2011年12月22日(木)

三和町という名称

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については、このホームページでその由来が記されていますので、今回は省略させていただきますが、三和や三和町という名称が現在も地域の中に何かしらの形で残っているのかとういと、残念ですがその数は極めて少ないというのが実情です。

 今も残る三和、三和町の名称については、会の運営委員のかたで、リサーチを進めている方がいますので、そ後に何らかの形でご報告できればと考えます。

 そこで、少しですが種明かしをしたいと思います。もっとも三和町とういう名称が残っているものがあります。それは、NTT関係の電柱です。旧三和町地域内では電柱のあちらこちらに三和町とういう名が記されています。

 まだ、確認はできませんが三和町の電柱1号は、旧中勝さん脇のようで、そこには三和町支線1という電柱番号がついています。

2011年12月01日(木)

お知らせ

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公園について語る会を開催いたします。

なぜたくさん公園があるの? 公園の名は誰がつけたの?“公園のはしご”しましたか? しだれ桜はいつ植えられたの? なぜクジラの親子がいるの? どんな公園にしたい?

公園の思い出や、これからの公園への希望をお聞かせください。

開催日:20111211日(日

時 間:13301530

場  所:蕨市南公民館

2011年11月25日(金)

南プラザ夢フェスタ2011参加

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明日のフェスタに三和町を語り継ぐ会も参加いたします。

プログラムにはありませんが、まつの木公園ステージで午後1時から20分まで、再現した三和町音頭を中心に、本会の概要、今年発行した絵本について、お話させていただきます。

このような機会を与えていただいたフェスタ関係者に感謝するとともに、これまで三和町音頭の再現に御協力いただいた多くの方々に感謝を申し上げます。 引き続いてのお力添えをお願い申し上げます。

2011年11月19日(土)

蕨の煉瓦建築

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道路元標のことを記しましたので、ついでに、中仙道の建築についても書きたいとおもいます。

中心街であった中仙道では、近世江戸期、明治、大正、昭和といくつのも時代に建設された建築が混在していました。このような都市における様々な町並み混在の実態は私の師匠のお一人である初田亨先生の「都市の明治」で代表的な都市であった銀座を事例にその展開を記しておられます。

 話は戻って蕨ですが、気になることがあります。それは、建築の様式や構造に関わるものなのですが、蕨では、多くが木造を中心に、一部これに漆喰を施した蔵造り、塗家造りがあることが資料からわかります。しかし、煉瓦造り(主たる構造は木造、鉄筋コンクリート等ありますが)が見当たらないのです(蔵など実は煉瓦造りというのもあるのですが内部からみないと確認できないことが多い)。今の川口信用金庫の場所にあった、空襲で消失する浦和商業銀行は木骨煉瓦造だったのですが、これ以外確認できていません。建築でなく工作物ということであれば、中仙道に煉瓦塀が残っており、これは大正中期の地図で確認できますので、現状では唯一となってしまいます。

もし、煉瓦を発見した場合は、その積み方とともに、煉瓦に記された刻印を探すことも重要となります。ところがこの刻印、以外に発見しにくく、先の塀は残念ながら目視で発見に至ったというわけにいきません。

そこで焦点を煉瓦の単体に絞って、この煉瓦刻印とはどんなものかということですが、資料館別館にひとつだけ刻印が記された煉瓦が存在します。この煉瓦には、小判型の枠に日本の文字が刻まれ、刻印の内容から昭和元年以降に、深谷の旧日本煉瓦製造で作られた煉瓦ということがわかります。この会社は、埼玉近代の父であった渋沢栄一さんの肝いりで作られた会社でした。

2011年11月15日(火)

郷土研究部

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について知っていらっしゃいますでしょうか。昭和29年に研究成果として「郷土研究」1号を発行し、昭和52年の14号まで継続されていたものです。この研究、なんと当時、蕨第一、第二、東中学校に在籍していた学生(各号によって参加校は異なりますが)によって蕨市の歴史を中心に、聞き取りやフィールドワーク、書籍等の資料をもとに分析が行われ、その論理的展開はわかりやすく内容が非常に優れていて、本会の活動でも参考にさせていただいている資料です。

その成果ですが、これもすごく、郷土地理研究コンクールで文部大臣賞、「蕨市の歴史」という現在発刊されている「蕨市史」の前身でも、郷土研究で明らかとなった内容の一部が、引用されています。

幸いなことに、今、蕨図書館2階ホールで、この郷土研究部についての展示があります。表紙もかっこよくデザインされていますので、図書館にお寄りの際、見学をお勧めします。閲覧のみですが、研究の内容も確認できます。 

 

 


2011年11月08日(火)

蕨宿400周年と三和町70周年

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 来年は、蕨宿開宿400年と三和町建設70周年が重なります。三和町については、ここで新ネタを記すわけにはいかない(後のお楽しみとさせてください)ので、蕨宿に関係して「近代 蕨」の一端についてネタをご提供したいと思います。

