みっともない

テーマ:

お母さんになったら

リクエストに 沢山応えて
美味しいご飯を 毎日作って


いつもいつでも 笑顔でいて

沢山 子どもと一緒に遊んで
沢山 子どもの話を聴いて



優しく 強く
愛情いっぱい 包んであげる



子どもの前で 
涙なんか見せないし

理不尽に怒ることなど 絶対しない





そんな私の 母として掲げた目標は
いざ 母親となったとき

想像以上の 大変さに
いとも簡単に 崩れてしまった





いつでもせかせか 手一杯

上手くこなせない歯痒さで
後回しにしてしまうのは

ほんとは一番 大事にしたい
我が子と触れ合い 過ごすひととき




熱を出したり 怪我などすれば
誰よりも一番 オロオロとして

今にも一緒に 泣き出しそうで



何だか 疲れがとれない時に
つい 手が伸びてしまうのは
チンするだけの お惣菜



そんなご飯に 文句も言わず
一生懸命 頬張る姿に
罪悪感と 情けなさ


そんな自分に イライラとして
泣き止まない 我が子を前に

感情的に 怒っては
一緒になって 泣くことも




自分の弱さと 
隠れていた本質が
我が子の前で 浮き彫りになる






あなたに まだ出逢うまえ
あなたを想い
描いていた 理想とは
随分違う 母だけど


あなたにまだ 逢うまえの
あなたを知らない私より
今の私が これほどに



怒って 泣いて 喜んで
立ち止まっては また踏み出して



こんなにも みっともなく
こんなにも 人間臭いのは


ただ夢中に がむしゃらに 
あなたの命と 向き合っているから




挫けそうになるときも
投げ出したくなるときも

ほんとは 何度もあるけれど



それでも こうして母でいること
つまずきながらも 頑張れるのは

自分の命も 惜しくないほど
あなたを 愛しく思うから




母なのに
みっともないと 思っていたけど


母だからこそ これほどまでに 
みっともなく 
なってしまうのかもしれない




涙流さず 悩まずに
母になっていく人などいない




そんなみっともない人を
子は愛し
全てを許し


「お母さん」と 呼ぶのだろう







AD

わかってほしかったこと

テーマ:

「 小さいうちなんて今だけなんだから
もっと子どものこと見てあげたら?」

「 子どもが寂しい思いしてもいいの?
親の都合で振り回したら かわいそうよ 」


「 やりたいことなんて
子どもが手を離れてからでも
いつでも出来るでしょ 」



先日、笑っちゃうくらい
自分の罪悪感を 的確につついてもらいました

心の隅っこをチクチク刺激されて苦笑い



でもね
子どもが小さいときは
今しかないかもしれないけど

私の人生の「今」も、今しかないんだよ


やりたいことか 子どもかなんて
何でどちらか選ばなきゃいけないんだろう



お母さんは我慢するもの?

母親は常に子どもの事を一番に考えて
何より子どもを優先するべき?


