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2012年06月17日(日)

「所得倍増計画」を考えたのは誰。

テーマ:読書

危機の宰相


「危機の宰相」
沢木耕太郎(文春文庫)

「旅する力」において沢木耕太郎は、ベストセラーになった「深夜特急 第一便、第二便、第三便」の元になるバックパック旅行に出かけることになった経緯を中心に、26歳当時、自分がどのような場所でどのような文章を書いていたか、旅行から戻ってきてから「深夜特急」を書くことになる長い年月の間、どのように、また文章の世界に戻ってきたかについて、記憶を辿るように、割と刻銘に思いや考えを綴っています。

「深夜特急」ファンの主人が、同じような装丁のその本を気に入って読んでいるのを見て、おそらく「後日談」的な、気軽に読めるタイプのエッセイだろうと思って読んだのですが、実際はそう気軽なものではなく(気軽な章もあったけど)、「このテーマについて書く」(沢木さんの場合、=この人を書く、と同義)と決めた理由や、それを相談した当時世話になっていた雑誌社の先輩方の反応、書いた後の評判、自分の気持ちの動き、雑誌に書いた文章を本にまとめようとするのになかなかまとめられなかったその理由、などなど、沢木耕太郎さんその人が、どんな考えで自分の書いた文章に向き合い、向き合い続けていこうとしているのかが、よくわかる本でした。


話の中心は、やはり例の旅ですので、その前後の話が多くなります。よって、大学卒業後の23歳~30歳あたり。「テロルの決算」でノンフィクションの賞をとる32歳ぐらいまでのことが濃く書かれています。なぜ書いたか、書いてみてどうだったか。それは作者本人のその作品に対する「レビュー」のようなものです。読みたくなるのも当然、そうして、沢木さんの30歳ぐらいの著作を読み始めるようになりました。


「危機の宰相」は、1977年、文藝春秋(月刊誌)に、その一部が発表されたのが最初。その後、本人のあとがきによると、単行本としてまとめようとすると、目の前に新たな「書きたいこと」があらわれ後回しになり、「本」になるまでに29年もかかってしまったそうです。危機の宰相である、池田勇人が首相を務めた1960~1964年。「所得倍増」「高度経済成長」「東京オリンピック」「夢の超特急」という、今の時代を生きる人からすると、むかしむかしの物語のようなお話です。


詳しくは調べていませんが、今の低成長の時代に、「では、過去はどうたったか」と、敗戦のどん底からGDP第二位に登りつめるまでの日本の経済政策やその頃の政治家、経済人について書かれたものは、きっとたくさんあることでしょう。けれど、首相池田勇人本人というより、そのブレーンと、彼らが掲げた「所得倍増計画」というキャッチフレーズはどのようにして生まれたか?という1点について、周辺をくまなく取材し書き上げた本として、これは異色のものだったんではないでしょうか。


表象的なことだけで考えれば、大蔵省出身で通産大臣を経験して首相になった池田勇人のキャッチフレーズとしての「所得倍増計画」は、結果論として「うまくいったから」ということもあり、それに何の疑問も生まれませんが、沢木さんは、「誰が言い出したのか」「なぜ言い出したのか」「そもそも、所得倍増とは何を指すのか」について疑問を持ち、「こうだったのではないか」という仮説を立てて、池田勇人を書いたものを読み、そこに出てくる人たちや関係する人たちに取材をし、ひとつひとつ、確かめながら「やはりそうだった」と結論付けしたり、「ということは、さらにこうではないか」とまた新たな仮説を立てて…という作業を繰り返しています。


「みんながこうだと認識している、当然と思われていること」について、「待てよ、ほんとにそうなのか?」という視点を持てることって、すごいな、と思います。そして、自分なりの仮説を立て、調べ、検証し、まったく違った真実や結論をあぶりだす作業をやり遂げることも。だからこそ、29年も経ってしまった2006年であっても単行本化され、現代の私たちが読むべき価値のある本になっているのだと思います。それは、人気作家の沢木耕太郎さんの本だから、という出版側の市場価値だけではなく、今の世の中をどうしていくかをもう一度考えるために、この時代のこと、この時代の政治家のことを知ることが出来る価値、だと思いました。


