夜海を照らす月を見上げて

ストーリーと夜半言の部屋


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osyou


長い留守の間にも、アクセスくださっていた方々に

感謝感謝です。

実は以前、管理画面に入れず更新できない状態が続き

もうここで書けないかしらと放っていました。

昨日、読者登録がありましたという転送メールが届き

だめもとでやってみるかぁーと久々ポチッとしましたところ

すんなり入れましたという次第(笑


むぅー相変わらずブログ操作がよくわからない私です。


その御方のおかげで、新年のご挨拶ができました。

ありがとうございます(笑


今年1年、小さいハッピーを妄想で大きく膨らましながら

私らしく過ごしていきたいと思います。


目下のところ、例年の「餅太り症候群」に今年こそ打ち勝つのよ!

おぅ!!



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「夜、幾つかの色あざやかな光彩がそのまわりに林立するとき、川は実像から無数の生あるものを奪い取る黯い鏡と化してしまう。不信や倦怠や情欲や野心や、その他まといついているさまざまな夾雑物をくるりと剥いで、鏡はくらがりの底に簡略な、実際の色や形よりもはるかに美しい虚像を映し出してみせる。」


小説「道頓堀川」の最初の部分で、このように夜の道頓堀川を表現されている。

実際に橋からこの川を見下ろしたことがなくても、この一文から、流れる川に沿った夜の道頓堀一角の情景がほんのりと目に浮かぶようである。

そしてこれは川に対すると同時に、ここを舞台とする全ての登場人物が、実像と虚像の狭間に生きる人間達じゃないかと語られているように、読み進めていくうちに感じていった。

夜の帳の中に映し出される虚像の部分と相反した、ネオンの灯が消えた後の欲望の残骸が昨夜のゴミ袋の山となって、間隔を開けて積まれた通りを自分達の生活の場とする人々は共通しているように、どこかみな不安定なのだ。決して、自らこの場所を好んでいるわけではない。定住の地は他にあるはずだと。


邦彦は、、喫茶店「リバー」の手伝いをしながら下宿をする、来年卒業を控えた大学生。

卒業後の身の行く末が決まらないことに、苛立ちを感じ、それは時折やるせない言動や行動に走らせる。

彼にとって、この界隈から抜け出せないことは、将来が見えないことを意味するからだ。

身寄りがないという邦彦の孤独感に、ずかずかと足を踏み入れるような人は、ここにはいない。

リバーの店主である武内も、その息子の政夫、小料理屋のまち子姐さんやストリッパーのさとみ。

自分が背負ったものを降ろすことができないからこそ、相手の重みを語らずとも知ることができる類の人達の中、自分もそうだと気づきながら、いつかすっかり首までつかった自分を想像すると、たまらなく逃げ出したくなるのかもしれない。


昔、玉突きに没頭し、その道で名を馳せるほどになった武内はその頃、妻が行きすがりの画家とも占い師ともつかない男と、息子を連れて駆け落ちされた過去を持つ。数年後、帰った妻に対して、憤る感情をぶつけて蹴った腹が元で、先立たれたという悔恨の苦しみを抱えながら、そのころまだ小さかった息子が一時でも男と一緒に暮らしていたことに拭いきれない腹立たしさも胸に秘めて日々をやり過ごしている。

生前妻が買い求めた翡翠色の水差しを大切に店に飾る武内の目は優しい。例え妻がかつてそのギヤマンに見とれていたのは、共に逃げた男との愛河の色を瞳に投影させていたのだとしても。

不確かな未来にもがく青年と後悔の過去であるが、どこかそれに寄りすがる中年の男。

他の人物にしても、陽炎のように不規則で屈折した光ともいえる感情と行動が垣間見え、それは一見ふざけているようでも、ただ懸命に今を生き、そこから小さな幸福を見つけだそうとする姿に心が打たれる。

ともすれば、淫か陰になりそうな歓楽街という背景を用いているが、青年の目線を通すことによって、爽やかな風を物語全体に吹き抜けさせた宮本氏の感性に脱帽した。



この後、もしかするとこの本を読んでみようとされる方に悪いと思い、内容についてはあまり触れずにおくことにしました。ここから先に私のことがあるのですが、続きはまたまた次回に書かせていただきます。

