2012-02-04 17:12:54
世界で唯一の、私の場所 (旅行人休刊に寄せて)
少し前のことになるけれど、
雑誌「旅行人」が休刊した。
雑誌、と言って良いのかどうかよくわからないけど、
とにかく内容が濃く、深い、毎号見逃せぬ雑誌だった。
最終号を読みながら、特集にある「世界で唯一の、私の場所」とは
自分にとってどこだったかな、なんて風呂に入りながら考えてみた。
国は明確に「イエメン」なのだが、
果たしてサナアなのかアデンなのか、どこだろうと思いを巡らす。

イエメン旅行は他でもなくこの旅行人2005年冬号を見て決めた旅行だったのだが、
イエメン旅行を思い出す時、
もっとも鮮やかによみがえってくる記憶は「長距離バス」かもしれない。
それこそが「世界で唯一の、私の場所」。
9時間のバス旅。
昼に出て夜23時に着く。
首都サナアから東部の町サユーン(セイユーン)まで。
このバス旅行にイエメンという国の、そしてイエメン人の記憶が全て詰まっている。

(サナア、バーバルヤマン前)
イエメンはアラブの春によって久々に日本でも少し注目されたが、
何かと情報が少なく、また「アラブ」や「イスラム」という言葉で片付けられてしまうと
イマイチなんだかよくわからない国である。
イエメンは天然資源に恵まれず、アラビア半島の最貧国であり、
またサレハ大統領の30年以上にわたる独裁政権下で情報は統制され、
外との関わりが極めて少ない国。
しかし、それが良い面、独特の文化を守り、
世界遺産に指定されている箇所はどこも素晴らしい場所ばかりだ。
ただ、個人的にはイエメンの魅力はそこに住む人達の、
普通の人達の素晴らしさだと思う。
困っていれば皆が助けてくれる。
町中ではタクシーを使わなくても誰かが目的地まで連れて行ってくれた。
(中には小額のお金を欲しがる人もいたが。)
となりの人のご飯を覗き込めば、「食べるかい?」と。
敬虔なイスラム教徒であり、客人を大事にするその姿勢にはただただ感動するばかりだった。
話は戻るが、長距離バスの旅。
最初の休憩は、外国人の誘拐が多く、旅行のパーミッションが取れない町だった。
パーミッションの取得に失敗していたのでよほど危険かと思っていたが、
あっさりバスから下ろされ、町をふらり。
イエメンでは長距離移動をする際、
度々検問に出会う。
バスの中に軍人が乗り込んできて色々と聞いてまわる。
外国人はパスポートのコピーと旅行パーミッションのコピーが必須だ。
バス内唯一の外国人の僕は周りの客からも興味津々で見られる。
パスポートやパーミッションを出す度にみんなが覗き込む。
まるでマンガのような世界。
数度目の検問からは僕の周りの人達が「ヤーバーニー」(日本人)と軍人に伝えたり、
僕の代わりにパーミッションを軍人に説明してくれたり、
何かと気を利かせてくれた。
そしてイエメンは好きか?と聞かれたり、すこし英語が出来る人を交えて
色々な会話が生まれる。
車内では映画が二本流れ、B級感たっぷりだったがそれもまた楽しかった。
砂漠をひた走るバスは夕食のため、レストランで停車。
道路の脇にぽつんとあばら屋のレストラン。
何を頼んでよいかもわからずまごまごしていると、
バスのみんなが色々教えてくれる。
テレビを見ながら、みんなでカレー的な何かを食べる。
食事が終わると、満点の星空の元、
好きずきに砂漠の中に散らばりトイレタイム。
イエメン人は伝統衣装のスカートを履いているので
しゃがんでおしっこをするスタイルだ。
ヒゲの濃いあんちゃんたちがもそもそとしゃがみ込む感じには
少々違和感があるが、なんだか微笑ましい。
こちらは日本人らしいスタイルで、星を見上げながら。
そうしてバスは検問を通過し、23時過ぎに目的地に。
こうして文章にしてみると何がなんだか、という感じかもしれない。
でも、きっとそんなものが「世界で唯一の、私の場所」なんじゃないか、と。
あの星空も、決して今まで見た中でベストではないし、
あの食事も、別にベストなものではない。
バスだって特殊でもない。
でも、
みんなの顔、軍人さん、レストラン、星空、しゃがみこむ人、バスの切符…
あの9時間はこうして深く深く心に残っている。
今もし時間があってイエメンへ行けるとしたら、
同じような旅をするか。
答えは「ノー」。
あれはあの時、あの瞬間でしかなかったのだから。
いつか機会があればイエメンはサナアを再訪し、
ソコトラ島には行きたいと思っている。
その時はまたきっとこの旅行人をバックパックに詰め込んでいくのだろうとも思う。
旅の幅を広げ、旅の同人をつないでくれた「旅行人」ありがとう。
雑誌「旅行人」が休刊した。
雑誌、と言って良いのかどうかよくわからないけど、
とにかく内容が濃く、深い、毎号見逃せぬ雑誌だった。
最終号を読みながら、特集にある「世界で唯一の、私の場所」とは
自分にとってどこだったかな、なんて風呂に入りながら考えてみた。
国は明確に「イエメン」なのだが、
果たしてサナアなのかアデンなのか、どこだろうと思いを巡らす。

