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2012-01-01 03:52:36

2012年 本年も何卒宜しくお願い申し上げます。

テーマ:武捨裕太のつぶやき
皆様、新年明けましておめでとうございます。kadomatsu☆☆
昨年は皆様に多大なるご尽力を賜りましたことを深く御礼申し上げます。
本年も何卒、宜しくお願い致します。おじぎ

昨年は、震災をはじめ記録的な円高など、様々な苦難が日本に押し寄せました。日本列島
皆様の生活にも少なからず影響があったのではと存じます。

ひとつビシッ!
今後の日本の行く末を鑑みたとき、
2012年、日本は直ちに
情報立国日本、
技術立国日本、
教育立国日本と決断する必要があると思っています。

人生というものは浮き沈みがあるものです。
悪い悪いと言い出すと日本はその一方向で物事を直視する傾向にあります。
しかし良い事もあるのです。
日本は、人材資源が豊富な国。
世界が日本の最新技術を使うことで日本の存在価値を高める年にするのです。

 1991年、ソ連共産主義が崩壊しました。
そして、それから17年後の2008年、リーマンブラザーズが62兆円で破綻しました。

共産主義がダメ、欧米型資本主義がダメ、
となると新しい日本型の
「ヒューマン型資本主義」が必要になるのです。
日本は古来より、
近江商人の「売って良し、買って良し、世間良し」の考え方があります。

「自分良し」ではなく、仕入先も販売先も良しとする発想を出せるのは日本しかいないのです。

下の写真は、わが早実野球部の大先輩、王先輩が756本のホームラン世界新記録を樹立した時の写真です。野球バットホームラン
後ろで飛び跳ねて喜んでいるのは、張本勲選手(当時37歳)。野球ボール

他人の成功を、普段では飛び跳ねないほどのもの凄いジャンプ力で喜べる…
そんな人に私はなりたいですし、日本人は誰でも
その心を、生き方を、持っている民族であると思っています。

武捨ゆうた

今こそ、日本の大和魂を国内で目覚めさせ、日本復活の原動力となればと願っています。
長くなりましたが、2012年、皆様が健康で幸せ多い一年となりますよう、
心よりお祈り申し上げます。
本年も、何卒宜しくお願い申し上げます。
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2011-12-18 19:44:06

皇紀とは…

テーマ:日本の歴史
現在世界的に使われている西暦は、キリスト教の開祖であるキリストの誕生日から数えられています。
 
それに比して、皇紀とは明治五年に制定された我が国独自の日本紀元のことです。
初代 神武天皇即位の年を元年とし、毎年二月十一日が紀元節になっています。
西暦2011年は、神武天皇即位紀元(皇紀)2671年になります。


紀元2600年記念観兵式での昭和天皇陛下。
■『写真週報』第140号 ( 昭和15年(1940年)10月30日 )
武捨ゆうた

(参考・1)
「ゼロ戦」という通称で知られている大日本帝国海軍の「零式艦上戦闘機」は、この皇紀2600年(西暦1940年)に採用されたことに因んだ名称。
(軍用機の命名規則により、制式名称は皇紀の下2桁を冠する規定による)
大日本帝国陸軍の場合、同年制式採用兵器の数字は百式重爆撃機、一〇〇式司令部偵察機、一〇〇式輸送機など、海軍とは異なり、零ではなく百(一〇〇)としています。
(皇紀2601年(西暦1941年)に陸軍に採用された戦闘機は一式戦闘機(通称隼)としている。)

参考・2)
タイでは仏歴が採用されています。西暦に543年足したものです。
 敬虔な仏教徒であるタイ人は仏歴を大事にしているんです。
異教徒の暦を無思慮に使用しない姿勢は、わが国も見習うべきであると思います。

 世界の一番良いあり方は、それぞれの国、民族、文化が尊重されていることだと思います。
とはいえ、大航海時代以降、西洋中心の世界秩序が構築されていった歴史的経緯、あるいは、現代のグローバル社会においては、ある程度の共通年号が必要になってくるのは致し方ないのかもしれません。
つまり、通常はわが国の年号・皇紀を使用し、世界共通認識としては西暦を使うなど、
日本民族の誇りを見失わないことが大前提になければいけないと思います。
そのためにも、由緒正しき皇紀を復活させればよいではないでしょうか。

