A little import☆Mipps

2006年も引き続き留学生なMippsです!今年はチャレンジの年にしたいと思ってます☆.。.:*・°たくせん成長できる素敵な1年になりますように… (-人-)


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昨日、ばあちゃんが掃除中にあるものを見つけた。


死んだじいちゃんがつけていた日記だ。


「これ見てよ、日記が7日で止まっとるんよ」


じいちゃんが倒れたのは同じ月の14日。



空白の1週間。



日記が止まるって、あたしにはよくあること。

1日欠かしてしまうと 次の日に前の日のを書くようになり…  だんだん追いつかなくなり…  やめる。

再開するたびに心機一転日記帳を変え、そうして増えていった日記帳は数知れない笑


でも

じいちゃんの日記歴は、ものすごおおおおおおおおおおおおおおおおく


長い。



若い時から、82歳になるまで、毎日欠かさず書いていた。

ギネスで表彰されたほど。


そのじいちゃんの日記が,


ぱったり止まっていた。


昨日、目を通しながら 涙が止まらなくなった。


アメリカから電話を入れるといつも

「じいちゃんは元気だから 心配しなくていいよ、夏休みに会おうね」

と言ってたじいちゃん。

その言葉を、素直に受け止めてしまっていた。


じいちゃんの日記には、体力がなくなってゆく経過などが鮮明に綴られていた。


「体力が落ち、湯船から あがれない。」

「肩が凝り、日記を書くのも大儀である。」


そして、いつも1ページにぎっしり並んでいた文字が、日に日に減り、最後には半分も埋まっていなかった。

筆圧も弱まり、字を読むのも簡単ではなかった。



きっと


本人が一番分かっていたのだろう。

体の中で何が起きていたのか。


今までできていたことができなくなる。


悔しかったと思う。




アメリカへ帰ってまもなく、地元の友達が手紙をくれた。

彼女は中学のときに ガンで母親を 亡くしている。


…最初はしょっちゅうその人のことを思い出すんだけど、死を受け止めているのか、忘れていってしまうのか、だんだん思い出すことが少なくなる。

たまーに思い出して、死の直後よりも悲しくなってしまうこともあるけど

それだけ大切な人だったんだって思うと、思い出すのは悲しいけど、その人のことをかんがえることができてよかったなって思うよ。…



暖かい手紙だった。


死ぬって不思議。

ずっと一緒にいた人ならなおさら、 「もういない」って実感できない。

うまれて20年間、人の死に直面したことがなかった。


「いない」って何なんだろう?


ほんとはまだ 「いる」のかな。



友達も言ってた。

どこかに「いて」、自分を見ててくれる気がするって。

そう思うと寂しくないって。






- 母の視点より -  


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言葉の壁

とか

ホームシック』 

とか


 

留学をするくらいの決意のある人にはある程度覚悟ができている。

私も覚悟できていた。

英語に困るのも、家に帰りたくてもすぐには帰れないことも、全部分かって留学した。

 

でも

 

ひとつだけ

 

見逃していた。

 

 

身内の誰かが死んだら… ??

 

 

実家が田舎だから、学校を出て家に着くまで、飛行機を2回乗り継いで いつも30時間かかってしまう。

たとえば、誰かが倒れて、病院に家族が集められたりしたら、私はきっと間に合わない。

 

今まで家族みんなが元気だったから、そんなことが頭をよぎっても、『まさかね笑』って吹き飛ばしてたよ。

 

冬休み日本に帰ったとき、生まれたときから一緒に住んでたじいちゃんの命が短いことをお医者さんに聞かされた。ガンの再発だそう。

 

「こんなに元気なのになんで?」

 

自分で歩けるし、食べれるし、  そんなわけないよ! うちのじいちゃんはスーパーじいちゃんなんだから、きっと ずっと長生きしてお医者さんをびっくりさせるんだ。

 

冬休みも終わり、アメリカに戻る日、じいちゃんと玄関で握手した。

 

「もう会えない」って思ったのかもしれない。

 

 

アメリカに戻って約2ヶ月半、兄から 寮に電話がかかった。

定期的にこちらから電話は入れていたので、家から電話がかかったのは このときが始めてだった。

 

「落ち着いて聞け。 じいちゃんが病院に運ばれたぞ。 お前には何もできんのやから、泣いたりするなよ。しっかり祈っとけ。」

 

電話を切り、状況も把握できぬまま、ただただ連絡を待った。

 

母からのメール。

「今からとれる飛行機ですぐ帰ってきなさい。」

もうパニック状態だった。

 

夜中2時半。

春休みが始まる一週間前でした。

 

ルームメイトの運転で空港へ。

今までで一番長い、30時間。

 

日本に着いて、家にも寄らず病院へ。  私が帰るまでもつかどうか分からないとお医者さんが言ったそう。 

 

お願い!!!待っててじいちゃん!!!

