テーマ:
前回に引き続き、
森博嗣著『喜嶋先生の静かな世界』という小説を読んでいきながら、問題発見の最先端について考えていきます。

0.イントロダクション
1.研究者と問題発見
2.変人を参照すること
3.企業とアカデミアで相容れないこと


主人公・橋場の教官、喜嶋先生はあるとき、研究についてこう述べます。
--
「既にあるものを知ることも、理解することも、研究ではない。研究とは、今はないものを知ること、理解することだ。それを実現するための手がかりは、自分の発想しかない」
--

前回書いた「問題」と同じく、まだ世界にはない情報が作られるのが、研究なのです。
その研究をするために、研究者が常に考えていることについては、以下のように書いてあります。

--
何を研究したら良いかを自分で決められるようになったら、もう一人前だ。そんなことが学生にできるわけがない。天才でもないかぎりね。それは、どんな立派な研究者でも同じだ。常に考えていることは、どう考えれば良いかではなくて、何を考えるのかだ。問題がどこにあるのか、をいつも考えている。問題さえ見つければ、もうあとは解決するだけだ。そんなことは誰にだってできる。
--

問題も、問題解決の手法も、与えられている「勉強」とは違い、まだ道ができていない土地に足を踏み入れよう、ということです。

喜嶋先生は、そんな研究の世界における理想的な像として描かれています。
ネタバレになりますが、主人公は、喜嶋先生が助教授になってすぐに職を辞してしまったという噂を聞きます。主人公はそれを喜嶋先生が「学問だけに時間を割けなくなったせいだ」と理解します。そこで助教授となった自分の身を振り返って、自分は純粋な研究者ではもうない、と気づくことになります。純粋な研究者とはなにか。喜嶋先生は、かつて、こんな言葉を口にしました。

--
「いいか、覚えておくといい。学問には王道しかない」
--

この、王道(学問に王道なしの王道とは違う)、勇者の進むべき美しき道とでも言うべきものの上を進めているものこそが純粋な研究者なのです。僕はこのような研究者たることを奨励するわけではありません。でも、王道を求めるような、そういう行いができることは、尊いことなのだ、というメッセージを、私はこの本から受け取りました。

今回私は、研究者とはどのような人々なのか、という視点でこの本を読みなおしました。
そのなかで、研究者とは、きっと何が問題か、と問題の解決について考え続ける人なのだ、という視点を得ました。考え続けて、問題を発見する。問題の発見は、一流の研究者でも難しいといいます。けれども、それがなければ研究ははじまりません。

それを考えると、理想的な研究環境とは、どんな時間も、問題が何か、考え続けられる環境なのだろう、と思います。その前提として、今まで発見された問題については、その解決法を入手することができる、ということも大事です。

次回は、本の内容から離れて、「変人を参照すること」について、論を展開します。
AD
いいね!した人  |  コメント(0)  |  リブログ(0)

mitemoさんの読者になろう

ブログの更新情報が受け取れて、アクセスが簡単になります

AD

Ameba人気のブログ

Amebaトピックス

      ランキング

      • 総合
      • 新登場
      • 急上昇
      • トレンド

      ブログをはじめる

      たくさんの芸能人・有名人が
      書いているAmebaブログを
      無料で簡単にはじめることができます。

      公式トップブロガーへ応募

      多くの方にご紹介したいブログを
      執筆する方を「公式トップブロガー」
      として認定しております。

      芸能人・有名人ブログを開設

      Amebaブログでは、芸能人・有名人ブログを
      ご希望される著名人の方/事務所様を
      随時募集しております。