嬉しいこと

テーマ:

ねぇねぇ 
ばあちゃんは 何屋さんなの?



小さな頃  物干し場で
忙しそうに くるくる動く
ばあちゃんのお尻に 聞いてみた




そうねぇ 今は
お家のことをするのが お仕事なのよ




・・ふーん

お家のことをするのが 好きなの?




そうねぇ
あんた達の 喜ぶ顔を見るのが好きなのよ



・・ふーん




洗濯をして
ご飯を作って 

掃除して


居なくなったと思ったら

裏山へ 山菜を採りにいっては

“こんなに採れた”と 喜んで


またすぐ次の ご飯を作る




ケーキ屋さんとか 
お花屋さんとか

たくさん 色んな仕事は あるのに


ばあちゃんの夢は

私が 
元気に大きくなること だと言う




嬉しいことは

ご飯をもりもり食べる私を
横で見ていることだと言う




ばあちゃんて へんなの

ばあちゃんて つまらない


そんなふうに思っていた 




綺麗な花が 咲いていたとか

私が上手に 絵を描いたとか

そんなことで 
鼻歌まで唄いだす





ねぇ ばあちゃん

私は もっと 
そんなのじゃなくて


大人になったら 
お姫様みたいに おめかしするとか


お菓子屋さんになって
可愛いクッキーを焼いたりとかして


私が喜ぶときは
もっとすごいこと した時なんだから



そう言うと ばあちゃんは
あらまぁ素敵 と それでも笑った




ねぇばあちゃん

あの頃 私
ばあちゃんの言う 幸せが
ちっぽけなものに 見えてたの



なんでそんなことが嬉しいの?


もっともっと 面白いこと
他にたくさん あるのにな って




だけど今
それがどんなに 素敵なことか

ようやく胸に ストンと落ちて
私の心を いっぱいにする



同じような毎日の
繰り返しに 思える日には

そんなばあちゃんの  在り方が
私の心を 温めてくれる




なんでもない毎日にこそ
自分のいのちを どう遣いたいのか

ふと 立ち止まっては 思い出したい




そして やっぱり 
ばあちゃんのように 嬉しい顔して


ご飯を頬張る 我が子を眺め


一年後の今日も 

数年後の今日も


こうしてあなたが 隣にいて

なんてことないことで笑っている


今日と同じような 日であれば

何よりそれが 嬉しいと思う









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育児の悩みと子育て支援

テーマ:

育児ノイローゼとか
虐待を防ぐためとか

子育てしやすい環境にするために


いろんな機関や団体が
啓発運動や

「相談に乗りますよー」みたいなことを
してくれているけど


一番虐待が多いといわれる
幼児期の子をもつ お母さんの場合



そんなお母さんが
一番望んでいることって

誰かに話を聞いてもらうことよりも


「ご飯をゆっくり食べたい」とか
「朝までゆっくり寝たい」とか

たったそれだけだったりするんだと思う。



たったそれだけのことが出来なくて
いろんなことが辛く思えたり

休まらない体のままだから
どんどんイライラが溜まって


判断能力も落ちて
どうしたらいいのか分からなくなったり。



ちゃんとご飯を
味わって食べる時間があって

ぐっすり眠る時間が 確保出来て


ある程度
自分の時間も ちゃんと持てたら

 
今ある悩みの大半は
いつの間にか消えてるんじゃないかな。




育児相談とか 
子育て支援とか
そういう取り組みをしている所へ

“来てほしいお母さん”ほど 来ないのは

行く気力さえないんだと思う。




初めての育児で 心細かったり

不安とか
孤独感とか

どうすればいいんだろうって
迷うことも沢山あるから

「話を聞いてほしい」のも勿論あるけど


例えば そういう場所に
相談しに行く時間を 調整したり

人に会う元気とか
電話する勇気とか 気力があるなら 

そんなには悩んでないと思うし


そもそも自分から
そういうアクションを起こす余力なんて
残ってない人がほとんどなんじゃないかな。



他の人はどうかわからないけど
私はそうだったから。




一人目が生まれて一年くらいは
ものすごく神経質になってて


夜 一時間起きの夜泣きと
昼はずっと 抱っこ抱っこで

心も体もボロボロで
ほんとよく一緒に泣いたし


でも
「もっと頑張らなきゃ」って思ってた。



皆 幸せそうに子育てしてるのに

私は 普通に
育てることすら出来ないのか って。



子育て支援に携わる人や
心のことを専門にしている人なんかに

すがりたい気持ちはあったけど


それでも、
そんな時間を作るくらいなら

とにかく何もせず
横になって寝ていたかった。



だって話を聞いてもらったって
寝る時間が増えるわけじゃないでしょ?