そういう価値観が
心細い母親の心を
追いつめていたりもするんじゃないかな



そんな事わざわざ言葉にしなくても
母親は いつでも
子どものこと考えているし

何をしていても
何をしていなくても

お母さんでいるってだけで
本当によくがんばっていると思う



そこに 
「私はあれもこれも我慢してきた」とか
「今どきのお母さんは我慢がない」とか

自分の満たされなかった思いや抑圧を
遠回しにぶつけてきたり、

自分の親にしてほしかった事を投影して
「親はこうあるべき」とか言うのは
お門違いなんじゃないかな



我慢が美徳のように思っていたり
人のことばかり考えているふりして
自分自身をないがしろにしている人と
一緒にいても 私は楽しくない

そんな人と一緒にいて
側にいる子どもは
のびのび笑っていられるのかな



だけど
それぞれがそれぞれに“正しさ”を持っていて
時にぶつかることもあるけど
紐解いていけば 根っこは皆同じで

あの人も、私も
「わかってほしい」だけだったりする



不安だから
自分のことを 許してないから

誰かにわかってほしい
認めてほしい

頑張ってるねって
褒めてもらいたいし

そのままでいいよって 
受け入れてもらいたいんだろう




そんな事を考えていると、
私には「わかってほしい」っていう気持ちが
とても強いことに気が付きました。


このブログにしても
恥ずかしい所や かっこ悪い所を晒してまで、

幼少期の話で言えば
思い出したくないことをほじくり出してまで、

何をそんなに わかってほしいんだろうって
考えてみたんです。


そしたら結局は
お母さんにわかってほしかっただけだったんだと気が付きました。



私 こんなに辛かったんだよ
こんなに頑張ってきたんだよ


だから 褒めてよ
「えらかったね、頑張ったね」って
私のことを認めてよ


そして
「生きてていい」って
言ってほしかったんだ



私が感じてきたこと
考えてること

「そんなの わかってる」とか
「お母さんだって あの時は」とか 
そんなふうに遮らないで

私の言葉を 最後まで聞いてほしい
私のことを 真っ直ぐに見てほしい



そして お母さんのこと、
亡くなった今でも嫌いなお母さんのこと

こんなに大好きだったんだよ って

愛してるよって 
伝えたかっただけなんだ。



そう気が付いたら
途端に涙が出てきてしまって

誰も見ていないのに
なんだかすごく 恥ずかしくなって
慌てて涙を拭きました。


バカみたいにちっぽけな自分が
かっこ悪くて
認めたくないけど、

今まで頑張ってきたのは
たったそれだけの理由だったのかもしれない



お母さんに こっちを見てほしかった私

だからこそ

「 子どもが寂しい思いしてもいいの?
親の都合で振り回したら かわいそう 」

そんな言葉に 
罪悪感が顔を出して

子どもの私と 母親の私の間で
迷子になってしまったりもする



でも
私は「かわいそうな子ども」ではなかったし
私の子どもも「かわいそう」なんかではない



私が胸を張らなくてどうする

私が楽しまなくてどうする


私が 私のことを わかってあげなくて
誰が私を わかってくれると思ってたんだろう


もうとっくに 自分で自分を 
幸せにできる力があったのに



だからもう
やりたいこと
我慢している場合じゃないし
人のこと
気にしている暇なんてないんだ


「 幸せになる」と決めて 走り続けて
すでに幸せだったと 気付いた

これからは もっと
私が私を 笑わせてあげたい


そう決めたら また少し 
世界が優しく見えました。



母からもらったものは
いいことも
悪いことも

全てがギフトだったんだなぁ


そんな幸せの種を
今度は私が 咲かせる番だ






AD

ありがとう

テーマ:

おかあさーん!と 大きな口あけ
手を振りながら 駆けてきて

勢い余って ズベンと転び
驚き 慌てて かけ寄った


大丈夫⁉︎ と 起こしたけれど
痛かったーと 言うだけで
泣かないあなたに 驚いた



痛かったねー
強くなったね

そう言って
膝についた 砂を払って

誇らしげに ポーズする
やんちゃな頭を ぐしゃぐしゃ撫でた



ちょっと前まで
泣いてばかりいたはずなのに

いつの間にか
ちょっとやそっとじゃ 泣かなくなって


大声出して 泣いた最後を
すぐにはもう 思い出せない




晴れた日に 
長靴履いて 出かけたいとか

エレベーターの
ボタンは 僕が押したかったとか

そんなことで 地団駄踏んで
力の限りに 泣いてるあなたに


ため息ついたり
イライラしたり 

“ お願いだから 泣かないで ”

