毎日

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赤や黄色の 落ち葉のじゅうたん
サクサク シャカシャカ 踏みながら

愉快な音に にっこり笑い



もみじのような手を 
ひらひらさせて

見守る私に 手招きをする




懐っこい笑顔に  
吸い寄せられて


かけ寄って繋ぐ 
手の温もりに



なんだか こっそり

ドキドキとして しまうのです






大好きな番組が 始まると

音に合わせて 踊り出し



見て見てって 指を差すから


見ているよって
テレビの方を 向くけれど



ほんとは私

テレビなんて 見てないの




嬉しそうに 手を叩き

上手に足踏みして 笑う



そんなあなたの横顔ばかり

夢中になって 追いかけてるから




そうして やっぱり また今日も

心がきゅっと ときめくのです






あなたの隣で

あなたばかりを 見つめる日々は


びっくり箱を開けたみたいに

いろんな想いが 巡っていきます




それはとても新鮮で

だけど なんだか懐かしく



初めて感じる 気持ちばかりで



そんな新しい自分にも 

そうして こっそり 驚いてます





ハラハラしたり 

メソメソしたり


ドキドキしたり 

キュンとして




母の心は 忙しい




愛おしいって こういうこと



そんな気持ちを 知る毎日です









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信じること

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心に引っかかっていた事があった。


子どもとのこと
私の心の中のこと

ブログには何でも書いているつもりだけど

その事は当時
あまり書きたくなかったんだろう。


今になって振り返れば
取るに足らない事だったと思うし

なにをそんなに
気にしていたのか わからない。


だけど その時は
悔しくて 悲しくて

自分の子育てに自信がないから
隠しておきたかったんだと思う。




一年半前
満3歳児クラスに入園した息子。


妹はまだ数ヶ月の赤ちゃんで
後追いもひどく、
授乳もおむつ替えも頻繁。


赤ちゃん返りや やきもちを焼く息子を
一番に優先させてあげたかったけど

どうしても
私が少し離れただけで
泣き叫ぶ娘に手を焼いて

なかなか思うように
甘えさせてあげられなかった。



私自身も
慣れない二人育児に 余裕もなくて

息子が幼稚園に行ってくれることで
気持ち的にも 少しは楽になるだろうと

寂しい想いよりも
嬉しい気持ちの方が大きかった。



最初はやっぱり
初めて私と離れて過ごすことに

不安や寂しさから 大泣きで
「行かない 行かない」と嫌がった。


「最初は皆そうですよー」と言ってもらえて
私も“そんなもんだろう”と気長に見ていた。



二週間、三週間と経ち
一緒に入園した子たちが
にこにこ笑顔で通うようになっても

息子一人だけ
いつまでも慣れずに泣いていた。


そしてしょっちゅう
お漏らしをして帰ってくるようになった。



