『あたらしくてなつかしい経済の物語り』(2)「和暦について」
文・冨田貴史
絵・Karri Tree Design
構成・三宅洋平

船長G
(たたが単位、されど単位)

日本の古い言葉に「度量衡(どりょうこう)」というものがあります。
この度量衡は、長さや広さ、重さなどを測る単位や測り方のことを表していて、ものの価値を測る単位や時間の長さを測る単位、空間の位置を表す緯度や経度などもその中に含まれます。

日本でもともと使われていた単位としては、たとえば長さを測るための尺や寸、布の面積を測る反などがあり、尺は手首の付け根から肘までをつなぐ尺骨の長さ、反は女性の着物を1着作れる布の広さをよりどころにしています。自分たちの体に合わせた単位を使うことで「どれくらいの長さ(広さ)なのか」を具体的にイメージしやすくなるし、用途に適したサイズの布や木材を無駄なく切り出すためにも有用だったのでしょう。

もうひとつ例を挙げてみると、重さの単位に「駄」というものがあります。
「一駄」という単位は「馬一頭に乗せられるだけの荷の重さ(※現在でいう800kg~1t)」を表していて、江戸時代の流通の記録を紐解いてみると「○月○日納品 塩二〇駄」などといった記述が残っています。この「駄」という言葉は現在、「駄賃」という言葉などに残っていますが、この言葉の元々の意味は「馬を引いてものを運ぶ仕事(=駄送)をした人に支払う賃料」を意味しています。

「二十駄の塩が運ばれてくる」というだけで、舟から下ろされた積荷が20頭の馬の背中に乗せられて運ばれていく風景、そのまわりにあるひとつひとつの仕事、その単位を扱う人たちのライフスタイルが透けて見えてきます。たかが単位、されど単位、と思います。


(和暦が西暦に代わった時代)

尺や寸、反や背、合や升といった日本独自のものの測り方は、今から140年ほど前、明治政府が樹立されてからおよそ8年間ほどの間に一気に西洋のそれにとって変えられ、当然ながらその影響は、全国各地のすべての産業、暮らしの細部にまで及んでいきました。

例えば普段の生活の中で畑の面積をそのまま背や反や町といった単位で測ることができても、税金を支払う時には役所の求める単位で測り直す必要がありますし、物の売り買いをする時にも、取引をする双方が合意できる単位を使わなければその取引は成立しません。

明治初期のいわゆる「明治維新」および「文明開化」の流れの中で、衣食住のあらゆる分野で西洋からもたらされた物品や仕組みが取り入れられていき、それらを取り扱うそれぞれの局面で「西洋の企業や政府がスムーズにやりとりできる仕組みづくり」のためのインフラ整備が執り行われる流れの中で、当然ながら度量衡の見直しも大規模な形でおこなわれていきました。

その中の一つが、時間を測る単位および、その単位を元にした「時間を測る道具」つまり暦と時計の見直しです。
それまでの日本では「地球が自転して、同じ位置に日(太陽)を見るまでの時間の長さ」を「日」と呼び、「地球が自転して太陽が(見かけ上)30度移動する時間の長さ」を「刻」と呼び、「月が地球の周りを一巡りする新月から新月までの長さ」を「月」と呼び、「地球が太陽の周りを一巡りする時間の長さ」を「年」と呼んできました。
そして、これらの単位を元にして「暦」がつくられ、これらを共通の「時間を測る道具」して使いながら暮らしを営んできました。

「時間の中において自分たちは今どこにいるのか」という時間感覚を太陽や月や地球の巡りを拠り所にしてきた暮らしは、明治以降急速に西洋式のそれに取って変えられていきます。
それまで使われてきた「日」「月」「年」という単位は、西洋の「day」「month」「year」の訳語として使われたことで元々の意味を失い、それまで太陽と月、地球の回転を物差しにしてきた「太陽太陰暦(今で言う旧暦)」は、ローマカトリックの法王の名を冠した「グレゴリアン・カレンダー(西暦)」に取って変わりました。

そのことによって、例えば生産や流通の節目の決め方は、新月や満月、二十四節気といったものから、31日、30日、28日といった不規則な長さによって区切られた節目に合わせる必要性が出てきました。
また、一日の中のいつ頃にどんな仕事をするかの根拠を太陽の位置によって決めてきたライフスタイルは、
日の出や日没と関係のない機械時計を拠り所にしたものに変わっていきます。

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(機会時計と太陽時計の使い分け)

太陽の位置を元にして測っていた元々の時計では、太陽が一番高い位置に昇る頃を「午」、そこから太陽が30度ほど傾いた頃を「未(ひつじ)」といいますが、この未の刻に鐘を八つ鳴らしていた事から「おやつどき」という言葉が生まれました。

一日の中で最も熱気のこもるこの時間を節目として、仕事の手を休めたり、火照った体から熱をとるようなお茶を飲んだり、滋養を補ったり、日没までの仕事の段取りを打ち合わせたりしていたわけです。
心身のバイオリズム、食べることや仕事をすることの節目が自然界と連動している暮らしの風景がそこから見えてきます。

一日より長いスパンのリズムを見てみても、潮が大きく引く新月と満月の頃だけ刈り取られるヒジキはその時期だけ市場に並んでいたり、新月の頃に最も引き締まって水気が少なくなっている木を切り出すためにその頃木こりは忙しくしていたり、その仕事をする人やその家族、その集まりである村や町のリズムは、ある部分月のリズムに寄り添って成り立っていたのでしょう。