長くなりすぎて、すみません。

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これは、ブックバトンのお返事と変えさせてもらいます。

なんとかこれでご勘弁を(笑

********************************

iiiiiiiiiiiiiiiiii

作家、宮本 輝氏の作品「道頓堀川」を、先日また読み返していた。

初めて手にしたのは3年程前だったと思う。


「泥の川」「蛍川」に続く川三部作の最終章としての作品が「道頓堀川」である。

それぞれの作品の中に生きる登場人物の庶民的な生活の中に、

息づく躍動感を感じるのは私だけだろうか。

作者が描きだしているのは、決して意欲と夢と希望に満ち満ちた明るい土地ではなく、

むしろ高度成長をひた走る時代だった日本とは、川を隔てた向こう岸に存在する

殺伐とした風が常に吹きすさんでいるような一角であり、住人達である。

自分の身の上や、過去、そして明日。そのどこからも、地に根を張る生の力強さというより、

川の底で揺れる草のような危うさを感じてしまうのだ。

そこを安住の地としたくないならば、いっそ川の流れに身を任せていけば

いつかは広大な海へと辿りつくだろう。

だが人生とはそう簡単にはいかず、そしてそれが現実である。

だからこそ、人はたとえそれが投げやりたくなるものであっても、

その中に自分なりの幸福を見つけ出そうと模索し続けて生きていく。

作者が描き出す、人物の感情の起伏の表現力と情景描写の素晴らしさに助けられ、

想像を絶えさせることなく、読むことができた。

宮本氏の他の作品においても、得にこの技術に長けてらっしゃる点にいつも感心させられている。


ここで最初に戻るが、この作品を読み返したのには理由がある。

それは、一本の線となりつながっているはずの、私自身が歩んできた過去の隙間の、

どこにも当てはめることができない奇妙な記憶の点が、この作品を読んだ後、

頭の中に色濃く浮かび上がりだしたことから始まる。

それからずっと気にはなっていたが、今まで詮索をするのは無駄ということにしておいた。


書評を苦手とする私だが、「ぐたさん」kankanさん」にブックバトンを手渡されたまま放っている心苦しさも手伝って(笑)、なんとか一つだけでもと重い腰をあげながら、ふと考えた。

私のこの記憶を書いてみるのはどうかと。いえ、別に大層なことではないですけど。

今夜はここまでとして、続きは明日か明後日に書かせてもらいます。

肝心の「道頓堀川」について、まだ少しも触れていませんので、そこからですね。

ここ最近の夏バテのせいか、体力が持たなくてすみません。

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 昨晩、とあるサイトへの投稿用に、「夜海」のタイトルでhtmlページを作りました。

表紙の一枚だけですが、とにかく、なんのテクニック的なものも取り入れる間もなく、

投稿するにも、ふと一抹の不安が・・・センスが・・・

こういうことに長けているお方は、きっと沢山いらっしゃるはずだと思い、

いっそのこと、見ていただいて、ご指摘いただければ幸いと。

他力本願な私です。


http://ayuna.michikusa.jp/  ←ここに入っています。

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 先日、Adobeの「Photo shop」と、「Illustrator」というソフトを入手しました。

画像処理と、イラスト作成をするためのものですが、

かなり前に少々使っていたものの、使いこなしたレベルではございません。

 

以前より、文章に挿絵がほしいなぁと思っていました。

どなたかにお願いできる身分ではないので、自分でどうにか・・・なんて。

ですが、ソフトがどうとか言う前に、まずは絵を描けるのかという大問題が。

ちゃんとした写真が撮れるのかという、課題が。

やばいです。文章以上に難しいかもです。

 

