9月は 子どもの自殺が一番多い月。

「死んでしまいたい」と思いながら
ヒリヒリするほどの緊張感と共に
孤独のなか生きている
子ども達に伝えたい。


もし 何か感じるものがあれば、
そんな子ども達に届くよう
シェアしてくれると嬉しいです。





「もう死んでしまいたいと思うあなたへ」




あなたは今 何才ですか?



小学生かな
中学生かな



私はあなたより
ずっとずっと年上で
おばちゃんといわれる年なんだけど


あなたの気持ちが

あなたの考えていることが

私にも少し
「わかる」って言ったなら

そんなの嘘だって 
怒っちゃうかな



大人なんかが
わかるわけないって思うよね


上辺ばっかり
キレイごとばっかり

的はずれなことばっかり 並べて

全然 助けてくれないじゃないか


大人なんか くそくらえって
そんなふうに 思っているかな



誰も自分のことなんか
わかってくれないと思っているかな




「もう 死んでしまいたい」と思うくらい

がんばって 
がんばって

心がへとへとに 疲れちゃったね




学校へ行くのが 
嫌で嫌でたまらないかな


家へ帰るのが 
嫌で嫌でたまらないかな



怖くて 
悲しくて
苦しくて


一日が、
一時間が、
一秒が
果てしなく長く感じる


体はいつも こわばって
力を抜ける 居場所もない



なのに
誰にも言えなくて

どこへも
逃げることができなくて


今にも 
心が 壊れてしまいそうだけど


声をあげて 
泣くこともできない



泣けば泣くほど
自分がみじめに思えてしまって


「泣いたらだめだ」
「だめなヤツだ」と

ギリギリのところで踏ん張って


自分にすら 
聞こえないように

声を殺して 泣くしかない



そんな日々を
過ごしているかな




「なんで生まれてきたんだろう」とか

「何の為に
 生きていなきゃいけないんだろう」とか


たくさんたくさん 考えて


そんなこと
誰も教えてくれないから

途方にくれて 
嫌になってしまったかな




「なんで自分だけ
こんななんだろう」

「なんでうちだけ
こんな家族なんだろう」

そんなふうに思っているなら




あのね

私も そう思ってた。




毎日 
消えてしまいたくて

そんなことばっかり 考えてたよ。




「死なないで」
「命を大切にして」なんて

なんて無責任な言葉だろう って


正しい顔して 放たれる言葉に
グサグサと心が傷ついたんだ。



“ 死んでほしくないのは
大人の勝手な都合だろ ”


