古文書からみえる昔の日本人

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とある歴史学者の先生のお話が今おもしろい。

 

尊師安住のラジオのゲストコーナーに登場していたのを聴いたのが初の出会い。YouTubeで時折視聴する「英雄たちの選択」でメインでお話をしている方だったことは最近に知った。

 

とにかく尊師との話の掛け合いが面白くて(なぜああも話し手の魅力を十分に引き出すことができるんだろう、プロの聞き方、見習いたいなぁ…)ゲストとしてかなりの出演の数らしく、どんどん過去の動画が出てくるので片っ端から聴いているうちに、気づけば手元にいくつか著書が集まっておりました。

 

映画「殿利息でござる」、舞台は1766年、困窮極まる仙台藩の宿場町。

破産者夜逃げ者が相次ぐ有様であった吉岡宿、有志らで銭を出し合い藩に貸して利息を取り、一時をしのごうという案が持ち上がる。百姓がお上にお金を貸すなど、夢物語と言うほど現実味がない策のように思われたが、策の実現のため、同志集めと銭集めに動き出す。

 

磯田道史氏は古文書から歴史を紐解いていきます。

すべて古文書に残されていた事実を元に再現されている。

 

ちゃんと人間をみようとしているから、歴史にありがちな嘘がないからおもしろいんです。

 

この映画の登場人物たちは、もちろん空想で仕立てた架空の人物ではない。

彼らの起こしたこの事件を、わずかながらに記した古文書をもとに想像して描かれています。

映画も観終わったころには、この村の人たちの奥ゆかしさ、まさにみんなのことを考えて無私に行動していたその姿に思わず涙があふれます。

 

その後、夢のようなこの策を成し遂げた有志たちは、自分たちを英雄扱いすることだけはやめてくれと周りや家族に念を押していたらしく、その言い伝えはなんと現在までも伝わっており、今でもこのことを知らない町内の人がいるレベル。

という、その話をしているくだりの動画が上です↑、仙台の人の奥ゆかしさって、ほんとうにすごいです(笑)

 

 

 

「武士の家計簿」も、加賀藩の算盤役がつぶさに記して残した金勘定の記録を元に、著者が当時の生活の様子を書き起こしてゆきます。

武士とは、実に金のいる位。

なぜこんなに借金もつれなのか、武士なのに、楽な生活してるんじゃないのかと勝手に想像していましたが、実際の記録を読んでいると、ほんとうに大変。

接待交際費が異様にかかっていたらしく、義理金というか、お祝い、武士階級がゆえの、見栄も張らなきゃ、男見せなきゃ代に出費がかさんでる。

これだけはどうしても削れぬ費用。なんか、これは分かる気がしますね。

家財道具や、家族たちの持ち物を売り払う記録も事細かに記されていて、じいちゃんの茶道具とか、ばあちゃんの着物だとか、娘の晴れ着だとか、なんだかつましい生活が手に取るように分かっちゃって、あぁ、昔の人も色々大変な思いをされていたんだなぁと、感慨深い。

なかなか知ることの出来ない人様の生活、それも歴史的にあった階級の人の暮らしを知ることは胸躍るものですが、なかなか、こうもリアルな話になると、共感しちゃって、なんか同情の念が禁じ得ない……。

 

著者がぽつりぽつりと語る武士階級についての話で、すごくおもしろいと思ったのは、徳川時代も後期のころになると、農民に対する武士階級の力の強さってそんなに強いものではなくなっていて、税金も間接的に官僚を挟んでとっていたりするし、なんか、ゆる~いなんとな~くな感じ。だから明治維新のとき、武士から刀とったり髪を切ったりするとか抵抗もなくできて、比較的緩やかに近代に移行できたんだけど、結構武士階級のパワーバリバリだった薩摩の人だけは、最後まで抵抗して反抗しきったという。戦争したし。

そういうパワフルなところ、好きだから、今でも鹿児島県の人みると、尊敬の念に堪えなくて、だれかれ構わず拝み倒すのは、実にわたくしの悪い癖であります。

 

想えば来年は、明治維新150年の記念の年。

たった150年しか経ってないのか!というのが素直な感想。まだ人の一生と一生の半分くらいの時間しか過ぎていないのに。

今の日本は言わずもがなあの明治維新からそのまんま繋がってきているんだけど、どうしてか、150年前の日本人と、今の自分たちが遠くかけ離れた存在にみえてしまうのは、あまりにもわたしたちが、そのころの日本人とは違うものに変わり果ててしまっているからなのかしら。

 

 

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行くも地獄帰すも地獄の山道渋滞を命からがら抜け出し、ほっと一息。

上流の景色でもみようと車を降り、深呼吸。

この看板が目に付いたときは、あ!と声を上げました。

 

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これですばい。

二十歳のころに、鬼のようにハマっていた宮尾登美子。

高知県で生まれ育った宮尾登美子の自伝的な四部作。

宮尾登美子さんの生まれ育った高知の当時の情景が目に浮かび、まるでおばあちゃんの昔話を聞いているみたいで、読むたびわくわくしていたことを思い出します。

舞台は高知市内ばかり。

宮尾登美子の実家は、今で言う桟橋あたりで、芸妓娼妓紹介業を営んでいて、もちろん得月楼の名前も物語の中に登場したりします。

昔の高知のことなんて知らないから、おもしろいんですよね、知ってる地名のことが書かれていると、嬉しくて、聖地巡りなんてするわけです、おぉ!ここがあのシーンの場所かーなんて、アニメオタクよろしく。