濡れたズボンの入った
ナイロン袋をぶら下げて

メソメソ帰ってくる姿に
胸がきゅーっと締め付けられた。



そして
「そろそろ慣れてくれても
   いい頃なんですけどねぇ」と

少し困った顔で先生に言われ
一気に心がざわついた。



そっか‥そうだよなぁ、
この子はいつまで泣いてるんだろう

いつまで嫌がるんだろう


どうしてお漏らししてくるのかな

なんでこの子だけ出来ないんだろう


なんだか恥ずかしくなって
ザワザワと心が焦ってしまった。



それからしばらく経ったとき
先生に
「ちょっといいですか」と呼び止められた。



「◯◯君(息子)、
出席シールもまだ自分で貼れないんです。

お絵描きの時間にクレヨンも持てないし、
お弁当の時間も 全然一人で食べられなくて‥。

お家ではそういう事、
ちゃんと教えられていますか?」



びっくりした。

家では喜んでシールを貼りたがるし
お絵描きだって 
グチャグチャながらも描いている。

ご飯も一人で食べている。



「そうなんですか⁈
家では全部してるんですけど‥
まだ慣れてないからだと思うんですけど‥」



なんだか
“何にもしていないお母さん”だと
言われたようで

「そんなことない!」と
弁解したい気持ちでいっぱいになった。



「でもね お母さん、
お漏らしも頻繁にしてしまうし、
時々私(先生)に抱っこをせがむんですよ。」


次に何が言いたいのかわからなくて、
「はい‥」と言葉を待ってると


「だからね、ちょっと
愛情不足なんじゃないかなって思うんです。

ほら、妹さんもまだ赤ちゃんだし‥

◯◯君のこと、もう少しちゃんと
見てあげてほしいんです。

何でも幼稚園任せじゃなくて
お家でも色々教えてあげて下さいね。」



もう、今にも溢れてきそうな涙を
堪えることに必死で

平然を装って
「わかりました。」と言うのが精一杯だった。
 



 愛情不足。

たくさんの子ども達をみている先生に
そう言われてしまったことが衝撃で

私は息子に
何てことをしてしまったんだ と

息子の手を引きながら
ボロボロ落ちる涙を
息子だけには見られないように
顔を背けて家まで帰った。



悔しかった。

幼稚園任せにしてるつもりなんてない。

むしろ行き過ぎなくらい
“ちゃんと出来るようにならないと”って
息子に当たってしまうくらいだ。


だけど

「私が娘の世話ばかりに
気を取られているから」

「私がすぐ怒ってしまうから」

「私がだめなお母さんだから」


愛情不足と言われる理由なんて
これでもかというくらい
思い当たる節が ボロボロ出てきた。



同じ頃に、
ブログを読んでくれた方からのメッセージで
何通か似たような内容のものが届いていた。



「あなたが虐待を受けたからといって、
我が子を傷つけてもいいという理由には
なりません。
もしも手をあげたくなってしまっても、
自分は母親と同じにはならないと 
グッと堪えて下さいね。
子どもは宝物です。」 とか、


「登和さんは愛情をもらえずに育ったから
子どもへの接し方に困ってしまうことが
あるんだと思います。
でもそういう時は (なんちゃらかんちゃら)
こうしたらいいですよ」  とか。