「悲しむ人がいるんだ」なんて
死にたいくらいに辛い時まで

誰かのために
生きていかなきゃいけないの



じゃあ誰か
ほんとに私を助けてよ

片手間なんかじゃなくて
本気で私を知ろうとしてよ


そんなふうに思っていたよ。




だけど私は
死ぬことが怖かったから

生きていたくは なかったけれど

たったそれだけの理由で

ただ 息をして
どうにかこうにか生きていたんだ。




それでね

死にたくてたまらなかった あの頃から
その倍以上 生きてみて 


今は 心から
“生きててよかった” って思うんだ。



あの時もし 死んでいても
死ぬまで 精一杯 生きていたから

それはそれで
よかったのかもしれないけれど


あの時もし 死んでいたら
出会えなかった 大好きな人や

“嬉しい”とか “楽しい”とか
幸せだと思う こんな気持ちや

愛してくれる人がいたってことを
知ることもなかったんだと思ったら


「生きる」って
すごく素敵なことなんだなって
大人になって気付いたんだ。



死にたいと思いながらも
生きててくれた自分に 
今はとても 感謝してる。




「結局そういう話かよ」

「だからあなたも諦めないでって
言いたいのかよ」


「今がどうしようもなく辛いんだよ!」

そう思うかもしれない。

私にも
そんな言葉は 耳障りでしかなかった。



でも、
あなたの延長線上にいる私だからこそ
伝えたいことがあるんだ。



大人になったら
子どもの頃には 知る由もなかった
世界があなたを待っているから。



もう 目の前が真っ暗で
もう 私には道がないって
思っていても 忘れないで



あなたには 必ず、

自分で選んだ 服を着て

自分で選んだ くつを履いて


自分の行きたい道を歩いて

自分が食べたいものだけ食べて


一緒にいたいと思う人とだけいられる

そんな日が 必ず来るから。



今は想像も出来なくたって
あなたの全て
なにもかもを

誰に許可をもらわなくたって
自分で選択できる日がくる。


行き場がないように思うのは
本当に 今だけ。



自分次第で
何にだってなれるんだと

霧が晴れたように
世界を見渡せる日が 必ず来るから。




そしてもし、
今 勇気を出せるなら


学校なんて やめればいい。

家族なんて やめればいい。



立ち向かわない勇気を持って


いい子でいようとするのをやめて、

我慢することをやめて、

頑張ることをやめて、


ちゃんと怒っていい。

ちゃんと嫌っていい。


ちゃんと泣いて、
ちゃんと逃げてほしい。


皆に、親に、世間に合わせる必要はない。


あなたが 
あなたでいることさえ やめなければ
それ以外は 何だっていいんだから。



お母さんや お父さんや
誰かを悲しませることは
悪いことなんかじゃないんだよ。


たくさんの大人が 
口を揃えて言うことだって
間違っていることもあるんだよ。



自分を信じて。

あなたは何も 間違っていない。


誰が何と言おうと
あなたは あなたの味方でいてほしい。





逃げたいのに
逃げられない子ども達が
たくさん いる。


中途半端に 逃げそびれたら
連れ戻されてしまった時
何をされるか分からない恐怖に

「助けて」の一言すら
言えずに死んでいく子がいる。


死んだように
生きている子がいる。



そんな
今 苦しんでいる あなた達に

やっと大人になった私は 
何が出来るのか


あなたの“してほしいこと”と
私の“したいこと”が 繋がる点を

この人生を通して
見つけ続けていこうと思う。




でもね、
まだまだ 私には知恵が足りない。


出来ないことも沢山ある。



だから
もしよかったら

あなたの声を 聞かせてほしい。



どうすればいいかな

どうすれば
あなたを見つけられるかな



あなたの声で
救われる心がたくさんあること


あなたの声を 待っている私が

そんな大人たちが 
たくさんいること

どうか覚えていてほしい。



「笑顔でいてほしい」なんて言わない。

ただ

「お腹すいてないか?」
「寂しい思い してないか?」

それだけを願う 大人たちが
見えないだけで 沢山いることを

どうか覚えていてほしい。



一緒に泣こうよ

一緒に怒ろう




 あなたは
「かわいそうな子」なんかじゃない。


その悲しみが、
その痛みが、

必ず誰かの勇気に変わる。


あなたはそんな
強さを持ってる。




そして
最後に一つだけ 言わせてね。


今は自分が嫌いでも
自分のことが 許せなくても

あなたは そんな自分のことを
愛すために 
生まれてきたんだと思う。



いつか

こんな自分も 悪くないなって

こんな世界も 悪くないなって


そんなふうに 