この本ではじめて存在を知りましたが、池田勇人のブレーンとして、下村治という経済学者が出てきます。「高度経済成長」と唱え、そのさなかにある1970年ころから、「ゼロ成長」を唱え始めた、常に"遠くを見つめて"いる人で、1989年、バブルの絶頂期に亡くなったそうです。「必ず破綻の時がくる」と言っていたとか(息子さんによるあとがき)。こうした、専門的な知識と自らの理論、滅私奉公に近い「国に尽くしたい」という思いを持った官僚や政策ブレーンが、この本にはたくさん登場しますが、今の時代はどうだろうか。彼らがいないから、政治がブレるのか、使い手であるリーダーにのみ問題があるのか、そのあたりを、もう少し考えてみなければなりません。

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2012年06月16日(土)

今から36年前の料理エッセイに「タジン鍋」が登場。

テーマ:読書

美味放浪記

美味放浪記

壇 一雄(中公文庫)

 

初版発行1976年。2010年に改版4刷刊とあるから、まだ増刷されてる!

すごい本です。

 

さ て、壇一雄と言えば「火宅の人」。愛人との逃避生活と破滅を文芸誌に断続的に連載し、緒方拳、いしだあゆみ、原田美枝子で映画化もされて、なんというか、 女の立場からすると、とんでもない人ですよね…。この人に興味を持ったのは、またしても沢木耕太郎。「壇」という、壇一雄の奥様、ヨソコさんにインタ ビューして、他者が一人称で書く文体で壇一雄を書ききった本を読んだことがきっかけです。

 

奥様ヨソコさんとの1年に渡るインタビューから、沢木耕太郎が、壇一雄像を奥様の目で描き切るアプローチ。それは、見事に成功したらしく、「壇」を読んだ奥様は、「あなたが書いてしまったら、私の中に生きていた壇が死んでしまいました___」とか言ったそうです。

 

さて、その壇一雄さんの著作として、「火宅の人」を読もうかな、とも思ったのですが、同じく沢木耕太郎の「一号線を北上せよ」のポルトガルの編に壇一雄の飲み食いの話が書かれていて、そちらに興味をそそられました。

 

「美 味放浪記」は、旅好き(というか、1年ぐらい家に帰らないことはザラ)の壇さんが、日本の各地、外国の各地を旅して食べてきたものについてのエッセイ。国 内外を問わず、高級料理、高級料亭の類に興味はなく、地元の人が屋台様な気取らない店で、ちゃっちゃとつくって食べられる、安くて旨くてそこにしかないも のこそ「美味」という評価です。

 

国内は、釧路、網走、札幌、函館、津軽、南部、秋田、新潟、首都圏は飛ばして志摩・南紀、京都大阪神戸、高知に岡山広島、北九州南九州。

 

海外は、スペイン、ポルトガル、モロッコ、ドイツ・オーストリア、北欧、イギリス、豪州、ソビエト、フランス、中国、韓国。

 

もう一度書くが、1976年の初版です。

つまり、旅したのはさらにそれより前になります。

 

そんな大昔(?)に、驚くことに、「タジン鍋」の記述があるのです。

 

(本文引用)

ここで、少し面倒な説明をするなら、「タジン」と云うのは、云わば、シチューである。鍋で煮た煮込料理である。「タジン・サラウイ」と云う蓋付きの鍋があって、蓋の恰好は、丁度日本の擂鉢を逆様にしたようだが、もっと頂上がとがっている。

擂鉢と同じように褐色に光る土鍋であり、その蓋が、ぴったりと土鍋にはまり込むように成っていて、円錐形に高く聳え立っているのである。

(中略)どうして、こんな大きな蓋をのっけるのか、私にははっきりとsの事情をたしかめてみないが、或いは蒸気抜きの穴を嫌うのか、或いは内容の温度に関係があるのかもわからない。

 

すでに私たちは「タジン鍋」の形を知っていますから、この文章を読みながら、「あぁ、確かに擂鉢を逆様にして、先っちょを尖らしたような感じネ」とイメージができるが、初版の頃の人は、どう読んだのだろう?

