わたしのクムは、当然だけどすべてのクラスを全部自分でみている。生徒は何人ぐらいいるんだろ、100-150人って感じかしら。
生徒たちは、もちろん英語の名前(Laura,Ellen)の人もいれば、ハワイアンの名前(Makale'a,Liliakawaikalani)がついている人もいるし、日本名(Ritsuko,Kimi)で通している日本人・日系人もけっこういたし、私みたいに途中まで日本名→ハワイアンネームに変更組なんてのもいてややこしいことこの上ないはずなのだけれど、クムは、二回目に会うときにはもう彼から名前を呼びかけてきてくれる。全員の名前を覚えている。
アメリカ人はもともとすれ違いざまの日常の挨拶でも("Hi, Keali'i""Good morning, Keali'i")、普通の話の中でも("Well, Keali'i, I don't think so...")、きちんと相手の名前を会話の中に織り込んで来るというマメな人たちなので、人の名前を覚えると言うことにそれほど苦手意識を持たないようではあるけれども、それでも時々「クムって一度会った人の名前は絶対忘れないよね」っていう話は何度か仲間内で出たことがあるぐらい。
私もそれについては常々スゴイなこの人と完全に他人事の立場で感嘆してきたのだけれど、自分がたくさんの人にフラを教える立場になってみて、「あ、いや、実はそこまでスゴクも無かったかも」(不遜!)と気づいた。まあ、私の場合はユミちゃんとユカちゃん間違えたり、トモミちゃんのことをリョウコちゃんだと信じ込んでたりっていうちいーさい間違いはぽつぽつありマス。
けれども、個々の存在としては、これが不思議と一度一時間一緒に踊ってみたら、ちゃんと分かる。ちゃんとひとりひとり違う。ぜったい忘れない。翌週、前の週に苦労してたところが出来るようになってたり(その苦労の末に新しいステップ生み出してたり)、笑えるようになってたり、腰の動きがあってたりするのを見ると、人数分に違う種類の驚きを感じるし、嬉しい。自分のことを冷めた人間だと思ってきたので(単に年とったせいかもしれないけど)、こんなクサいこと言い出すようになって我ながら本当にびっくりするけど。
あなたは何十人の中のひとりじゃありません、私と一対一の、特別なひとり。