2009年09月05日

second scene7

テーマ:黄昏はいつも優しくて2

 晴香が瞬の名を叫びしがみついてきた。追うようにしてでてきたのは五十代中頃にみえる恰幅(かっぷく)のよい男だった。両手で薄い髪を後ろになでつけ顔を真っ赤に染めている。
「なんだね、君は!」
 瞬を睨みつけてきた男が、背後の篠塚に視線を投げ顔色をかえた。
「キエネの篠塚常務……」
 篠塚はにこやかに微笑むと、優雅に会釈してみせた。
「高田常務。……いや、失礼。専務になられたのでしたね」
「どうしてこちらに……?」
「ここのレストランで食事をしていたところ、この徳川から高田専務がいらっしゃるとききましたので、ご挨拶にとおもいまして」
「徳川?」
 高田がモデルを前にした画家よろしく、瞬を下から上へと眺めてきた。
 瞬は「徳川ともうします。篠塚の秘書をしております」と言って、軽く頭をさげた。
「徳川と高田専務の秘書の方とは大学の同期で知り合いだというものですから。しかし……、なにやらお取り込み中のようですね」
 なにくわぬ顔で篠塚が晴香をみる。晴香がことさら強く抱きついてきた。
「徳川」
「はい」
「失礼しよう」
「……はい」
 すると、高田があわてたようすで「いや、なんですか、その」と、言葉を濁してきた。
「もう遅いですし、秘書を帰そうと思っていたんですが」
「そうでしたか。よろしければ、わたしの車で途中までお送りしますよ」
「いえ、それにはおよびません」
「ご遠慮なさらずに。……どうぞ」
 篠塚がやんわりとすすめる。だが、その双眸はあきらかに威圧的な色を含んでいた。
 高田が悄然として頭をさげた。
「……よろしくお願いします」
 篠塚がきびすをかえすと、高田が「篠塚常務」と、焦ったようすで呼びとめた。
「はい」
「今夜のことは、社長には」
「仕事をしてらした。そうですね」
「ええ、まあ……」
「どうぞ、お仕事をつづけてください。高田専務」
「………」


 篠塚の車の後部座席におちつくと、晴香が瞬の腕をだくようにしてすすり泣きをはじめた。
「大丈夫?」
「……ごめんね、変なことに巻き込んじゃって」
「怪我はない?」
「うん」
 篠塚が無言でイグニッションキーをまわした。エンジン音が響きだす。瞬は後部座席にのっているので篠塚の表情はみえない。気にはなったが、プライドの高い晴香が子供のように泣いていることのほうが瞬の気をひきつけた。
「わたし、解雇されちゃうのかしら」
 瞬が返答に迷っていると、篠塚が「大丈夫ですよ」と、声をかけてきた。
「今夜の件に関しては表ざたにはできないでしょう。あなたも忘れたほうがいい」
 晴香が安堵したように息をつく。車が滑らかに走りだした。晴香はハンカチで涙を拭うと大きく身を乗りだした。
「篠塚常務、ご迷惑をおかけして申しわけありませんでした」
「いえ」
「あの」
「はい」
「どうして、篠塚常務までご一緒に……?」
「たまたま話を聞いてしまったので……。余計なことをしました」
「とんでもないことです。わたし、どうお礼をいっていいのか」
「食事はされましたか」
「え?」
「ご一緒にいかがです」
 晴香が照れたようにハンカチを口におしあてた。
「さっき専務と食事はしたんですが、不安で食事がのどを通らなくて」
 篠塚の失笑がきこえてくる。いつもの篠塚だ。篠塚の反応に安心していると晴香が手を握ってきた。あんなことがあったばかりだ、ふりほどくこともできない。瞬は視線を前にむけながら、晴香の手のやわらかさに戸惑いをおぼえていた。



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