 

ま た、こうした時代にこれだけの国々へ行き、汽車のコンパートメントに偶然乗り合わせた、ドイツ人の盗人(?)たちや、ロシアの女医さんたちと葡萄酒や、 ウォッカや、ウイスキーで酒盛りをしたり、食べに食べ、飲みに飲み、やんちゃのし放題。まったく、読んでるだけで美味しくなってきます。

 

世 界中の情報がインターネットを通じてレコメンドされたり、簡単に検索して情報として得ることができてしまう時代にあっても、この本に書かれているだけの 「ネタ」を経験として身体に刻み、文章に残せる人は少ないのではないでしょうか。そういう意味で、この本は、是非、食べることや料理がクリエイティブな作 業だと知っている人たちにオススメしたいです。料理をつくる人、素材をつくる人、それを売る人、そしてすべての「食べる人々」。きっと何かの役に立つこと と思います。

 

いつか、この人の訪れた地方、国へ行き、同じようなものを食べて飲んでしてみたいものです。

まずは、チロル地方(オーストリア)の「バウエルン・ブラーテン」。壇さんの舌の記憶では、骨付燻製肉(牛)の煮込みだそうだが、名称も正しいのかどうか。いま、試しに検索かけてみたら、ヒットしなかった(笑)

 

壇さんの食べた味を求めて放浪することができたら、どれだけ楽しいでしょうか。

いつか、行ってみたいですね。

 

壇さんはお料理もする人なので、「あれが旨い、これが旨い」と書くだけでなく、どんな味つけがされているか、薬味は、下ごしらえは、火の入れ方は、と調理方法についても言及が細かい。その気になれば、レシピとしても活用できるエッセイです。

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2012年06月16日(土)

視野せますぎ、に煽られて。

テーマ:読書

緋色のヴェネツィア


緋色のヴェネツィア~聖マルコ殺人事件
塩野七生(朝日文芸文庫)


塩野七生を読もう、と思ったきっかけは、雑誌「プレジデント」で、あえての扇情的キャッチコピーだとは思うけれど、「年収別、読む本の違い」といったような特集記事の中で、それを解説している一人が、「司馬遼太郎が好き、と公言しているビジネスパーソンは恥ずかしい。視野が狭すぎ。塩野七生を読んでみれば、1000倍ぐらい視野がひろがる」(大意)みたいなことを言っていて、「ンなろー、じゃ、読んでやろうやんけ」と思ったからです(司馬遼好き)。


で、ふと家の本棚をグルリと見渡してみたところ、1冊だけありました。
再び男たちへ。フツウであることに満足できなくなった男のための63章

再び男たちへ


途中まで読んで止まっていた本ですが、これ、1991年初版の単行本で、今から21年前。私が19歳のときに、アルバイト先の社長さんからお借りした本でした(つまり借りたまま…ごめんなさい)。バブルがそろそろ弾けるよ!って頃に書かれたもので、タイトルにあるとおり、63編の、塩野さんから日本の男たち(リーダーたち)へ向けて発せられた叱咤激励の数々でした。比較されているのは、塩野さんが「これぞ」と思っておられるであろう、古代を生きた男(リーダー)たちです。


いや~、おもしろかったんです。
もちろん、だからといって、「司馬遼好きは視野狭すぎ」という意見にまで共感することはありませんが、なぜそう言ったのか(扇情したのか)ということは、よくわかりました。要するに、日本国内の歴史や登場人物を用いた歴史小説を読んでればそれでいい、ということじゃないよ、ということなんですね。煽ってもらってよかったです(笑)


で、この「緋色のヴェネツィア」を選んだ理由ですが、ノンフィクション要素の強い塩野さん作品のなかでは珍しい部類の「小説」という形をとっていて、そのために、架空の人物、官僚マルコと遊女オリンピアの2人を加えて、彼らを入れることによる脚色を可能にした作品であったから。


