東京ラブコラム!ラブ&セックス

ラヴィンみやの東京ラブコラム。
ソウルフルなセックス
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東京ラブコラム
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ラブコラムニスト   ラヴィンみやです


すっかり自分探求コラムになってますね
それもまたよし




わたし
両親にしあわせになって欲しくて

しあわせにしてあげたい
しあわせにしてあげなきゃ!って

勝手に両親を「かわいそう」にしてました。


「わたし」が「しあわせにしてあげなきゃ!」

って思ってた。



一見、やさしいけれど
孝行な娘に感じられるけど(そーでもないか)

実は全然優しくなんてなくて

どうしてわたしが「両親をしあわせにしたい」のか


それはわたしがしあわせになりたいから

両親をしあわせにすることで自分がしあわせになりたい。だけ。


その奥には「わたしだけしあわせになったらかわいそう」という罪悪感があって
その罪悪感を消したいから
両親をまずしあわせにして、
それからわたしもしあわせになろう。という算段があります。


両親に対してのかわいそうは
完全に上から目線であり、さらに「しあわせじゃない両親」を作り上げ
「自分の力でしあわせになれない人」に仕立てておりました。




どれもこれも、わたしがしあわせになるために。

わたしがしあわせになるために
両親を使おうとしてた。


もーとっくに両親はしあわせだわ!

いいから、てめぇをしあわせにしろ!!!って感じですよね




はぁ。すっきり




もうすでに、しあわせ
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ラブコラムニスト  ラヴィンみやです(・∀・)




