2009年08月24日

scene76 ~Episode2・Haruka15~

テーマ:黄昏はいつも優しくて

「篠塚さん……?」
「どうやら俺は、根本的におまえへの接し方を間違っていたようだ」
「接し方って」
「いいんだ」
 なにがいいのだと訊こうとして篠塚の唇に遮られた。包み込むようなくちづけ。このままいつまでも重ねていたくなる。
 切なさは今も消えない。それは、幾重にも重なりあった記憶の隙間に流砂のように入り込んでいて、時を重ねるごとに重さをましてくる。
 篠塚の唇が胸元へとおりてきた。もどかしいほど優しい抱擁、いつもの篠塚だった。朝まで抱かれていたい。篠塚も同じように思ってくれているだろうか。篠塚の答えはわかっていた。だから訊けない。言葉にされたら、すべてが嘘になってしまいそうで怖かった。抱かれたいと思ったのは、いつの頃からだったろう。最初は「抱きたい」と思っていた。具体的にどう抱くのか、そんなことを考えていたわけではないが、少なくとも男の視点から篠塚を見ていたのは確かだ。今は違う。篠塚との情交において男女の役割が自然とついてしまった。嫌なわけではない。ただ、どれほど愛情が深くても女性と同じようにはいかない。女性でしか満たされないものもある……。


「新しい部屋なんだが」
 篠塚がローブを羽織りながら言ってきた。瞬はソファに座ると、テーブルの上にある腕時計を手にとった。午後の十時をまわったところだ。
「家を出るって話ですか?」
「ああ。条件にあった部屋が見つかった」
 いつの間に部屋を選びに行ったのだろう。瞬が知る限り、帰国後、部屋選びをするような余裕はなかったはずだ。
「随分、早く見つかったんですね」
「一ヶ月ほどまえから山岸に頼んでおいたんだ。あいつの家は不動産業を営んでいるからな」
 山岸の名を聞くのは久しぶりだ。相変わらず道場に通っているのだろうか。三ヶ月しか経っていないが、初段を目指し毎日のように道場に通っていた日々が、はるか昔のように感じられた。
「引越し先は」
「明日にでも見にいこう」
「………」
 貴子と結婚するまでの仮住居だろうかと考えて暗澹とした不安に包まれた。いつまでこうしていられるのだろう。どうして篠塚は何もいってこないのだ。結婚してからも、この関係を続ける気でいるのだろうか。この深憂を抱いたまま、これから毎日顔を合わせるのは辛い。
 篠塚が横に腰をおろしてきた。瞬の無言をどう解釈したのか「そのうち旅行にでもいくか」と言って、瞬の髪をさらりと撫ぜてきた。
「……でも」
「なんだ」
「結婚……するんですよね」
「誰が」
「篠塚さん」
「俺が? 誰と」
「……貴子さん」
 篠塚が大きく双眸をひらく。瞬はかまわず先を続けた。
「だって、さっき貴子さんと」
「さっき? 駐車場でしていた会話のことか?」
 瞬がぎこちなく首を縦にする。篠塚が「おまえな」と、情けない声をもらした。
「あれは貴子が新しく企画した女性誌のコーナーの話だ」
「え……」
「独身の社長子息なんかを紹介する企画なんだそうだ。それで初回のゲストになってくれと掛け合ってきた。なんでも、はじめて自分が出した企画にゴーサインがでたとかで、貴子のやつ張り切っているのはいいが……、あの通りだ」
「オーケーしたんですか」
「無条件にオーケーしたわけじゃない。ちょっとした取引をしたんだ」
「取引って……」
「黒岩親子の情報だ」
 社長の恋人の情報。なるほど、それで篠塚は貴子と会っていたのか。わかってみると微塵も色気のない話だ。そんなことで夜も眠れないほど気を揉んでいたのか。
 恥ずかしい……。
 瞬は篠塚の胸に顔を埋めた。この上なく、ばつが悪かった。
 耳元で篠塚の失笑が聞こえてきた。





前のページへ   |  次のページへ



星「黄昏はいつも優しくて」もくじへ


星「活字遊戯」トップへ



ブログランキング・にほんブログ村へ
バナーをポチっと、とっても励みになります星

AD
いいね!した人  |  リブログ(0)

早瀬ミサキさんの読者になろう

ブログの更新情報が受け取れて、アクセスが簡単になります

AD