キュン死に萌え映画。

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「並び萌え」というジャンルがあります。

 

別名、「チーム萌え」。

 

「女子目線で見て、異様に萌える並び」という意味ですが、わたし的にそれがこの映画では、異常なレベルまでに達されておる!と、鑑賞中ずっと興奮気味でした。

登場人物たちが、集団において、おのおのの心情に見合った配置が、各自の人間関係の中で絶妙に為されていたならば、それだけでもう、満足。

「いやぁ、いい映画観たなぁ」って気分になるのです。

ゴレンジャーのレッド位置にイエローキャラはそぐわない、そんなことされたら幻滅です。

レッドには、レッド位置になるための資格がある、なんの覚悟もないうっかり八兵衛イエローは、後ろから二番目に並んでなさい!

 

そんなレッド位置たちの心の葛藤によるアベンジャーズ分裂騒ぎ、2大レッドそれぞれについてくるブルーイエローグリーン位置ヒーローたちの、また葛藤がゆえに生まれる対立並び構造。

 

に、わたし終始萌え萌えでした。

 

 

出演している俳優陣の並びにも萌えるのがこの「シビル・ウォー」という映画。

まずです。

相変わらずヒーローたちの最強ぶりを表すためだけに存在しているとしか思えないいつもの敵側ですが、今回そこに、

 

 

この映画の主人公を演じたこの役者さんが出てくるワケです。

わたしはこの映画の影響で、二十代はじめに東ドイツマニア並びに共産主義国マニアになったという経歴があります。

それなりに理念のあった東ドイツ時代の雑貨や車に萌えました、世界の狭い己の垣根を越えて左右東西幅広く視野を持てるきっかけにもなりましたし、そうそう意外にソ連邦の国歌が胸にくるという人生経験もありましたっけ。


内容も、東西分裂時代の東ドイツが舞台の映画なら、どんなどん底の映画かと思いでしょうが、この映画は比較的ポップに描かれています。

ですので、共産国弱者という方への、共産主義国入門映画として、ぜひおすすめしたい一本です、内容は意外に恋愛ものだし、ほっこり家族ものです。

 

 

うす暗い印象の付きまとう時代だけれども、当時の人たちからすれば、いつもどおりの日常を送っていたはずだし、今の時代から見ればひどい時代だったとかイメージで勝手なこというけど、意外とこの映画のように笑いやユーモアの堪えない毎日だったんじゃないかなと思わされます。

日本の戦時中に満州にいた人の話で、戦中はみんなが助け合って生きていたから、その人にとっての戦争の思い出は、現代よりも人とのつながりのあった毎日が暖かい時代だった、って言う人もいるしね。

 

理想の東ドイツを夢見る病床の母のために、ベルリンの壁が崩れ、自由が入り混じる時代に変わり果てた現実を伏せて、日常雑貨や着る服まですべて身の回りの物を旧東ドイツ時代のままに隠し通そうとする主人公。

そんな主人公を演じた俳優の純真な姿に、てか、普通に笑うと可愛いからファンに。

東ヨーロッパ的亡国キャラならコイツ!みたいなときに出てくるこの役者さんが、そんな役柄でこんどの敵側に!

 

彼をこの役に起用したのは正解ぞ。

彼にも、アベンジャーズを敵にしなければならなくなった、東ドイツ君だったのときのような理由もあった。

とあるツイートで見つけたこの言葉がまるでぴったり。

とある監督が自作に登場する悪役について述べた言葉です。

まさにこういう映画を理解するに必要な言葉だったのかもしれません。

悪事を働くような状況にさえ置かれなければ本来きわめてまっとうなうえ、下手をすれば「善玉」よりも深い人間味を持った人物」。

 マンハッタンぶっ壊し祭りでわっしょい!と喜んでいたので、あまりその辺への配慮はストーリー的にして欲しくなかった、と正直思っている、今作は日本で言うところの「地球を守るために怪獣と戦ってるウルトラマンの足に踏み殺されてる市民」問題が提起されるので、人によれば「悪」にしか受け取ることができない、善玉たちの「善」問題に、ヒーローたちもますます全力でぶつかりあうことになります。

 
なんて奥深い素晴らしい映画なんだと、キュンキュンしていたら、

 

 

東ドイツの次は大英帝国からワトソンくんがキタ。

 


この伏せんで?もうーここで東ドイツから急にシャロックマニアの熱いハートに火がつくわけです。

よかった、観ている場所が自室で、映画館だったらたいへんだった。

 

 

 

このふたりの役者がこんなにすごいのは、英国ドラマのシャーロックシリーズがものすごいから。

現代版シャーロック・ホームズ、スマホもパソコンも使うし、ワトソン君はブログも書いてる。

100年時代が違うのに、やってることは全く同じっていう、英国の伝統色あるすごいドラマ。

 伝統力に安心の英国紳士ものならば、かたや自由がゆえに葛藤多き、新大陸の荒野に暴れる男たち。


(映画版スター・トレックがイマイチなのは、作ってる監督さんがトレッキーじゃないから。スター・トレックの世界をわかっとらん。この映画、なんもキュンキュンせんではないか!)