 

ICUの病室へ着くと、 呼吸器とたくさんの管につながれベッドに横たわるじいちゃんの姿。

「帰ってきたよ!!! 帰ってきたよ!!! 分かる?! 帰ったからね!!」

何度も声をかけた。   じいちゃんは目を閉じたままだった。

 

その日の朝、なかなかおきてこないじいちゃんを心配して様子を見にいった兄が、布団の中で心筋梗塞を起

こし意識をうしなっていたじいちゃんを見つけたそう。 瀕死の状態で病院へ運ばれた。

 

涙がいっぱい出た。

手も冷たい。

最後に握手したじいちゃんを思い出していた。

 

1週間ほど学校は family emergencyということで休むことができ、2週目はちょうど 春休みと重なっていたから、2週間だけ家にいれることになった。

 

じいちゃんの闘病はそれからちょうど、2週間続いた。

 

病院へ運ばれて2週間後に じいちゃんは息をひきとった。

家族に囲まれて、息をひきとった。

 

その中に私はいなかった

 

飛行機で空を飛んでた。

 

学校もこれ以上休むと 学期全体の成績も危ういし、じいちゃんもそんなことのぞんでいない、、編入も近いし大事な時期  っと家族に説得され、  滞在期間を延ばすことをやめて、春休みが終わる前にアメリカに戻ったのです。   

 

じいちゃんが息を引き取ったのは、私が日本をたった、あくる日の早朝のことでした。

 

きっと、泣き虫な私が、じいちゃんの死に立ち会うと 悲しんでアメリカでやってけなくなる って思ってじいちゃんがんばって生きてたのかな。  あたしが出発したの見て、安心して 死んだのかな。 

 

生まれたときからずっと一緒だった じいちゃんの死に目に会えなかった。 お葬式にも出れなかった。お骨も拾ってあげられなかった。 

 

でも、2週間、ずっとそばにいられた。

毎日毎日 ベッドの横で語りかけた。

じいちゃん、呼吸器がノドまではいってたから しゃべれなかったけど、

目をあけて笑ってみせてくれた。

手をぎゅってしてくれた。

 

それだけでも、ラッキーだったのかもしれない。

間に合わない人も、 世の中にはいっぱいいる。

 

 

留学をする ということは、そんなことまで 覚悟しておかなくちゃいけない。



 

今回 帰国して、 じいちゃんの 骨壷を抱いた。

大切に大切にひざの上で抱いた。


 

あたしは じいちゃんが生前そうだったように、毎日を大切に生きることに決めた。

そして、残った家族のことを、大切にしたい。

短期間しか日本にいられないから、せめて家にいるときに、いっぱいいっぱい家族に孝行したい。

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ちょうど1年前の今頃でしょうか。アメリカに届くママりんからのメールに「冬ソナ」「ヨン様」なんて単語が並ぶようになったのは。


                                       ←  電車で見つけたヨン様


アメリカで冬ソナなんて放送されていなかったし、ひとり盛り上がる母に 


ぽか~ん。。。

(whats going on!!!???)



母↓

「あのね、チュンサンがね あーなってこうなって!!!」

「ミニョンさんの顔がね~ 切なくて 云々」

「チュリンさんが出てきて。。。」


ちゅんって誰さ…???!!


(て言うとチュンサンまでが名前なんだよってつっこまれたけど、だったらチュンサンさんじゃん -3- Boo)


しまいにゃぁチャットの途中に

「あっ ヨン様の愛の群像始まるから下降りるわ!!」


ぉぃ~


7000マイル向こうの娘とのチャットを(強制的に)打ちきってドラマを見に行ってしまう母…  笑  うける。

「1時間したら戻ってくるから~♪」  



なんか元気そうで嬉しいわ 笑

きっと全国にもヨン様のおかげで毎日元気でいれる!なんて方も多いんでしょうね。 生きる楽しみっていうか…


昨年9月には 母に連れられ


 冬のソナタ ロケ地ツアー!