今なら言えるんです。


「うるさーーーーい!」
「ほっとけ〜〜〜!」って。 笑


もちろん悪意がないことは分かってる。
というより、親切心からなんだろう。


でも
“虐待を受けて育った人は 
同じことを繰り返しやすい” とかいう言葉
当たり前みたいに広がってるけど、

いちいち そこに結びつけられるのは
あんまり面白くなくて。


欲しかった愛情とは違う形だったけど、
私も愛されていたし。



そもそも私は
母と同じようになっちゃいけないなんて
これっぽっちも思わない。


母親してたら 一度や二度は
手をあげたくなるくらい
カッとなること 普通にあるでしょ


どう接したらいいのか
迷う時だって当然あるでしょ


それが行き過ぎてしまうことなんて
誰にでも可能性はあることだし

その行為は
悲しいと感じることだったりするかもしれないけど
悪いことだと非難することではないんだと思う。



でも当時はそんな言葉たちも
ズドーンと重く受け取っていた。


子育てでこんなにイライラしたり
怒ってしまうのは 
やっぱり私がおかしいのかな


やっぱり私が母親になるには
色んなものが欠けているんだろうか



「やっぱり」なんて思う時点で
私が一番
いちいちそんなことを気にしていた。



自分の子なのに
自分の子のことがわからなくて
情けなかった。



見ず知らずの人に
私の子育てを案じられるほど
私は危うい存在なのか


こんなに大事なのに
色々やってるつもりなのに

「普通のお母さん」にもなれないのか


そんなふうに
わざわざ自分を責めていた。


こんなことをブログに書いたら
また色々言われたりするんじゃないかって

母親としての自分に自信がないから
何か言われることが怖かった。



そんな事が重なってから数日は
へこんでみたり
悩んでみたりもしたんだけど


でも、どう考えたって
私はものすごく息子のことが大好きで。


その気持ちだけは
誰に何と言われようと
揺るぎないものなわけで、


そう思うと
誰かから見えた私がどうであろうが

私は私のままでいることだけを大切にして
自分のことさえ信じてあげられたら

問題なんて
どこにもないんじゃないかと感じた。


どうにかしなきゃと思っていたけど
どうもしなくてよかったんだ。



子ども達のことが 
何より大切だからこそ

何かあると それだけで
心を揺さぶられるんだけど


子どもを信じようとするんじゃなくて、
今 子どもがどういう状態であろうと

母親である私自身が
大切にしたい想いさえ
心のど真ん中で大事にできてたら

自ずと子どもも 自分を信じて
自然と前に進んでいくんだろうと思う。



だから なんだか
「まぁいいかー」って吹っ切れた。


メソメソ泣くことも
お漏らししてくることも

私が“できない母親”でも
人からも そう見られても。


それでやっぱり、
そう腹を決めたら

息子も あっという間に
楽しんで園に通うようになって

お漏らしも 
心配していたことも
いつの間にか無くなった。



そもそも
親が心配しなきゃいけないような子どもなんて
その親からは生まれてこないと思うし


間違いないのは
子どもが親より弱いわけがないってことなんだろう。



そう思いたいのは親だけであって、

守ってあげたいとか
幸せにしてあげなきゃとか

お門違いでしかないんだろうな。



子どもが見せてくれる出来事は全て
親の世界を拡げてくれる愛でしかない。


「やっぱりそうかー」って
気付かされた出来事だった。



子ども達が
愛してくれる私のことを

私もまっすぐ
愛してあげようと心に誓った。








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へたくそ

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「ねぇねぇ、お母さんのこと好き?」



小さなことで ガミガミと
怒ってしまう日が 続き


うっかり口にした 質問が
恋する乙女みたいなセリフで

思わず自分で 笑ったけれど


だけど ほんとに
なんだか 不安になってしまって
情けないけど 聞いてしまった



そしたら あなたは 
にこにこ笑顔で 自信たっぷり


「えー!好きくない!」と 変な言葉で
ばっさり 母を 振るもんだから

また 可笑しくて 一緒に笑った



「なんでよー」と コチョコチョすると

大口開けて けらけら笑い 


「だって すーぐ 怒るんだもん!」と



分かっちゃいたけど
そんな答えに しょぼくれた




「そうだよね、
  怒ってばかり 嫌だよねー」




いつも イライラ 当たってごめん 

すぐに あれこれ 口出してごめん



ごめんばっかり言うけれど
またすぐ怒ってしまって ごめん



“私だって
ほんとは怒りたくないのに”なんて
上っ面では 言うけれど


何度も何度も 繰り返しては

こんなに 嫌なはずなのに
直す気なんて ないみたい




なんでかな


こんなお母さんで 
いたいわけじゃないのにね




気付けばそうして 虚勢を張って


私 何が怖いんだろう


何を そんなに
いつも焦っているのかな




片付けても 
片付けても

あっという間に 散らかる部屋に

ちょっと気を抜けば
あっという間に 溜まってしまう
洗濯物や お皿たち



「あれして」「これして」
「聞いて 聞いて」

「これやだ」 
「違うのがいい!」

「早く一緒に遊ぼうよー」



息つく間もなく
することに追われ

「ちょっと待って」ばかりの毎日




時間がない
 
余裕がない

思う通りに 全然できない


ないものばかりが 目について
溜まった家事を 眺めては

こんなことも出来ないのか と
なんだか責められてるようで


知らず知らずに 少しずつ
心が 固くなっていく




私、ちゃんと育てられてる? 