 

なんてスペシャルな映画なんだ。

空っぽのアメリカ英雄礼賛映画だと思っていたらえらい目にあってきた!

 

もうお腹いっぱい。

 

何も言うことない、このまま幕引いてもらったて五億点の評価だよっ。

 

と、ニコニコしながら観ていたら・・・

 

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ずっとここで鼻血吹いてた。

 

あぁ。キャプテンとコラボした。oh。

アメリカのヒーロー万歳っ。

ピーターの美人の叔母(!そこまで設定変えるか!)を口説きながらアイアンマンがスカウトしてきたニューヒーロー、きゃぴきゃぴの10代の若者として描かれるスパイダーマン。

新入りです!英雄パイセン方、ご指南願います!ウッス!ってキャラです。

ね?ここで萌えなくてなにが女ぞ。

 

からの~ラストのアイアンマンとキャプテンの喧嘩のシーンはテンションが上がりすぎて・・・・・・

…なんか今思ったんですが、常にストーリーとは別方向のところに興奮していたので、本来の物語通りにこの話を理解しているのかいささか不安に思えてきました。

ので、もう一度見直してみようかと思っています、が、それはまたしばらく後のことになるな、一昨日あたりからテレビの画面が急に暗くなる現象がでてきてどうもそれは液晶テレビの賞味期限だというグーグル先生からのお達しなので、またテレビ買い換えてからに…。

 

いつになることやら。

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肉と映画。

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ダントツでキャプテンアメリカ派。
 
現代っ子ドスケベヒーロー(アイアンマン)と、真面目な戦中の人(キャプテンアメリカ)、孫とひいおじいちゃんくらい世代間のあるふたりが、それがゆえに喧嘩したり、だけどときに心が通じるときもあったりする、そんな掛け合いに、わしゃ妙に萌える。
 
戦時中、戦争高揚の象徴として国に作られた英雄。
氷漬けで保存されていたので、姿は若かりし年のままに、70年ぶりに現代のアメリカに蘇る。
彼のアメリカへの忠誠心、愛国心はそのままだが、時代と共に変わってしまったアメリカの“正義”に疑問を持ち始めるキャプテン・・・。
 
最高!!
ヒーローものの映画だとはいえ、米国を存分に批判してくれなくちゃ観ている側は浄化作用の意味がない。
キャプテンのこのグッとくるだっっさい星条旗をモチーフにしたコスチュームを着た英雄が、最終的に国に絶望して放浪するという顛末、S・A・I・K・O・U、最高!!ー☆
 
キャプテンの、「あんな星条旗のコスチュームを着て戦うだなんて、もう古臭くないかな」という至極真っ当な御意見に対して、子供の頃から彼のファンだった登場人物(もうキャプテンより年上)が言う言葉は、名台詞。
「今の時代には、古き良きものを思い起こさせるものこそが必要なんだ」。
 
キャプテンは時代の変化を気にしない。
私服も昔のころのままのスタイルを変えない。
考え方も基本的に変わらないところがある。
ありのままで素直に生きるキャプテンアメリカの「古き良き姿」が、かっこいいのです。
 
YouTubeの某映画批評動画にハマってしまった。
 
3Dやらなにやら特殊効果やら、映像技術が凄まじくなった頃合いから、だんだんとついてけなくなって離れていってしまった最近の映画。
映像に先走るハリウッドはもうええ、小津安二郎の「東京物語」を知った今、もうほかの映画なんか観る価値もない、と本気で思ってた。
最初はこの動画も、「邦画を記録的酷評するシリーズ」でざまぁwwwとケラケラ笑いながら流し聞きしているうちに、ふと、では、この人はどんな映画を褒めているんだろうか、と気になりはじめて洋画、邦画、アニメと一通り幅広くの批評&酷評を聴くように。
そしたら段々映画の世界の奥深さに興味が湧き始め、そしてそれをレンタルDVDで見返してみたら、また気づくこと、新たな見方や発見なんかが多くて。
てな感じで、最近ちょっと映画の面白さに目覚めはじめたのであります。
 