確か、二部作の春燈で、この安居小学校が登場するんですよね。

 

ここに当時あった小学校で勤めていて、そこで知り合った人と結婚し、一緒に開拓団の一員として満州に渡り、敗戦ののち、命からがらの引き上げも経験した。

 

 

そのときのはなしがこの三部作。

国が負けるとはこういうことか。日本の敗戦が決定的になったとき、満州で起こった壮絶な人間劇。読んでる間はずっと辛かったなぁ。

現実に帰ってくるのがいちいち大変だった・・・。

 

宮尾登美子さんは二年前に88歳で亡くなられました。

 

 

満州引き上げ後高知で始まった新しい生活のおはなし。

離婚後新しい職につき、新しい出会いがあり、小説家になって数々の名作を生み出す…。

きっと話はそう続いてゆくのであったろう…。

望まれていた自伝作の続きはもう、叶わぬ夢とになってしまいました。

 

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きっとこの景色も眺めていたのでしょうね。

まさか。

紅葉狩りに高知中から人が殺到し、進退窮まる壮絶な渋滞激が繰り広げられるような平和な御代になろうとは、激動の昭和初期の当時に想像ができたであろうか・・・。

 

ぬぬぬ。来年こそは安居で紅葉狩りじゃ~!

 

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安居渓谷への道。

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十一月二十日の日曜日、天気予報では良い天気になるだろうとの予報、しかも紅葉のシーズン到来とばかりに、地元ローカルのテレビでは、安居渓谷紅葉が見どころ!と紹介されていた由、家族の一人が呟いた、では参りましょう!と衆参一致で賛成派多数、日曜日は安居渓谷で紅葉狩りじゃ~~~!

 

と、同じことを考えた高知県人が山ほどいた。

 

安居渓谷への山道は細い一本道。

一台が通れてちょうどの狭い山道で2台の車がすれ違うためには、広い場所まで登る側のこちらがバックをし、さきに降りる側に道を譲るなどをしながらゆくもの。

だいたい、こんな奥深い山道を登りにゆく暇人って、うちの家族しかいないことが多くて、あ!第一村人発見!あ!やっと一台暇の同志がいたよ!なんて、人気のない山道でわずかな人と出会う喜びに浸るものです、このガードレールと人のない深い山道で車ごと落ちたら明日から宮本さんちが行方不明!なんてことになるかもよ~ププーとか会話しながら。

 

昨日の安居渓谷、そんな一本道に、高知県中から車で人が殺到したわけです。

 

二進も三進もいかないって、こういう風をいうんだと、動く気配のない車の中で考えていました。

 

対向車に対して、バックをしようにも、バックができないのです、後ろ渋滞してるから、向こうもバックをしようにもバックができないのです、向こうも後ろが渋滞してるから。

 

細いカーブの山道で、降りてくる車と、登ろうとしている車同士が、みっちり、詰まってるんです。

 

遠い先の道にはみっちり、降りたい車が、後ろを振り向けば登りたい車が、みっちり。

 

さあ!

行くも地獄、帰るも地獄!!

 

わたくし、終わったと思いました。

 

進退窮まるとはこういうことです。

前に進むこともできず、後にも退けず、どうすることもできない、窮地。

 

よかった!こんなときにお腹が痛くなってなくて!目的地まであとちょっとだから、我慢すれば大丈夫ね!

なんて状況じゃなくて、ほんとうに、よかったよー!あ、考えただけで涙が・・・(涙)

 

遠い向こうから車から降りて走ってきたおんちゃんが、遥か後方の車までバックの声掛けに走って、そろそろと一台一台動き出して・・・

 

バイクのお兄ちゃんたちが総動員で一台一台誘導、そこで、もう根を上げて、あとわずか2キロ足らずで目的地なのに、Uターンをし、山を降りると英断を下すものが現れはじめるのです、もちろん、我が家もそのうちのひとりなのでありました。

 

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うちんくの父ちゃん、気が短い人だからさ・・・。

 

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進退窮まる窮地のなか、することがなくて原木しいたけ干しを眺める。

暇ですることがないから「渋滞なう」ってフェイスブックに入れてやろうと思ったら、案の定「圏外」、バーカ。

 

Uターンして下るときにも、登ってくる対向車との渋滞合戦は続く・・・。

ここで我々家族も気づいた、どおも降りてくる対向車線の人々の表情がおかしかったことを、誰かが麓向けて指を向けて何か言おうとしていたの、あれ、降りろ降りろ!止めとけ!だったんだってことに。

なぜならわたしたちも、登ろうとする車に対して同じことを思い、そして合図を送っていたのだから・・・。

 

たぶん、同じことが昨日はずっと繰り返されていたのでしょう。

途中で消防隊やら警察やらが現れはじめていたから、どこかでどうにかはなったのだと、願いたい。

毎年こんなことにはなってないのでしょう、でなければ、どこかで規制をかけたりする警備の人が居なきゃダメだったと思うのです。

 

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で、越智まで戻ってきて、

 

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枯れたコスモス畑を眺めていたのです・・・。

ピーク時のこの畑の美しさは筆舌に尽くしがたい。

 

なぜわたしは栄枯盛衰の枯れたコスモス畑に立っているのでしょうか。

 

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イチョウでも狩って気をばなだめようぞ。

山を赤く染める紅葉を眺め浮かれるはずだったのになぁ・・・。

 

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行きのいののレスとパーク「ごはんや」の中華そばと、あかうしカレーを美味い!美味い!と頬張っていた午前中の浮かれ気分はもはや遠い昔の思い出・・・。

 

終焉

 

 

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