2009年09月07日

second scene9

テーマ:黄昏はいつも優しくて2

 翌日、出社して朝の珈琲を淹れていると電話が鳴った。社長室からだ。篠塚にかわると親子らしい会話が聞こえてきた。
「朝からめずらしいな。ああ、聞いてる。明日から北海道支社にいくんだろう? ああ……、これから?」
 どうやら社長室に呼ばれたらしい。仕事の話ではなさそうだ。篠塚は「ちょっと行ってくる」といって、席を立った。
 昨夜は明け方まで起きていた。ようやく眠りについたと思ったら篠塚に起こされたのだ。自分から提案したとはいえ寝不足で体調不良の胃に鶏のワイン蒸しはきつかった。昼も食べずにすましたほうがよさそうだ。
 デスクにぽつりと置かれた、まだ湯気のたつ珈琲を給湯室に捨てにいく。晴香のことが気になっていた。「諦めきれない」とは、どういう意味だ。そもそも先に交際を断ってきたのは晴香のほうではないか。いまここで篠塚を刺激して欲しくはなかった。それでなくても貴子の存在が身近にあるのだ。篠塚が、ふたたび貴子に戻らないという保障はない。
 三十分ほどして、篠塚が浮かない顔で執務室に帰ってきた。なにかあったのだろうか……。
 珈琲を淹れなおしてマグカップを篠塚のデスクに置く。篠塚は上の空だ。
「篠塚さん」
「ん?」
「珈琲」
「……ああ」
「なにかあったんですか」
 篠塚が自嘲気味に笑ってみせた。珈琲に口をつけ一息つく。
「おやじの結婚式の日取りが決まった」
「……そうですか」
「嬉しそうな顔をしてた。ひさしぶりだ、あんな顔をみたのは」
「いいんですか」
「なにが」
「社長の結婚です」
「相手を選ぶのは俺じゃない」
「でも、篠塚さんのお母さんになるわけですから」
「なにも変わらない」
「………」
 変わらないわけがない。社長の結婚相手の息子はキエネの社員だ。法務部に勤める黒岩直紀という男で、篠塚が相手の女性に紹介された翌日に、この執務室を訪れてきた。黒岩はよりによって次期社長の話を篠塚に持ちかけてきたのだ。この結婚が成立したら自分にもその権利があると、黒岩は単刀直入にきりこんできた。親の結婚だけでも篠塚は微妙な立場にあるのだ。見るからに年上の黒岩が常識をわきまえない態度にでてきたことに瞬は強い憤りをおぼえた。
 篠塚は「さてと」と言って、デスクの上に重ねたファイルに目をとおすと、気だるげに担当者欄に判を押しはじめた。篠塚は人が好すぎると思った。篠塚には野心が足りない。役員会の反応も気になるところだ。篠塚はまだ若い。篠塚が次期社長になるのを良しとしない輩もいるのだ。もし、篠塚と黒岩、それぞれに擁立する両者で派閥が生まれてしまったとしたらどうだ。黒岩のように野心を前面に押しだしてくる男を相手に篠塚は太刀打ちできるのだろうか。
「どうした」
「いえ」
「眠たそうだな。昨夜は激しすぎたか」
「え……」
 篠塚が笑いを噛み殺す。心配するのが馬鹿らしくなってきた。瞬は口をへの字にまげると篠塚を一瞥して自分のデスクに戻った。


 午後になって、七十代前半とおぼしき男が執務室を訪れてきた。ダブルのスーツを着込み、品格と凄みを持ち合わせた男だ。篠塚がすばやく席をたちソファをすすめた。
「いやあ、突然ですまないね」
「来ていただけて嬉しいですよ」
「今日はちょっと野暮用でね。じじいの意見を聞いてくれるか」
「ご意見ですか。なにやら恐ろしいですね」
 男が体をゆらし破顔一笑した。
 乃木月曜会会長の間宮新一……。
 瞬も過去にいちど面識があった。乃木月曜会は五十社以上の会社を束ねる乃木グループの会長と社長の会である。乃木グループは日本でも五指にはいる財閥で、間宮の力は政財界にも深く浸透していた。
 


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