「私、最近課長の気配を感じる事があるのよ」
久し振りに四人で食事しているときに恭子がふと漏らした。
「そうなんですか?」
桃子がちょっと不安そうな顔で尋ねる。
「実は…私も」
するとあさ美も同じ様に言う。二人の様子を伺うようにしていた真知子も口を開いた。
「私も…です」
「そうなの?」
恭子があさ美と真知子の顔を交互に見ながら聞き返す。
「もしかしたら私達の近くにいるんでしょうか?」
あさ美が周りの様子を探るように見ながら小声でまた聞く。
「まさか…」
「そんな事あるわけないじゃないですか」
桃子が首を横に振りながら答える。
「どうして?」
真知子が桃子の返事にまた聞き返す。
「だって、美弥子さんは横領して失踪したんでしょう?こんな会社の近くの店に現れたりしたら誰に見つかるか分からないじゃないですか?それって危険でしょう」
「あ、ああ、そうね。そうだったわね」
恭子がその事に改めて気付いたかのように頷いた。
「そうですよ。刑事事件にはならなかったかも知れませんけれど流石に会社の誰かに見られたり捕まったりしたら弁済は発生するんじゃないですか?」
「それもそうね」
真知子が納得したかのように頷く。
「あ、でも、課長が失踪した最初の日、あのカウンターの隅にいつも一緒に来ていた人とよく似た人がいたって店の人が言ってましたよね、それってもしかして」
あさ美が思い出したようにそう言うと恭子はまた不安そうな顔をした。
「そう言えば、そんな事言ってたわね。私達の様子を探って会社がどんな風な対応をするか伺っていたのかしら」
恭子の言葉にみんなどうだろうと首を捻る。
「でも、私ならそんな危ない事しないなあ。お金持ってとっとと遠くに行っちゃいますよ」
「そうよね、きっと私もそうするわ」
恭子が桃子の言葉に頷く。
「でも、あの課長なら…」
あさ美がそう言うとまたみんな考え込んだ。
「でも、美弥子さんがそんな事するかなあ。なんか隠れて様子伺うってイメージないかも、それともある日突然現れて私たちを驚かすつもりとか?」
桃子がちょっとおどけた様子でそう言うとあとの三人は一様に顔を曇らせる。
「やめてよ!」
あさ美がいつになく声高に反論する。
「そうよ、そんな怖い事言わないでよ」
「怖い?」
恭子の言葉を桃子が拾うように疑問を投げかける。
「だって、失踪した人が急に目の前に現れたら怖いじゃない。何を言われるか…」
「そ、そうよ。第一、そんな馬鹿な事ある筈がないじゃない」
恭子の言葉に真知子が同調する。
「どうしてですか?」
桃子が真知子をじっと見て尋ねる。
「あの用意周到な課長が今更、そんな馬鹿な事しないって事よ」
「ああ、まあ、そうですよね。現れる筈無いですよね…」
桃子は自分に言い聞かせるようにそう答えた。
「もう、よしましょう。ごめんなさい、私が変な事言いだしたから。いつまでも課長の亡霊に振り回されていても仕方がないわ。私達は現実を見て前を進むだけよ」
「そうですよね。でも亡霊だなんて、まるで死んだみたいじゃないですか」
恭子の言葉にまた桃子が反応した。
「あ、そ、そうね。でももう二度と会わない人なのだから、死んだも同じじゃない」
恭子は言葉を訂正するが心の中でその言葉も訂正する。二度と会わない人ではなく二度と会いたくない人なのだと。
「でもどこで会うか分からないですよ。もし、ばったり出会ったりしたらどうします?」
「だから、もうやめましょうって、今、桑田さんが言ったじゃない。そんなもしもの話ばっかりしていても仕方がないわよ」
さらに尋ねようとする桃子の言葉を真知子が制する。
「はーい」
「ほらほら、まだこんなに料残っているのだから。食べましょう」
恭子に促されてみんなまた箸を取った。
自宅に戻った女は灯りも点けないで部屋のベッドの上に座り込んでいた。
(何なのだ、今日のあのみんなの反応は…)
もしかしてみんな女が美弥子を手に掛けた事を知っているのではないかという疑心暗鬼が生まれる。彼女が死んだ事を知っていてあんな話をしているとしか思えない。
(まさか、そんな筈は…)
誰にも見られなかった筈だ。あの日はみんな用事で美弥子のところへ来る予定はなかった。何度も確認してあの夜を選んだのだ。会社に行った時も誰もそんな素振りは見せなかった。女は暗がりのまま窓の方へ寄ってカーテンの隙間から窓の外を覗く。誰かが見張ってないかと辺りを見回す。誰も居ない事を確認して胸を撫で下ろす。
(何を怖がっているのよ、考え過ぎなのよ)
そう思って部屋の電気を付けると女は洗面所の方へ向かった。顔を洗おうと洗面台の電気のスイッチに手を掛けようとして鏡を見る。女の頭越しに人影が見える。
(え…?)
女は恐る恐る振り返る。部屋の明かりに後ろから照らし出されてそこに女が立っているのが分かった。
「だ、誰…!」
声が震える。その様子を見て女がニッと笑う。美弥子だった――。
「ヒィィーーーッ!」