必死になって 機嫌をとって
そんなことばかり 考えてたけど




だけど ちょっと
なんだか ちょっと


あんなに うんざりしていた日々を
過ぎてみれば 懐かしく 
少し寂しく 感じたりもして



「 お茶じゃなくて ジュースがいい! 」

「 今日は靴下 履きたくない! 」


そんなちっちゃな理由なんかで
ポロポロ 涙を流せる時期に


もっと 思いきり
泣かせてあげればよかった なんて

また少し
大きくなった 背中を眺めて 
あの頃のあなたに 思いを馳せる




まあるいほっぺに 落ちた涙を
なだめながら 拭くことも

ゆらゆら抱いて 寝かせたことも

毎日していたことたちが

二日に一度
三日に一度

一週間に 一度になって

気付かぬうちに 少しずつ
私の手から 離れていくこと


もっとちゃんと 分かっていたなら

抱っこ抱っこと ねだるあなたに
後でね なんて 言わないで
手を止め 抱いてあげられたかな



こんなに早く 成長するなら

ご飯を食べるのも
靴を履くのも

着替えも 
トイレも
寄り道も

もっと気楽に ゆったりと
待っててあげれば よかったな


“早く出来るようになってほしい”
“早く一人の時間が欲しい” と
ついつい 急かしてばかりいて


早く早くと 願っていたのに
それがこんなに 早いだなんて


目の前のあなたのことだけで
精一杯だった 私には

想像しても ピンとこなくて
まだまだ先のことだと思った




もう言い出せば キリがないほど
 
“ もっと こうしてあげれば良かった ”
“ 今ならもう少し ちゃんとできるのに ”


そんなふうに 悔やんだり
やり直せたらと 願ったり

今になって 思うけど



でも それは
手探りのなか 母をして
共に育ってきたからこその

今だから
思える気持ちなんだろう



欠けているから ぴったり合わさる
パズルのように 母と子も

未熟だからこそ 愛し 愛され
許し合いながら 共に歩いてく


だからきっと なにもかも
全てがこれで よかったんだね



「ありがとう」も
「ごめんね」も

あなたへの愛には 変わりないけど

お日様のような あなたには
やっぱり「ありがとう」の 言葉が似合う



あなたがただ いてくれるだけで
どれだけ愛を 受け取っただろう



可愛い あなたへ

いつもほんとに ありがとう 






AD

お弁当

テーマ:
お弁当作り、
ものすごく 苦手です。


いつまでたっても料理が上手くならない私は、
息子の幼稚園のお弁当作りが
億劫でなりません(>_<)

( この春に年少さんになりました(^^) )



せっせと試行錯誤して作ってみても、
「結局 前と変わり映えしないなぁ」と
もやもやしながら 包んでいました。


キャラ弁なんて作れないし、
冷凍食品にも必ず頼るし、

「なんだか悪いなぁ」
「何にも出来ない母だなぁ」と。



先日 長い付き合いの友人に、
ぽろっとそんな話をしました。


「いつも似たようなお弁当ばかりで
息子に悪い」と 拗ねる私に
その友人は驚いて、

「いやいやいや!!
私からしたら どうしようもなかった登和が
子ども産んで 育ててるだけで
充分凄いと思うんですけど‼︎ 笑」って。




・・・え?( ̄ー ̄)


一瞬 何のことかと首をかしげましたが、
そう言われて思い出しました。



その友人達と過ごした学生時代

反抗期真っ只中だった私は
制服のまま飲酒、喫煙は当たり前

補導される事も度々あり、
何度 祖母を泣かせたかわかりませんでした。


家には週に一度くらいしか帰らず、
学校も昼過ぎに登校しては

熱血な生徒指導の先生に
「お前やる気あんのか!!」と肩を掴まれ、
「そんなもん生まれた時からねえよ」なんて

今思えば赤面してしまうような、
突っ込まずにはいられないような、
被害者意識 全開で生きていたあの頃 (^^;


もう何もかもが大嫌いでした。

周りの大人も、 
幸せそうな子どもも、
こんな世界も こんな自分も、
何もかも黒く塗りつぶしてしまいたかった。



ましてや将来 
こんな自分に子どもが出来ることなんて
想像もできませんでした。


私みたいな子どもなんかいらない
愛してあげられるかもわからない

手をあげてしまったらどうする?
同じ経験をさせてしまうんだろうか?


