日本と海外の医療の比較⑤なぜ日本人は世界一素晴らしい医療に世界一不満を持つのか? | がん治療の虚実

日本と海外の医療の比較⑤なぜ日本人は世界一素晴らしい医療に世界一不満を持つのか?

間延びしてしまったが、海外と日本の医療についてのレビューを一つ紹介してこのシリーズを終わりたい。

20本以上の参考文献、ソースをもとに、また医療当事者としてのバイアス(偏り)は少ないと思われる医学生の論文だ。
非常に分かりやすくまとまっているので、引用して若干の解説をしたい。

なぜ日本人は世界一素晴らしい医療に世界一不満を持つのか?

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2011年度名古屋大学学生論文コンテスト優秀賞(附属図書館長賞)受賞.

ーーーここから一部改変して引用。青文字は当方のコメント

Newsweekは2010年、世界の成長力・幸福度ランキングの健康部門で、日本を世界一だと判定した。また、2000年のWHOのThe World Health Reportでは、日本の医療制度は世界191か国で1位となっている。(WHOはその後、各国の医療制度のランキングを作っていない)

結腸直腸がん5年相対生存率がOECD加盟国で最高など、日本の医療の質の高さを示すデータは他にもある。無駄に多いとの批判はあるものの、医療機器の点でも日本は恵まれている。人口1000人当たりのCTの台数は、日本が92.6台となっており、アメリカの34.3台、イギリスの7.6台よりも段違いに多い。MRIにおいても人口1000人当たり日本40.1台、アメリカ25.9台、イギリス8.2台、ドイツ8.2台で、同様に日がOECD加盟国で最も多くなっている。

通常CTでは単純レントゲン検査の約100倍以上ので放射線被曝をもたらし、将来の発がん要因になると言う議論があるのは事実である。
よくわからないから念のためにCT検査をする、という安易な発想で無用な被曝量が増えるということはあるだろうが、外傷や救急医療の分野では今やCT無しではとてもやっていけない。将来の発がん危険性より、その時点での診断が死命を制することが度々あるからだ。



日本が世界に誇る医療システムは、国民皆保険とフリーアクセスである。名目上は国民全員が健康保険に加入していて、どの病院でもかかることができる。アメリカのように保険に入っていないため受診を躊躇してしまうことがなく、フランス、カナダのように紹介状があって初めて大病院に行けるということがなく、イギリスやスウェーデンのように診察・入院待機患者が社会問題化してもいない。その恩恵が端的に表れているのが一人あたりの年間外来受診回数である。日本は13.6回と、ドイツ7.5回、フランス6.3回、アメリカ3.8回、スウェーデン2.8回と他の先進国を突き放して多い。Newsweekにあるように他の国がうらやむほど、日本の医療アクセスが恵まれているのは確かである。
人口1000人当たりの臨床医数はドイツ3.5人、フランス3.4人、イギリス2.5人、アメリカ2.4人、日本2.1人で、主要先進国で日本は一番低い。医師がほとんどいないか、あるいは全くいない地域も存在し、さらに産婦人科、小児科医の不足は都市部でも発生している。上記のように日本の医療アクセスの良さをあげたが、必ずしも全ての地域、全ての診療科でそれが享受できているわけではない。また、医療の質、アクセス、医療費の三つの条件を満たす日本の医療は、必然的に医療側の奉仕の精神によって成り立っている。しかし、高齢者がさらに増加する日本で、この状態がいつまでも続けられるはずがない。たとえ日本の総医療費が上がったとしても、医師の数を増やし、各医師の負担を減らすべきだろう。医師の負担が増えると、医療ミスにつながり、医療の質の低下を招くことも考えられる。

この論文では計算していないが、1人当たりの年間受診回数は日本13.6回、ドイツ7.5回、人口1000人当たりの臨床医数は日本2.1人、ドイツ3.5人としてざっくり計算してみると、日本の医師はドイツ医師の3倍の患者数をこなしていることになる。これは日本における医師の過重労働、説明に時間を割く余裕が無い事を端的に示している。


人口1000人当たりの急性期医療病床数は日本8.2、ドイツ5.7、フランス3.6、アメリカ2.7となっており、日本は世界最高である。また平均在院日数は日本34.1日、フランス13.2日、ドイツ10.1日、アメリカ6.3日、スウェーデン5.8日と、他を圧倒して日本が多い。この病床数の多さと入院日数の長さは医療の質の高さを示してはいない。社会的入院、つまり、その必要はないが家族が受け入れてくれないなどの理由による入院が多いことを示している。本来なら、この人たちは医療ではなく、福祉・介護が担うべきである。このために、医療費が増大すると同時に、本当に医療が必要な人への供給が妨げられている。