“ちゃんと” とか
“普通は” だとか

どうでもいいんだと 思いながらも

やっぱり不安で 
心細くて


こんな母で いいんだろうか と
自信がなくて 怖いんだ



「そのまんまの あなたでいいよ」

そんなふうに言われても

「このまんまで いいわけないよ」と
なかなか自分に 優しくできない




ダメなところは 直さなきゃ

足りないところは 補わなくちゃ


そうやって
つい ジタバタと
独りよがりに 頑張るけれど



ねえ だけど


私が思う 
「いいお母さん」になるより 先に

あなたは大きくなってしまうね



そんなことにも 気が付かないほど
目の前のことで いっぱいなんだ




夜 
うす暗い部屋で 静かに
あなたの髪を 撫でながら

眠る横顔を じっと見つめて

「かわいいね」と そっと呟く


口にした途端 
涙でじんわり あなたがぼやけて

心が少し 柔らかくなる



きっと 私
わかってほしいだけなんだ


口にする程でも ないと思ってた
ちっぽけな この 孤独や寂しさ


「みんなやってることだから」って
素直に認めてあげてなかった

頑張っている 自分のこと



心細いよ

不安だよ


「お母さん」って呼ばれたって
どう育てたらいいのかなんて
私だって わからないんだよ


それでも
こんなに頑張ってるんだから

私のことも 認めてよ



そうやって

一人で焦って
一人で勝手に 責任感じて

自分の我慢を ぶつけていただけ



あなたと ただ
笑っていたいだけなのに

自分にすら
なかなか素直になれなくて


愛しかたが 
へたくそで ごめんね



それでも こうして
大きな心の 小さなあなたに

昨日も 今日も 許されながら

わたしの心も 育まれてゆく



いつだって そう

あなたの存在が 私を笑わせ
あなたの存在が 私を泣かせる



怒ってばかりの こんな日々


愛しい 小さな あなたとの 

二度と 戻ってはこない日々







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最後のギフト

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今日は母の命日


4年前の今日、
母の死を知らされて


一番最初に出てきた感情は
「ふざけるな!!」だった。



母の妹が 電話口で
「ほんとバカだよね、ごめんね」と
悔しさを滲ませて 泣いていた。



本当に ばかだと思った。
悔しかった。



二十数年ぶりに再会して、
まだ 4、5回しか会ってない。



息子が生まれたばかりで
初めての育児に奮闘しながら

やっと 
憎んでいた母の気持ちも
少しずつ 分かるようになってきた頃。




育児に行き詰まっていた私は
まだ赤ちゃんだった息子を抱えて

「どうすればいいの」

「どうしてまた置いてくの」


「そうやって
 私の気持ちは いつも無視されるんだ」と


悔しくて 
情けなくて

怒りながら 泣いていた。



だけど 葬式では
涙なんて 一滴も出なくて


ただ ぼーっと遺影を眺めて

母の人生は 
どんな一生だったんだろう と

ずっとずっと 考えていた。




これからだった。


これから本当に、
母と子をやり直せると思っていた。



わかり合うことも
喧嘩することも

いつでも出来ると思ってた。





あれから4年


母の好きな花を知らない私は
毎回 手向ける花を選ぶのに迷う。



母の好きな色も
好きな食べ物も

好きだった人も 私は知らない。



母の作る みそ汁の味も
母の手の温もりも

楽しそうな笑顔も  私は知らない。



母と子である以外に
私達を結ぶものは 
何もないように感じた。



母と子であることに甘んじて
母のことを 
母の気持ちを
知ろうともしていなかった。




“普通のお母さん”は
ちゃんと子どもを大事にするのに!


“普通のお母さん”なら
こんなに苦しむことはなかったのに!


ずっと そう思いながら
母のことを恨んでいた。




「お母さんなんだから」

そう言われることが 
こんなに苦しいことだったなんて

自分もお母さんになるまで 
知る由もなかった。




小さな私を殴り続けた手が

心が

どれほど痛いものだったかなんて

私もお母さんになるまで
知る由もなかった。



何も知らないのに 許せなくて

何も知らないのに 愛していた。





母にとって
幸せだと思う時間は

生きていた中で
どれくらい あったんだろうか



やっぱり
私から見えたまんまの
我慢ばかりの人生だったんだろうか




嫌なことを
我慢しながら し続けて

本当は やりたいことを
我慢しながら やらずに終わった。




“いつか” 笑って過ごすために

“今”を笑わず
厳しい顔して 逝ってしまった。




お母さん、
幸せでしたか?



