を困難と感じない、ある種のお気楽な能天気さがその人格に備わっていることを祈り、これからの活躍を楽しみにしています。


2012年02月01日(水)

診療時間のご案内

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2012年2月13日から月曜日も診療いたします。


診療時間

月曜      16時半~19時半

火曜~金曜  10時~13時 & 16時半~19時半

土曜      10時~13時 & 14時~17時


日曜・祝日はお休みです。


2012年01月16日(月)

街で見かけた発達障害 スペイン編

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今回は、発達障害の逆パターンのお話です。


日本人は、電話をかけながら電卓を叩く等、同時に二つのことをするのは朝飯前・・・

それが出来ないと日本の会社では「使えない奴」と言われてしまいます。


しかし、同時に二つのことが出来るのは、ほぼ日本人だけ、と考えて良いでしょう。


欧米先進国でも、アジアの国々でも、かなりのエリート層の人たちは同時に二つ

以上のことを難なくこしますが、だからこそ彼等はエリートでいられるのです。


エリート層以外の人で同時に二つ以上のことをこなせる人は、滅多にいません。


例えば、スーパーで買い物をしてレジに並んだとします。

レジ係が計算をしている途中に、上司が彼に何か聞いたとします。

レジ係はそこで一旦手を止める訳ですが、上司が立ち去った後、

レジ係は途中から計算を再開すると言う、日本人なら当たり前に思えることが出来ずに、

振り出しに戻って一から計算し直すことになります。



ですので、私はヨーロッパで買い物をするときに、計算をしている店員さんには、

計算が終わって最終的な金額が出そろうまで、決して話しかけないことにしています。

途中で「あ、ついでに色違いで白いのも頂けます?」「カードは使えるかしら?」

なんて話しかけようものなら、すべてがご破算になって、また一からやり直さなければ

ならなくなり、待たされる時間が長くなるだけだということを知っているからです。



ある日、私はスペインのバルセロナで買い物をしていました。

日本の靴は幅広・甲高の靴ばかりで、幅狭・甲低の靴は殆ど手に入らないので、

ヨーロッパに行った時に靴をまとめ買いすることにしています。


その時も自分のサイズに合う靴を出して貰い、この靴と同じものを色違いで、

等々、あれこれ買い物をしていました。

勿論、例にならって、店員に何かを頼んだら、店員がそれをやり終えるまでは、

余計なことを話しかけずに待つことにして・・・。


しかしその店員は次々手際よく品物を出してきて、途中で私に他に用はないか、

こんなものもあるけど、どう?などと、あれこれ話しかけてきては、

更には途中で電話にすら出て、きちんとメモも取り、

電話を切ったら即座に計算に戻り、あっと言う間に集計をして、私は殆ど待たされる

ことなく、手際良く美しく包装された品物は私の手に渡されました。


日本では当たり前の光景ですが、ヨーロッパでは非常に珍しいことです。


これにはとても驚いて、その店員に話しかけました。


「あなたって、まるで日本人みたいね」

店員には意味が通じたのでしょう。あははは・・・と笑いながら

「私はカタルーニャ人だから」と・・・。

「カタルーニャの人は、あなたの様に、同時に複数のことが出来るの?」

「皆そうよ、カタルーニャ人にとっては普通のことよ。」



スペインの北部、カタルーニャは多くの天才を輩出したことで知られています。

ピカソ、ダリ、ガウデイ、カザルス等々、皆カタルーニャの出身です。



カタルーニャ人がどこから来たのかは謎だそうですが、

彼等はもしかしたら、日本人と同じルーツを持っているのかも知れませんね・・・。



日本人やカタルーニャ人が同時に複数のことをこなすことが出来るのは、世界的に

見ても特異的なことだと思われますが、バルセロナの靴屋の店員とのやり取りは、

改めてこれが特異的なことであるということを、実感させられた出来事でした。


しかしながら・・・


皆が当たり前のように周囲の空気を読んで、他者に配慮しながら、同時に複数のこと

をこなすことを要求される社会で適応しようとすると、

発達障害の人にとって、これはなかなか難しい問題です。

発達障害の人にとっては、同時に二つのことをこなすのは、とても難しい・・・。


一つのことをやり終えるまでは次のことをしない、というやり方の方が、

発達障害の人には馴染みやすいと言えるかも知れません・・・。



レジや飲食店で、もたついて気のきかない店員さんがいたら、一呼吸置いて

待ってあげてみては、如何でしょう・・・?。

2012年01月14日(土)