上記のおかげで日本では緊急入院させてもらいやすいし、早く無理矢理退院させられる事も少ないとも言える。

2005年に厚生労働省が行った調査によると、外来患者の不満点として「診療までの待ち時間が長い」が30.7%で最高となった。これは確かに日本の医療の短所であるが、日本の抜群の医療アクセスの良さの副産物でもある。診療までの待ち時間の長さは、要は各患者の診断時間が予想できないことによる。紹介状もなく初診の患者が来るので、それはやむを得ない。予約制にすれば解決するし、そうしている病院、診療科も存在する。ただし、それを採用していない場合がほとんどである。仮に全ての病院、診療科で予約制を取り入れたとしたら、現在のように待ち時間は長くてもその日に診察してもらえるシステムにはならず、何日か待って診察ということになるだろう。

また、同じ調査で「診察時間」への不満は9.3%と3番目に多くなっている。つまり、実際に診察や説明を受ける時間が短いということである。これも医療アクセスの良さの副産物と考えられるだろう。というのも、日本人の年間外来受診回数は上記で示したように非常に高いが、これは多くの患者を短時間で診ているからである。もし診察時間を長くしたとしたら、医師数の相対的に少ない日本で1日に診察できる患者数は限られ、国民の誰もが体調に異常を感じたらすぐに病院に行けるような現システムは成り立たなくなるだろう。

外来診療も初診再診を分けているほど医師数に余裕がある病院なら良いが、そうでなければ再診予約が詰まっている中にいきなり初診患者さんが受診してくればどうなるかわかるだろう。初診患者さんの病態によっては早期に他科に相談したり、緊急処置を要することもあるから当然再診患者さんの予約時間はどんどんずれてくる。もちろん予約時間を優先しろという意見もあるだろうが、それは自分が初診で病院を受診するとき、その日のうちに診てもらえないことを受け入れると言う意味でもある。確かに初診が数日後に確実に予約されることは待ち時間でイライラすることも無いだろうが。


以上、日本の医療の欠点を三つ挙げたが、他の国と比べると、これらが大きな問題であるとは思えない。50万人以上が入院待機しているイギリス、手術まで1ヵ月待ちが当たり前のスウェーデン、無保険者が15%以上いるアメリカ、GDPに対する総保険医療支出割合がOECD加盟国でそれぞれ2番目と4番目に高いフランスとドイツなどと比べると、患者の負担は小さなものである。

・日本人の国民性

Gallup社が2005年~2009年に調査した世界幸福度ランキングがある。日本は155か国中81位と、半分より下の順位である。これは42位のホンジュラス、53位のコソボ、63位のマラウイの順位を下回る。しかし、戦争が起こらず、犯罪率が低く、世界第3位のGDPを誇る日本がそれらの国より不幸な社会に住んでいるとは考えにくい。日本人は恵まれている環境にいながらも、幸せであると肯定しない国民性があるようだ。このような国民性のために、優秀な医療制度に浴していながらも、日本人が医療に満足していないのではないだろうか。つまり、医師が誠心誠意働いても患者側が悲観的であるために満足してくれないということである。この国民性こそが、医療の優秀な社会で医療に対する不満が高いという矛盾を生じさせていると考える

余談だが、セロトニンという神経伝達物質は人の気分に大きく関係しており、これが不足すると不安を感じるようになったり、時にはうつ病の症状が出たりする。セロトニンの量を調節するトランスポーター遺伝子に個人差があり、SS型 > SL型 > LL型の順番でより不安を感じやすいということが最近わかってきた。
この遺伝子型を持つ者の割合は国や民族によって異なるが、日本人はS型保有傾向が欧米人に比べ5割も多い代わり、LL型保有者は3%と世界で最も少ない。つまり日本人の多くがこの不安遺伝子を持っているということも関係しているのかもしれない。

http://ja.wikipedia.org/wiki/セロトニントランスポーター遺伝子
http://matome.naver.jp/odai/2136258422860419401

しかし逆に言うとこの遺伝子のおかげで日本の医療が慎重で確実なものになっているかもしれない。

・家庭医の少なさ
家庭医がいる日本人で医療に満足している割合が81.1%なのに対し、家庭医のいない日本人で医療に満足している割合が54.5%と明確な差が現れていたiii。他のアメリカ、フランス、韓国でも同様に、家庭医のいる人ほど医療満足度は高くなっている。

・医師と患者間のコミュニケーション不足

多くの医療訴訟を考慮していくと、どこの国でも医師と患者間の軋轢はコミュニケーション不足によって生じているようだ。たとえ医療ミスが生じていたとしても、医師と患者間で十分なコミュニケーションがとれていれば、患者側が医療側を訴えることはまずない。だが、日本では外来患者も入院患者も多いため、一人当たりの患者に医師が割く時間は非常に少ない。医師が患者と和やかな会話をしないどころか、患者に伝えるべき情報を提供していないことさえある。日本の健康保険制度で患者との対話、患者への情報提供に医療費が請求できないことに原因がある。また、日本の医学部教育では入試から卒業まで、コミュニケーションを重視していないことも原因である。