中世の歴史好きな人、世界史通な人ならいざしらず、普通の人は、ヴェネツィア共和国が何年に起きて、その政治形態はどんなもので、どの程度の領土を持っていて、なぜ消滅したか、というのは知らないですよね、もちろん、私は知りません。あとがきを読むまで、マルコとオリンピアが架空の人物であることをすっかり忘れて読んでいたのですが、何が史実で何が脚色か、ダレが実存でダレが架空かわからないまま、つまりそれだけ自然に、普通におもしろく読めてしまいました。後から、マルコの幼馴染であり、この物語と、そして実際のヴェネツィア共和国にとっての主要人物であるアルヴィーゼ・グリッティが実存した人物であることに驚いてしまいました。(表紙の絵の人がアルヴィーゼだと思われますが、とにかく魅力的な男です。


塩野さん作品は、このあと「わが友マキアヴェッリ」を読んでいるのですが、この本の中でも、「コレコレ、こういうことが記録に残っているのだから、彼はこういう考えの持ち主ではなかったか?であれば、この行動の真意は、こうではなかったか」というふうに、実際の歴史的記述をヒントに、記録としては残されていないが、実際こうであったろう、ということを突き止めようとする作業をされているのだと思います。そしてそれは成功していると思います。実に納得のいく結論となって、すんなり、腑に落ちてくるのですから。


塩野さんは、中世ルネサンス期のこの三国の物語を書く…時には賛美し、時には嘆き…ことで、現代日本のこれからの生きる道を探る作業をしているのではないかと思います。決して、欧米礼賛な、日本を自虐的に批判するような作家ではなく、歴史を俯瞰して見ていればわかる、逃れられない盛者必衰のサイクルを、いかに引き伸ばし、いかに大きな混乱なく迎えるかの大きなヒントを、この国の舵取りをする人々(エッセイで言うところの「フツウであることに満足できなくなった男たち」)へ与えようとしているのではないかと思います。


そしてその対象は、1991年当時はどうであったか、現代においては、「男たちへ」だけでなく、「女たちへ」と広がっているように思います。


この作品は、「銀色のフィレンチェ」、「黄金のローマ」と続く三部作です。
このあと読むことになると思いますが、物語としても面白く読めるでしょう。さらに、ずしりと重いものを引き継がれたような感覚に陥ることと思います。


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2012年06月16日(土)

もしかすると…のものがたり。

テーマ:読書

帝国空軍大戦略


帝国空軍大戦略~本土防空決戦
工藤 誉(歴史群像新書)

上海脱出指令」の作家さんの第二作としてアマゾンで発見して購入しましたが、「上海~」が上下巻の長編とすると、こちらは単巻完結で、それが功を奏したか、スピード感もあり、一気に読める好作品だと感じました。

私は、3冊ぐらいの本を同時に読むのが常で、これと同時に読んでいたのが、沢木耕太郎の「危機の宰相」と、塩野七生の「緋色のベネツィア 聖マルコ殺人事件」。たまたま3冊とも、国家の危機に際しての政治的リーダーのとるべきリーダーシップについて、史実を踏まえて描かれた作品だったこともあり、相乗効果も働いたか、3冊とも、すこぶる面白く読めました。

小説の舞台は、1944年(昭和19年)。戦争をいかに終わらせるかについて、実際の史実とは異なるストーリーを描いています。ただ、それが、単なる作者の空想ではなく、記録として残る事実を下敷きに、「この計画がうまくいけば、この話はあり得たのではないか」という「もしかすると…の物語」を、丁寧に丁寧に積み重ねたものとなっています。

例えば、作品のクライマックスである、帝都東京に原爆を落とすというアメリカの作戦を阻止するために、この作品では、ドイツ空軍の戦闘機「Ta152」が活躍しますが、これは、1945年1月に日本陸軍とドイツ航空省の間でライセンス契約が締結されたという史実に基づいたものだということが、作者あとがきにあります。実際にはドイツ降伏により計画は頓挫したそうですが、それが成っていたら、という仮説に基づいたものだからこそ、読ませるのだと思いました。

さらに、この、ドイツ最新鋭機を日本まで輸送し、大量生産にこぎつけるためにいかに日本国内のメーカー、その技術者や組立の職人さんたちが努力したかという記述には、なにやら、現在の私達を勇気づけてくれるような熱いものが感じられました。

