くせもの(医学)用語解説 VII「免疫力」③ | がん治療の虚実

くせもの(医学)用語解説 VII「免疫力」③

では当の医学界はどうしているのだろう?
実はこの手の治療理論は大昔からたくさんあった。
理論上は正しいのに動物実験では証明できない、あるいは証明でき人間向けに治療開発しても効果が出せない研究は星の数ほどあった。
20年以上前、免疫力を使った「ミサイル療法」としてがんにくっつく免疫抗体に抗がん剤を乗せればがん細胞だけが破壊され副作用が少ないはずと研究が進められた。動物実験ではうまくいくも人間相手では全く効果なく研究は頓挫した。

しかしその後再度がん細胞増殖シグナル受容体をターゲットとした分子標的薬が飛躍的に発展して、今ではがん治療の重要な役割を担うようになってきた。
しかしこれは何百と言う治療薬が開発されるも人間を対象とした臨床試験でふるいをかけられて本当に効果があると証明された物だけがわずかに認可されたにすぎない。
つまり理論的、動物実験的に証明されるだけでは全く不十分で、膨大な労力と時間をかけて実際の人間相手に投与して初めて本当に効く物が見出されてきたのだ。

まとめると理論上だけの議論は医学界ではスタートラインに立つ準備にしかすぎないものなのに一般に吹聴されている「免疫力」の「物語」がどうしてこれほど持ち上げられるのか実に不可思議だ。

例えば免疫学者の安保徹氏などはしきりに免疫力関係の出版、講演を行い、抗がん剤は免疫力を下げるからすべきでない、医者の8割は自分ががんになったら抗がん剤治療はしない(いつの時代の話?)と主張している。しかし当の本人は基礎研究者で実際のがん患者さんは全く診ないで思い込みを言っているだけなのだ。
筆者が受け持ったある膵がん患者さんは抗がん剤治療を順調に受けていたが、たまたま安保氏の講演を聴いて治療をやめてしまった。その後どうなったかは推して知るべしだが、余りにも多くのまがい物情報が氾濫しているのでたまたま目についた物を盲信するのは危険過ぎる。
阿保氏は抗がん剤は免疫力を下げるので逆に寿命が縮まると言っているが、体の免疫力と突破した結果、ガン細胞は進展しているわけである。その状態で抗がん剤で治療したほうがより長生きできるし、治療しないほうが癌の進展による症状で苦しみ、ずっと寿命が短くなる事は全世界的にすでに証明されて異論の挟む余地がないのだ。
そのなかで阿保氏が実際の治療に手を染めてなく観念の世界で抗がん剤は有害だと言い張る事は無理がある。何といっても実際の治療現場にてすでに結論が出ているからだ。

ただし安保氏が主張している基礎医学的なことに関してそれほど異論を唱えているわけではない。それはそれで正しい根拠があるのだろう。

問題はそれをそのまま臨床医学つまり実際のがん患者さんの治療理論に当てはめたことだ。今の医学は実証主義であり、たまたまではなく実際に効果があったかどうかの再現性を証明してなんぼの世界なのだ。
つまり理論がどんなにもっともらしくても、効果が証明されなければ捨てられる。
逆にメカニズムがわからなくても効くことが証明されてしまったためよくわからないが標準治療として確立している治療法もある。

したがって実際に患者さんを治療していない人間が自分の都合の良い理論だけで治療法を指導することに自体に無理がある。
下記リンクに記載したようにエビデンス(科学的根拠)レベルの中では専門家の意見が最も低いことは忘れてはいけない
科学的根拠についての超初心者向け解説⑤-1エビデンスレベルとは
科学的根拠についての超初心者向け解説⑤-2専門家の意見は信頼度が低い