公的機関や組織の動き、生産や流通の節目、たとえば納品や支払いや返済、勤務時間や人事の節目が自然との繋がりを持たないものに切り替わっていく流れが、自然界のリズムを狂わせてしまうまでに「活動」や「消費活動」がハイスピード化していった流れと連動しているとまで言ってしまうと詭弁になるかもしれませんが、そこにまったく関連性がないとは言えないように思います。

自然のリズムに合わせたカレンダーを使うことで「機械時計と不規則なカレンダーに基づく人工的な時間感覚を見直し、自然と調和した時間感覚に戻していくこと」を呼びかけてきた故ホゼ・アグエイアスは、地球のリズムに合わせて生きることを平和活動と位置づけていました。

鶏は機械時計による節目ではなく日の出に鳴き、晩鳥は日暮れの頃に鳴きます。紅葉はカレンダーではなく太陽の光の当たり方の変化に基づいて色づいていきます。そして私たちの身体、骨や内臓や筋肉の状態も、太陽や月、地球の動きと連動して変化しています。

私たちの生きる生態系の中の様々な命は、星の動きによって生まれる太陽や月の光の当たり方のリズムによって目覚めたり眠ったり、活性したり沈静したりしています。

そして、私たちの体内に生きる腸内細菌や免疫細胞、乳酸菌やミトコンドリアや赤血球や白血球といった生命たちは、昼や夜、夏や冬、新月や満月といった時間のリズムの中で生きています。さらにその身体の状態は精神や心の状態に影響を及ぼすわけですから、私たち人間は色々な意味で星のリズムと分かちがたくつながっていると言えると思います。

今、世界中に広がり続ける戦争や自然界を破壊し続ける経済活動から脱却したいと願う人たちが、政治や経済の見直しだけでなく、自分達の足元の暮らし、衣食住のあり方、人とのつながり方、そして自然とのつながり方を見つめ直す動きが広がっています。その流れの中で再認識されているマクロビオティックや整体、漢方や鍼灸、その他さまざまな日本古来の伝統的養生法は、当然ながら太陽、月、地球のリズムを元にした季節や旬、節気や節句に基づいたものになっています。


(時間軸を複数持つ)

「西暦を否定して旧暦を肯定する」ような使い方では葛藤や矛盾や無理が重なってしまうと思いますが、西洋医学と東洋医学をうまく折り合いを付けながら取り入れていくように、法定通貨である「円」を使いながら地域の中や仲間同士の間では地域通貨を使うように、経済活動や社会活動といった人間だけに通用する時間の節目については機械時計や西暦を使い、心身や自然界とつながる時の流れを味わうために旧暦を使うという暮らし方は十分可能であるし、そのように複眼的に時を捉える視点が、暮らしの中にある種の柔軟さや奥行きを作る助けにもなっていくと実感します。

今回紹介する「和暦日々是好日」は、日本古来の暦が持つ時間の流れを今の暮らしに取り入れることができるダイアリーです。手帳や日記といった道具としてだけなく、各ページに盛り込まれたその時節に合わせた随筆によって日本古来の文化や風習、時間感覚を思い出させてくれます。

西暦2月19日が旧暦(和暦)の新年に当たるということもあって、今回は「時間」および「暦」について書かせていただきましたが、最後に「和暦日々是好日」を2003年から製作している高月美樹さんによる文章をご紹介させていただきます。

(以下、高月美樹さんによるLUNAWORKSホームページより)

この手帳はもっと自然のしくみを知りたい、自然に寄り添う暮らしをしたい
と願う方々に支えられて11年目を迎えました。
購入の動機をお尋ねすると、自然から乖離した暮らしに疑問を感じていた、
このままではいけないのではないかと直観的に感じていたという方が多くいらっしゃいます。
手帳には先人達の積み上げてきた季寄せや、古い時代の図版を多く掲載していますが
制作当初から、「未来に役立つ手帳」であることをめざして制作を続けています。
また環境や天体に関する新しい情報も毎年、少しずつ増やしています。

過去に戻るのではなく、忘れ去られた日本の叡智には未来を救うような
大切な情報が眠っているのではないか、そんな思いがしてなりません。
それが何であるかは、ひとりひとりが五感をひらき、六感を働かせることによって
個人の意識の変容の中でひもとかれていくように思います。
そして日進月歩で進化するテクノロジーと融合することによって
私たちも自然の一部として循環できる存在になること、
そんな未来が実現することを願っています。
旧暦の元旦(新月)から始まるちょっと風変わりな手帳ですが、
見て、読んで、感じて、五感をひらくための手帳として、ご活用いただければ幸いです。




和暦日々是好日 二〇十七年 (旧暦手帳)
2,484円

2017年版はこちら→http://miyakeshop.com/?pid=109866764


和暦2の3

和暦3の3

和暦1の3




次回 第三回は、「なぜ今、鉄火味噌なのか」を予定しております。
*二十四節気ごと、およそ15日に1度の連載となります。


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■冨田貴史 http://takafumitomita.blogspot.jp/
京都在住。ソニーミュージック~専門学校講師を経て、全国各地で年間300本以上のイベント・ワークショップを続けている。ワークショップのテーマは暦、エネルギー、手仕事(茜染め、麻褌、鉄火味噌など)自家発電など。大阪中津にて養生のための衣食を自給する冨貴工房を営む。また、疎開保養「海旅キャンプ」主催団体「21st century ship 海旅団」代表代行。『原発事故子ども・被災者支援法』を活かす市民ネット代表。

■冨貴工房 http://fukikobo.blogspot.jp/


『あたらしくてなつかしい経済の物語』(2)


SPEND SHIFT / 消費動向は世界をつくる
三宅商店