前回の記事



この文章を書いて、読んでわかったことがあります。


わたしはよく「被害者意識をなくすことがしあわせになる秘訣だ」と言います。

そう思ってる。

被害者意識を捨てると
自分の力を自分に取り戻せるから。

被害者意識をもってると、「誰かのせい」で「自分は不幸」という見方になり
「自分のしあわせを自分で作ることができない」
という自分への思い込みを作ってしまう。

あなたが怒ってるから私は不幸
あなたが働かないから私は不幸

でも相手が怒るのも働かないのも相手の自由。

それを自分のしあわせのために我慢しろ、ああしろ、こうしろ、とは本当は言えない。


相手が怒ってても、働いてなくても
自分は自分でしあわせでいることを選ぶことができる。

ということが、被害者意識をもってると見えなくなる、感じられなくなる



なので、被害者意識をなくすことは
すごく大きいなと思ってます




が、先ほども書いたように
前回の記事を読んでわかったことがある。

それは

わたしにはもうないわよ、ぶってるけど
根強く持ってた被害者意識。

わたしの場合は
「社会」や「文化」から生まれてて未だにしっかりともってるんだってこと





社会や文化に馴染めないわたし
うまく溶け込めないわたし
そんな風に生まれついた


「かわいそうなわたし」



社会や文化が私寄りだったらよかったのに
社会や文化にもっと理解があればよかったのに


って。



ねー。



よく「私だけが頑張ってる!みんなはひどい!」的なことを
おっしゃるかたを見かけてました。




それを聞いたときに

あ、私の中にまだまだ被害者意識があるんだなーと思いました。



でもその時の探求ではわからなかった。

何に被害者意識をもっていて、なぜ手放したくないのかわからなかった。



それが、前回の記事であらわになってしまった。


恥ずかしい




うまくやれない、なじめない
「かわいそうなわたし」もここにいて


被害者意識も、かわいそう意識も
まだまだそこにいた(°∀°)b 




自分でその世界を選び
自分で自分を否定していたのにね。

やさしい世界を選ぶことも
自分を受け入れて生かしていくことはせずに

ただ、恨んで泣いて怒ってた。


それが長かったぁ



ないがしろにして自分を責めて、どうちかしようとしてバタバタする。
っていうことをいっぱい体験して
やっと満足して違うとこへ行く気になったのかもしれない




長いこといた「かわいそうな被害者のわたし」から抜け出て行きます。



自分の皮膚くらい当たり前になっている感覚って

自分では見つけられないから
誰かが泣きわめいたりして教えてくれる













与論島行きたいなぁ{7BA94D32-38DF-485E-A851-E8800E1B9601}


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ラブコラムニスト  ラヴィンみやです。



■ラブコラムニストをやめるワケ

わたしは幼い頃から「繊細」でした。
一緒にいる人の些細な感情も受け取ってしまう。
言葉にされないけれどそこにある「怒り」や「不満」は心に刺さりました。


自分が好かれてるのか、嫌われてるのか、
歓迎されているのか、疎まれているのかも
敏感に察知しました。

どんなに笑顔を取り繕っても相手からの「拒否」は敏感に感じ取れました。


わたしはそれが嫌で
感じるのが嫌で、本当に嫌で
自分の「感受性」を憎んでいました。

気がつかなければ、悲しい気持ちやむなしさやみじめな気持ちにならなくてすんだから。

感受性がなければ感じなくていい気持ちをわたしは味わう。



そんな羽目になっているのは
感受性が強いから。

だから自分がキライでした。

なんでこんなに感じるんだろうって、嫌ってました。憎んでました。
わたしじゃない誰かになりたかった。



3歳の頃、
3畳半の小さなお部屋で
自分の好きなものだけを集めて1人で遊ぶこと。

それすごく、好きでした。


マイペースに好きなものだけに囲まれている。

少し部屋を出れば、母がいて、おやつを用意してくれてる。

それがわたしの安心できて、楽しいスペース



■すごく嬉しくて、すごく悲しい

感受性が強いから、うれしいことはどんな些細なことでも
すごくうれしい。

誰かが親しみを込めて笑ってくれること。
わたしを受け入れてくれることは本当に嬉しいこと。

褒めてくれることもとても嬉しく感じます。


反対に、悲しいことはものすごく悲しい。
世界が終わってしまうんじゃないかと感じる。


たとえば恋人と別れる時。


わたしはものすごく悲しくて悲しくて世界が終わりそうなのに

相手の方はすんなり受け入れて前に進んでる。
それを感じると余計悲しくて悲しくてたまらなくなる。

だから毎回、恋の終わりは死ぬかなって思う。

(死んだことなくここで生きてますけれど)




■そんな自分の性質に疲れて

そんなわたしの繊細で感受性が強いとこは
今の「社会」や「文化」に合ってないことは幼いうちに気がつきました。

鈍感な方が生きやすいことも知ってます。
何も感じずにいられたらどんなにいいかと何度も思いました。

傷つかない強い人になりたいと願いました。
(その頃から好きな映画は「極道の妻たち」強そうでしょ)



10歳くらいの頃、繊細な自分を捨てたくて大きな鎧を着ました。

「強気で物怖じしない」という鎧。


鎧は心までがっしり組み込まれて
誰にも自分の繊細な心に踏み込まれないように鍵をかけます。

感受性は笑い話でごまかして、ないもののようにした。


笑って、強気で、なんでもできる自分。

自分をごまかして生き始めた10歳。


それから時は流れ、「勤めること」が向いていないことに気づき起業します。


■役に立つこと、認められること

自分の感受性はムダなもの、生きづらくさせること、厄介な資質。

そう自分自身を否定したまま、「強さ」の鎧を着た私は外に認められることを求めていきます。

自分では自分を認められないから、感受性と繊細さを持った自分を厄介者扱いしているから

他者や社会に認められようとしていきました。


そもそも、社会や文化に合わせられないから「感受性」も「繊細さ」も邪魔なのであり、
それさえなければラクに生きられるのだと信じたわたし。

他者や社会からの承認は紛れもなく、「生きてていいよ」「そこにいていいよ」の肯定。
自分が自分にできていない、自己肯定を他人の手に委ねていきます。




そこで選んだのは「セックス」の話をすること。でした。

なぜなのかは、今もわかりません。
「強そう」に見えるからかもしれません。


わたしはセックスやエロにはさほど興味がありません。

ただ、それは自然にそこにあるもの。
当たり前にある、営み。

好きだからふれたくなる。好きだからカラダにふれて、いろんなとこに触れて、気持ちよくなりたくなる。

それだけのこと。



たった1人に巡りあえればそれで良かったりもするのだけど


なぜかその本質を置き去りに
わたしはセックスを片手に生きていくことにした。


セックス自体は好きだったし、繊細さや感受性、純粋さを置き去りにして恋愛歴を重ねていたので、書くことや話すことには困りませんでした。


たくさんの方に読んでいただけた。
たくさんの方に感謝をいただいた。

それはとてもありがたく、とても嬉しかったです。



ただ、違和感が止められなかった。


わたし自身の中にある違和感。


求められることをやることがお金を稼ぐことだよと
わかってはいてもそれにだんだん耐えられなくなる。


だって、セックスの話をしたいんじゃないんだもん。

愛する人と暖かいセックスをしたいだけ。
それだけ。



ただ強くありたくて、ただ鈍感でありたくて
ただ鈍く、ただ何も感じない人に
なりたかっただけでした。



■絵を描いている

ラブコラムニストとは別に、わたしは画家でもあります。
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求めていただくことも多々ありますが
わたしの絵はこんなもんじゃないかな。


まだまだ自分を閉じている絵だなと感じています。

そりゃそうだ。

感受性も繊細さも閉じ込めているんだもの!