以下、 『元帥 東郷平八郎』(伊藤痴遊/郁文舎出版部)という本の中に記述されている一説を引用します。
以下の文章に私は賛同します。
------------------------------------------- 
 昨今の日本人は、西洋かぶれがして、一にも西洋、二にも欧米、といった調子で、日常の言葉の上にさえ、西洋の言葉を用いるように、なって来た。
 私は、そういう傾向を、悪い事である、という程には、見ていないが、良い事だとも、思っておらぬ。出来ることならば、日本人らしく、あって欲しい、と思っておる。どうせ、西洋の科学を取り入れて、学問させる、世の中になったのだから、ある程度までは、そうした事を、認めるほかはないけれど、左迄に、必要のない場合にまで、西洋の言葉を、使う事は、どんなものであろうか。日本国という事を、根本に置いて、考えて来る、と、これを、よい傾向として、認める事は出来ぬ。
 日本には、父、母という言葉が、あるにも拘わらず、パパ、ママと、呼ばせているのは、どういう訳だろうか。何を苦しんで、そこ迄、西洋かぶれに、ならなければ、納まらぬのであるか。それらの人の本心を、疑うのである。
 なお甚だしきに至っては、日本の事を、日本の文字で、日本人に、見せる場合、西暦を用いておる人がある。日本には、神武紀元の暦数が、あるのだから、それを用いれば、よいのであって、あるいは、明治とか、大正とか、いうように、その時の年号を、呼びかけたら、よいではないか。
 もし、西洋の人に、日本の事を、示す場合には、西暦を用いる必要があろう。それにしても、同時に、日本の暦数を、書き入れて置くのが、日本人として、当然の措置である、と、こういう風に、私は、考えておるのだが、今の学者だとか、新しい人だとか、いう人達は、日本人放れがしていて、前に言うた通り、家庭の中にまで、西洋の言葉を、用いなければならぬ、と、いうようになって来たのは、まことに、困ったものである。
 それであるから、日本人本来の精神、あるいは思想の上にまで、悪い響きを及ぼして、昨今の如き、世相になって来たのだ。それ以上に、例を挙げて、いう事は、差し控えるが、政治や、教育の任に、当たっておる人は、大いに心しなければならぬ、と思う。
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2011-12-11 07:53:44

1ドル=2円の時代から大正バブル崩壊の歴史

テーマ:経済
今年7月に 1 ドル= 80 円を割り込んで以来半年間、 70 円台後半を推移しています。 ドル

円高を容認しているわけではありませんが、(デフレ脱却とともに円高解消を願っています。)
為替の歴史を辿ると、1ドル=2円だった時代があったことも忘れてはいけません。

1ドル=2円だったものが、第二次世界大戦後の1949年、GHQ経済顧問として来日したデトロイト銀行頭取のジョゼフ・ドッジの政策によって、
1ドル=360円の単一為替レートに設定されたわけです。
つまり敗戦直後、日本がもの凄く貧乏なときに、アメリカは日本の輸出振興のために非常に有利な手を打ってくれたという見方ができます。
ドッジと言うと我々がもっている印象は、ドッジ不況。
金融財政引き締め政策の結果、国内消費抑制をもたらしインフレが収束。
ところが逆にデフレが進行し、失業や倒産が相次ぐ「ドッジ不況」とも呼ばれる時代に突入しました。

ところが一方で、日本の救世主だったという見方が出てくるわけです。

その頃の様子を、客観的視点で振り返ってみたいと思います。

1871年、新貨条例創設時は、1ドル=1円でした。
戦時中に、円の価値は、約70%低下し、1ドル=15円へ。
さらに、戦後 1945年から1949年の4年間で、95%も円の価値が下落しました。



戦後、日本は激しいインフレに襲われていました。 
1935年の卸売物価水準を基準とすると、終戦時には3.5倍、24年には208倍を記録したそうです。 

その最大の理由は、マネーサプライ増大の背景にある財政赤字の削減が、遅々として進まなかったからだと言われています。


      ~対ドルの為替レートの推移~
1871年(明治4年)   1ドル=1円    (新貨条例創設時)
1897年(明治30年)  1ドル=2円    (金本位制採用時)
1930年(昭和5年)  1ドル=2円    (金本位制復活:旧平価)
1932年(昭和7年)   1ドル=5円    (高橋財政下における変動為替制)
1941年(昭和16年)  1ドル=4.25円   (太平洋戦争開戦時)
1945年(昭和20年)  1ドル=15円    (GHQの占領政策下の当初交換レート)
1949年(昭和24年)  1ドル=360円   (ドッジライン)


財政・金融政策の三点セット

~積極的な金融政策により需要を刺激~
第一次吉田内閣の大蔵大臣である石橋湛山は、人手も設備も余っている日本には大胆に資金を投入して生産活動を活性化すべきだと考えていました。 