思えるからね。




大切な
大切なあなたへ 心を込めて


こんな世界に

生まれてきてくれて 
ありがとう







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強さ

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突然 犬に吠えられたとき

テレビで おばけが出てきたとき

大きな虫が 飛んできたとき



私の腕にしがみつき
後ろに隠れる 小さなあなた




驚いたとき
怖いとき

必死に掴む この腕が


本当は 頼りない
弱い女の 腕だということ



あなたは いつ
気付く時が 来るのでしょう




あなたには まだ 
言ってないけど

本当は お母さんも
おばけや虫は 怖いのよ



だけど 
あなたを 安心させるため

私は強いふりをして
“大丈夫”と 笑顔を向ける




私が大丈夫だと言えば
大丈夫になる 小さなあなた



安心しきって 頼るあなたに
そうして私は 勇気をもらう





あなたはまだ 知らないけれど
本当は お母さん

不安になったり 
孤独になったり

臆病になることも
時々あるの



だけど あなたは
そんなことなど つゆ知らず

私の全てを 信じているから



そうして私は 
どんと構えた お母さんのように

あなたの前では 気丈になれるの




少しずつ 
あなたが 大きくなって

この腕が 窮屈に思えてくるとき


その時には この母が

魔法使いでも 
スーパーマンでも

正義の味方でもないことに


あっけなく 
気付くときが 来るのでしょう




母がいつでも 強いわけでも

母が全て 正しいわけでもないことに


戸惑うことも あるでしょう

がっかりすることも あるでしょう



本当の私は

弱くもあり 
ずるくもあり

逃げることも 
ごまかすこともある




だけど 忘れないで



あなたを想うときの母は

誰よりも強く 
誰よりも深い 愛の中で

怖れるものなど 何一つないこと




だからあなたは 心配などせず

この手を離し 
自分の道を歩みなさい




そしていつか 
逞しくなった あなたの腕に
守りたいものが 出来たとき


溢れ出てくる その愛の中

母が託した 温もりを
そっと 思い出してくれたなら



守りたいものを 守るため
強くありたいと 願うあなたを


いつまでも その心の奥で
寄り添い 支えられたなら



やっぱり私は いつだって 

あなたを想い 強くなれるの










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自覚

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似たような相談をたて続けに受けたので 
ブログにしてみます(^^)



「旦那が育児や家事を手伝ってくれない」

「家の事、子どもの事は全部 私」

「わかってくれない」って 悩むママさん

結構 多いように思うのですが、



そのあとに

「でも仕事頑張ってくれてるし」

「疲れてるのも分かるし。忙しいし。」って
言葉が続いたりして



「求めすぎなのかも」
「もっと感謝しなきゃだめなのに」って‥


それ、すごく違和感があって。



そう言い聞かせて
納得出来るならいいけど、

お腹の中では いつまでたっても 
ドス黒いものが 渦巻いているなら

それを ちゃんと吐き出さないと


ぐずぐず こねこね しているうちに

怒りが 恨みに
変わってしまうと思うのです。



そもそも
当たり前な顔して

なんなら
「何か文句ある?」みたいな顔して


「仕事だから仕方ないだろ」とか

「俺が稼いできてるんだろ」とか


何かと仕事を 着地点にする男の人

ほんと、
カッコ悪いなと思う。



自分が惚れた女  
一人すら幸せに出来ないで

仕事だ何だって雄弁ふるうの
ちゃんちゃらおかしいと思ってしまう。

私は。



その、自分の惚れた女が 
「ちょっとでいいから助けてほしい」
って時に

できる限りの事もしようとしないで

家族をないがしろにしてまで
しなきゃいけない仕事って何だ?





でも、


でも。


そんなふうに言われたり
そんな態度を取られたりするのって


結局は
自分のほうに理由があるもので。




自分のことを

自分のありのままを
心の底では 許可してないから

自分の価値を分かってないから


“なんだか大切にされてない気がする”出来事を

自分の世界に
甘んじて受け入れてしまうんだと思う。




自分がわざわざ
相手に「そうさせてる」んだとしたら?


