僕は考えてる。

テーマ:




















ニヤリ
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波動

テーマ:


日々クリエイティブな打ち合わせが繰り広げられる現場。

この日は徳ちゃんとミレイが楽しく会話中をパシャリと!


打ち合わせ用のテーブルにも花が咲く。



久しぶりにご挨拶もK社長に出来たし、徳ちゃんに直々に御守り(マッコウクジラ)直してもらいながらゆっくりお話したり、丹青ディスプレイの会議室作品にミレイがサインをやっと入れられたり、ミレイヒロキの新作リボン作品が届いたりと楽しい1日。


何でもないような1日だけど、やっぱり気心知れてる人たちの波動があたたかいのである。

あたたかい波動があるからこそ、ミレイヒロキも花を咲かせて行けるのです。











ニコニコ








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(E)ART(H)

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僕の考えです。


僕はEARTHは

(E)DEN



(H)EVEN

の真ん中に

ART

が存在して

(E)ART(H)

になっていると考えてます。


Artの存在無くしてEarthは語れず。

楽園

天国

地球

芸術




Artに携わる人間として大事にしたい考えです。















カナヘイピスケ

フラワーフェスティバル2017

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今年の広島フラワーフェスティバルのNHKは引き続きミレイヒロキのテーマ『ShareFlowers~心に花を。。』をコンセプトに展開されます。

ミレイヒロキの花はトップページに1輪だけ静かに咲いてます。

大きな参加ではありませんが、このようにテーマと花のアイコンで参加出来るのは嬉しいですね。






会場も準備が進んでいるみたいですね!

今年は会場には居ませんが東京から気分だけ参加してます。









ニヤリ

リユースT-shirt

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最近、僕が着ているT-shirt。

土砂災害で破棄されるT-shirtにプリントして南阿蘇の支援活動にしているリユースT-shirt。

素敵な活動であり意味もある。

僕も1枚購入しました。

最近のお気に入りです。













ニコニコ






初のドローン撮影

テーマ:

ドローン撮影

かなりの上まで。



真夜中のドローン撮影。

花のテントが偶然にもハート型に配置されたました。

その場で配置を決めて行ったのですが不思議です。

撮影は南阿蘇在住のカメラマン長野梢人さん。








ニコニコ

本当の暗闇を待って咲く花

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南阿蘇に展示したテント作品

『花の道しるべ南阿蘇』

真夜中に静かに咲く花。

月明かりと星空の中だけで見えるうっすらとした花灯り。

少しでもライトがあれば浮かび上がってこない花を演出しました。

3月に視察で南阿蘇を訪れた時にこの静かな暗闇を作品に取り入れられないか?と考えた。


強いライトや電飾の演出は本当に美しい自然の前では必要ない。

そう感じたからだ。

この写真は南阿蘇在住のカメラマン長野梢人さんが街頭も消えて完全に暗闇になるのを待ち撮影してくれた1枚。

まさしくイメージした作品がこの暗闇の中で完全した瞬間です。

誰のため。

誰が見る。

それらを超越した心の中に咲く花を、南阿蘇の自然と一体化した作品を創りたかったのです。













ニヤリ

メディアアートへの不安

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今回の南阿蘇でご一緒した方のFBからのシェアですが、ボクが何となく感じてた事がこの丹下さんの文でハッキリしたように感じる。


以下、丹下紘希さんの文章です。
..................................................................
とても

ずっと自分がやりたいモノづくりができれば何でもいいんです、圧倒的な大衆と、一部のインテリにさえ理解されさえすれば、と時代の寵児として莫大なお金を動かすメディアアーティスト?クリエイター?(チームラボ猪子氏)が聴衆を前に、運んでもらったバナナを貪り食べながら言った。

無邪気なその発言は、無邪気=アーティスト の図式にはとても思えず、しかし、彼が数百人の従業員を背負っていることを考えると物哀しかった。 

かつては僕もまた、その無邪気さで仕事をしていたから。

今日、文化庁主催のメディアアートのシンポジウムに客として拝聴した。

メディアアートは帰路に立たされている。

メディアアートが指し示した未来は、私たちの生活を向上させるもの、例えばMITメディアラボのような企業が共に歩む利益と投資と利便性が相互作用して見せ魅せたビジョンの限界に悲鳴をあげているように僕には思える。


僕は原発事故以降、産業の発展の陰に犠牲を強いる社会構造に疑問を持っている。

私たちはこれ以上の便利を求め続けることを選択するのか、それともAIなどのテクノロジーが自分の中に入り過ぎることにNOと言うのか。

彼が自然にプロジェクションマッピングした作品には、自然への敬意は感じられなかった。
しかし、彼の言葉上、自然を再発見する為のプロジェクションマッピングだという説明には残念ながら真逆に思えた。

一見カラフルになる。

しかし、プロジェクションマッピングで自然を綺麗にしたと感じる感性に疑問を抱いた。

自然の素晴らしさをプロジェクションマッピングで覆い隠してはいないか。

彼は自然の何を知ったのだろうか。

土の匂いを嗅ぎ、葉に触れたのだろうか。

自然の恐ろしさに触れただろうか。

自然そのものは、メディアアーティストが思うより随分素晴らしい。

メディアアートを最先端だとして、支援をする決断をした国は多い。

その弊害でテクノロジーの切り売りは止まらず、3D、VR、プロジェクションマッピング、大型映像、4K、8Kなどの技術に夢を見るという科学万博のころから変わらない発展発達、経済成長、人類最高!自画自賛の嵐は今も健在です。

その中に埋没した過去は自分にとってはちょっと悔しいのです。

そういう部分を笑い飛ばすのがアートの役割だから。

そして、前出の彼の、食っていければ何でもいいと聞こえたその発言と態度には、新自由主義的な親和性を感じ、極めて危険に感じた。

そう、かつての僕自身への警鐘を鳴らしたいと、そう思いました。


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東北の応援や南阿蘇の行われをすればするほどこの内容に理解出来る。

それはメディアアートは派手に大きく人たちに魅せる事は出来るが、家を失い、家族を失い、友達を失った心を癒やす事は出来ないように思うからだ。

一瞬でも癒やす事は出来るだろうが、それはあくまでも一瞬であり、作品がその人たちに寄り添う事とは違う。

病室で苦しんでいる人。

余命わずかな人。

綺麗な夜景を見に来たのに、余計なプロジェクションマッピングが行われてたらガックリする人は多いに違いない。

僕もその一人だ。

刺激がオーバードーズになり、本来の演出では満足が行かなくなりドンドン求める大衆はまさしく中毒だ。

海は海であり、それを自然な形で感じたい。

星は星でありそれを感じたい。

夜景は夜景でありそれを感じたい。

オーバードーズな演出はいらない。

丹下さんが言うように、それを笑い飛ばすのがアートだ。

僕は人が真剣にやってる事は笑い飛ばさないが、常にその真逆を進む。

心に深い傷があればあるほど人と人がつながるアナログ的な要素を持つアート必要なのだと確信が持てる。

メディアアートはつねに最先端であり、ハードが変われば旧いものとなる。

Mr.Childrenなど多くのミュージックビデオを制作してきた丹下さんはメディアアートをこの文章で伝えた。


























キョロキョロ