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某氏のリクエストにお応えし、ミクシで5回にわたって書いてた駄文をこっちでも

赤っ恥大公開じゃ!

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鼈 ←タイトルね。



午後8時。
パソコンを切り、杉野良男は帰り支度をはじめた。
最近、ずっと最終電車だった。
今日は、早く帰れそうだ。

会社を出た。
そのとき、良男はなにか妙な気がした。
いつもと違う。何かが。

「こんな時間だしな。気のせいだろ」
つぶやくと良男は駅に向かった。
ゆっくり歩いても十分間に合う時間だ。

駅に着き、ホームまで上がる。
部署は違うが同期の高橋が立っていた。

「おう! 今、帰りか? 今日は早いな」
高橋が笑いかける。
彼とは同期の中でも一番気が合う。

「最近、雨が多かったけど、今日は天気いいな。」
高橋が言う。
「そうだなぁ。」
「鼈もあんなに綺麗だ。」
「ん?」
夜空を見上げる高橋の目線を追う。

空には満月が・・・。いや、違う。
あれは?
「ス、ス、スッポン!?」
夜空に浮かぶのは紛れもなくスッポン。
「なんだよ。素っ頓狂な声上げて。鼈がそんなに珍しいか?」
珍しい。確かに。
「高橋、お前、スッポンだぞ!? なんだあれ? おかしいだろ?」
「なんだよ。変なやつだ。仕事疲れか?」
変なのは高橋だ。良男はもう一度、夜空を見上げた。
だが、まさしくスッポンが浮かんでいる。
「月は? 月が、月だろ?」
訳のわからない言葉が良男の口から漏れる。

「杉野、なんだよ つきって?」
「お前、月だよ。月。知ってるだろ?」
「知らねぇよ。つきなんて」
「地球の周り回ってるだろ? 月が。」
「何言ってんだ? 地球の周り回ってるのは鼈だろ。変だぞ。」
良男はもう一度、空を見上げた。
スッポンだった。月ではなかった。
夜空にスッポンが輝いていた。

「おい、杉野! 乗らんのか?」
高橋の声に良男は、電車が到着しているのに気がついた。
「ああ・・・」
電車に乗り込む。この時間にしてはすいている。

「お前、疲れてるんだろ? 明日は土曜日だ。しっかり休めや。」
心配そうに高橋が言う。
そうだ、明日は土曜日。一晩寝ればこんな馬鹿げた話も
終わるだろう。明日は土曜。そして・・・
良男はふと、あることに気がついた。

「なぁ、高橋。土曜の次は何曜日だ?」
「ん? 日曜に決まってるだろ?」
そうだ。土曜の次は日曜。ではその次は?
「じゃ、日曜の次は?」
「鼈曜日だ。」
やっぱり、そう言うか。

「スッポン曜日って・・・。おかしくないか?」
「なんで?」
「いや。まぁ。いいけど・・・。」
良男は目をつぶった。スーツのポケットから携帯を取り出す。
目を開ける。そして携帯の待ちうけ画面を見た。

5鼈9日(金)。
待ちうけ画面の日付はそう表示されていた。
「ごすっぽんここのか・・・・。」

良男は携帯をしまうと、再び目を閉じた。
降車駅に着いた。
高橋に別れを告げ、良男は電車を降りる。

駅を出ると、目の前には例のスッポンが見える。
「月とスッポンじゃぁ、ほんとに月とスッポンじゃないか」
そうつぶやく。当たり前だ。
良男はスッポンを見ないよう、うつむき加減で家路についた。

自宅に帰ると父親が一人だった。
「おふくろは?」
「ああ、明日の準備で出かけた。」
「出かけた?」
「明日、当番らしい。明日は顔を出すだけでいいらしいけど、準備は大変だって。」
町内の行事でもあるのだろうか。
「めしは?」
親父が聞く。なんだか腹は減っていない。
「いいや。寝る。」
「風邪か?」
問いに答えず良男は自室に入った。

自室のパソコンの電源を入れる。
エディターを開き、「つき」と入力、変換。
着き、付き、尽き、突き・・・・。そこには「月」という文字は
なかった。
ブラウザを立ち上げる。「つき」を検索。
当然のように、月に関する検索結果は表示されない。

パソコンの電源を落とすと、本棚にある辞書を手に取る。
もう何年も開いていない学生時代の国語辞典。
結果は思った通り、「月」の項目がない。

「衛星」で引いて見る。
惑星の周りを回る小天体。地球の場合は鼈。
「スッポン」で引いて見る。
地球の回りを周回する衛星。
爬虫綱カメ目に属する水棲の動物。

「なんで、これが同じなんだ?」
良男は軽い頭痛を感じた。
一晩、寝れば治る。なにもかも・・・・。
そう思うと良男はベッドに潜り込んだ。
真夜中。良男は空腹で目がさめた。
夕食も食べずに寝てしまったのだから仕方が無い。
カップラーメンでも食べようか。良男は台所へ向かった。

窓の外を見た。方角が違うのか。アレは見えなかった。

ポットに湯があるのを確かめ、台所でカップラーメンを作る。
今、何時だろう? 時計を見る。2時半。
洗い物がかたずいていない。母親はまだ帰ってきていないようだ。

ラーメンを食べ終え。ベランダに出てみる。
アレはすべて夢だったのではないか?
手すりから身を乗り出し、探す。

月は出ていない。風が少し冷たい。
月でないアレも見えない。

部屋に戻り、もう一度パソコンの電源を入れる。
ジュール・ベルヌ。検索してみる。
「月の検索にベルヌか。俺ってインテリ」
下らないことをつぶやく。

著作一覧を表示する。
「北極冒険旅行」、もっと下だ。
「空中旅行三十五日」、まだまだ。
「地底旅行」、これも違う。

「旅行好きなおっさんだ。」
また、下らない独り言を良男はつぶやいた。

1865年。「鼈世界旅行」。これだ。
やっぱり月ではない。スッポンだ。
更に画面をスクロールする。
1869年。「鼈世界探検」。やれやれだ。

少なくとも19世紀からスッポンは夜空に存在していたらしい。

「八十日間世界一周」まで見て、ブラウザを閉じた。

仕方が無い。不条理だがスッポンを受け入れよう。
少なくとも朝になればスッポンを見なくて済む。
そう思いながら良男はパソコンの電源を落とした。

ベッドに横になり、朝が来るのをひたすら待った。

いつの間にか良男は眠っていたようだ。
部屋に日がさしている。もう昼に近い時間だろう。

夜中にカップラーメンを食べたせいか、あまり腹は減っていない。
良男はシャワーを浴びた。熱い湯が気持ちいい。

少なくとも夜までは、スッポンを気にしなくても済む。
それに夜になれば何もかも元に戻るかも知れない。

浴室から出、着替えて居間に入る。
親父がヒマそうにテレビを見ていた。

「おふくろ、まだ帰って来てないのか?」
「んー。当番なんで夜だろう。」
「顔だけ出すんじゃなかったのか?」
「顔、出してるじゃないか」
親父が面倒臭そうに窓の方を指差す。

窓の外には太陽が・・・・。いや、何だ? 
あれは?

太陽ではなかった。母の顔が真っ青な空で輝いていた。 (完)

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