一人でゆっくり
ご飯が食べれるようになるわけでもない。


10分でいいから見ててほしい時に
代わりに見てもらえるようになるわけでもなく。


だったら結局
自分で何とかしなきゃいけないじゃない、って
そんなふうに思ってた。


で、どんどん どんどん
まるで貝みたいに
心を固く 閉じてしまった。



「助けてほしい」って口に出せば
助けてくれる人なんて
いろんな所に いたはずなのに


「私しかいないんだから」
「私がやらなきゃいけないんだから」って


“責任”とか
“親なんだから”っていう 重たい荷物を

抱えきれないくせに
寝る間も惜しんで 背負ってたんだ。



もう頑張らなくていい人ほど
自分が頑張ってることに気付いていない。




それで、
虐待防止運動とかいうやつ。


「小さな命を守るのはあなたです」とか

「見つけた時はすぐに通報してください」とか
啓発したりしてるの見るけど


あれって何で 
そんなことしてるのかな?


私にはいまいち分からなくて。



真意を知らないだけかもしれないけど、

でも 詳しく知らない私から見たら
母親の罪悪感や 後ろめたさを刺激して


「それは犯罪ですよ!」って
ただ正義を振り回してるようにしか見えない。


それで幸せな子どもが
幸せなお母さんが増えるのかな。



あれを見るたび

何もしてないのに
なんだか居心地が悪くなるお母さん、

きっと私だけじゃないと思う。



そんなことするくらいなら
未就園児のお母さんは 特に

月に一回 休息デーとか作って


マッサージとか
美容院とか 
カフェでのんびりとか

何項目かの中から好きなの選んで
そういう券を発行されてさ、


「託児があるので必ず行ってきてください」
みたいなのにした方が


よっっっっぽど 
笑顔の家庭が増えると思うんだけどな。




そんなの言うだけ簡単だけど。

でも言わなきゃ始まらないよね。



で、言うだけ簡単だから
つべこべ言ってる私は

つべこべ言ってる自分に 釈然とせず


今年6月から
子育て支援に携わらせてもらえることになり

先輩達やたくさんのお母さん方から
日々学ばせてもらっています。



友達に言うと
「あんたが支援される側でしょ」って
笑われるんだけど、
 
ほんとそう 笑



私みたいに
「子育て向いてない」とか言って

よく凹んだり 
愚痴ったり 

いつも「あ〜疲れた〜」って言ってるような 笑


そんな私だからこそ
見える視点があると思うから。




子育てなんて
一人でできるわけないじゃない。


別に母親が
子育てしなくてもいいじゃない。


できる人が
できることだけすればいい。




だから、
「それってどうなの?」とか

「こうしたらいいんじゃないかな」って
思うことは

どんどん自分達で変えていけばいいんだ。

  

次の時代を創るのは 
そろそろ私たちの番だから。
  


常識といわれることとか
これまでのルールとか

そのまま受け取るんじゃなくて


自分の頭で考えて
自分の心で感じて

いらない価値観は どんどん壊して
自分の足で歩いていきたい。



今はまだ
どうしたらいいのか分からなかったり
見えないこともあるけど


「社会 皆で子どもを育てる」


ひとりぼっちなお母さんも
ひとりぼっちな子どももいない


そんな世界に していきたいな。




最後に、代表に教えてもらった言葉


“「助けて」は「愛してる」と同じだよ。”



出来ないこと、
出来ないままでいいから


無理に頑張ろうとしなくていいから



「愛してる」と同じくらい
「助けて」って言い合える

そんな世界に 

私もしていきたいと思う。






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毎日

テーマ:

