天皇家は神教です。

天皇は国民ではなく日本の象徴です。

(symbol《象徴》って言うのが意味は不明のままです。英文を日本語訳したので、

「日本国憲法」の理論が不明になってるままです。)

そして、天皇家が現在グダグダですね。

美智子妃はクリスチャンで真子様がその流れをくむようです。

雅子妃はソウカ信者の娘なのに、

愛子様が上智に行くという噂があります。

いったい、何が起きているのでしょう? 

「日本書記」は天皇の存在が神の子孫である正当性をつづっています。

 

「日本書記」を読んでみると

その身分がハッキリ明示されます。

尊 と命 

どちらもミコトと読みますが、

尊の方が身分が高いのです。

これを頭の片隅において、読んでみてほしい箇所があります。

天武天皇(十一)朝明郡の迹太川・不破道を塞ぐ・桑名郡家で宿泊

(即位元年)6月26日。朝。朝明郡(アサケノコオリ)の迹太川(トオカワ=三重県三重郡の朝明川)の辺で、天照太神(アマテラスオオミカミ)を望拝(タヨセニオガミ)しました。この時に益人(マスヒト=路直益人)が到着して、申し上げて言いました。 
「関に任じている者は、山部王(ヤマベノオオキミ)・石川王(イシカワノオオキミ)ではではありませんでした。大津皇子(オオツノミコ=天武天皇の子)でした」 
すぐに益人に従って、参り来ました。 

 

天武天皇が天照太神 望拝 しています。

ここで、最高神になってます。

 

ところで「日本書記」冒頭で、イザナミとイザナギは神を生みます

イザナギイザナミは次に海を生みました。 
次に山を生みました。 
次に木の祖先となる句句廼馳(ククノチ)を生みました。 
次に草の祖先となる草野姫(カヤノヒメ)を生みました。 
別名を野槌(ノヅチ)といいます。 

イザナギイザナミは話し合いました。 
「私たちは大八洲国と山や川や草木を生んだ。 
どうして天下を治めるものを生まれないのか?」 
そこでイザナギイザナミは太陽の神を生みました。 
名前を大日孁貴(オオヒルメノムチ)といいます。 

ある書には天照大神(アマテラスオオミカミ)と言います。 
ある書には天照大日孁尊(アマテラスオオヒルメ)と言います。

 

生まれた神様の身分なのですが、

大日孁貴(オオヒルメノムチ)

身分が低いんです。

ある書ではという注意書きで、身分を言い表してはいますが、

「日本書記」自体の身分には、 尊、命 神という言葉はありません。

 

次に素戔鳴尊(スサノオ)が生まれました。 

ある書によると神素戔鳴尊(カムスサノオ)、速素戔鳴尊(ハヤスサノオ)といいます


スサノオは勇敢でしたが、我慢がきかず、いつも泣き喚いていました。そのため国の人間は死んでしまい、青い山々は枯れ果てました。

 

素戔鳴尊(スサオノのミコト)

「日本書記」ではスサノオの尊と

生まれた時から、尊が付いているんです。

第五段本文 神々を生む

 

スサノオの天照太神 の間に生まれた天之忍穂耳(アメノオシホミミ)の子

の子孫が天孫降臨した 瓊瓊杵ニニギの尊で

アメノオシホミミもニニギノミコト も

さほど 祭りごとに出てこないんです。

この2柱は 命、尊が付いているので身分が高いのにです。

 

素戔嗚尊(スサノオノミコト)の子 アメノオシホミミの尊 は

天照太神(アマテラスオオミカミ)に取られてしまうんです。

しかも、スサノオの尊が大暴れするという展開になります。

 

って子供盗られたら、誰だって怒るわよね。

っていう 素人が読むと

矛盾が見える

学者様におかれては、見過ごす事実よ(笑)

 

何故、日本書記の編集者が、ある書を使って

身分を低く書いている大日孁貴(オオヒルメノムチ)を

アマテラスオオミカミとしたのか?

 

天照大御神と高木神は太子(ひつぎのみこ)の

正勝吾勝勝速日天忍穂耳命(まさかつあかつかちはやひあめのおしほみみのみこと)に、 「今、葦原中國を平定し終えたと報告がありました。

命により降り下って治めなさい」と仰せられた。

太子の正勝吾勝勝速日天忍穂耳命が、

 「私は降りる準備をしている間に子が生まれました。

名は天邇岐志國邇岐志自邇至志以音天津日高日子番能邇邇藝命 

(あめ に き し くに に き し あま つ ひ こ ひ こ ほ の に に ぎ の みこと)と申します。

この子を降しましょう」と申し上げた。
 この御子は高木神の娘の

萬幡豊秋津師比賣命(よろづ はた とよ あき つ し ひめ の みこと)との間の子で、

第一子が天火明命(あめのほあかりのみこと)、

 第二子が日子番能邇邇藝(ひこほのににぎのみこと)である。二柱
 そこで、申出の通りに日子番能邇邇藝命に、

「豐葦原水穂國はあなたが治める国とするので、天降って治めよ」と仰せられた

 

これが天孫降臨に至るわけで、一番の神はニニギを祭らなくちゃならないのでは

と思ったら、最高神は、なんと天照大神なのよ。

 

この疑問が書かれているのが、神武東征です。

神武天皇は、この神話を 伝説でしょ?

