ちょっといいですか。


珍しく腹が立ったので

言わせてもらってもいいですか ( ̄Д ̄)




facebookを見てたら
こんな投稿が流れてきて。



(↓これ書いてるのは男の人で
    自分で経営もされている
    ライターの方らしい。)






【育児が年中無休の大変な仕事なら
産むんじゃねーよ、ばーかという話】


育児ってめちゃめちゃ大変。
子供がいない人にその大変さは
絶対にわからないだろう。

でもね。
育児は大変大変大変と騒ぎ
育児してたら休む暇ないと文句ばかりいい
私ってこんなに大変な思いしていて
こんなにすごい仕事をしていて
こんなに休む暇もなくて
誰も助けてくれなくって
もうほんと大変なんだから
イライラ、ぷんぷんとかしてるなら
だったら産まなきゃよかったのに。

あんたが産みたいから産んだんだよね。
育児が大変って知らなかった
わけじゃないよね。
想像よりはるかに大変だっとしても
育児がラクだと思って
いたわけじゃないよね。
誰かが助けてくれる、手伝ってくれる
ってのを過度にあてにしていた
わけじゃないよね。

大変なことをわかっていて
あなたが選んで産んだのです。
育児でイライラぷんぷんするのは
とんだお門違い。
自分で選んだ人生。
自分で責任もって
大変だけど楽しみながら
やればいいじゃないですか。

こういうこと書くと
勘違いされるかもしれないけど
育児をママがすべて引き受けろ
って言っているわけじゃなく
旦那も親も家族も社会も
いろんな形でのサポートや
手助けは絶対に必要だと思う。

でもね。
そこをあてにしすぎて
あー私だけが大変、
私は年中無休で育児のせいで
働かされているなんて
そんなク ソみたいなスタンスで
子供育ててるから
余計育児が大変になるんじゃねえのか
ボ ケ カ スって話なんじゃないんですかね?

あんたがイライラするから
余計に子供は騒ぐ。
あんたがぷんぷんしているから
誰も手伝ってくれない。

自分で選んだ。
誰かに強制されたわけじゃない。
そもそも育児を「仕事」って
とらえること自体、おかしいんじゃない?

育児ってものすごく
立派な役割だけど
仕事でも業務でもない。
だからそこに休みがないとか
そんなくだらない観念はない。

大変大変大変。
イライライライライライラ。
私だけが私だけが私だけが。

そういうマイナスオーラ全開で
育児しているから
すべてがうまくいかなくなり
自分もどんどん大変になる。

大変だけど楽しみましょうよ。
楽しむなんてあまっちょろい
もんではないけど
だからといって一人、
悲劇のヒロイン演じて
育児のせいで何もできないとか
時間がないとか休みがないとか
そんな考え方捨てたほうがいい。

だってそういうものでしょ。
それを知ってて産んだんでしょ。
何、いまさら知らなかったとか
言っちゃうわけ。
大人なんだから責任持てよ。
自分が選んでしたことについては。

育児が年中無休の仕事だと思ってるから
余計に大変なんだよば ーか、
だったら産むんじゃねえよ
産んだんだから責任もって
でも楽しくやれよって
そこからスタートしないと。

育児のせいでとか
自分が選んだくせに
まるで誰かのせいみたいに
問題をすりかえるんじゃない。

どうせあと20年もしたら
子供から見向きもされなく
なるんだから
人生における素晴らしい体験を
楽しむって気持ちでやらないと
ノイローゼになっちゃうよ。

って言うはやすし
でも実践するのは大変なんだよ
エラそうなことを
育児もろくにしない男が
言ってんじゃねーよば ーか
と思ってしまう
その腐ったあなたの心が
育児を大変にしている原因です。

一人ですべてを抱え込む必要はない。
誰かに助けを求めてもいい。
愚痴を言ってもいい。
でもすべてはあなた次第。




ここまで。




私の読んだ感想。

「この人 めっちゃ嫌い。」




炎上商法か何か知らないけど、

言葉の暴力って
こういうことを言うんだなって
読みながら すごい思ったけど。



何を言わんとしてるのか
言葉の裏を読んだとしても

もっと他に
言い方あるんじゃないのかな、とか


思うことは色々あるけど


とにかく嫌い。 ← 二回目



これ、ウケ狙いとかじゃなくて
本気で言ってるんだったら
びっくりするけど


もしかして結構 
こんなふうに思ってる人
他にもいるのかなと思ったら

ちょっと言わせていただきたいな と( ̄Д ̄)