              (でんっ!)


なんてのにも行ってきましたです。


ドラマまともに見たことないあたしが行っちゃっていいのかって感じだったんですけど

ママりんと久々の母娘ぶらり旅で、なかなかいい旅でした。


「あ~  ここにチュンサン座ってたんだよー」

「ここ最初のシーンで歩いとったんよ!!」


ほぉ…   そぅなのか


そしてヨン様グッズの売店で、あれもいい、これもいいって


いつも買い物長いあたしを注意する母

立場逆転だよ 笑


ヨン様関連HPなんかもつくっちゃって今回は半端じゃない様子です。



見ててなんか 楽しい



ママりんのヨン様ブログ  はこちらから

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え~、「留学・ホームステイ」のジャンルで参加しているにもかかわらず、留学ネタらしいネタは今回が初になります☆


プロフィールにもありますが、留学暦、2年になります。

2年間ほどニューハンプシャーというちっちゃな州のちっちゃな私立大学に通っていました。


友達  「大学 なんていう州にあるの?」

Mipps 「ニューハンプシャー州だよ」

友達  「にゅぅ…     何?」

Mipps 「にゅうはんぷしゃあ」

友達  「…  へぇ~   分からんけど笑」

ぉぃッ  o(_ _o )  知っとってよ

せめて


 “聞いたことはあるけど~”    とかもないの? (;_q)ぅ


ニューハンプシャー州、、、地元ってぃの間ではこんな扱いを受けていますが

アメリカではとても存在感のある州だ…  と勝手に思ってます。


いいところを三つあげるなら

1.自然がとってもとってもキレイです。学校のキャンパス内に普通におっきな湖とか所有してます。世界で富士山の次に登山客の多い(世界二位ですね)モナドノックの山がキャンパスから見えちゃうのです!


 ←奥に見えるあれがうわさの…  



2.人が優しい。留学生という立場もあり、たくさんの人にお世話になりました。

3.No Tax 税金ありません! (食べ物は例外だそう)


うーん…   あげてみたもののあまりパッとしなかったかも…   へへ

でも!あたしはこの州すっごく好きでした!!!!

希望通りの日本人の少ない学校で、アメリカ人の友達もいっぱいできました。


そして何より、この学校でやりたいことを見つけました。


それは


教育学



昨年学校の授業で、Field Experience っていうクラスがあったんですね。

2年生にして早くも実際に地元の小学校に出向き 見学に始まり学期の最後には実際に先生として授業しないとクラスはPass できないのです。


これには、かなり…  かなり…  びびりました。


大学ではまだ 留学生への理解もあり、少々の英語力の不足は大目に見てくれる雰囲気がありました。


でもでも 小学校の子供たちの前でそんなの通じにゃぃ。。。。


      

           困ったにゃぁにゃぁ。。

          


私が一学期通して担当したのは小学校3年生のクラス。しばらくのうちは週一回クラスへ足を運び、見学し、感想を提出するだけだったんですけど、最終週の「Teaching」本番の日が近づくにつれ、毎日もうひやひやでした。。


Teaching のテーマは「Story sharing」


みなさんも先生がお話聞かせてくれたことありますよねきっと。 あんな感じです。


Mipps が苦し紛れに選らんだ一冊


"Peach Boy"


なにやらかっこ良さげですけど、  jこれ、桃から生まれたモモタロさんです。  英語版です。


ただ読むだけじゃポイントはもらえません。


・本を読む前にどうやって生徒の興味をひくか

・生徒の今までの知識と選んだ本はどう結びつきがあるのか

・お話を通して生徒が学べることは何か


etc..   これらを含め、レッスンプランとやらを書くんですね。


ももたろさんを通して学ぶことってなんだ…

フレンドシップ…  助け合いの精神…  正義…    (こじつけ?   shhhhhh!!!)