赤や黄色の 落ち葉のじゅうたん
サクサク シャカシャカ 踏みながら

愉快な音に にっこり笑い



もみじのような手を 
ひらひらさせて

見守る私に 手招きをする




懐っこい笑顔に  
吸い寄せられて


かけ寄って繋ぐ 
手の温もりに



なんだか こっそり

ドキドキとして しまうのです






大好きな番組が 始まると

音に合わせて 踊り出し



見て見てって 指を差すから


見ているよって
テレビの方を 向くけれど



ほんとは私

テレビなんて 見てないの




嬉しそうに 手を叩き

上手に足踏みして 笑う



そんなあなたの横顔ばかり

夢中になって 追いかけてるから




そうして やっぱり また今日も

心がきゅっと ときめくのです






あなたの隣で

あなたばかりを 見つめる日々は


びっくり箱を開けたみたいに

いろんな想いが 巡っていきます




それはとても新鮮で

だけど なんだか懐かしく



初めて感じる 気持ちばかりで



そんな新しい自分にも 

そうして こっそり 驚いてます





ハラハラしたり 

メソメソしたり


ドキドキしたり 

キュンとして




母の心は 忙しい




愛おしいって こういうこと



そんな気持ちを 知る毎日です









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信じること

テーマ:

心に引っかかっていた事があった。


子どもとのこと
私の心の中のこと

ブログには何でも書いているつもりだけど

その事は当時
あまり書きたくなかったんだろう。


今になって振り返れば
取るに足らない事だったと思うし

なにをそんなに
気にしていたのか わからない。


だけど その時は
悔しくて 悲しくて

自分の子育てに自信がないから
隠しておきたかったんだと思う。




一年半前
満3歳児クラスに入園した息子。


妹はまだ数ヶ月の赤ちゃんで
後追いもひどく、
授乳もおむつ替えも頻繁。


赤ちゃん返りや やきもちを焼く息子を
一番に優先させてあげたかったけど

どうしても
私が少し離れただけで
泣き叫ぶ娘に手を焼いて

なかなか思うように
甘えさせてあげられなかった。



私自身も
慣れない二人育児に 余裕もなくて

息子が幼稚園に行ってくれることで
気持ち的にも 少しは楽になるだろうと

寂しい想いよりも
嬉しい気持ちの方が大きかった。



最初はやっぱり
初めて私と離れて過ごすことに

不安や寂しさから 大泣きで
「行かない 行かない」と嫌がった。


「最初は皆そうですよー」と言ってもらえて
私も“そんなもんだろう”と気長に見ていた。



二週間、三週間と経ち
一緒に入園した子たちが
にこにこ笑顔で通うようになっても

息子一人だけ
いつまでも慣れずに泣いていた。


そしてしょっちゅう
お漏らしをして帰ってくるようになった。



濡れたズボンの入った
ナイロン袋をぶら下げて

メソメソ帰ってくる姿に
胸がきゅーっと締め付けられた。



そして
「そろそろ慣れてくれても
   いい頃なんですけどねぇ」と

少し困った顔で先生に言われ
一気に心がざわついた。



そっか‥そうだよなぁ、
この子はいつまで泣いてるんだろう

いつまで嫌がるんだろう


どうしてお漏らししてくるのかな

なんでこの子だけ出来ないんだろう


なんだか恥ずかしくなって
ザワザワと心が焦ってしまった。



それからしばらく経ったとき
先生に
「ちょっといいですか」と呼び止められた。



「◯◯君(息子)、
出席シールもまだ自分で貼れないんです。

お絵描きの時間にクレヨンも持てないし、
お弁当の時間も 全然一人で食べられなくて‥。

お家ではそういう事、
ちゃんと教えられていますか?」



びっくりした。

家では喜んでシールを貼りたがるし
お絵描きだって 
グチャグチャながらも描いている。

ご飯も一人で食べている。



「そうなんですか⁈
家では全部してるんですけど‥
まだ慣れてないからだと思うんですけど‥」



なんだか
“何にもしていないお母さん”だと
言われたようで

「そんなことない!」と
弁解したい気持ちでいっぱいになった。



「でもね お母さん、
お漏らしも頻繁にしてしまうし、
時々私(先生)に抱っこをせがむんですよ。」


次に何が言いたいのかわからなくて、
「はい‥」と言葉を待ってると


「だからね、ちょっと
愛情不足なんじゃないかなって思うんです。

ほら、妹さんもまだ赤ちゃんだし‥

◯◯君のこと、もう少しちゃんと
見てあげてほしいんです。

何でも幼稚園任せじゃなくて
お家でも色々教えてあげて下さいね。」



もう、今にも溢れてきそうな涙を
堪えることに必死で

平然を装って
「わかりました。」と言うのが精一杯だった。
 



 愛情不足。

