モリスとディズニー

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かの有名な『モリス ディズニー容認発言!』として
引用されるイタリアでの地帯訪問のワンシーンです。

JWは魔法をことごとく否定します。
カレブ君から魔法戦士スパーロックの人形を取り上げ、
ゴミ箱に捨てさせました。
昨今の大会でも魔法をテーマにした本、テレビ、ゲーム、
映画、音楽、そうしたものを徹底的に捨て去れ!と命令します。

そんななかにあっての『モリスディズニー容認発言』です。
ディズニーなんて魔法の総本山みたいなもんです。w
組織サイドもビビったでしょうね。
きっと、側近たちも「うわぁ…ボス失言しちゃったよ…あとで
クレーム処理したり、ケツ拭かされるの俺達なんだぜ…
まったくもう…」そんな風に思ったかもしれません。(笑)

たしかにそんな背景を考えると、このモリス大明神の発言は
矛盾しまくっており、皆さんが言うように、「統治鯛が
ディズニーは良い、って言ってるから大丈夫!」だとか、
「出版物と統治鯛の言うことが違ってるぞ!」だとか…
そのように揶揄されたり茶化されたりするのも当然でしょう。
私もネタとしてたっぷり使わせていただいてます。(笑)


ここからが本題。


しかしですな。よくよく考えてみれば…
(少なくともこの件についていえば)
『実はモリスの見方は正しい』
ということができます。


なぜでしょうか?

そもそも娯楽について何がふさわしいとか、ふさわしくないとか。
それは各個人が決めるべきこと。

本来はそれでいいんです。

もちろんモリスの決定が全てではない。
モリスが言ったから行っても良い、という根拠も
モリスが言ったから行ったらダメ、という根拠も
ないのです。
根拠になるのは、聖書の言葉と、自分と神との関係だけです。
それこそ『自分の良心』で決定すればよいのです。


当然、躓く必要もない。

たとえモリス君がディズニーランド行っても、自分は魔法の国
には行かないと決めるのなら、その信仰を認めるべきなのです。

もちろん、ディズニーに遊びに行ったモリス君が責められる
理由は1つもないし、他人がモリス君の決定にとやかく言う
理由もないのです。

そうした意味で『モリスの見方は正しい』といえます。
ディズニーという問題に対して、単純にこのオッチャンはその
良心に基づいて、遊びにいくのは悪くない、と発言しただけ
なんです。
それを聞く我々は『ふ~ん…』と聞き流せば良い話なんです。
本来はね。
出版物や大会や集会で色んな細かい命令が出されようが、
原則に反しない問題については、このモリス君のように、
堂々と‘私はこう思う’‘私はこうするよ’と言えばいい。
それが本来のあるべき姿なのだと思う。


しかしそれができていないのが紛れもない事実。

「私が我慢してるのに、なんであの人はしてるんだ!」
「ストイックな生活をしている私こそ、神に喜ばれる!」


こうした感情が全てをグチャグチャにするんですよね。
そこから裁き合いが始まり、どちらが霊的かというとても
くだらない闘い、アピール合戦になっているのが、今の
エホバの証人の信者達の実情でしょうね。


ま、もとより、こんな発言をする統治鯛の奴なんて最低
ですけどね。その感情は変わりませんし、擁護する気にも
なりません。
こいつらが先頭をきって、上にあげたような、信者同士の
つまらない争いを奨励し煽ってるんですから。
パリサイ人もビックリな規則集を作って、信者達を
心理的にコントロールしているモリス大明神をはじめとする
TOP7は、早く滅び失せて欲しいと切に願います。
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