三浦九段の人柄

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 三浦九段は、ニコ生で何度か観ていて、その人柄に好感を持ったものだ。

 何とも言えない人柄だ。

 決して能弁ではなく、笑いを振りまくタイプでもない。

 もちろん、いわゆる「優等生」でもない。

 味わい深い人柄、とでもいうべきか。

 

 この度の騒動、まことに気の毒に思う。

 

 三浦九段の人柄がよくわかるものの一つに、『棋士の魂~将棋インタビュー傑作選』 (宝島社文庫)に掲載されているインタビュー記事がある。

 三浦六段(当時)を野田香里さんがインタビューしている。インタビューの時期は1998年暮のようだ。1996年夏に羽生7冠から棋聖位を奪ってから2年が経ったころ。

 

 少し引用する。

 三浦さんの第一印象は、「放課後のクラブ活動の男の子」。体育系ではなく文化系で、落ち着いた感じの、女子からはムッツリスケベなんてからかわれても、じつはひそかに人気が高い……そういえば昔クラスにこんな男の子がいたっけなと思わせる、懐かしい青春のイメージなのである。

 

 三浦弘之二十五歳、女性ライターにこんな風に見られていた。

 このインタビューの中で、例の「一日の将棋の勉強時間は?――二十四時間」関連のエピソードが語られている。

 プロになってしばらくしてからの十九歳の夏ごろでしたが、実際に、夢のなかで将棋の勉強が進んでいたことがありました。起きてから考えてみてもつじつまが合っていて、自分でもびっくりしました。(中略)あのころ、二十四時間将棋のことを考えているという噂が流れましたけれど、そういう意味では、まったく嘘ではないところもあるんですよね(笑)。

 

 小学校のときの「数字で遊ぶ」という話もなかなか聞けないものだし、将棋は苦しいという三浦六段に、インタビュアーが楽しいことはないのかと、しつこく聞いてしまった場面の、「頭が白くなるってことですね」、「あれって、ドーパミンなんでしょ、誰でも経験するものなのでしょ」、「苦しいはずなのに、将棋のことをずっと考えていて、急に気持ちよくなるってことがあったんです」という話は、三浦弘之面目躍如たるものだ。

 何を言っているのか、よくわからないが、どうやら、将棋を考えるのは苦しいことなのだが、ずっと考えていると、頭が白くなって、急に気持ちよくなるのらしい。本人は誰でも経験するものだと思っているのが、極め付きだ。

 少年時代の行方八段との話もいい。

――取っ組み合いの喧嘩もしましたか?

三浦 それはなかったですね。取っ組み合いの喧嘩が、僕たちにとっては将棋だったんです。行方くんとは、友達というより、いちばん近いのは、兄弟っていう感じかもしれません。

 また、野田さんの地の文では、

 時に学校をさぼって将棋道場に行く”なめちゃん”をうらやましく思いながら、中学、高校を休まずに通った。

 とある。

 真面目、謹直の人物である。

 

 このインタビュー記事は、名作だと思う。

 野田さんが三浦弘之という棋士に対して、敬愛の念をもって対しているからだろう。

 ご家族を描くにも、次のとおりである。

 高崎駅に着くと、三浦さんのお母様の運転する白いセダンが待っていた。

「これがまた、すごいいい母さんでさあ、パワーもあるし、若いし、楽しいし。俺、もうお母さんとおしゃべりしてるだけでもいいわ」

 三浦ママの評判も、新幹線のなかで、ライターHさんから聞きっぱなしだ。

 

 この名作を今読み返して、一点、気が滅入る部分がある。

 まあ、将棋ですから、それほど問題は起きないですけどね。最悪、将棋に負けるだけじゃないですか。

 

 今、将棋に負けるよりも、もっと大きな危機にある三浦九段のことを思うと、本当に気が滅入ってしまう。

 どうか、三浦九段がこの危機を乗り越えて、以前に増して活躍されるよう、祈念する。

 

 

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