とりあえずインストールをしますが、「うおぉーーー!やめたやめたー!」と、

投げ出す姿が早くも目に浮かび、恐ろしくなっています(笑

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s  

 頭の中で思い描いたシーンを、いざ書く(またはキーボードを打つ)時、

「神様~、どうか私に書かせてください!」

と、かなり大げさにお願いをする、変な癖があります。

 普段は全くと言っていいほど、そういうことに無関心な人のくせに、

なんとも自分勝手で都合のいい私です。


 ただそれは、頭の片隅のどこかに

「書いている私」ではなく

「書かせてもらっている私」という

意識が働いているせいかもしれません。


 以前に「私はアリス」の中で少し触れましたが、

子供時代、病弱な時期があったことも

私が本の世界にのめりこんでいった一つの要因だと思います。


 ハックルベリーの自由に憧れ

幸福の王子のつばめに涙し

小公女に励まされ

秘密の花園に胸がときめき


毎日毎日、それこそ恥ずかしい話、トイレの中にも持ち込むほど、

時間を惜しんで読みふけっていました。

 もとはといえば、私以上の読書好きであった母親が薦めたことでしたので

おもちゃを買ってくれることはなくても、全集であろうと、少々高価であろうとも、

惜しまずお金を出してくれました。

自分の部屋に納まりきらなくなり、あげく、本の部屋が一つ別にできてしまったほどです。


 私は、一体何を求めて、それほどまで読書に没頭していたのでしょうか。

それは多分、「幸せ」を探していたんじゃないか。

純粋な気持ちで、勇気や青春や、戒めや道徳を吸収しながら

本の世界の中では、元気に飛び回る自分がいて幸せな気持ちになれました。

実は病弱だったのは一時のことで、今は十分元気すぎる大人ですが(笑


 周りの女の子が、「ケーキ屋さんになりたい」「お花屋さんになりたい」

などの夢を作文で書いていた中で、「小説家になりたい」と、今では

赤面ものですが、堂々と宣言したものでした。


私にとって、小説家とは「人を幸せにできるお仕事」だったからです。


夢は夢だとため息まじりに苦笑しながらも

書いて、そしてありがたいことに、読もうとしてくださる方がいる。

そして、またそこから私の書く原動力が沸き起こるのです。


あっそうでした。

「神様~書かせてください」ではなく

「読者様~書かせてください」じゃないですか。

たった今、気がつきました(笑


あの頃の純粋の延長線上に私が立っているとはいえません。

ですが、もちろん今も山積みの書籍に囲まれながら

小さな幸せを満喫しています。

そして、やはり今も、作家は人を幸せにする仕事だと思うのです。


今夜はつらつらと独り言につき合わせてしまいました。  ごめりんこ。

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aa

 色っておもしろいです。緑を見ていると、爽やかな気分になったり、

赤を見つめていると高ぶり、紫には大人の魅力を感じてみたり。

不思議と人それぞれ、好みの色がありますよね。

私の場合は、ピンクです。物が愛らしく写るところが好き。

 あなたは、何色が好きですか?

 目の前に置かれたりんごも、真っ赤であればあるほど

おいしそうに見えるものです。

ですが、もしそこが暗い部屋の中だとしたらどうでしょう。

手で触って形を感じても、色は消えますよね。

 どんな色も、光の反射の条件が合わさってはじめてその意味を持つ。

澄みわたった空気であればあるほど、夕焼けは美しいのだそうです。

目に見えないほどの細かな埃でも、微妙に光の通りを妨げてしまうと、

せっかくの夕日も空の青も、美しさを存分に発揮できません。

 たまには自然の中で、おいしい空気を食べたついでに、自然本来の色にも触れて

リフレッシュをしたいものです(笑

 形がないものに色をつけて表現をすることもありますよね。

例えば時の流れに対する場合、「バラ色の人生」とか、「お先真っ暗」

という感じかな。

少し想像してみましょうか。

 あなたの今日は何色でしたか?

そして、明日は何色にしてみたいですか?

 どんな色にしたところで、心の部屋が暗いままでは

台無しかも。パァーと明るい心を通して

あなたがなりたい今日の色は、鮮やかに発色するのでしょう。

 暗く落ち込む日もあれば、明るく笑える日もあるけれど、

明るい日を1日づつ増やしていければ、いつの間にか

好きな色の人生を歩んでいるのかもしれませんね。


 あっ、ちなみに私は 「バラ色の人生」目指しています(笑


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lllll

このところ、バタバタあたふたしていて、

更新が遅れ、本当にごめんなさい。

PCの調子が悪いのか、昨夜せっせと打ち込んだ記事も

アップするとビジーになり、画面が消えました。

少し長文だっただけに、がっかり。

「もう、書けない!」と不貞寝しました。(笑


今年も、天の川を眺められない空で残念ですが、

みなさんのところはどうですか?