人と会うと心が揺れます。
その揺れに疲れてしまいます。

その揺れにいつも翻弄され、疲れて、自分を責めます。
すごく責めます。

特に、相手に拒絶されたり、受け入れてもらえなかったりする時
自分を責めます。

「わたしじゃだめなんだ」って責めてます。

その声がどこから湧いてきて、どこで自分を縛って、あざむいているのか

それにはもう気がついている。



わたしがラブコラムニストをやめるのは

自分の世界を生きたいから。


認められるために頑張るんじゃなくて

社会や文化に迎合するのではなくて

わたしらしく自分の世界を生きたいから。


それは働かないことかもしれない。

既存の価値観の社会では受け入れられないことかもしれない。


でも、自分の資質を大切にして
自分を大切にして生きたいのです。

お金のために自分を殺すのではなく
社会や文化に受け入れられるために自分を否定するのではなく


心を揺らしながら、揺れてる自分を愛しながら
繊細で感受性が強い自分を生かして。



思えば、すべての原因は自分であると責めていた。
誰かのことを悪く見てはいけないと思ってた。いつも、いい方を見よう。と。
そのしわ寄せをすべて自分へと充てた。
全て自分が悪いんだと責めてた。


役に立つことが素晴らしい生き方だと信じて
自分をすり減らしても役に立とうとしてきた。



確かに自分が生きてる世界を選んだのはわたし。



だから、責めるんじゃなくて


「わたしが悪いんだ」じゃなくて、自分を理解し、自分の資質を知り、それが社会的・文化的なものに添ってなくても自分を生かして
自分にもっとやさしい世界を生きていけばいいんだ。

そうしていいんだ!と気がついた。



それは少し規格外かもしれなくて
勇気がいるけれど。


たとえば外に出るのが、週に2回だけだとしても。
彼氏がいればそれでいい。としても。
勤めることができない。としても。
一緒に静かにただ、居るだけでしあわせになれる。



世の中の価値観で自分をジャッジしないで
自分を責めないで

これからは生きていってあげたい。



人は好きだけど疲れちゃうから
本当に気の合う人だけとお話ししたい。

刺激的なことよりも暖かい交流がしたい。


それがわたしの資質。
愛すべきわたしの。




かみさまは、全ての人に才能を与えている。

わたしの、この資質も才能だと思う。


繊細さも
感受性の強さも

素直さも
純粋さも

やさしさも。


すべて、わたしがいらないとおもって、切り捨てたようにしてきた資質。

捨てられなかったもの。


それを、生かして。









最近の楽しい時間。おやつ作り

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36歳超えると

もてなくなる

これは


うそです。


変わりませんヘ(゚∀゚*)ノ



年を重ねるのが怖い、
とりわけ「若さ」と「美貌」が
男性の気を引いて
それこそが大切と

信じている若い女性の皆様



年齢いったら男性を選べなくなるから
今のうちに「いい物件」をはべらせとけ!と
叫ぶみなさま

(本当にいるのよw)

全く関係ないよん(°∀°)b 


変わらずに

もてるし

必要な人は必ずやってくるから

安心してね(ノ´▽`)ノ


安心して
年齢を重ねてくださいましドキドキ


むしろ魅力は高まって溢れていくよ



女性はいつも絶え間なく美しい


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セックスってコントロールを手放すことで最高のものになる


イクだとか、潮吹きだとかにこだわってることが
そもそもセックスをつまんなくさせる


サーフィンって、海と一体になること
波に乗ろうとするのではなくて
波と一体になること

コントロールするのではなくて一つになること


セックスも同じ


頭で考えるのをやめて
痛いくらい自分と繋がって

体が動くにまかせて絡まっていく
一つになっていく



「喘ぎ方」も「動き方」も
ルールなんてない


自分が動きたいように動き
求めたいように求め
交わりたいように交わればいい


可愛く見せよう、綺麗に見せようとしなくても
自分のそのままの美しさに委ねていく


また、セクシーさやエロさは湧き出るものであり
形作ってかたどるものではない

そこのコントロールもいらない



思考が強いのは怖いから

手放せないのは怖いから


ただ裸で、何も考えず
思いのままに抱き合うこと



それができないのなら

海で泳いでみる
木に登ってみる


とにかくコントロールできない自然の力と
一つになる体験をすること



思考を捨てて

裸で抱き合う





それが真につながるセックスになる






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