前述の他2作品にも共通していたのは、危機的局面にある国家(だけでなく、ある組織もそうでしょう)がその困難を乗り切るためには何が必要なのか、が書かれていました。それは、下支えするひとりひとりの能力と精神力と、選ばれし者であるリーダー層がそれぞれの持場で強い責任感を持って役割を果たし尽くすこと、そして、それらリーダー層からの圧倒的な支持を得るリーダーの、強い意思と行動力と言えるでしょう。さらには、「運」も必要なのかもしれません。

さて、史実に照らしあわせた批評を書くとすると上述のようなマジメな感じになりますが、前作同様、登場人物たちのキャラクター設定が面白く、実在の、大空のサムライ、坂井三郎さんをはじめ、飛行機乗りたちのカッコよさには、ホント、胸がワクワクします。ドイツ製飛行機の組立生産をやり遂げる、川崎重工の職人さんたちの姿も生き生きと描かれ、実際「飛燕」を生産する現場はそういう雰囲気ではなかったか、と想像できます。

個人的には、関西出身の木村飛曹長の、管制室とのやり取りのエピソード、普通なら「了解」と帰ってくる無線が、木村からは「よっしゃ」と帰ってくる、そのたびに、管制室が和やかな雰囲気になる…というくだりが楽しくて、あぁ、実際そうだったかもしれないなぁと想像されて、とても好きです。

実際に起こった歴史を知ることは大切なことです。けれどそれは、そんなに楽しい作業ではないかもしれません。「強制的にやらせる勉強」が、そんなに楽しくなかったように。でも、こうしたエンタメ作品によって当時のことに興味を持ち、実存した人たちがどう生きたか、どう死んでいったかについて思いを巡らし、個人的な興味を抱いて原典にあたることができたとしたら、それはとても楽しい「勉強」になるのではないでしょうか。この作品を読んで、私はさらに、政治家、軍人以外の人々、戦闘機を設計し作った人々に対して、彼らのことを知りたい、と思うようになりました。

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2011年07月22日(金)

玄侑さんにはまる

テーマ:読書
きっかけは、この時の本 で、玄侑宗久さんという人を知り、この対談本はとても面白く、その後、仏教関係の読書が増えた。でも、なんとなく、作家としての玄侑さんの本には手が伸びないまま来てしまった。

それが、義理の弟が、彼は読書家で、よく本の貸し借りをしているのだが、「面白かったから」と、『観音力』という本を貸してくれたことで、再燃。ちょうどGW休暇に帰省の際に持っていったこともあり、休暇中に3回通しで読むほど気に入ってしまった。


フィッシャーキングの友人


『観音力』
玄侑宗久 PHP研究所

もちろん、観音様のこと。その「力」とは、相手に応じて変化する力のこと、それを観音力というのだそうだ。何事も、観音様のごとく、観音力で対処すれば、すべてがうまくいくんだよ、そう言われているようだった。以前の私は、一生懸命やったこと、考えたことであればあるほど、相手に伝わらなかったり、否定されたり、あまり聞いてもらえなかったりすると、何もかも嫌になるほどガッカリしたり、もうこの人には言わない!と勝手に腹を立てたり、とにかく、自分に固執するタチだったと思う。仕事でもプライベートでも。よく言えばがんばり屋?一生懸命?熱心?悪く言えば、恩着せがましく鬱陶しく、暑苦しい・・・ あ、書いてても悲しくなるよ(泣)

最近はそうでもない。そんなに固執もしないし、基本的には相手の意見を尊重しようと思っているし、自分ができることなんか、たいしたことないと、ようやくわかったし・・・。それでも、時に、「怒り」とも「悲しみ」ともつかない感情に支配されることがある。なんだろう。蔑ろにされたような気がして、悲しくなるのかな、やがて怒りに・・・。

そんな負の感情が巻き起こるのが嫌で、なんとかしたいな~と思っているときに、出会った本でもあったからかもしれない。弟に返してしまったので手元にないが、今でも時々読み返したくなる本。このあと、玄侑さんの本をどどどどっと、読んでいる。今。どれもとても面白いので、ひとつずつ書いていこうと思います。


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2011年07月20日(水)