たくさんの子ども達をみている先生に
そう言われてしまったことが衝撃で

私は息子に
何てことをしてしまったんだ と

息子の手を引きながら
ボロボロ落ちる涙を
息子だけには見られないように
顔を背けて家まで帰った。



悔しかった。

幼稚園任せにしてるつもりなんてない。

むしろ行き過ぎなくらい
“ちゃんと出来るようにならないと”って
息子に当たってしまうくらいだ。


だけど

「私が娘の世話ばかりに
気を取られているから」

「私がすぐ怒ってしまうから」

「私がだめなお母さんだから」


愛情不足と言われる理由なんて
これでもかというくらい
思い当たる節が ボロボロ出てきた。



同じ頃に、
ブログを読んでくれた方からのメッセージで
何通か似たような内容のものが届いていた。



「あなたが虐待を受けたからといって、
我が子を傷つけてもいいという理由には
なりません。
もしも手をあげたくなってしまっても、
自分は母親と同じにはならないと 
グッと堪えて下さいね。
子どもは宝物です。」 とか、


「登和さんは愛情をもらえずに育ったから
子どもへの接し方に困ってしまうことが
あるんだと思います。
でもそういう時は (なんちゃらかんちゃら)
こうしたらいいですよ」  とか。



今なら言えるんです。


「うるさーーーーい!」
「ほっとけ〜〜〜!」って。 笑


もちろん悪意がないことは分かってる。
というより、親切心からなんだろう。


でも
“虐待を受けて育った人は 
同じことを繰り返しやすい” とかいう言葉
当たり前みたいに広がってるけど、

いちいち そこに結びつけられるのは
あんまり面白くなくて。


欲しかった愛情とは違う形だったけど、
私も愛されていたし。



そもそも私は
母と同じようになっちゃいけないなんて
これっぽっちも思わない。


母親してたら 一度や二度は
手をあげたくなるくらい
カッとなること 普通にあるでしょ


どう接したらいいのか
迷う時だって当然あるでしょ


それが行き過ぎてしまうことなんて
誰にでも可能性はあることだし

その行為は
悲しいと感じることだったりするかもしれないけど
悪いことだと非難することではないんだと思う。



でも当時はそんな言葉たちも
ズドーンと重く受け取っていた。


子育てでこんなにイライラしたり
怒ってしまうのは 
やっぱり私がおかしいのかな


やっぱり私が母親になるには
色んなものが欠けているんだろうか



「やっぱり」なんて思う時点で
私が一番
いちいちそんなことを気にしていた。



自分の子なのに
自分の子のことがわからなくて
情けなかった。



見ず知らずの人に
私の子育てを案じられるほど
私は危うい存在なのか


こんなに大事なのに
色々やってるつもりなのに

「普通のお母さん」にもなれないのか


そんなふうに
わざわざ自分を責めていた。


こんなことをブログに書いたら
また色々言われたりするんじゃないかって

母親としての自分に自信がないから
何か言われることが怖かった。



そんな事が重なってから数日は
へこんでみたり
悩んでみたりもしたんだけど


でも、どう考えたって
私はものすごく息子のことが大好きで。


その気持ちだけは
誰に何と言われようと
揺るぎないものなわけで、


そう思うと
誰かから見えた私がどうであろうが

私は私のままでいることだけを大切にして
自分のことさえ信じてあげられたら

問題なんて
どこにもないんじゃないかと感じた。


どうにかしなきゃと思っていたけど
どうもしなくてよかったんだ。



子ども達のことが 
何より大切だからこそ

何かあると それだけで
心を揺さぶられるんだけど


子どもを信じようとするんじゃなくて、
今 子どもがどういう状態であろうと

母親である私自身が
大切にしたい想いさえ
心のど真ん中で大事にできてたら

自ずと子どもも 自分を信じて
自然と前に進んでいくんだろうと思う。



だから なんだか
「まぁいいかー」って吹っ切れた。


メソメソ泣くことも
お漏らししてくることも

私が“できない母親”でも
人からも そう見られても。


それでやっぱり、
そう腹を決めたら

息子も あっという間に
楽しんで園に通うようになって

お漏らしも 
心配していたことも
いつの間にか無くなった。



そもそも
親が心配しなきゃいけないような子どもなんて
その親からは生まれてこないと思うし


間違いないのは
子どもが親より弱いわけがないってことなんだろう。



そう思いたいのは親だけであって、

守ってあげたいとか
幸せにしてあげなきゃとか

お門違いでしかないんだろうな。



子どもが見せてくれる出来事は全て
親の世界を拡げてくれる愛でしかない。


「やっぱりそうかー」って
気付かされた出来事だった。



子ども達が
愛してくれる私のことを

私もまっすぐ
愛してあげようと心に誓った。








へたくそ

テーマ:

