2009年08月22日

scene74 ~Episode2・Haruka13~

テーマ:黄昏はいつも優しくて

 ホテルで部屋をとり、最上階にあるレストランで食事をとった。メニューを選ぶ以外は終始無言のままだ。篠塚は何も訊いてこない。この時ばかりは沈黙が痛かった。部屋に入ってからも沈黙の溝は深まるばかりだ。篠塚は「シャワーを浴びてくる」と、ひとこと言ってバスルームへとむかった。このままドアをあけて帰りたくなってきた。
 窓際までいき夜景を眺める。篠塚にヘッドハンティングされた夜のことを思い出した。あの頃のほうが良かった。篠塚との時間に終わりを見出す隙間は存在しなかった。今はどうだ。気がつくと終着点ばかりを見つめている。出会いがあれば別れがある。決まりきった理(ことわり)に愕然としてしまう。
 記憶されていたことを想起できなくなることを忘却という……。
 どこで憶えた言葉だったろう。生きているうちに忘却することができる恋なら、なんの躊躇(ためら)いもなく終止符を打つのに。
 篠塚がバスルームからでてきた。髪を拭きながら冷蔵庫をのぞきこむ。瞬は上着をクローゼットにかけると、無言でバスルームへとむかった。


 ソファに座ってミネラルウォーターを咽喉に流し込んでいると、篠塚が正面に腰を下ろしてきた。腕組して瞬の顔を見据えてくる。瞬は口に含んだミネラルウォーターを音を立てのみこんだ。
「おまえ、俺に言いたい事が山ほどあるんじゃないのか」
「……ありません」
「貴子のことか?」
 瞬が表情を引き攣らせる。篠塚が短い息をもらした。
「貴子とは確かに大学時代つきあってた。それだけだ」
「そうですか」
「納得できないか」
「気にしていませんから」
「……まったく。おまえは女より手がかかる」
 これ以上ない皮肉だった。いつだって篠塚の事を優先して考えてきた。だが、篠塚にとっては瞬も、これまで付き合ってきた女性たちと大差ないのかも知れない。
「だったら女性とつきあったらいいじゃないですか」
「どういう意味だ」
「いまの付き合いだって、けっきょく僕が離れていけばそれまででしょう?」
「離れていく気なのか?」
「そうやって、いつも僕に選ばせるんだ」
「どう言って欲しいんだ」
「ほらまた。秘書の件だって、篠塚さんは続けてくれとは言わなかったじゃないですか。なのに、他の部署を希望したとたん、どうして秘書を辞めるんだって」
「おまえが自分で選びたいと思ったからだ。おまえが女だったら、これほど気を遣ったりしない。俺のほうで勝手に決めていたさ」
「……もういいです」
 すばやく立ち上がりクローゼットへとむかう。篠塚が追うようにして腕を掴んできた。
「おい」
「帰ります」
「いい加減にしろ!」
 はじめて篠塚が本気で怒鳴った声をきいた。少しでも長く傍にいたい。一秒でも早く肌を重ねたい。そう思っていたはずなのに、この成り行きはどうしたことだろう。
「おまえ、昼間、どんな顔で俺を見ているか知ってるか」
「どんな顔って」
「どうぞ、好きなようにしてくれって顔だ」
「そんなこと」
「してるんだ。男のおまえに、あんな顔をされると女より始末が悪い」
「な……」
「女みたいに扱って欲しいのなら、そう言え」
 強引にベッドまで連れていかれ、投げ込まれるように背をおされた。顔を上げる間もなく篠塚が唇を塞いでくる。久しぶりに感じる篠塚の肌と重み。だが、いつもの子供を宥(なだ)めるような抱擁ではない。激しく挑みかかるような愛撫だ。またたくまに息が弾みだす。篠塚の手が無造作に下肢をまさぐってきた。瞬は苦痛をおぼえ身を捩(よ)じらせた。

 痛い……。





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