街でみかけた発達障害 フランス編

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フランスの片田舎を車で移動中、昼食の為にドライブインの様なレストランへ

立ち寄った時のこと…



料理の質と言えば、日本のファミレスの様な感じです。

特別美味しくはないけど、まずくもない・・・。



若い女性がサービスを担当していました。その店の娘さんなのかも知れません…。


彼女は、料理を運ぼうとして皿をひっくり返し、

瓶の栓を開けようとして瓶をテーブルになぎ倒し、

灰皿を下げようとして灰皿をひっくり返し、

客の頭の上で水をこぼし・・・


彼女が動く度に何かしら仕出かす有様で、サービス業として信じられない

失敗の連続です。




明らかに彼女はADHDでした。

余りに次々トラブルを起こすので、次は何をするかと彼女の行動をじっと見詰めて

しまいましたが、彼女が近くを通る時には、瓶や灰皿が降ってこないよう、

こちらが身体をよけて、トラブルに巻き込まれない様、防ぐようにしていました。




フランスでは、優れたサービススタッフは社会的にも高く評価されており、

収入も時にシェフをしのぐ場合さえあります。


優れたサービスとは、究極には客に気を使わせないことで、

意外に思われるかも知れませんが、格式の高いレストランやホテルほど、

サービスは親しみやすく、アットホームで、客を見下した様なことを言ったり、

威張った態度で客に無用な緊張を強いるようなことはしません。

勿論、日本人やアジア人種を見下すような態度を取ることも決してありません。




しかし格式の高くない一般的なレストランでは、優れたサービススタッフがいる

ことは少なく、スタッフが威張っていたり、日本人を見下した態度を取ることも

珍しくはなく、高い人件費が料金に含まれることも無い代わりに、

親しみやすい快適なサービスを受けることも出来ません。




日本では居酒屋やファミリーレストランでも一定のサービスを受けることが出来ますが

日本以外の国で快適なサービスを受けようとすると、とても高くつくのです。




高級レストランや高級ホテルで客として相応のお金を支払っている場合を除いて、

それ以外の場所や状況でフランス人と関わろうとするなら、

至るところで意地悪に遭遇することを覚悟しなければなりません。


日本人ほど、周囲の空気を読んだり、他者への配慮を優先しないので、

悪気はないのですが、日本人から見るととても意地悪に見えてしまいます。




一流ブランドショップですら、店員は客に渡す商品を間違えたり、

お釣りを間違えたりする(これは意図的にする場合もありますが)のは

決して珍しいことではありません。




人々も、快適なサービスを受けることは、とても高額であることを知っているので、

愛想のないサービスであっても、そんなものだと受け入れている様に思えます。


そういう文化なので、発達障害の人も、その障害が日本ほど目立たない、

ということは言える様に思います。




習慣の違い、文化の違いなので、どちらが良い等と優劣を付けることは出来ませんが

少なくとも発達障害の人にとっては、フランスの方が住みやすいかも知れません。




























2012年01月13日(金)

街で見かけた発達障害 日本編

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先日、非常にレベルの高い料理を、驚くほどリーズナブルな価格で提供している