って一蹴してしまう下りがあります。

卷第三 神武天皇

日本書紀 卷第三

 神日本磐余彦天皇 神武天皇

 神日本磐余彦天皇(かむやまといわれひこのすめらみこと)、

諱(いみな)は彦火々出見(ひこほほでみ)。 

彦波瀲武草葺不合尊(ひこなぎさたけうがやふきあえずのみこと)の第四子也。 

母は玉依姫(たまよりひめ)と曰い、

海童(わたつみ)の少女(むすめ)也。 

天皇(すめらみこと)生まれながらにして明達。 

意(こころ)如(かた)し。 

年十五(とおあまりいつつ)にして立ちて太子(ひつぎのみこ)と爲す。 

長じて日向國(ひむかのくに)吾田邑(あたのむら)の吾平津媛(あひらつひめ)を娶りて妃と爲し、手耳命(たぎしみみのみこと)を生む。 

年五歳(よそあまりいつつ)に及びて、

諸(もろもろ)の兄(いろね)及び子(みこ)等に謂いて曰く、

「昔我が天神(あまつかみ)、

高皇産靈尊(たかみむすひのみこと)・大日尊(おおひるめむちのみこと)、

此の豐葦原瑞穗國(とよあしはらみずほのくに)を擧(ことあげ)して、

我が天祖(あまつおや)彦火瓊々杵尊(ひこほのににぎのみこと)に授けき。

是(ここ)に、火瓊々杵尊(ほのににぎのみこと)、

天關(あまのいわくら)闢(ひきひら)き、

雲路(くもぢ)披(おしわ)け、

仙蹕(みさきはらい)駈(お)いて以ちて戻(いた)り止(とど)まる。

是の時に、運は鴻荒(あらき)に屬(あた)り、時は草昧(くら)きに鍾(あた)る。

故、蒙(くら)きを以ちて正しきを養い、此の西の偏(ほとり)を治(しら)す。

皇祖皇考(みおや)、

乃神乃聖(かみひじり)にして慶(よろこび)を積み、

暉(ひかり)を重ねて、多(さわ)に年所(とし)を歴(へ)たり。

天祖(あまつみおや)の降跡(あまくだ)りしより以逮(このかた)、

 

今、一百七十九萬二千四百七十餘歳(ももよろずとせあまり・ななそよろずとせあまり・ここのよろずとせあまり・ふたちとせあまり・よほとせあまり・ななそとせあまり)。

 

而(しか)るに遼(とおくはるか)なる地は、

猶(なお)未(いま)だ王澤(おうたく)に霑(うるお)わず。

 

遂(つい)に邑(むら)に君(きみ)有り、

村に長(おさ)有り、各自(おのおの)疆(さかい)を分かち、

用(も)て相い凌(しの)ぎ(きしろ)わしむ。

抑又(はたまた)鹽土老翁(しおつちのおじ)に聞くに、

曰く、『東に美(うま)し地(くに)有り。青き山四(よも)に周(めぐ)り、

其の中に亦(また)天磐船(あまのいわふね)に乘りて飛び降(くだ)る者有り』と。

余、謂(おも)うに、

彼の地は、必當(かなら)ず以ちて大いなる業(わざ)を恢(ひら)き弘(の)べて、

天下(あめのした)に光り宅(お)るに足るべし。

蓋(けだ)し六合(くに)の中心(もなか)か。厥(そ)の飛び降る者は、

是(これ)饒速日(にぎはやひ)と謂うか。

何ぞ就(ゆ)きて都なさざらん」。 

諸(もろもろ)の皇子(みこ)對(こた)えて曰く、

「理實(ことわり)灼然(いやちこ)なり。

我も亦(また)恆(つね)に以ちて念(おもい)と爲す。

宜(よろ)しく早(すみやか)に行うべし」。

ーーーend--^

大昔の伝説だって言ってるのよね。

面白いですね「日本書記」って

これ現代人への暗号かもしれません。

 

地上統治していたのは スサノオの尊

高三ケ原を統治していたのは 天照大神

 

スサノオは男の子オシホミミを天照大神に取られて大激怒!

暴れまくったった話じゃないの?

 

神武東征で、

伝説よ!って言っちゃうのよ。

 

って事は、スサノオの尊を祭る土着民と天照大神を祭る侵攻軍は

激しく戦ったのが 神武東征で 

スサノオの尊の子 大国主は出雲に居るままなのよね。

出雲大社に居る大国主は正面を向いていない

何故なんだろうね?

 

●西を向いているのは、海または北九州と関係があるのではないか?
●人々に大国主神を拝ませないようにするため、横向きにしているのではないか?
●瑞垣内には御本殿を取り囲むように、五つの社がありますが、こちらの五柱の神々は大和の神で、出雲の大国主命の御神霊を監視しているのではないか?

(つまり出雲大社は大国主命の牢獄。)

 

大国主はお隠れになっていない 横を向いた神様よ?

 

ここで、神武天皇の案内役の象徴であるヤタガラスと

スサノオの尊の象徴が 龍だってここと

関係があるのかもね。

 

 

日本国になるのが、天武天皇の時代「日本書記」が書かれ始めたころ

っていう事だから、

その前の倭国は 侵略された????

っていう疑問がわくわ。

素人だけど(笑)

 

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