こんなに悲しいことばかりで
こんなに嫌なことばかりな世界に
わざわざ新しい命を生むだなんて可哀想

本気でそう思っていました。



そんな私が
少しずつ 少しずつ変化して、
結婚して 子どもができて。


朝方寝て 昼過ぎに起きる生活から、
6時に起きて お弁当を作ったり
洗濯干して 子ども達を起こして‥

前までは 絶対無理だと思うような
生活をしている。


“なんで生きてるんだろう”なんて
来る日も来る日も だるくて仕方がなかったけれど、
今は朝から子ども番組を見ながら
一緒に歌って踊ってる。


お母さんになんか なりたくない
なれるわけない と思っていたけど、
今では二人の存在が
何より支えになっている。


それがいいとか 悪いとかではなくて、
それだけ私は いつの間にか
母になる前の自分を
どんなだったか思い出せなくなるほど 

夢中になって 母を生きて
こんなに変わっていたんだなぁと気づきました。



そんなことを思い出したら、
可愛いお弁当が作れない事なんて
本っ当にどうでもいい!と笑えてきました 笑



なんだ、充分すごいじゃんか 私!!


朝起きてるだけで、
お弁当なんて一丁前に作ろうとしてるだけで、

何より「お母さん」しているだけで、
本当に本当に 私ってえらい!   (^^)



周りと比べていたけど、
比べるのは過去の自分だけで充分なんだ。


そもそも別に 
過去の自分とも比べなくたって
今 笑っていられれば 何でもいいんじゃないか



そんなちっちゃな事を気にかけてしまう程
一生懸命 お母さんをしている自分を

「皆 当たり前にしてることだから」なんて謙遜せずに
胸を張って 褒めてあげたい。


ちょっと心が 
ささくれ立ってしまう日なんかは
「あー 私ってほんとえらいな」
「そういうとこ 尊敬するわぁ」と
ブツブツ ブツブツ 口にしながら 
自分自身を大事にしていきたいなぁと思います(*^^*)





# お弁当
# かと言って「じゃあ練習しよう」とは思ってなかった
# だって作るの好きじゃない
# ちょっと悩んでみたかっただけ
# 気にしてみたい 母心

一番

テーマ:

大げさだけど
大げさじゃなくて 


この世界の 誰よりも
このひとの隣で 生きていたい と

そんな願いを 結び合い
どこよりも大切な 居場所ができて

そこに「家族」と いう名がついた



今度こそは
自分でつくる 家庭こそは

いつも笑顔が 溢れる場所に


優しい妻で  
母でありたい



苦手な料理も 上手になって
家はいつでも 綺麗にして

お花を飾ったりなんかもしよう



子どもには 
絵本をたくさん 読んであげたり


夫の帰りが遅い日だって
ちゃんと起きて 出迎えて
温かいご飯を 並べよう

 

“ 私なら出来る ”

だってずっと そんな家庭が 
ずっとずっと 欲しかったから



そう思っていたのに

そう思っていたからこそ

思い描いていた 理想との
あまりの差に 肩を落として
出来ない自分を 責めてばかりいた



「おかあさーん こっちきてー」

誘われたって おっくうな日は
一緒には 遊ばないくせに

「喧嘩しないの」
「危ないよ!」なんて
口だけは いちいち動いたり


ちょっとくらい 散らかってても
夜ご飯に 惣菜を出しても

夫が帰るより 先に
眠ってしまう日が続いても


いい母じゃなくても
いい妻じゃなくても


ほんとは誰も 責めてないのに
できない自分を 自分で責めて

勝手に なんだか不自由で
窮屈な場所に 感じたりもして



イライラしたり
一人で拗ねたり

一番 大事にしたい居場所で

一番 嫌な言葉をぶつけ
一番 嫌な自分を見せてる



だけど どんなに喧嘩して
求めすぎたり 
押しつけ合ったり
“もう知らない!”と思っても

結局 許し 許されて


頑張ろうとしなくても
何かしようとしなくても

このままの私でいいんだと
許されるごと 知ってゆく




「あんな親には 絶対ならない」

「こんなの 家族なんかじゃない」

幼い頃は
そう思っていたけれど


家族って
不完全で 
みっともなくて
傷つけ合ったりする日もあって


それを家族と 呼ぶってことに
今ごろ気付いて 心が和らぐ



足りない足りないと 思っていたけど
欠けてるものなんて 何もなかった

 

いつでもそばに いてくれるから

時に大事にできない日もある
何より大事な 「家族」と呼ぶひと



一番 腹が立ち
一番 心配で
一番 涙 させるひとたち


そう ここは 
だからこそ

世界中の どこよりも
一番 笑顔になれる場所