思い通りにいかない現実を創り出して

自分は何を感じたいのか
自分の何を確認したいのか


胸に手を当てて聞いてみたら

思い当たることが
きっとどこかに潜んでいるはず。



「やっぱり私は 
 こっちを見てもらえない存在なんだ」

「結局は自分で 頑張らないといけない」


そんなふうな“勘違い”を
「ほら、やっぱりそうなんだ」って
わざわざ確認したかったり。




私の場合だと
物心ついた頃にはすでに

「邪魔」
「消えろ」
「産むんじゃなかった」みたいなことを

毎日の暴力と共に受け入れていたし


目の前で
リストカットを繰り返す母を見ながら


生まれてきたことも
大人になることも

この世界の何もかもに
光一つ 見出せなくて


こんな自分の全てが
惨めで 憎くてしょうがなかったから


そんな自分の勘違いを解いていくのは
とてもとても難しかった。



自分を卑下することが当たり前すぎて
何が勘違いかも分からなかったし、

何度も何度も
上手くいかない出来事を
わざわざ自分で創り上げては

「もういーや。無理。どうでもいい。」

「ほらね、どうせ私なんか
  生きる価値もない」と

 
すぐに諦めようとしたし、
そこに居座り続けようとした。

その方がよっぽど楽だった。



だから周りの人を信用せずに
何かと噛みついてばかりいて


うっかり幸せに
なってしまいそうになったら

居心地悪くて
ぞわぞわして


だけど そんな幸せが
無くなってしまうのが本当に怖くて

自分から壊してばかりいた。



でも、
やっぱり自分を諦めきれなかったから

嫌になるほど自分と向き合ってきて



そしたら本当に
私を大切に思ってくれる人達に出会えた。



自己肯定感だって
子ども時代に養ってもらわなくても
自分で育むことが出来るんだとわかった。


何度も自分を疑って
何度も自分に叫んでみたんです。

「私が “いなくてもいい人間”なわけないだろ」

「辛いことや苦しいことだけ経験するために
ここに生まれたわけじゃないだろ」って。





そして、
男と女といえば

同じところにいても
見えてる世界は
白と黒ほど違うと思うから


「こういう時は
  こうしてくれると嬉しい」とか

「そうされると 
  大事にされてないようで悲しい」とか

自分が感じたことを
それこそ 自分の子どもに
一から十まで説明するように

言わなきゃ 
ほんとに伝わらないと思う。



それをすっ飛ばして
自分の中で勝手に終わらせたり

「それくらい 気付けー!」って
イライラオーラを放ってみたり

2、3回 顔色伺いながら言ってみて
思うようにいかなかったくらいで

「どうせ わかってもらえない」とか

それじゃ あまりにもったいない。



しまいには

「もう期待してないから」

「いないものだと思ってる」

「稼いできてくれればそれでいい」とか


本当に 
それでいいと思ってるのかな。



自分をバカにしないで。


それで何かに 勝ったつもりで

悟ったつもりで
手放したつもりで


「大切にしてくれない」のは
他の誰でもなく
自分自身だったりするんじゃないかな。



嫌だなって思っているなら

「私だって」って 思っているなら

気付いてほしいなら
それを言わなきゃ 始まらない。



「そんなもんだろう」なんて
自分を 

自分が創り出す世界を 
なめちゃいけない。


自分をぞんざいに扱うことを
自分に 許さないでほしい。



自分の尊厳を守れるのは
自分だけだから


「そうじゃないと思う」ことを
わざわざ
自分の人生に取り入れる必要はないと思う。




結婚って
我慢や妥協が必要とかいう人もいるけど

そんなのただの幻想だし、
変わらなくていい言い訳でしかない。


我慢なんて必要ないし、

ほんとは納得出来てなかったり
自分の本音は違うところにあるのに

それを見過ごして妥協するって
自分への冒涜。



結婚って
もっと 楽しいものでいいし、
ずっと 浮かれててもいいし、
もっと 軽やかであっていい。



結婚したからには
子どもがいるからには

添い遂げなければいけない と
そんな考えに囚われているのも

人の目を気にしてるだけの
ただの妄想だったりする。


別れることになったとしても
そこに罪悪感は 1mmもいらない。



ちなみにうちの父は
今 4度目の結婚生活を満喫中で。


何かのついでで顔を合わせたとき

「お〜久しぶり♪
父ちゃんまた結婚したわ!」とか

「子ども出来たわ!よろしくな」とか

全て サラッと事後報告。 笑


私は姉の他に 
腹違いの兄弟もいろんな所にいて、
一番下の弟は
娘の2ヶ月後に生まれたばかり。


父はそのくらい
自分の人生を思いっきり楽しんでるし

罪悪感とか感じている暇もなく
自分自身に夢中なんだと思う。



そんな父を見ながら私は

何度も何度も 
悔しくて泣いたり

「殺 してやろうか」と思ったことも
一度や二度じゃない 笑


だけど 今は
私も勝手に 好きに生きているし

いちいち父の人生に
ああだこうだと突っ込んでいくほど
暇ではなくて。


いや、まだ「なにくそっ」と思う時も
たくさんあるけど。

( 最近 父もブログ見てます 笑 )




