#2 留守電
1997年06月22日(日)
テーマ:初トライアスロン
レースの後、民宿に一泊し、午前中に大島観光をして、日曜日の午後にフェリーで東京・竹芝桟橋へ。
品川付近で夕飯を食べてから、輪行して一人暮しのアパートへ着いたのは午後10時過ぎだった。
日焼けした肩に輪行バックの紐が食い込む痛みから開放され、
ほっと一息付いたとき、部屋の留守番電話※のランプが点滅しているのに気づく。
1件目、無言。
2件目、無言。
3件目、母親の声、また後で電話するとだけ。
4件目、もういい!と半ばなげやりな母親の声。
何かただならぬ事が起きたことだけは分かり、すぐに実家へ電話した。
すると、母親がこれまで聞いたこともないような弱々しい口調で教えてくれた。
「お父さんがね・・・。あと1ヶ月しか会えないかもしれないの・・・。」
電話を着ると同時に僕は財布を持って部屋を飛び出し、ママチャリで向ヶ丘遊園駅へ向い、間一髪、急行小田原行きの最終電車に飛び乗った。
何も考えず、ただ衝動的に。
続く → #3 新幹線
※当時はまだ携帯電話の普及期で、流行に鈍感な僕は当然の如く携帯やPHSを持っていなかった。
品川付近で夕飯を食べてから、輪行して一人暮しのアパートへ着いたのは午後10時過ぎだった。
日焼けした肩に輪行バックの紐が食い込む痛みから開放され、
ほっと一息付いたとき、部屋の留守番電話※のランプが点滅しているのに気づく。
1件目、無言。
2件目、無言。
3件目、母親の声、また後で電話するとだけ。
4件目、もういい!と半ばなげやりな母親の声。
何かただならぬ事が起きたことだけは分かり、すぐに実家へ電話した。
すると、母親がこれまで聞いたこともないような弱々しい口調で教えてくれた。
「お父さんがね・・・。あと1ヶ月しか会えないかもしれないの・・・。」
電話を着ると同時に僕は財布を持って部屋を飛び出し、ママチャリで向ヶ丘遊園駅へ向い、間一髪、急行小田原行きの最終電車に飛び乗った。
何も考えず、ただ衝動的に。
続く → #3 新幹線
※当時はまだ携帯電話の普及期で、流行に鈍感な僕は当然の如く携帯やPHSを持っていなかった。