誰かが書いてあげなければ。

テーマ:読書


壇 
沢木耕太郎 新潮文庫

先日も書いた、沢木耕太郎「1号線を北上せよ」を読んで関連本を読みたくなった2冊目。
「火宅の人」を、私は題名ぐらいしか知らない。「壇」によると、作家と愛人の放浪の話、ということだし、映画化もされているので(調べたら、1986年に東映で映画化、緒方拳、原田美枝子、いしだあゆみでアカデミー賞受賞作品だった)、話題にもなり、タイトルに聞き覚えもあるのだろう。私の父が、壇一雄の娘である壇ふみがテレビ(例のNHKのクイズ番組など)に出るたびに、「この子はいい子なのに、なんで貰い手が・・・以下略」と言っていたので、なんとなく、そっちの方がイメージ強い。

この作品は、解説を読むまではあまり意識していなかったが、きわめて珍しい人称で書かれた、ノンフィクションともフィクションとも言える作品、なのだそうだ。

この作品は、1年に渡り、石神井の家へ週に1回通い、耳が遠くなってきた壇一雄の妻ヨソ子さんに話を聞いてまとめて書かれたもので、だから語りは、ヨソ子さんの一人称で、基本的には事実とヨソ子さんの心情を綴ったノンフィクションであると言える。ところが、書き手は沢本人ではなく沢木耕太郎なので、そこには、おそらく本人すら意識していない心情のようなものが、沢木耕太郎の手によって書き加えられている。その場合、「私は」という人称であっても、書かれている内容は、「ヨソ子は・・・」と三人称のような第三者の出現が想像できる。そういう意味で、変わった書かれ方をした本であり、沢木の書くものとしてのひとつの完成形だと解説は結んでいた。

確かに、読んでいて思ったのは、あまりにも、ヨソ子さんの感じ方やその表現の抑えた感じが、沢木的だなぁということ。それは、1年も家に通って話を聞いたので、それだけ心情が通じ合ってしまったのか、そんな長い期間、毎週毎週話を聞きに行けるくらい、沢木自身の持つものと似たところのある人なのかもしれない、と思って読んでいたが、書くうちに、「ヨソ子さんは、こういうことを言いたかったのではないか」という沢木の解釈による心情の具体化がなされたのかもしれない。それはきっと、沢木は、書く対象を大事にする人だから、ゲラ刷りの段階で、ご本人や、それこそ、ヨソ子さんに話を聞いて壇一雄を書こうと思ったきっかけをつくった長女のふみさんにも事前に読まれ、「そうそう、そう思ってたのよ、どうしてわかるの、沢木さん」と了解を得てのことではないだろうか。

「無名」でもそうだが、沢木は、「この人の話を今聞いて、書き残してあげなくては」という想いに突き動かされ、自分の書きたい、と思う人物を書いているのかもしれない。確かに、嫌いな人のことなど書けない。だから、沢木の書いたものを読むと、その対象のことが、もっと知りたくなるのかもしれない。ヴェトナムしかり、壇一雄しかり、沢木二郎(お父さん)しかり、近藤紘一しかり・・・。

もし、私が誰かのことを書くとしたら、誰を書くかな。
やっぱり、お父さん・・・かな。


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2011年07月19日(火)

沢木耕太郎 無名

テーマ:読書


無名
沢木耕太郎 幻冬舎文庫

沢木耕太郎は、ウチの主人が好きな作家で、でも、彼はもっぱら、「旅もの」の愛読者なので、有名な「深夜特急」シリーズや、「1号線を北上せよ」が家にあるが、それ以外は読む機会はあまりなかった(少しのエッセイなどぐらい)。

それが、ふと他の作品を読んでみようと思ったのが、「1号線を北上せよ」で、それぞれの旅に出たときのきっかけとなる本(自著もあれば、他人のものもある)を読んでみたくなり、「火宅の人」を書いた壇一雄の妻ヨソ子の一人称で語られる「壇」と、ベトナムの章で沢木が遺作を編纂する仕事に携わることになった、近藤紘一の「サイゴンのいちばん長い日」と一緒に、この「無名」を購入。