こうした考えに基づいて復興金融金庫が作られます。 

こうした膨張政策が先に述べたインフレの要因となっています。

~傾斜配分方式~
とは言うものの、いくら資金を注ぎ込んでも、生産活動に必要な原材料がなければ生産できず、日本は常に資源制約の壁に悩まされます。 

そこで、石炭と鉄鋼という重要物資の生産に重点を置いた「傾斜生産方式」という産業政策が実施されます。 

この資金の流れをコントロールしたのが復興金融金庫です。 


~複数為替レート~
さらに、資源制約とは別に、日本にはもう一つの制約がありました。 

それは国際収支の制約です。輸出産業が活性化し、国内が潤ってくると、次第に輸入が増えてきます。 

輸入が増えるということは円を外貨(ドル)に両替する需要が増える訳で、これは円安ドル高をもたらします。 

その結果、固定為替相場制度を採用している日本政府は、為替レートを維持するために市場から円を吸収する必要がでてきます。 

そして、国内の貨幣供給量が縮小し、信用収縮がおこり、バブル崩壊へというシナリオに繋がる訳です。 

大正バブルの崩壊はこうしたメカニズムで発生しました。 

これに対して、吉田政権は、輸出を推進しつつ、輸入を抑制するような為替レートを採用します。 

輸出商品と輸入商品とで別々の為替レートを設定したわけです。 

実質上の政府による輸出補助金であり、差額を補助するために、復金の支援という形、つまり紙幣の増額という形で輸出産業をバックアップしていたのです。

~ドッジライン~
こうした財政・金融政策を採用している日本に、1949年2月、日本の経済運営を監督するためにデトロイト銀行頭取のジョセフ・ドッジが来日し、3月7日に新方針(ドッジライン)を宣言します。 

先に述べた三点セットの全面否定です。
 

三点セットのそれぞれに対応して説明すると、緊縮財政・金融政策を採用し、復興金融公庫を通じたばら撒きを止め、単一為替レートを採用せよ、という方針です。 

これにより、緊縮財政・金融政策が採用され、デフレ不況に陥りかけますが、朝鮮特需によりこのデフレ状態は長く続かずに済みました。 

こうして歴史を振り返ると、現在のデフレを打破するためには…
大正バブル崩壊は、国内の貨幣供給量が縮小し、信用収縮がおこったことにるわけですから、
マネーサプライの増加、貨幣流通量が増加するための(貯蓄に回るばら撒き政策ではダメです。)政府投資。(公共事業など。)
ドッジが、緊縮財政・金融政策を採用し、デフレ不況に陥ったわけですから、野田総理がやろうとしている増税や緊縮財政では、一向に日本の景気は良くならないのです。

デフレ脱却のためには、
国債発行と通貨発行と復興事業(エネルギー投資など)
が必要なのです。
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2011-12-09 23:20:28

井沢元彦先生 週刊ポスト連載「逆説の日本史」

テーマ:武捨裕太のつぶやき
先日、作家 井沢元彦先生にお目にかかる機会を頂きました。

笑顔が多い方で、
歴史が得意でない方でも、より面白く、よりタメになる歴史を学ぶことができます。

井沢先生は、早稲田大学先輩です。
TBS報道局(政治部)記者を経て作家活動に入られました。
週刊ポスト連載の「逆説の日本史」は800回を超えてなお回を重ねていらしゃいます。

武捨ゆうた 武捨ゆうた


まず、井沢先生語録より「これからの宗教戦争」をご紹介します。

~井沢先生語録より~
これからの宗教戦争
世界の「宗教と戦争」講座 P340 徳間書店
人間の最大のアイデンティティというのは、言語と宗教だと私は思います。
その言語と宗教を同じくするものというのは、チベットなどもそうですが、なかなか他とは交わらないのです。
それを無理矢理分けてしまったり、国境が確定していなかったり、あるいはパレスチナのように後から国ができてしまったりということがあると、どうしても争いの元となってしまうのです。
ですから簡単に言えば、昔の戦争は教徒同士の争い。いまの戦争は人種の争いという言い方ができると思います。宗教はそのアイデンティティの看板となる重大な要素ではあるけれど、いまは単に「おれはイスラム教徒でキリスト教徒のああいう考え方が気にいらねえ」ということで争っているのではなくて、人種同士の対立が宗教が違うことによってさらに拡大されている状態だといえると思います。