「大変なの知ってて産んだんでしょ。
何、いまさら知らなかったとか
言っちゃうわけ。」って‥



知らなかったに
決まってるでしょ



「大人なんだから責任持てよ。
だったら産まなきゃ良かったのに」って


抱えきれないくらい
責任感じてしまうからこそ
辛くなったりしてしまうんでしょ





もうさ、
突っ込みどころ満載だけど


「大変なことくらい知ってたでしょ」とか
「まさか楽だと思ってたわけじゃないよね」とか

普通に言ってくれちゃってるけど


ある程度 
楽だと思っていたわ。



少なくとも
「皆できてるんだから
  私にもできるはず」だと思っていたわ。




大変だから
イライラするわけじゃないんだよ。


大変だと思ってしまう
不甲斐ない自分を責めて
イライラしてしまうんだよ。






初めての育児って
例えるなら 

「コアラを育てること」に 似てると思うんですけど  (いきなり)



コアラって
遠くから見てる分には
可愛いじゃないですか。



大人しくて
木にぴったりくっついてて


「あー可愛いー♡
  私も抱っこしたい〜♡」とか

「連れて帰りたいー♡」とか

好きなこと言えちゃうけど



そんな可愛いコアラが
いざ自分のお腹から出てくるって分かったら


「え、どうしよ どうしよ。
どうやって育てればいいんだろ。」って

初めて焦り出すわけですよ。



それこそ 
その生態は神秘に包まれているから


「え?コアラにどうやって
 ミルク飲ませればいいの?」

「え?コアラって いつから何食べるの?」とか


オムツってどうやって替えるの?

お風呂ってどうやって入れるの?


室温とか 
授乳とか 
なんか もろもろ 決まりはあるの?