アベンジャーズなんかガキの観るもんだ、ケッ、その点東京物語のいいところは…と、古臭いことキャプテンアメリカの如しだったけど、いや、せっかくここまで発展した映像技術、映画の最大の良いところは、映像で描ける空想の世界なのならば、叶えて欲しいわたしたちの夢と理想の姿を、こうなりゃもう存分に見させてもらいたい!!
夢のようです、キャプテンたちアベンジャーズに、大好きだったスパイダーマンが加わったあげくに、ガーディアンズオブギャラクシーたちとも世界を同じくし、大大好きなベネディクト・カンバーバッチ様まで加わるかもしれないだなんて!
 祭じゃ祭じゃ!!
みんな総出でマンハッタンぶっ壊し祭りじゃー!
 
 
そんな感じでヒーローたちによる街壊し祭りに、貴重な日曜の休日を浪費している途中で、いい時間帯になったので、家族からご飯に行くぞねとの号令が。
 
 とりあえずひろめで何をか見つける作戦でGo。
 
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かれこれ第二弾目!吉岡精肉店さんの新サービス!
あなたの目の前でビフテキ焼きます祭り!
今日は父ちゃん奮発しての、和牛サーロイン肉じゃー!
ここのお肉はオヌヌメ!原価で食べられるステーキ肉、お店で食べたらえらいお値段がしますぞい。
レアに焼いてくだすった、柔らかく、肉の旨みも最高です。
THE☆なステーキを食べたいと思ったら、迷わずここをオススメします!
 
むしゃむしゃと肉を胃に詰め込んでいると、ふと、最近にもこんなおんなじイベントがあったような気がしてきた、日曜日に映画観て、こんなふうにここに来て肉食ってた……。
 
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この写真の時だ。この時のはジューシーなオージー肉のビフテキ、オージーだけど穀物育ちなので、あのいや~な臭みのない肉質に感動していたんだった、そうそう。
 

寸前までこれ観ていて、本場インドより過酷な日本の学校カースト問題を題材に取り扱ったこの映画に、自分の青春時代を思わず思い出してしまい、おもむろに落ち込む心を救ってくれた、そんなステーキだったわ……。
偶然にも、撮影地となった中央高校の校長先生もおひろめをうろうろされていたので、ほんとにとっ捕まえて素晴らしかったこの映画への思いを吐き出してしまおうかと思ったけど、ただの変な人になってしまうので、そこは理性的に何もしないままに、と判断しましたが、やっぱしときゃよかったっ。後悔先に立たずっ。
 
肉と映画。
この因縁の繋がりに、ふと、心の底にしまいかけていたとある出来事を思い出してしまいました。

 
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忘れもしない。
この映画を灼熱の八月、愛宕劇場に観に行きました。
八月といえば、もちろん敗戦したことを思い出す月、加えて戦後70年目の節目ということで、この年にはたくさんの戦争を題材にした映画がたくさん発表されていたときでした。
普段なら絶対に戦争映画なんて見たくもないんだけど、この映画は大岡昇平の小説がもとになっているし、そしてこの映画の批評をネットで読んでちょっと興味がわいたところに、なんと地元の映画館でもやっとるやないかい、こんなチャンス逃してはならぬお!とばかりに馳せ参じたのでした。
前回にシングストリートの映画を愛宕劇場に観に行こうか悩んでいる、なぜならアイツホイホイが劇場の端っこにびっしり並べられていて、映画の内容より怖い思いをしたからだ、と述べましたが、アイツホイホイに気を取られつつ、恐怖に震えていた映画こそこの映画でした。
 
見終わったあとは憔悴しきり、この映画を観たこと自体を記憶から消そう!と心に決めて、元気に現実世界を生きていた矢先、先のYouTubeの映画批評動画にて、この映画の批評動画を発見。
あまりにも腹に落ちすぎる、的確な批評、言いたかったことをすべてゆってくれた、ライムスター宇多丸尊師。
師の批評がなければ、若かったわたしはこの映画体験を、ただの一夏の過ちとして、闇に葬り去っていたに違いない。
それはあまりにも辛すぎる体験だった。
 
しかし、師は言う、曰く、
「映画は現実の世界ではできないことを体験させてくれるんだから、ある意味では、こんなつらい戦争体験をこの現代において、劇場で体験することはいいことなんじゃないか」
と。
水をガブガブ飲みながら、飽食にまみれながら…。
 
