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2013-03-18 21:08:26

母がなくなりました。

テーマ:
随分ご無沙汰しておりました。


先日、母が亡くなりました。


3月7日のことです。



私は今までこのブログで、自分の生い立ちや、
やるせない思いを綴ってきました。


そして以前、母に会いたくないと思っていること、
母が死んでも泣くのだろうか?と思っていたことなど、
書きました。



今年2013年、母の友人から母が寝たきりになっているという
電話をいただきました。


胸騒ぎがした私は、1月13日、主人と一緒に母の住む茨城のある街まで
会いにいくことにしました。



母が茨城に引っ越したということはかなり前に人づてに
聞きました。


でも、会いに行ったこともなかったので、母の家に
行くのはこれが初めてでした。



そこは小さな貸家でした。


母は、母が甘やかした兄と、母の再婚したご主人さんと3人で
暮らしていました。



久しぶりに会う母に私は玄関で待つ間、ドキドキしていました。


なんて言うだろう?

喜んでくれるのだろうか?


それとも追い返されるのだろうか。



母の家の前に行くとそこは目を疑うような光景でした。


テレビで見るようなゴミ屋敷だったのです。


「とても人間の住むところではない」


出てきた兄もどこの老人かと思うほど老け込んでいて、
最初は誰だかわかりませんでした。


そして私が妹だと分かるとすぐに家に招きいれてくれました。


「よく来たな!入ってくれ」


足の踏み場もないひどく狭い空間に恐る恐る足を踏み入れた私。


母に会える・・・


そしてとても狭い空間の長座布団の上に横たわっている
衰弱した老婆を見たとき、私は目を疑いました。


(これが我が母?)


母はいつも元気でおしゃれな人でした。


それがこんな老婆になっていたなんて・・・。


私は母に会いにこなかった長い期間を呪いました。


どうしてこんな姿になってしまったのか。


あまりのひどい状態に私はおもわず、

「私の家に行こう!一緒に住もう」と母に言いました。


母も同じ気持ちだったのか、それとも
こんなゴミ屋敷にいるのがいやだったのか。


「お前のところに行くよ」


一つ返事で承諾してくれました。


しかしその日は母を連れて帰ることはできませんでした。


何故なら、母は介護が必要な状態であることは一目瞭然でした。


我が家もすぐに介護の必要な母の居場所を作らなくては
とてもひきとってくることはできません。



「また来週来るから」


そう約束すると母の家をあとにしました。


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