首がすわってないのに
どうやって 服 着せるの? とか


もう考え出すとキリがなくて
何一つ わからないから


本屋へ行って
「コアラの育て方」みたいな本を 
片っ端から読んでみたりして。



で、いざ産んでみると
想像していた それとは
なんか違うんです。



もう小さすぎて 細すぎて

触っただけで
壊れちゃうんじゃないかってくらい


お肉なんて全然ついてなくて

肌もなんかカサカサで
皮がポロポロめくれてきちゃったり。



そもそも新生児の時期は
お母さんも赤ちゃんも
家に篭っていることが多いから


街ですれ違う 
ぷくぷくほっぺの赤ちゃんは

「生まれてから何ヶ月もたって
  やっと あぁなるんだ!」って

そんな事すら 
産んでから気付いたり。



で、育ててみると
あんなに大人しくて

天使のように見えていたコアラが

全然 寝なくて。



夜中 二時間起きとかに 
泣き叫んでみたり

昼間も 抱っこしてないと
ずっと泣いてたり


うんちなんて
一日何回するんだ⁉︎ ってくらい
いつでも どこでも ブリブリして


「オムツしてるよね?」って聞きたくなる程
背中一面に漏れては 着替え


やっと飲ませたミルクを
華麗に吐いては 着替え



「赤ちゃんは 軽いから
抱っこなんて 余裕でしょ」って思ってたのに


腱鞘炎になったり
体のあちこち ガタガタになって

乳首も ちぎれそうになってみたり



「産んでしまえば
 痛いことは終わりなんじゃないのか!」
とか


「赤ちゃんって
 よく寝るんじゃなかったの⁈」とか


「なんでこんなに泣いてるの?」とか



もう まさに
「聞いてないよ!!」
世界なわけです。




背中スイッチとか
離乳食とか


夜泣きとか
トイレトレーニングとか


イヤイヤ期が 
どれほどのものかとか


お母さんになる前から
予測するなんて無理に等しい。




私から生まれたはずなのに
なにもかもが未知の生物を

「これでいいのかな。
ちゃんと育てられてるのかな。」って
おそるおそる 手探りで世話して


◯ヶ月検診なんて あろうものなら

「なにか間違ってるんじゃないか
   なにか指摘されるんじゃないか」って


身長、体重、
食べれるようになったもの、

できるようになったこと とか


一つ一つ 見られて
一つ一つ クリアするたび ホッとして

最難関の受験か!ってくらい

自分が できないお母さんだと
バレるのも 怖くて。



ほんと、
「お母さんだから分かるでしょ」とか
ないから。



「なんでそんなに泣いてるの?」とか
こっちが聞きたいから。



ある程度 育児のこと分かってたとしても
「知ってる」のと「やってみる」のとは
また全っ然 違くて。



そこでやっと気が付くんです。

子どもを育てるって
気合いでなんとかなる域じゃないぞ、と。



体力があればいいってものでもないし、


それこそ
子どもへの愛があれば

“こうありたいと思う母親”で
いられるわけでも 全くない。




母親になる前に

「子育て 大変だよー」って
聞かされていても


自分が経験してきた中での
「大変」を想像していたから


子どもが生まれて
予想外のことばかり起きる状況に

むしろ 
予想外のことしか起きない状況に


今まで自分の知っていた「大変」って
何のことだったんだ?


過去の自分を忘れるほど

今まで見えていた世界が
ひっくり返ったりするのです。




で、
「大変 大変って文句ばっかり」って言うけど

育児にあまり関わっていない人ほど
なんでそこばっかり 取り上げるのかな。



ママさん同士で言い合う

「今日こんなことがあって
 大変だったー」とかいう会話なんて

そのほとんどは


「これ可愛いよねー」
「えー可愛い〜♪」くらいのテンションで


それ以上でも 
それ以下でもなく
 

女性特有の

わーっと言い合って
わかる〜って共感し合って

あー楽しかった!
よし またがんばろ♪みたいな


ただ それだけの事だったりするから
ほっといて頂きたいなと思うのです。



言いたいんだから
言わせておいてくれればいいじゃない、


少なくとも
あなたには言ってないから。




「大変」って
人に そう言う何倍も

日々 ふつーーーに
頑張って “お母さん” してるしね。



でも なんで

「頑張って」やらなきゃいけない?



そうやって 口に出す 
ちょっとした 弱音や本音を


「自分が選んで産んだくせに
  責任持てよ。文句言うなよ」なんて


自分の器の小ささを 
正しい顔して 押しつけてくる

あんたみたいな 勘違い野郎が
いるならでもあるんじゃないかな。




アドバイスなんて求めてないの。


「こうしたらいいんじゃない?」とか
そんなもん 全くいらないの。



あれこれ言ってくるのなら
動かしてもらいたいのは
口じゃなくて 手だしね。




「大変だけど楽しんでやれよ。」ってさ、

楽しめるような環境を整えるのは 

母親じゃなくて 周りだから。



なんでそこ
いきなり部外者になってしまうの?


母親が 楽しもうとしてないとでも
思うわけ?

 

「クソみたいなスタンスで子育てしてる」ように見えるあなたの
どこに目が付いてるのか知らないけど


少なくとも 
あなたが思うより

試行錯誤しながらも
子どもとの日々を 真剣に生きているから


母親に対して
「楽しんでやれよ」とか
「だったら産むなよ」なんて言葉を

よくかけれたもんだな、と思うのです。





でも。

そして。


面白いほど 長々と
この人の言葉に反応してしまう私は

やっぱり まだまだ
「わかってほしい」欲求が強いんだなと
思います(苦笑



正しさをぶつけ合っても
意味のないことで
今更 申し訳ないんですけど


この人にわかってほしいなんて
微塵も思ってはいなくて



ただ 自分が大切に思う人達に
もっと素直に 弱さを見せて


勝手にすねたり 
変にグレたりせず 気持ちを伝えたり




「大変なの」
「助けてほしい」って

口に出せずに 頑張っているお母さんが


当たり前に
誰かに頼れる社会になるように


そして私も
その誰かになれるように



自分ができることを
淡々と やっていきたいと思うのです。





・・ ふう。


勢いで ブログを書いてたら

後ろでぎゃーぎゃー騒いでた子ども達が
あっという間に部屋をぐちゃぐちゃに‥



早く寝かせなきゃ。



あ〜
大変だー! 