「ねぇねぇ、お母さんのこと好き?」



小さなことで ガミガミと
怒ってしまう日が 続き


うっかり口にした 質問が
恋する乙女みたいなセリフで

思わず自分で 笑ったけれど


だけど ほんとに
なんだか 不安になってしまって
情けないけど 聞いてしまった



そしたら あなたは 
にこにこ笑顔で 自信たっぷり


「えー!好きくない!」と 変な言葉で
ばっさり 母を 振るもんだから

また 可笑しくて 一緒に笑った



「なんでよー」と コチョコチョすると

大口開けて けらけら笑い 


「だって すーぐ 怒るんだもん!」と



分かっちゃいたけど
そんな答えに しょぼくれた




「そうだよね、
  怒ってばかり 嫌だよねー」




いつも イライラ 当たってごめん 

すぐに あれこれ 口出してごめん



ごめんばっかり言うけれど
またすぐ怒ってしまって ごめん



“私だって
ほんとは怒りたくないのに”なんて
上っ面では 言うけれど


何度も何度も 繰り返しては

こんなに 嫌なはずなのに
直す気なんて ないみたい




なんでかな


こんなお母さんで 
いたいわけじゃないのにね




気付けばそうして 虚勢を張って


私 何が怖いんだろう


何を そんなに
いつも焦っているのかな




片付けても 
片付けても

あっという間に 散らかる部屋に

ちょっと気を抜けば
あっという間に 溜まってしまう
洗濯物や お皿たち



「あれして」「これして」
「聞いて 聞いて」

「これやだ」 
「違うのがいい!」

「早く一緒に遊ぼうよー」



息つく間もなく
することに追われ

「ちょっと待って」ばかりの毎日




時間がない
 
余裕がない

思う通りに 全然できない


ないものばかりが 目について
溜まった家事を 眺めては

こんなことも出来ないのか と
なんだか責められてるようで


知らず知らずに 少しずつ
心が 固くなっていく




私、ちゃんと育てられてる? 


“ちゃんと” とか
“普通は” だとか

どうでもいいんだと 思いながらも

やっぱり不安で 
心細くて


こんな母で いいんだろうか と
自信がなくて 怖いんだ



「そのまんまの あなたでいいよ」

そんなふうに言われても

「このまんまで いいわけないよ」と
なかなか自分に 優しくできない




ダメなところは 直さなきゃ

足りないところは 補わなくちゃ


そうやって
つい ジタバタと
独りよがりに 頑張るけれど



ねえ だけど


私が思う 
「いいお母さん」になるより 先に

あなたは大きくなってしまうね



そんなことにも 気が付かないほど
目の前のことで いっぱいなんだ




夜 
うす暗い部屋で 静かに
あなたの髪を 撫でながら

眠る横顔を じっと見つめて

「かわいいね」と そっと呟く


口にした途端 
涙でじんわり あなたがぼやけて

心が少し 柔らかくなる



きっと 私
わかってほしいだけなんだ


口にする程でも ないと思ってた
ちっぽけな この 孤独や寂しさ


「みんなやってることだから」って
素直に認めてあげてなかった

頑張っている 自分のこと



心細いよ

不安だよ


「お母さん」って呼ばれたって
どう育てたらいいのかなんて
私だって わからないんだよ


それでも
こんなに頑張ってるんだから

私のことも 認めてよ



そうやって

一人で焦って
一人で勝手に 責任感じて

自分の我慢を ぶつけていただけ



あなたと ただ
笑っていたいだけなのに

自分にすら
なかなか素直になれなくて


愛しかたが 
へたくそで ごめんね



それでも こうして
大きな心の 小さなあなたに

昨日も 今日も 許されながら

わたしの心も 育まれてゆく



いつだって そう

あなたの存在が 私を笑わせ
あなたの存在が 私を泣かせる



怒ってばかりの こんな日々


愛しい 小さな あなたとの 

二度と 戻ってはこない日々