あるレストランへ食事に行きました。


若い夫婦が極めて基本に忠実に、手間を惜しまず、一生懸命、一日中働いて作られる

料理の質の高さには目を見張るものがあり、将来の楽しみな料理人です。



若い男性がサービスを担当していました。

彼は軽度の発達障害があると見受けられましたが、一生懸命やろうとしているのですが

モタモタするばかりで、空気が読めないので、料理の説明をするにも

メモを見ながら強引に客の会話に割って入ってきてしまい雰囲気を壊してしまいます。


同行の者は、「レストランの料理はサービスも含めて頂くものであって、あんな酷い

サービスでは折角の料理も台無しになってしまう。

何故あのような人をサービススタッフに使っているのか。」

と批判していました。まったく同感ですが、しかし・・・



見事なサービスを提供できるサービスマンは数も少なく、給料も高いので、

小さな店で採用することは難しいでしょうし、もし採用したら

その人件費は料理の値段に跳ね返ってしまい、今の様な

リーズナブルな価格で料理を提供することはできなくなるでしょう。



発達障害の方は確かにサービス業には向かないことが多くあります。

でも、増える一方に思える発達障害の人たちは、どこで働いたら良いのでしょう?



客の立場でサービスの至らなさを批判することは容易ですが

ああ、彼は発達障害がありそうだな、でも一所懸命やっているな、

どうにか頑張って、社会に適応していってくれると良いな・・・

と寛容な大人の眼差しで見つめてあげることは、できないものでしょうか・・・。







2012年01月12日(木)

発達障害は何故増えたのか

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発達障害で苦しむ方が増えていますが、なぜ急に増えてきたのか、考えてみたいと思います。


心の病は、時代や文化の影響を受けます。
病があっても、社会や文化に適応していれば、それは病としてではなく

才能や個性として尊重されることすらあります。


統合失調症という病が「発見」されたのは18世紀、産業革命以降のことですが

それ以前にも統合失調症の方はいらしたはずなのですが、余り問題とならなかったのは

今より社会に溶け込んでいられたからなのでしょう。



近年、発達障害の人が増えて来ていることにも

時代背景が大きく関わっていると私は考えています。



現代はミスが許されない社会、完璧であることを当然の様に求められる風潮があります。

ネットで品物を注文すれば、ほぼ間違いなく注文した商品が届けられ、

これを私たちは当然の様に受け止めていますが、どの様な業種であれ、

商品の発送がほぼ完ぺきに行われる社会は、恐らく日本だけでしょう。


ビルやデパートの中で、清掃の方が作業している場合でも、

お客さんが通る時には、清掃係の人は一旦作業の手を休めて

お客さんを通してくれますが、清掃の方がこの様な配慮をしてくれる国は、

私が知る限り日本だけです。

(海外でチップを目的としてトイレ掃除をしている人は別ですが)


日本の製造業の多くは、欠陥商品の発生率がほぼゼロに近いと聞きますが、

そこで働く人には極めて正確な作業が求められており、その為に様々な工夫が

なされていると聞きます。これは世界に誇れる日本の文化と言ってよいのでしょう。



しかしながら、他者に対する配慮や、限定された作業の中とはいえ完璧さを求め

られてしまうと、発達障害の人には適応することがとても難しくなってしまいます。



他者への配慮や正確さを苦手とする人は昔から沢山いたはずなのですが、

曖昧さやいい加減さが許容される文化の中ではそれが問題とならなかったものが

完璧さが求められる社会になって、彼等は適応しにくくなってしまったのでしょう。


名前はあげませんが、私の知人で高名な研究者や医者の中にも、

ADHDと診断出来る人は何人かいます。

彼等は幸いなことに、曖昧さや限定された作業の中での完璧さを求められない

立場にいるので、問題にならずに社会に適応しています。

(反面、彼らは自分の専門領域では見事に完璧なまでに才能を開花させています。)


これからの日本は、長期的には必ずや脱原発に向っていくものと思いたいですが、

そうすることにより私たちが引き受けなければならない不利益は

発達障害の方を社会が如何に許容出来るかという問題と、

質的にはつながっているように思えるのです。



完璧さを求めない、他者の失敗に対して寛容であること・・・

曖昧であることや、時に程良くいい加減であることを自分にも他者にも

許容していけること・・・



日本人は本来、曖昧さに対して寛容な文化を持っていたのですから、

少しだけ時計の針を昔に戻して・・・


互いに適度に未完成な曖昧さを共有する道は、ないものでしょうか・・・。


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