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テーマ:

失敗したり   
ケンカしたり
怒られたり

思い通りにいかなくて

わーんと 大きな口開けて
力いっぱい 泣き出すあなた
  


思いっきり 泣くことで

心を癒すことができると知ってる

  

子どもだったことを忘れた私は

その涙を 
一刻も早く 止めることで

あなたの その悲しみを
取り除こうと 頑張っていた
  

「ほら もう泣かないの」      

「大丈夫 大丈夫」



あやしてみたり
抱いてみたり

機嫌をとっても 
お構いなしに 

泣き続ける あなたの声は


なんだか少し 
私にとって

責められてるような気にもなるから

ずっと居心地が 悪かったんだ
  


“ そんなに泣かないでよ ”



なんでだろう

あなたが いつまでも 
グズグズ 泣き止まずにいると


こんな私の あやし方が

育て方が

へたくそなんじゃないかと 不安で


不甲斐なさが 刺激され

イライラしたり

早く泣き止ませなきゃって
なんだか 焦ってばかりいた



だけど

泣くことや 
怒ることを

何度も 途中で
やめさせられた 子どもは

それらは 良くないことだと学び

気持ちに蓋をすることを覚える
  


そんな子どもが
大人になって

今 
自分の気持ちも よく分からずに

いろんなことを 我慢しながら
難しい顔して 生きている
    

「泣くなんて 恥ずかしい」

「怒るなんて みっともない」

「いつも笑顔で
   ポジティブでいなきゃ」


何かと理由をこじつけて

自分の “らしさ”も 押し込めて


我慢 出来る人が
良い人なんだと思ってる




私 今まで

母の涙も
子の涙も

受け入れることが できなかった


あなたが大切だからこそ
あなたの涙が嫌いだった



悲しい想いは
してほしくなくて

できれば いつでも
笑っててほしくて


それなのに

何もできない 無力さや

行き場のない 情けなさばかり

宙ぶらりんに さまようだけで



あなたの涙を 
受け入れるということは

そんな できない自分のことを 
認めることに なってしまうようで

それが怖くて 
嫌だった




その悲しみを
私じゃ 取り除いてあげられないこと

その痛みを
私が 変わってあげられないこと


あなたを幸せにできないなんて

どこか 認めたくなかったのかな



「私 もっと頑張れる」

「もっと 力になれるはず」


そんなふうに
知らず知らずに 無理をして

自分の気持ちは 置き去りにしてた



だから 腹が立っていた


我慢している 自分にも

私を悩ませる あなたにも



“ もう 泣かないで ”

そう言いながら

あなたのように 泣きたかったのは
私の方だったんだ



「我慢強くならなくちゃ」

「我慢できる子が いい子でしょ」

「我慢するのが 普通でしょ」


そんなふうに 
今まで やってきたけれど



私も 泣けばよかったんだ


ちゃんと 怒ればよかったんだね
  
 

母の前では
「私がしっかりしなくっちゃ」って

平気なふりや
大人なふりして


子どもの前では

「私だって 
  我慢してきたんだから」って

自分の不満を なすりつけてた



もう 大人になっちゃったけど

もう 大人になったからこそ


泣きたいときは そのまま泣いて 

腹が立ったら ちゃんと怒って


等身大の 気持ちのままに

私のままに 生きてみよう


いつも笑顔でいることよりも
きっと 大事なことだから



小さなあなたの 涙に誘われ

忘れかけてた 涙がこぼれ


止まったままの 私の心が

そのたび すくすく育ってく



ちゃんと泣くから 笑顔が眩しい
あなたのように 

あなたのそばで

心を震わせ 生きていきたい






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嬉しいこと

テーマ:

ねぇねぇ 
ばあちゃんは 何屋さんなの?



小さな頃  物干し場で
忙しそうに くるくる動く
ばあちゃんのお尻に 聞いてみた




そうねぇ 今は
お家のことをするのが お仕事なのよ




・・ふーん

お家のことをするのが 好きなの?