これは、89歳で逝った父親のことと自分のことを書いたもの。
タイトル「無名」は、父親が、「少し、長く生きすぎてしまった」とつぶやくのを聞き、無名な人の無名な人生だが、ちっとも長すぎることなどなかったことをなんとか父にわからせる方法はないか、と思ったことに寄っている。
沢木は、そのために、父が晩年に趣味で始めた俳句を集め、句集を出版することを思い立つ。残念ながら、本はお父さんが亡くなる前には完成できなかった。けれど、親しい人に父の死を知らせ、お礼のてがみとともに送ることはでき、それによって、沢木自身も知らなかった、父が生前残した文章などが、知人によって送られてきたりした。

その文章が、この本のなかで採録されているのだが、まるで沢木自身が書いたのではないかと思うほど、その文章の雰囲気は、沢木のものによく似ていると思った。沢木自身も、それに驚いているようだった。文章も、親子では似てしまうんだろうか、と思うと、親と子の結びつきの強さに、なんとも、堪らない気持ちがになってしまった。

私は、どうやって両親を送ってあげよう。彼らは何を望むだろうか?何を望まないだろうか??などと考え始めると、あれもしたい、これもしたい、と思いがあふれてきて、「これじゃ、心待ちにしてるみたいじゃないか」と苦笑したりしている。

それにしても、沢木耕太郎さんの本は素敵です。
しばらく、読んでみるつもりです。



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2010年04月06日(火)

双子ちゃんのおさがり

テーマ:お母ちゃん

フィッシャーキングの友人-双子ちゃんのおさがり
私の母は、育児サポートという市の育児支援事業でシッター役を引き受けている。時給600円かそこらで、小学校に上がるまでの子供の一次預かりをしているのだ。
当初は、「孫育て」の練習なんてことは考えてもなく、ただ何の気なしに始めたようだが、私が子供を産んだことで、その育児サポートでの経験と人脈が、ものすごく役に立っている!

まず、いろんなことを実地で経験しているので、すぐに質問に答えてくれる!もちろん、ほとんどの「おばあちゃん」は育児経験者なので、だいたい答えてくれるだろうけど、自分が子供を育てた頃の経験談になるので30年以上は前の話・・・本人も「昔は・・・だったんだけど、今はどうなのかしらね」と自信なさげだし、「これがいいのよ!」と自信たっぷりに教えてくれることが、今は「やめといたほうがいい」ってこともあったりして、難しい。母の場合はそれこそ現役なので、頼りになる。

そして、いろんなモノのお古がまわってくる♪

・肌着
・ベビードレス
・ベスト
・おくるみ
・靴下
・おしゃぶり
・布オムツ(なんと200枚超も集まってしまった・・・余ってます 笑)
・オムツカバー
・抱っこひも
・オルゴールメリー

いま、思い出しただけでも、こんなに。
写真の肌着も、もちろん頂きモノ。
母がお世話した双子ちゃんのお下がり。とてもキレイに着てらしたようで、清潔だし、しかも、新品よりも布地がやわらかく、適度に「クタっ」となっていて、着やすそう。

ありがたいことです。
母と、母がお世話させてもらった幸せ赤ちゃんたちに感謝です。
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2010年04月03日(土)

おすわり?

テーマ:日記

フィッシャーキングの友人-おすわり?

義姉ファミリーからいただいた、スウィングチェアのベルトに支えられ、おすわり姿勢が保たれている。
私や義母が「あららら!」と奇声を上げたので、びっくりしている様子。

ゆっくりでいいからね~。
まだ、部屋の中の危険物、お片付けしてないし・・・。
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2010年04月01日(木)

麦茶に微妙な顔

テーマ:日記

フィッシャーキングの友人-麦茶に微妙な顔


4月に入ったら離乳食トレーニング開始・・・というのが、お世話になっている病院の指導。ということで、スプーン一杯の麦茶(白湯でうすめたもの)を初めて飲ませてみる。

微妙な表情がおもしろくて、ついもう1杯(笑)
2杯目は、ちょっと「イケル」って顔しててさらに笑える。

麦茶、ほうじ茶、リンゴなどの果汁を毎朝6:45(主人の朝ごはんと一緒に)に。これで2週間やってみて、大丈夫(スプーンや味に慣れて、アレルギーなどの反応もなければ)なら、今度は野菜スープや出汁になるそうだ。ますます、早起きになるなぁ・・・私。

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