・家庭医の増加

家庭医の増加は医療満足度を上げる。それだけでなく、家庭医の診断を元に大病院に紹介するシステムを採用すれば、待ち時間の長さと診察時間の短さの問題が解決される。現在の日本では、大病院にかかっている大半の患者は、そもそも大病院にあるような設備の治療が必要ない人たちである。患者が家庭医をまず受診し、軽い病気なら家庭医がそこで処置し、本当に深刻な病気の患者のみ大病院に送るシステム(家庭医制)を構築すれば、時間的にも経済的にも大きな節約ができる。さらに、増えた家庭医が在宅医療を担当すれば、社会的入院も減らせる。

家庭医制の実現を前提とすれば、診察時間の延長と予約制の徹底が可能となる。日本の医療に対する最大の不満点はこれによって解決される。また、医師と患者間のコミュニケーション不足の原因の一つは診察時間の短さにあるので、こちらも大きく改善されるであろう。さらに、医師は順番待ちの患者を気にせず、時間に余裕を持って診察できるので、医師の負担も軽減できる。

欧米先進国と比べて日本の医学教育では、コミュニケーション能力の強化が軽視されている。アメリカの医学部では入学時に最も重視されるのが面接であるのに対し、日本では面接よりも学力試験が圧倒的に重視されている。アメリカでは入学後も臨床現場でコミュニケーション能力を高めるための機会が何度もあるが、日本では10年ほど前にOSCEという臨床能力試験が導入された程度である。

もちろん医師のコミュニケーション能力は必要だろう。しかし短い診察時間ではそうしたくても限界があるし、むしろ患者さん側のコミュニケーション力が必要とされることも多い。そういった患者さん側の受診術のようなノウハウの教育がこれから必要では無いだろうか?


・この解決策の問題点
2004年の初期研修医のスーパーローテーションの導入はまさに家庭医制を目指したものだった。しかし、今日に到るまで家庭医制は実現されていない。医学部に家庭医を養成するカリキュラムが存在しないためだ。日本の医学部では家庭医に対する関心や評価が低いのである。養成する機関がなければ、いくらその必要性が分かっても、家庭医が増えるはずもない。

これは患者さん側の嗜好の結果でもある。とにかく専門医に診てもらいたがる人が多い。
熱が出てどこかのクリニックを受診し、抗生剤をもらったが、翌日には熱が下がらないと大きな総合病院にやってくる。風邪のようなウイルス感染症であれば最初から抗生剤は無効であり、細菌感染症であっても抗生剤が効いてくるのは3日目ぐらいからと言う事実を丁寧に解説しなければならない羽目になる。
これも格安でフリーアクセスできることによって起こる弊害だろう。この状況では家庭医の重要性を医学部で認識してもらうのは難しい。

・アクセスの悪化

医療アクセスの悪化は、上の解決策を実現させれば確実に起こることである。家庭医制が普及すればするほど、日本のフリーアクセス制度は損なわれていくであろう。とはいえ、必要のない診察を減らすだけで、必要のある診察を減らすわけではない。気軽にかかれる医師が増えることで、むしろアクセスがよくなる可能性もある。ただし、診察時間の延長と予約制の導入により、診療待機患者が多かれ少なかれ発生するだろう。これは待ち時間の短縮や診察時間の延長と引き換えに、どうしても起こるアクセスの悪化である。

日本人がこうしたアクセスの悪化を受け入れることができるかどうかは疑問ながら、大学病院では紹介状の無い初診患者さんには2016年ぐらいから追加料金を1万円ぐらい上乗せする政策が検討されている。

・おわりに

現在の日本の医療制度は欠点があるものの、世界の他の国と比べると素晴らしいものである。医療の質、アクセス、医療費ともに高い水準を保っている。このシステムは医療側の善意によって支えられている。しかし、根源的な問題として、国民の医療満足度の低さがある。この現状に対処するために、医療満足度を高め、かつ医療側の負担を減らす解決策を提案した。この副作用として医療アクセスの悪化はあるが、この解決策にはそれを上回るメリットがあると私は信じている。家庭医制の実現などハードルが高い課題もあるが、これらの解決策の実施により、患者の満足度を高めるだけでなく、医療者の満足度も高められると確信する。抵抗はあるだろうが、患者側にも、医療側にもメリットがあることを双方が知り、断固として実施していくべきである。

この筆者の論文は大変参考になるものであるが、恵まれているが故に不満が大きくなる現状では医療側だけの努力だけではどうにもならないだろう。

当方で付け加えたいことは常々言ってることではあるが、受診者側の努力と学習の重要性だ。
もっと上手に病院を活用する「患者学」の発展が必要だろう。
このブログの読者にはまだまだ工夫しないともったいないノウハウが患者さん側にこそたくさん残されていることに気づいてほしい。