そうねぇ
あんた達の 喜ぶ顔を見るのが好きなのよ



・・ふーん




洗濯をして
ご飯を作って 

掃除して


居なくなったと思ったら

裏山へ 山菜を採りにいっては

“こんなに採れた”と 喜んで


またすぐ次の ご飯を作る




ケーキ屋さんとか 
お花屋さんとか

たくさん 色んな仕事は あるのに


ばあちゃんの夢は

私が 
元気に大きくなること だと言う




嬉しいことは

ご飯をもりもり食べる私を
横で見ていることだと言う




ばあちゃんて へんなの

ばあちゃんて つまらない


そんなふうに思っていた 




綺麗な花が 咲いていたとか

私が上手に 絵を描いたとか

そんなことで 
鼻歌まで唄いだす





ねぇ ばあちゃん

私は もっと 
そんなのじゃなくて


大人になったら 
お姫様みたいに おめかしするとか


お菓子屋さんになって
可愛いクッキーを焼いたりとかして


私が喜ぶときは
もっとすごいこと した時なんだから



そう言うと ばあちゃんは
あらまぁ素敵 と それでも笑った




ねぇばあちゃん

あの頃 私
ばあちゃんの言う 幸せが
ちっぽけなものに 見えてたの



なんでそんなことが嬉しいの?


もっともっと 面白いこと
他にたくさん あるのにな って




だけど今
それがどんなに 素敵なことか

ようやく胸に ストンと落ちて
私の心を いっぱいにする



同じような毎日の
繰り返しに 思える日には

そんなばあちゃんの  在り方が
私の心を 温めてくれる




なんでもない毎日にこそ
自分のいのちを どう遣いたいのか

ふと 立ち止まっては 思い出したい




そして やっぱり 
ばあちゃんのように 嬉しい顔して


ご飯を頬張る 我が子を眺め


一年後の今日も 

数年後の今日も


こうしてあなたが 隣にいて

なんてことないことで笑っている


今日と同じような 日であれば

何よりそれが 嬉しいと思う









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育児の悩みと子育て支援

テーマ:

育児ノイローゼとか
虐待を防ぐためとか

子育てしやすい環境にするために


いろんな機関や団体が
啓発運動や

「相談に乗りますよー」みたいなことを
してくれているけど


一番虐待が多いといわれる
幼児期の子をもつ お母さんの場合



そんなお母さんが
一番望んでいることって

誰かに話を聞いてもらうことよりも


「ご飯をゆっくり食べたい」とか
「朝までゆっくり寝たい」とか

たったそれだけだったりするんだと思う。



たったそれだけのことが出来なくて
いろんなことが辛く思えたり

休まらない体のままだから
どんどんイライラが溜まって


判断能力も落ちて
どうしたらいいのか分からなくなったり。



ちゃんとご飯を
味わって食べる時間があって

ぐっすり眠る時間が 確保出来て


ある程度
自分の時間も ちゃんと持てたら

 
今ある悩みの大半は
いつの間にか消えてるんじゃないかな。




育児相談とか 
子育て支援とか
そういう取り組みをしている所へ

“来てほしいお母さん”ほど 来ないのは

行く気力さえないんだと思う。




初めての育児で 心細かったり

不安とか
孤独感とか

どうすればいいんだろうって
迷うことも沢山あるから

「話を聞いてほしい」のも勿論あるけど


例えば そういう場所に
相談しに行く時間を 調整したり

人に会う元気とか
電話する勇気とか 気力があるなら 

そんなには悩んでないと思うし


そもそも自分から
そういうアクションを起こす余力なんて
残ってない人がほとんどなんじゃないかな。



他の人はどうかわからないけど
私はそうだったから。




一人目が生まれて一年くらいは
ものすごく神経質になってて


夜 一時間起きの夜泣きと
昼はずっと 抱っこ抱っこで

心も体もボロボロで
ほんとよく一緒に泣いたし


でも
「もっと頑張らなきゃ」って思ってた。



皆 幸せそうに子育てしてるのに

私は 普通に
育てることすら出来ないのか って。



子育て支援に携わる人や
心のことを専門にしている人なんかに

すがりたい気持ちはあったけど


それでも、
そんな時間を作るくらいなら

とにかく何もせず
横になって寝ていたかった。



だって話を聞いてもらったって
寝る時間が増えるわけじゃないでしょ?


一人でゆっくり
ご飯が食べれるようになるわけでもない。


10分でいいから見ててほしい時に
代わりに見てもらえるようになるわけでもなく。


だったら結局
自分で何とかしなきゃいけないじゃない、って
そんなふうに思ってた。


で、どんどん どんどん
まるで貝みたいに
心を固く 閉じてしまった。



「助けてほしい」って口に出せば
助けてくれる人なんて
いろんな所に いたはずなのに


「私しかいないんだから」
「私がやらなきゃいけないんだから」って


“責任”とか
“親なんだから”っていう 重たい荷物を

抱えきれないくせに
寝る間も惜しんで 背負ってたんだ。



もう頑張らなくていい人ほど
自分が頑張ってることに気付いていない。




それで、
虐待防止運動とかいうやつ。


「小さな命を守るのはあなたです」とか

「見つけた時はすぐに通報してください」とか
啓発したりしてるの見るけど


あれって何で 
そんなことしてるのかな?