話が逸れてしまいましたが


本来 男の人は
ものすごく頼れる 
誇らしい存在だし、

女の人は
ただ そこにいて
笑っているだけでいいもの。


だからこそ
もっと泣いていいし、
もっと怒っていいし、

でも それは
張り合ったり 
負かそうとしたり

わからせようと
意地になったりするんじゃなくて、


なんというか

母とか妻とか そういうの抜きに

ただの私であるだけの
そのまんま感じた気持ちを
伝えるだけでいいんだと思う。



出来れば 
やり過ごした方がスムーズだとか

ちょっと自分が
我慢すればいいだけだとか

そんなことに 
いちいち向き合っていく勇気。



向き合うって 怖いけど、

本音を言うって かっこ悪いけど、

それが自分を 
大切にするってことなんじゃないかな。



わたしに生まれてきたのに
わたしを生きないなんて変。



幸せにしかならない人生を
ほじくりまわして 

わざわざ不幸を選択しているのは自分。


選択権は 
自分にしかないことを思い出して。



自分を どのように生かしたいのか
どう在りたいのか

ただ決めるだけだから。



自分を大事にしてほしい。


自分の価値を 
自覚してほしい。



そうすれば必ず

必ず

見える世界は 変わっていくから。






・・・


で、
じゃあ私は 
今言ったこと全部 
出来ているのかっていうと、

それはまた別の話で。 笑



言うだけタダでしょ?(^O^)

違うか( ̄(工) ̄)




でもそうやって、
ブレた時はいつも
自分に言い聞かせながら

私が私を
見失わないようにしている。


言葉のあとを追いかけるように、

そんな心が
育っていくと思うから。








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失敗と迷惑

テーマ:

今朝 facebookで投稿したのですが、
いろいろ思うところがあったので 
BLOGでも。


↓ 以下 facebookでの内容


たまたま 
今朝の高畑淳子さんの会見を見て

ものすごく  
ものすごく 胸が詰まる思いだった。


自分の息子が 
許されないといわれる事をしてしまって

深く傷つけてしまった相手もいて

謝っても謝っても
謝りきれない思いだろう。


それと同時に
社会、世の中、多くの人から
我が子が集中的に批判され

攻撃とも言える正論を 
叩きつけられるという心情は

どれほどのものかと 
ちょっと想像しただけでも苦しくなる。


自分の気持ちを殺して殺して、
「おっしゃる通りです」としか言えない気持ちは
どれほどのものだろう。


それでも、

それでも自分は
「あなたのお母さん」には変わりないから

「あなたへの愛」が
これっぽっちも変わることはないから


どれだけ今
息子を抱きしめたくてしょうがないだろう。


罪の意識に苛まれて
「死のうと思った」と 震えて泣く我が子を
飛んで行って 抱きしめてあげることもできない。


小さな頃は
あれほど涙を拭ってあげられたのに

もう 側に行って
抱きしめてあげることすらできなくなるんだ。


母親としての無力さを
出来ることの少なさを
これでもかと感じる。


だけど 深く傷つけてしまった女性が
もし、自分の大切な大切な娘だったら。


娘が 知らない男に
同じ事をされたとしたら。

そう思うと言葉に詰まる。


今、本当に私は
どれだけかけがえのない時間を生きているのか
改めて知った。


泣いて 助けを求める我が子を
抱きしめてあげることができる。


その笑顔を、涙を、怒りを、
一緒に共有することができる。


いつでも駆け寄って
「大丈夫だよ」と 言える距離

手を伸ばせば
すぐに抱き寄せられる距離


今を生きよう。

本当に、
それ以上に大切なことなんて
何もないんだと 胸に刺さった。


☆ facebook ここまで。



そして
考えさせられる言葉もあって。



どれだけ我が子が
人を困らせてしまうことがあったとしても、

どうしようもない人間だと
言われるようなことがあったとしても、


「私の子育ては間違っていた。」
「失敗したのかもしれない」とは

絶対に
口が裂けても言わないでいたいな と。


「あなたの育て方が悪い」と
面と向かって責められても、

「そうだったのかもしれない」と
首を縦にふることはしない。

たとえ 表向きの言葉だとしても。


“そう言えない”ことを 謝ったとしても、
“そう言わない”という気持ちは曲げない。


それは息子、娘の存在を
何より自分自身を
否定することになってしまうから。


だからそう言ってしまった、
あの場ではそう言うことしかできなかった
高畑さんの心情は計り知れない。



自分の子育てに
自信があるわけじゃない。


むしろ 何かあるたび

「こんな時どーすればいいの?!
 誰か教えてー!助けてー(>_<) 」
と じたばたしている。


母として 未熟なことも
不足があることも 重々承知でいる。


だけど「失敗した」と言うことは

息子という人間に対して
娘という人間に対して

とても失礼なことだと思う。


たとえ 親であっても 
そして 親だからこそ

言う言葉では ないんじゃないかな。


育て方や環境が
大いに影響はあるとしても、

“ その人が どう在るか ” は 
その人次第なわけで。


それは何より
尊重したいところなわけだから。


ちっぽけな ものさしで
偏見だらけの常識で

いいとか 悪いとか
誰かのことを議論するなんて
本当に無意味



自信なんてないけど、
間違いだらけかもしれないけど、

何があっても 
その存在だけは 否定したくない。

死んでもなお、味方でいたい。



そして
その時その時 精一杯にやってきた自分を
ちゃんと知ってる自分だけは
否定しないであげたいから。



それで、
世間がいう「失敗」っていうのは

“人様に迷惑かけて”
みたいなことも含まれると思うのだけど、

私は子ども達に
「人に迷惑かけたらだめだよ」
なんてことは 言うつもりはなくて。

(これは犯罪とかの話ではなく。)



私自身は
“人に迷惑かけちゃいけない”と思って
自分を戒めるように生きてきたから、

「これは迷惑なんじゃないか」とか
「私なんていない方がいいんじゃないか」とか
もう ぐるぐるぐるぐる 考えて

だから苦しくて 
孤独で
情けなくて 
悲しくて

ずっと自分が大嫌いで。


だけど、

迷惑かけていいんだ!
それって誰かの
“嬉しい”に繋がったりするんだ!