 それは「蕨町道路元標」です。旧中仙道と蕨駅前通りの交差点、セブンイレブン前に、石製の道路元標が存在します。案内版もありますので、ご存知の方も多いと思います。

 この元標、実のところ、もとは道路を挟んで反対側、昔、パン屋さんだった現在は個人の住宅か鰻屋さんの方にあったことが考えられるのです。

 これについては、道路元標設置に関する埼玉県の告示が、大正9年4月9日付で公表され、そこには「大字蕨町字前谷耕地25番地先(前谷耕地は、現在の旧中仙道と国道17号にはさまれた島状の区域)」と記され(この他、告示の下書きとなる稟議書類も場所は同じ)、これを現在設置されている場所の旧名に当てると、旧下町(後に須賀町、郵便局の方向)側は字荒井前(ついでに旧中町(市役所方向)側は、蕨町字宮田)となるため、なんらかの原因で、今の場所に移動したという指摘ができることになります。(ちなみに、大正九年時点で、現在の国道17号は存在していませんので、現在の旧中仙道が国道9号となっています)

 この移動に関連が考えられるのが、昭和初期の新国道9号(現在の17号)の開通と、旧中仙道から国道17号、戸田方面に至る蕨白子線(かつては白子道と呼ばれ、江戸時代、笹目方面から助郷のため蕨宿に赴いた方が使われていました。この道は、旧中仙道より駅の方向へ、御殿道としてつながり、現在、餃子屋さんのところで左を旧御殿屋敷(現在の和楽備神社の前身)、右を要害通り方向に続く道に突き当たります。餃子から先の、駅方向は田んぼや畑があるのみで、駅前に続く道ができるのは、鉄道の蕨駅ができた以降となります。よくよく駅前通りを旧中仙道から見ると、きれいに一直線になっているわけでなく、神社入口と市民会館入口の所で屈折していて、江戸時代からある道に駅前通りを接続させるため、工夫を施した様子がわかります)の拡幅によって、移動となった可能性が指摘できます。

 加えて、石製元標は、大正11年8月18日付けの内務省令20号で「石材その他耐久性材料を使用すべし」と指示がなされるので、それ以前の設置となった蕨の場合、旧中仙道をはさんで反対側にあったと考えられる元標は、石製でなかったという可能性(たとえば木製)もあるわけです。また、先の要因による移動の際に、石製となったともいえます。ただし、この辺はもう少し裏づけが必要となります。

 ついでに、隣町の戸田は、現在の国道17号沿いの吉野家がある場所の近く、名称は「戸田村道路元標」で、設置場所は「大字上戸田字前谷1662番地先(稟議書類も同じ)」でした。ここにあったとされる石製の元標は、現在、戸田市市役所隣の後谷公園内に移転されています。

どうして公園内にあるのかということですが、残念なことに戸田の元標は、いつの間にか埋められてしまったらしく(戦後、必要でなくなったためと思われます)、国道17号拡幅工事の際に発見され、ようやく地上にお出ましとなりました。では、何故に埋められてしまったのかということなのですが、これについては、蕨のように旧中仙道と異なる場所に国道17号が開通されたのと違い、旧戸田村の区域は、旧中仙道を拡幅することで現在の国道17号が成り立っている場所が多いため、発見される以前の整備等の工事の際に埋められてしまったという可能性も指摘できます。

 


2011年10月17日(月)

2周年のつどいのお知らせ

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『三和町音頭を歌いましょう』


日時 2011年10月23日(日)

   14時から15時30分まで。

場所 南町公民館


 2周年のつどいでは、まぼろしとなっていた『三和町音頭』も再現を行います。

 この歌をおきかせしながら、当時のお祭りの様子など、写真も加えて振り返ってみたいと思います。

 特に注目は、この歌に関わる地域を超えた広がり(紅白歌合戦にも毎年出場する若手演歌歌手との関係)等の貴重なエピソードもお話をいただく予定でおります。ぜひ、お出かけください。


これに引き続いて、踊りについても復元していきたいと思っています。





2011年09月07日(水)

お知らせ

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三和町を語り継ぐ会では、旧三和町地域の移り変わりを写真で巡る地域の記憶 写真の中の三和町』を開催します。

本会で所蔵する写真と共に、地域の方々、蕨市より提供していただいた

写真も加え、地域の記憶を辿ります。

日時 2011年 9月11日(日曜日)13:30より

場所 蕨市南公民館 三階集会室

2011年08月28日(日)

絵本完成を祝う会

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には、大勢のご参加を頂き、大変感謝しております。本会も、活動の基本である「次世代とのつながり」について、絵本という材料を通じ語り継いでいこうという、新たな地域活動の事例になるのではと期待しています。

 祝う会では、絵本が中心となりましたが、この書籍の後半は、高校生の方々にも読んでいただけるよう、少し専門的な内容としていますので、地域学習の教本として、また、なんと言ってもこの時期は、夏休み自由研究に三和町を取り上げていただき、参考にしてもらえればと思う次第です。

 完成を祝う会以降、多方面より反響を頂き、改めて、地に足をつけた地域に貢献するのための活動の重要性を実感しています。

 7月は毎日新聞(13日、31日)、8月は朝日新聞(22日)で、「みつわちょうにいきたいな」完成を祝う会が取り上げられ、かつて、三和町に住んでおられた方からも、この記事を読んで、絵本についての問い合わせをいただくなど、外からみた三和町の位置づけみたいなものもみえてくるのではないかと考えます。


2011年07月23日(土)

絵本の完成を祝う会

テーマ:お知らせ

三和町の絵本の完成を祝う会が近づきました。


三和町を語り継ぐ会のブログ-チラシ


なお、絵本の購入を希望される方は

当日、申し込みをお受けいたします。


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