私にはいまいち分からなくて。



真意を知らないだけかもしれないけど、

でも 詳しく知らない私から見たら
母親の罪悪感や 後ろめたさを刺激して


「それは犯罪ですよ!」って
ただ正義を振り回してるようにしか見えない。


それで幸せな子どもが
幸せなお母さんが増えるのかな。



あれを見るたび

何もしてないのに
なんだか居心地が悪くなるお母さん、

きっと私だけじゃないと思う。



そんなことするくらいなら
未就園児のお母さんは 特に

月に一回 休息デーとか作って


マッサージとか
美容院とか 
カフェでのんびりとか

何項目かの中から好きなの選んで
そういう券を発行されてさ、


「託児があるので必ず行ってきてください」
みたいなのにした方が


よっっっっぽど 
笑顔の家庭が増えると思うんだけどな。




そんなの言うだけ簡単だけど。

でも言わなきゃ始まらないよね。



で、言うだけ簡単だから
つべこべ言ってる私は

つべこべ言ってる自分に 釈然とせず


今年6月から
子育て支援に携わらせてもらえることになり

先輩達やたくさんのお母さん方から
日々学ばせてもらっています。



友達に言うと
「あんたが支援される側でしょ」って
笑われるんだけど、
 
ほんとそう 笑



私みたいに
「子育て向いてない」とか言って

よく凹んだり 
愚痴ったり 

いつも「あ〜疲れた〜」って言ってるような 笑


そんな私だからこそ
見える視点があると思うから。




子育てなんて
一人でできるわけないじゃない。


別に母親が
子育てしなくてもいいじゃない。


できる人が
できることだけすればいい。




だから、
「それってどうなの?」とか

「こうしたらいいんじゃないかな」って
思うことは

どんどん自分達で変えていけばいいんだ。

  

次の時代を創るのは 
そろそろ私たちの番だから。
  


常識といわれることとか
これまでのルールとか

そのまま受け取るんじゃなくて


自分の頭で考えて
自分の心で感じて

いらない価値観は どんどん壊して
自分の足で歩いていきたい。



今はまだ
どうしたらいいのか分からなかったり
見えないこともあるけど


「社会 皆で子どもを育てる」


ひとりぼっちなお母さんも
ひとりぼっちな子どももいない


そんな世界に していきたいな。




最後に、代表に教えてもらった言葉


“「助けて」は「愛してる」と同じだよ。”



出来ないこと、
出来ないままでいいから


無理に頑張ろうとしなくていいから



「愛してる」と同じくらい
「助けて」って言い合える

そんな世界に 

私もしていきたいと思う。






毎日

テーマ:

赤や黄色の 落ち葉のじゅうたん
サクサク シャカシャカ 踏みながら

愉快な音に にっこり笑い



もみじのような手を 
ひらひらさせて

見守る私に 手招きをする




懐っこい笑顔に  
吸い寄せられて


かけ寄って繋ぐ 
手の温もりに



なんだか こっそり

ドキドキとして しまうのです






大好きな番組が 始まると

音に合わせて 踊り出し



見て見てって 指を差すから


見ているよって
テレビの方を 向くけれど



ほんとは私

テレビなんて 見てないの




嬉しそうに 手を叩き

上手に足踏みして 笑う



そんなあなたの横顔ばかり

夢中になって 追いかけてるから




そうして やっぱり また今日も

心がきゅっと ときめくのです






あなたの隣で

あなたばかりを 見つめる日々は


びっくり箱を開けたみたいに

いろんな想いが 巡っていきます




それはとても新鮮で

だけど なんだか懐かしく



初めて感じる 気持ちばかりで



そんな新しい自分にも 

そうして こっそり 驚いてます





ハラハラしたり 

メソメソしたり


ドキドキしたり 

キュンとして




母の心は 忙しい




愛おしいって こういうこと



そんな気持ちを 知る毎日です