私を産んで
幸せでしたか?




あの日
これで会うのが 最後だと分かっていたなら

目を背けずに
話をすればよかったな




作り笑いなんかしないで

言いたいこと 飲み込まないで


ちゃんと 怒って
ちゃんと 泣いて


私 寂しかったんだって



もっと私を 見てほしかった

もっと分かってほしかった


お母さんなんか 大嫌いだ!って


腹の底から 全部の気持ちを
ちゃんと目を見て 伝えれば良かった。



そして
「お母さんの みそ汁飲みたい」って
遠慮しないで 頼めばよかった。



恥ずかしいとか
かっこ悪いとか そういうの

本当にどうでもいい事なんだって

もう会えなくなってから
気付いたけど 遅かった。



意地を張らずに
大好きだって言えていたなら

母を 思い出すときの
なんとも言えない この切なさも
少しは 癒えていたかもしれない。




会いたいときに 会いにいこう

言いたい時に ちゃんと言おう


したい時に したいことしよう



大切な人を 大切にしよう



母からもらった最後のギフトは
そんなメッセージなのかもしれない。




母を幸せに出来なかったとか
母を苦しめてしまったとか

自分を責めてしまう時もあったけど


母は母の人生を 
思うままに 生きただけだし

私は私の人生を
これからも こうして
毎瞬 生きるだけなんだ。




生きてる間に したいこと

生きてる間に 伝えたいこと


心のままに 出来たらいいな。





お母さん、

ちゃんと 伝えられなかったけど


大好きだったよ。



大好きだよ。




また いつか逢うときは

今度は笑って 逢えるといいな









うわのそら

テーマ:

早く眠ってほしくて
寝たふりをする 私の顔を覗き込み


耳を引っ張ってみたり
鼻の穴に 指を入れてみたり


楽しそうに
満足そうに

私に触って 遊んでいる子



じっと おもちゃになりながら
うっすら 目を開け

 
“ お皿を洗って 片付けて
明日の準備と 服のシミ取り‥

それが終われば 本を読みたい
溜まった写真の 整理もしたい”



次から次と 頭の中に
したいことが 溢れ出て

まだ寝ないのかと もどかしくなる




“ 今日何をした? ”

そう自分に問いかけて
何もせずに 淡々と
終わってしまった と 感じる日


それでも この子はどんな日も
満足そうに 一日を終える



道草をして
アリの行列を 真剣に眺め

ショベルカーに 目を輝かせ
すれ違う犬に 挨拶をして


お風呂では
泡をいっぱい作って遊んで
あのね あのね と 夢中でおしゃべり



なんてことない それだけの日も
精一杯の 一日を生きてる



私はただ その横で
遊ぶ姿を ぼんやり眺め

そろそろ行こう と 急かしたり
心はどこか 違う方を向いて




同じ時を過ごしても
何も出来なかったと 嘆く私と
今日の全てを 楽しめる子



何か 意味のあることを
しなくちゃいけないと思う大人に
私はいつから なったのだろう


私にとっての 意味なんて
この子の前では 
何の意味も成さないことばかり



汗粒光らせ 笑う子と
分かち合う いつもの風景

思い出となり 心を暖める
そんな日は 今日かもしれない



こんなに大切な日に私は
どこを向いていたのだろう



本当に大事なことなんて
そんなにいくつも あるものじゃない




まっすぐに
シンプルに

今という時を 味わって


他愛もない 
お喋りをしよう

目と目を合わせて 
一緒に笑おう



心を向ければ いつだって
大事なものは ここにあるから