次に、週刊ポスト2011年12月16日記事の抜粋をご紹介します。
ハッする事実にとても勉強になりました。
---------------------------
朝鮮半島の国家は歴史的に「つらい」国であった。
日本のように海に囲まれておらず、中国と陸続きであるから、何かと中国が戦争を仕掛けて来る。七世紀高句麗や百済は唐に抵抗したが、新羅の金春秋(武烈王)は結局唐の臣下(新羅国王)となってライバルを滅し半島を統一する道を選んだ。
これ以後、半島の国家は新羅であれ高麗であれ朝鮮であれ、すべて「国王」すなわち中国皇帝の臣下であった。それが歴史上のまぎれもない事実だ。

だからこそ、日本が清との日清戦争に勝って、下関条約で中国に初めて「朝鮮国の独立」を認めさせた時、これで長年にわたる屈辱から解放されたと喜んだ朝鮮人は、欣喜雀躍して独立門を建てた。これが今も大韓民国ソウル特別市にある独立門だ。
つまりこれは「中国からの独立」を記念して建てられたものであり、朝鮮人もそれを明確に意識していたということなのだ。

現在ある場所に建てられたのも理由がある。
ここは、迎恩門といい、朝鮮歴代の王が中国皇帝の使者を迎えるにあたって土下座以上の屈辱的な三跪九叩頭の礼をさせられていた場所なのである。
骨の髄まで中国文化(儒教文化)に染まっていた朝鮮は漢民族の国家である明が滅ぼされ、遊牧民族が清を建てた時、「野蛮人には従えない」と明に義理立てした。

怒った清は朝鮮に「征伐軍」を送り、朝鮮の仁祖王を追い詰め「土下座(正確には三跪九叩頭礼)」をさせて服属させた。
これは「神話」ではない、事実である。
しかも、清国皇帝は「お前たち朝鮮人を滅ぼさないで済ませてやったのだぞ。恩義と思え」と強制し、歴代国王に三跪九叩頭礼を強制した。その場所が「迎恩門」なのである。

日本が清に勝ち、朝鮮の独立を認めさせた時、まず朝鮮人たちが行なったことが迎恩門の破壊であった。そして、募金によって独立門が建てられたのだ。
ところが、韓国の若い世代はこのことを知らない。「有史以来、朝鮮半島の国は独立国家であった」などというデタラメが学校で教えられているからだ。

独立門前で「この独立って、どこの国からの独立?」と質問すると、多くの若者はそんなことも知らないのかと憤慨しつつ「日本からに決まっているだろう」と答える。
しかし、そこで「でも、説明板を見てごらん。この独立門が建てられたのは一八九七年だ。韓国併合は一九一〇年だし、光復(独立)は一九四五年だろう。
それ以前の話なんだよ」と言うと、彼等は絶句し思考停止してしまう。

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武捨ゆうた

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2011-12-07 22:44:58

日本型ヒューマン資本主義

テーマ:武捨裕太のつぶやき

皆様、こんにちは雪だるま

私は、作家 三橋貴明さんのブログにちょくちょくコメントをさせて頂いておりますが、

非常に賛同でき、勉強になる返信コメントを頂きましたので、ご紹介します。

三橋貴明先生アメブロ新世紀のビッグブラウザーへameblo*

http://ameblo.jp/takaakimitsuhashi/entry-11099098852.html


武捨裕太

45 ■日本型ヒューマン資本主義

ソ連、そして早晩崩壊する中国の共産主義。
そして、リーマンショックから伺える欧米型金融資本主義の破滅。
日本が率先して、近江商人の『買い手良し、売り手良し、世間良し』の新資本主義を提唱すべきです。
学問としても確立させるべきです。
海外からの留学生の受け入れ制度も整え、世界に広めるんです!


に対して、シントさん、夢見る親父さんからコメントを頂きました。

(欧米型資本主義は、「買い手良し、売り手良し、自分良し」になっています。)


46 ■無題

>武捨裕太さん

>日本型ヒューマン資本主義

>ソ連、そして早晩崩壊する中国の共産主義。
そして、リーマンショックから伺える欧米型資本主義の破滅。
日本が率先して、近江商人の『買い手良し、売り手良し、世間良し』の新資本主義を提唱すべきです。
学問としても確立させるべきです。

良いですね。人的資本、人的資源は大切です。

製造業でも組み立てとかは、オモチャのレゴのように簡単にできるとおもいがちですが、実際には技術もいります。

『組み立てることができる労働者』と言う人的資本があり、人的資本は大切にしないといけません。

そうではなく仕入先も販売先も、コミュニティーという形の中での資本主義という発想です。

こういう発想を出せるのは、日本しかないと思います。
日本は元来、八百万の神。水にも山にも、木にも神が宿る国です。
一方、欧米主義は民族対立、部族対立など、対立ばかりしています。
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