Teaching 当日。 大学の教授も見守る中。   やりました。

モモタロさん読みました。

1ページにつき 1クエスチョンを生徒に投げかけるとういう課題もあり、

内心もう いっぱいいっぱいでしたが、  自身もって、どんとかまえてやりました。


さぁ、地球儀をもって

「さぁみなさん!今日は 世界の反対側から とってもおもしろいお話をもってきましたよ!!! 誰かジャパーンがどこか知ってる人いますか~??   (云々)(in Engilish) 」



生徒さん、 モモタロさんのこと気に入ってくれました。

生徒さんに折り紙でやっこさんのレッスンなんかもして

できたやっこさんにモモタロさんの絵を思うままに書いてもらいました。


why dont we put all of peach boys on our wall!!

みんなのモモタロさん クラスの壁にはりましょうよ!


という一人の女の子の提案で、みんなのモモタロさんは教室の壁に展示されることに…!!


なんか…  素敵。


大学の教授、小学校の担任の先生からの Good job!!!!  という言葉。


めちゃくちゃ楽しかった。





いつかこんな仕事がしたい。

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「ダーリンは外国人」


っていう小栗左多里さんの本、ママりんにすすめられて読んだらおもしろかった。


国際結婚って楽しそうだな…  って思わされたりします。



実は、mipps自身のダーリンも外国人だったりする!

同じ大学に通うアメリカ人の彼、ボブ君。アメリカでは私の一番の理解者だったりします。

(ちなみにmippsはその彼のマミーが私を呼ぶときの愛称なんです)


がんばって日本語の勉強を始めた彼に、ある日ひらがなを練習するワークブックをプレゼントしました。


「あ」と「お」、「わ」と「ゆ」 の区別に苦戦し、


「にゃ」「にゅ」「にょ」 なんかにも悩まされ


私の不在中にホワイトボードに残してくれたメッセージには…



あなたがす!!!


あはは、かわいい(笑)


気持ちは分かるよネ 

がんばっとるんだから笑っちゃいかん!!っと思いつつ、一緒にいた日本人の女の子とついつい吹き出してしまいました。。  ごめんちゃいm(_ _)m  


私がある日友だちとチャットをしていると     なにやら背後にものすごい気配を感じます


うしろから瞬きひとつせず、画面を直視しているボブ君。。  

読めるひらがなを見つけて解読しようとしていたようです。


そしてやっと一部解読できたボブ君  「what is “でしょ”?」  って聞いてきた


回答に困ったよ。   

チャットの会話で相手の発言に対して、「でしょ☆」って返答したんです。


どう答えていいか分からず、あやふやにしてたら ボブ君あきらめました。

誰か、うまく説明できる方いたら教えてください(>_<)


そういえば、「ダーリンは外国人」って こんなゴロどっかで聞いたような…


あっ




ママりんはヨン様ファン」     …(>▽<)ァハ☆   


うちのママりんも 小栗さんのダーリンに負けず劣らず 書き応えあります!

ママりんのヨン様ファンぶりはすごいです!  近々ママりんのサイトもご紹介します☆必見!!
   

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3日前、春学期を終えて久々にアメリカから母国に帰ってきました。。。夏休みです!  ただいまぁぁ(*^▽^*)

アメリカにいる間は日本の情報と疎遠になりがち、最近日本では何が起こってるのかな…  ってワイドショーを見てみました。


乙葉が結婚…!!??? 

相手は藤井隆だって!!!


竹内結子さんもできちゃった婚っ!!?


渡辺まりなとネプチューン名倉さんも。。


これってみんな最近のできごと??  な~んにも知らなかったよ。。。


エンジン…  ってなんだ?


今モー娘。に何人いるのかさえも知らないや。。。(_ _;)ぇへ


この前冬帰ったときは、日本円のお札が新しくなってたの知らなくて一人ではしゃいじゃって笑われたな~。


たった半年日本を離れていただけでも、久々に帰国すると浦島太郎状態だよ。世の中はあたしの知らないうちにどんどん変わってくもんなんだなぁ。ネットで日本の話題にはアンテナ立ててたつもりだったんだけどなぁ… 甘かったっ!(>_<)なんだか凶悪事件なんかも次々に起きてるみたいで。。 切なくなるよ。


あっでもママりんのヨン様大好き具合は全くかわっていなくてちょっとほっとした笑 

ハネとびのDVD見せてもすぐどっか行っちゃうのに、「ヨン様出てるよ!」の一言で私の部屋に飛んでくるままりん。。 笑  かわいい


これからきっとまだまだ知らない「現在の日本」に驚かされることと思いますが…  日々がんばります!


ぇぃぇぃっp(>_<;)q


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