彦星と織姫が出会える夜にふさわしい

ロマンティックな一日を・・・という気合も虚しく

今夜も原稿用紙に向かっている女がここにいます。(笑

夏の計画を立てる夜でも、いいですよね。

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ddddd

 多くの人が、プロの書き手を目指し、仕事や学業にいそしみながら、

日夜原稿用紙やPCを前に奮闘されているんだなぁと、先日ブログ巡りをして改めて感心しました。

沢山のブログを一度に拝見しようとすると結構な時間を費やしてしまうため、

なかなかできませんが、いい刺激にもなります。

 私も、そういう方々同様、仕事で食べながら、一番やりたいことで生活が成り立つ日の

万が一の可能性を夢みているわけですね。

 私のこれまでの経歴は、一見、書くことと全く接点がないように見えても、

実は私の書き手としてのスタンスに深く関わっていると思います。

 仕事内容については書けませんが、朝から約5時間くらいの間に多くて100人以上の人と接しています。

医療に関わるため、身体的に重度の病を患いながら必死で生きることに立ち向かっている人や、

反対に、健康な身体を持っていても、心理的に重い悩みを抱える人など、年代もさまざま。

車椅子を足かわりに、社会と関わっていくことにとても精力的な人もいれば、

リストカットを繰り返す人もいる。

いじめが元で登校拒否になってしまった子もいれば、人格障害に苦しむ青年もいる。

生と死のボーダーラインに佇む人と関わるたび、私は、理解という言葉を無意味に感じ、

同情というものは決して美しいものではないと痛切に感じさせられます。

暗い淵に誤ってこけてしまい、足を取られた人の手をうんしょうんしょと引っ張ることしかできません。

 逆に、ありがとうと、頭を下げたくなることもあります。

例えば、ヨボヨボと杖を頼りに歩き、顔は皺と老人班が全てになってしまい、余命いくばくもない高齢の方が

私の前に座っているとします。

耳は非常に聴こえにくく、またかつぜつもあまりよくないかもしれません。

ですが不思議なことに、私はその人に美しいなぁと思う瞬間を何度も覚えさせられるのです。

 上手に表現できないところが私の至らなさですが、一言にすると「命」かな。

これまでの数十年間、一生懸命生きてきましたという、堂々とした格好よさがある。

恋愛、親子愛、嫉妬、病気、裏切り、慈しみ、怒り、悲しみ、悲哀、・・・

数えるにはきりがないほどのあらゆる出来事や感情を経験しながら、乗り越えて今があるのです。

そして、その根底を支える大切な感情とは何かと、自分なりにあーだこーだと思考しますと、

「愛」にぶつかってしまう。

 私は、学者でもなければ、もちろん宗教家でもない。 ただの女一匹です。

ですが、生きることの意味を考えるより、どうすれば自分なりに愛を一杯放出できるのか。

どうすればきちんと愛せるのか。一つの愛を喪失した時、自分と向き合って乗り越える時間の使い方、

自分も愛してあげることの大切さとか。

そんなことで頭をパンパンにして突っ走る10代、20代であってもいいんじゃないかな。

親や近所からは、「まぁっ!色気づいて、その分勉強をもっとしなさい!」

と叱られるかもしれないけど(笑

私の恋愛詩には、そんな気持ちをこめていました。

 これからも、短文、長文、なんだかんだブツブツと書かせていただくつもりですが、

「やっぱり愛は勝つ!うぉー!」と叫びながら書いている姿を想像してくださいね。

あっ・・・それとねじり鉢巻もしているかな(笑

なんだか今日も、まとまりないですね・・・ すみません、もっと精進します。


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とある国、繁華街のストリートには、

露店や、珍物や紛い物臭い商品を扱う店や、セピア色をした紙芝居や

靴磨き小僧の列が、砂埃と、何かを焼いたような匂いが混じった空間の中にひしめき合っている。

常に湿った空気のせいで、雨上がりでもないのに、土道のところどころが粘つき、

観光客のおろして間もないであろう、靴底を泥どろにしてしまう。

そんな町を歩いている。


視界に飛び込んできた、いわゆる物乞いと思われる少年。

茣蓙一枚の上にあぐらをかき、通り過ぎる大人に向かって、

ひたすらに同じ言葉を投げかけては、おわんを持った手を空に突き出して催促を繰り返す。


少年には、片腕が足りない。

可哀想に、彼は事故にでもあったのだろうか。

そう言うと、同行する道先案内人は、ちがうと首を横に振った。

「彼の腕は切り落とされたのさ、父親に」

まるで予想もつかない返答に、私は愕然とした。

「なぜなら、その方が彼にとってお金を生み出しやすいからだよ。

君も、他に並んでいる少年たちよりも、彼に同情しただろう? そういうことさ」



これは、残念ながら作り話ではありません。


私がこの話を、先週、海外に赴任する弟の体験として聞き、少しその国の雰囲気を

文の中に挿入してリアル感を持たせるようにしました。

1週間、このことをここで書くか書かざるべきか、迷いながら、

幸せの物差しというものについて考えていました。

その考えについて書くのは、もう少し先にさせてください。

上手くまとまらないもので。


あなたは、この少年は自分を不幸だと感じていると思いますか?

それとも、他の少年より、少しでも多く稼ぐ自分に幸せを感じていると思いますか?


私の胸の内に沸き起こる感情を上手く表現できないことに、相変わらずの素人ぶりを痛感しています。

ただひとつ、今頭の中で回っている思考は、文章を書くうちにいつかきっと生かされる。

そんな気がするのです。

ごめんなさい、今夜は支離滅裂でした。


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