って 肩の荷が下りたら、

誰かに甘えるごとに
迷惑かけるごとに 

「生きてていいんだ」って思えるようになって。


そもそも
「私は誰にも迷惑かけてない」と
思ってること自体が 傲慢なんだって知った。


だからきっと、
いっぱい人に迷惑かけて
人は人に なっていくんじゃないかな。


で、子どもっていったら
言えばもう

「その存在自体」が
迷惑でしかないと思うのだけど。


朝から晩まで うるさいし、
面倒なことばかり言うし、
しつこいし。

一人でまだ 何も出来ない赤ちゃんなんて
どうやったって 居るだけで
迷惑かけちゃうものだし

「いいこと考えた♪」って言うことは大抵
私にとって ぜんっぜん 
いい事なんかではないし。



「いやいや、それを迷惑って言ったらダメでしょ。それ迷惑とは言わないし」って思った人、 

私達が人に対して思う
“ 迷惑なんじゃないかな ” って思うそれも 
一緒だから。




でも、
ほんと

そんな子どもが 居るだけで
周りは笑顔になっちゃうんだから


迷惑って 
素敵なことなんじゃないかとさえ
思うようになった。


逆に言えば、
人に迷惑も かけないで
何しに生まれてきたの?って
思ってしまうようになった。


だから
いっぱいいっぱい迷惑かけて

そしたら自分も その分だけ 
人からもらう迷惑を

「いいよ、いいよ」って 
喜びながら 受け取れるから

そうやって子ども達にも
生きていってほしいと願う。



なんだか話が 二転三転したけれど

今日、思ったことを
ただつらつらと 書いてみました。


どこかで誰かの
何かに響くものがあれば嬉しい。







母心

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初めてあなたを 目にしたとき

あなたは まだ
小指の爪にも満たない程の
小さな小さな 命の芽だった


受け取った エコー写真を 
穴が開くほど 眺めては

溢れる喜びを 抑えきれずに
にまにま にまにま 一人で笑った



まだ ヒトの形にも ならない頃から

「どんな子なのかな」
「男の子かな、女の子かな」


あなたが生まれてくる時を
あなたに逢える瞬間を

指折り数えて 待ちわびた



どんどん大きくなるお腹が

重たくて 
不思議で 
愛しくて

「早く会いたいねぇ」なんて
気付けばいつでも 話しかけていて


もう とっくに 心のなかは
あなたのことで いっぱいだった



やっと あなたに逢えた日に
優しく響く 産声が

それはそれは 可愛くて


おそるおそる 抱き寄せた
「はじめまして」の あの日から


今日まで まだ
ほんの数年しか 経ってないけど



今ではもう ちゃっかりと
母の腕を するする抜けて

「あっち行ってて」と 言う日もあったり

そんな あなたの成長に
こっそり静かに 驚く毎日



あっという間に 
外の世界に 踏み出したあなたは

「ただいまー!」と 帰ってくるたび


私の知らない 歌をうたって
私の知らない 遊びをして

私が話したことのない
言葉を 次々 口にして


いつの間にか
私の知らない あなたの方が
そうして どんどん増えていく



その度 私は 誇らしくなって
その度 少し 寂しくなって


ずっと 続くような気がしてた
あなたと過ごす この日々が

ずっと 続くわけではないこと
だんだん 思い知っていく



そして いつか

遠いようで 近い いつかに

あなたが 育ったこの家を
旅立つときが 訪れて


新しい世界に 胸を躍らせ
ここに居た頃より きっと

楽しいことや 
嬉しいことや

色んなことが 新鮮で

振り返る 暇もないほど 
夢中に生きて 


この家を 
父や母を

想うことも 少なくなったり
忘れる日だって でてくるのでしょう


家の中にいたって いつでも
くっつき回って 離れなかったのに

忘れられるほど 大きくなった
あなたをきっと 喜ぶのでしょう



だけど もし
なんだか 疲れてしまった時や
心がクサクサする時なんかは


ふと 
帰る場所が ここにあること

あなたを いつでも
待ってるひとが いることを

思い出してくれたら いいな


こんな母にも まだ出来ること
何かあったら また嬉しい



だから 今

いつか 離れて生きていく
大きくなった あなたにも

この温もりが 伝わるように


願いを込めて 小さなひとを 
ぎゅーっと ぎゅーっと 抱きしめる



意地っ張りで
さみしがり屋で

甘えん坊で
生意気で

とても優しい 
小さなひと



出逢った その日から
その 全てに 夢中になって

オロオロしたり
悩んでみたり

小憎らしいなんて 
思う日もあるけど


その 全てが 嬉しくて
その 全てが 愛おしい



きっと 
この先も ずっと

あいも変わらず 
そうやって

余計な心配なんてしながら
あなたを想い続けるのでしょう



あなたが 泣いたら
私も一緒に 泣きたくなって

あなたが 怒ったら
私も 腹が立ってきて


同じだけ 傷ついて
同じだけ 嬉しくて


誰かの幸せが
そのまま 自分の幸せになること

初めて知った 感情たちが
いのちいっぱい 沁み渡っていく



そして 
この先も ずっと

願うことは

「 明日も あなたが
  笑って いられますように 」


ずっと ずっと
あなたの笑顔を

そっと 見つめていれますように