イエメン旅行は他でもなくこの旅行人2005年冬号を見て決めた旅行だったのだが、
イエメン旅行を思い出す時、
もっとも鮮やかによみがえってくる記憶は「長距離バス」かもしれない。
それこそが「世界で唯一の、私の場所」。
9時間のバス旅。
昼に出て夜23時に着く。
首都サナアから東部の町サユーン(セイユーン)まで。
このバス旅行にイエメンという国の、そしてイエメン人の記憶が全て詰まっている。

(サナア、バーバルヤマン前)
イエメンはアラブの春によって久々に日本でも少し注目されたが、
何かと情報が少なく、また「アラブ」や「イスラム」という言葉で片付けられてしまうと
イマイチなんだかよくわからない国である。
イエメンは天然資源に恵まれず、アラビア半島の最貧国であり、
またサレハ大統領の30年以上にわたる独裁政権下で情報は統制され、
外との関わりが極めて少ない国。
しかし、それが良い面、独特の文化を守り、
世界遺産に指定されている箇所はどこも素晴らしい場所ばかりだ。
ただ、個人的にはイエメンの魅力はそこに住む人達の、
普通の人達の素晴らしさだと思う。
困っていれば皆が助けてくれる。
町中ではタクシーを使わなくても誰かが目的地まで連れて行ってくれた。
(中には小額のお金を欲しがる人もいたが。)
となりの人のご飯を覗き込めば、「食べるかい?」と。
敬虔なイスラム教徒であり、客人を大事にするその姿勢にはただただ感動するばかりだった。
話は戻るが、長距離バスの旅。
最初の休憩は、外国人の誘拐が多く、旅行のパーミッションが取れない町だった。
パーミッションの取得に失敗していたのでよほど危険かと思っていたが、
あっさりバスから下ろされ、町をふらり。
イエメンでは長距離移動をする際、
度々検問に出会う。
バスの中に軍人が乗り込んできて色々と聞いてまわる。
外国人はパスポートのコピーと旅行パーミッションのコピーが必須だ。
バス内唯一の外国人の僕は周りの客からも興味津々で見られる。
パスポートやパーミッションを出す度にみんなが覗き込む。
まるでマンガのような世界。
数度目の検問からは僕の周りの人達が「ヤーバーニー」(日本人)と軍人に伝えたり、
僕の代わりにパーミッションを軍人に説明してくれたり、
何かと気を利かせてくれた。
そしてイエメンは好きか?と聞かれたり、すこし英語が出来る人を交えて
色々な会話が生まれる。
車内では映画が二本流れ、B級感たっぷりだったがそれもまた楽しかった。
砂漠をひた走るバスは夕食のため、レストランで停車。
道路の脇にぽつんとあばら屋のレストラン。
何を頼んでよいかもわからずまごまごしていると、
バスのみんなが色々教えてくれる。
テレビを見ながら、みんなでカレー的な何かを食べる。
食事が終わると、満点の星空の元、
好きずきに砂漠の中に散らばりトイレタイム。
イエメン人は伝統衣装のスカートを履いているので
しゃがんでおしっこをするスタイルだ。
ヒゲの濃いあんちゃんたちがもそもそとしゃがみ込む感じには
少々違和感があるが、なんだか微笑ましい。
こちらは日本人らしいスタイルで、星を見上げながら。
そうしてバスは検問を通過し、23時過ぎに目的地に。
こうして文章にしてみると何がなんだか、という感じかもしれない。
でも、きっとそんなものが「世界で唯一の、私の場所」なんじゃないか、と。
あの星空も、決して今まで見た中でベストではないし、
あの食事も、別にベストなものではない。
バスだって特殊でもない。
でも、
みんなの顔、軍人さん、レストラン、星空、しゃがみこむ人、バスの切符…
あの9時間はこうして深く深く心に残っている。
今もし時間があってイエメンへ行けるとしたら、
同じような旅をするか。
答えは「ノー」。
あれはあの時、あの瞬間でしかなかったのだから。
いつか機会があればイエメンはサナアを再訪し、
ソコトラ島には行きたいと思っている。
その時はまたきっとこの旅行人をバックパックに詰め込んでいくのだろうとも思う。
旅の幅を広げ、旅の同人をつないでくれた「旅行人」ありがとう。