あまりにも悲惨だったあのレイテ島での日本兵の負けてゆく姿を描いた映画。
極限の餓死状態の中で一線を越えていく瞬間が恐ろしかった。
 
映画を見終わったときは、こんな思いしなくてもよかったじゃないか、と深く後悔したものでしたが、この尊師の言葉と、師の批評に、ふぅ、となにか張ってたものが解けてく気がしました。
 
 
金高堂で買ったこの本にも尊師の大事なお言葉がありまして、
師曰く「なぜ映画のことをこうも人は批評をしたがるのだろうか。それはきっと、映画を観ることは孤独の作業、ひとりの世界のできごとなのだから、見終わったあとはどうしてもその世界を誰かと共有したくなるのだろう」と。
 
師匠と共有したんだね、まったくひとりの内に「野火」の世界があったもんだから。
 
 
そう、この映画を見終わって家に帰ってからの晩御飯が、父ちゃんが大将という権力を振り回して手に入れたすんごい和牛肉で、よりにもよってこんな日に、張り切って特上のステーキを作ってくれました。 
レイテ島で人肉食問題に明け暮れていた後に、血肉したたるフレッシュなステーキ肉って、味がちょっとわけが分からなくなっていましたね、えぇ。
 
 
「東京物語」には、日本人なら分かるニュアンスがある。
物語の幕が閉じ、作品の記憶が、じわじわと胸に迫ってくるこの感じ、映画の力ってすごいんだなぁと静かに思わせてくれるような映画でした。
 
見終わったあとは現実に、自分の生活に改めて目がいくような、そういう感動こそ、素晴らしい映画から受け取りたいと思うんですよね。
 
そういう映画をみつけていきたいなぁ。
 
 
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言葉を。

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歳をとるということは、細胞が老けることであって、魂が老けることじゃない。

 

人は自分の身体を自分自身のものと思いこんでいるけれど、普通加齢に人は遅れて気づくものなので、やはり老いが“自分”の意志とは別のところで勝手に進んでいくものならば、“自分”=“魂”までも共に老いていくものではない。

 

身体は老いていこうが、魂の方は自分自身の磨き方によって、いつまでも若く輝かしく保っていけるものなのだ。

 

不思議なほどに若々しくみえる、歳をとってもいつまでも素敵な人は、みな、このことが人生のどこかで分かっていった人なのかもしれない。

 

この言葉を座右の銘に生きているという文章を、Sさん自身のフェイスブックに書かれておられたのを読んで以来、わたしもずっと心に留めていました。

 

人との出会いを喜び、きれいな自然に目をとめ、素直に感動を言葉にされている、まさにこの言葉の通りに、力強く、若く、活き活きと生きていらしたお姿を、いつもSさんが書かれるフェイスブックの報告でみていました。

 

そこでは活動的にお仕事に邁進する姿がありました。

 

全国を飛び回り、たくさんの人との出会いがあり、各地の美味しいものを食べたり、ときにはご家族との休息のひとときもあったり、彼女が“愛娘”ちゃん、と呼んでいたメスのチワワを溺愛していることも知っていました。

 

Sさんがうちの店に来てくれたときに、わたしもチワワが二匹いるので、“愛娘”ちゃんが可愛らしくてしょうがなくて、フェイスブックで“愛娘”ちゃんの写真を見ることが何よりも楽しみなんだ、ということを伝えました。愛犬家同士の話題に盛り上がり、そして、いつかは、うちのチワワのこともフェイスブックで見せてくださいね!と言ってくださいましたが、約束はとうとう果たせませんでした。

 

一度目のご来店の後に、ファンクラブに入っているほどの矢沢ファンだったSさんに、うちの大将も大の矢沢ファンです!これからもよろしくお願いします。なんて送った言葉が、フェイスブックでの最初の挨拶でしたっけ。

 

そしたら、「「矢沢」の言葉に大将の目が光ったので同士だと思いました ^^」なんて、ユーモアな絵文字付きの返信がおかしくて笑いました。

 

昨年末に行かれてたディナーショーのこと、絶対に次来られたときにお話伺おうと思っていたんです。

 

あまりにも突然に訪れたSさんの不在に、動揺が隠せぬ毎日です。

だって、まだふつうに、また逢えるものだと思っていましたから。

 

とりあえず今は、この辛い現実を受け入れなければ。


細胞の老化と魂の劣化は関係がない。
Sさんが大事な生き方を教えてくれましたよ。

 

たくさん走りまわっていましたからね、どうぞ、今はただ安らかに…。

 

 

 

 

 

 

 

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