2006-02-25 23:46:35

2/25「日本の話芸」 神田松鯉「義士銘々伝より 赤垣源蔵徳利の別れ」

テーマ:演芸

2/25に放送されたNHK教育「日本の話芸」を見る。
演目は講談神田松鯉「義士銘々伝より 赤垣源蔵徳利の別れ」


「冬は義士 夏はお化けで 飯を食い」
神田松鯉師も高座で言っていたように
講釈師を端的に言い表した見事な川柳だと思います。

かつては上野の本牧亭を定席としていた【講談】
今では寄席での色もの出演者の1ジャンルになってしまいました。
「SWAの神田山陽は落語家じゃないんだよ」と言っても
それを知ってるのが、見に来ている観客のどれくらいいることか。
それでも落語芸術協会の定席では今回出演の神田松鯉や前述の神田山陽
女流講談の神田陽子神田紫などが出演してますが、
落語協会での定席では確か神田茜ひとりだけ。
「日本の話芸」で月1回は必ず放送している講談も、
【落語ブーム】と言われている中、どれだけこの【講談】のジャンルを知っている人がいることか。
しかも寄席で講談の出演者があっても、
まずは「講談とは何か?」「この道具(釈台や張り扇)は何か?」の説明が必要で
おのずとそれに時間をとられてしまいますから
肝心の噺の方は【ダイジェスト版】になってしまうのが現実。
講談の世界とじっくり向き合える「日本の話芸」は
【講談】を知る上では今や、本当に貴重な場かもしれません。


そういう私も「日本の話芸」は毎週見てはいるものの【講談】の回はなぜか毎回パス
理由は簡単。
この番組はいつも「ながら見」をしてしまっているから。
だって講談って、集中して聞いてないとすぐに筋が分からなくなってしまいますからね。
だから今回は良い機会だった。
真正面から「講談を聞いてやろう」と胆に命じてテレビの前に座ったから。
出演者も神田松鯉師と、かつて落語芸術協会の寄席で見た事のある

「知った顔」であったからなおさらひと安心。

演目は「義士銘々伝」から「赤垣源蔵徳利の別れ」
おなじみ【忠臣蔵】の世界は歌舞伎の他にも講談の世界ではスタンダードナンバー。
最初に書いた川柳がそれを端的に物語ってます。
今回は忠臣蔵の中でも本筋から外れた四十七士各々のエピソード、
だから「銘々伝」、うまいあて字であります。


  討ち入り前日に四十七士のひとり赤垣源蔵が兄に別れを言いに訪問するが、あいにく兄は不在。
  明日は討ち入りにつき、兄の帰宅を待つ事ができない。
  仕方なく兄の着物の前で持参した徳利を片手にチビリチビリ。
  翌日、兄が家へ帰ると
  日頃滅多に訪れない弟が何やら神妙な面持ちで家に来たと聞いて
  「何かあったか?」と虫の知らせ。
  そうこうするうちに野次馬が家の前をバタバタと通り過ぎる。
  その野次馬たちが言うには「大石内蔵助率いる四十七士が吉良宅に討ち入りに入った」の噂。
  弟の親分はまさにその大石内蔵助。
  彼は召使を泉岳寺へ向かって行進を行う四十七士のもとへ走らせて、弟がいるかを確認させる。
  召使は行進する四十七士のもとに追い付き一人一人をジーッと見てみると、
  中にひとり徳利を持った義士が…。


「四十七士が討ち入りに入った」の野次馬たちの噂を聞いてから物語は急展開
流れるような松鯉師の読みに、響く美声。
「パン、パ、パンパン」と張り扇の音色も心地良く、
最後に兄弟の情愛をしっかり見せて、まさに講談の【語り】の世界の真骨頂
「赤垣源蔵徳利の別れ」の前に
「浅野内匠頭の殿中での件」が詳しい解説で一席つき
忠臣蔵豪華2本立てにて30分が終了。
久々に味わう落語にはない、講談の【語り】の世界。
たまにはテレビと向き合って、講談の世界とジックリ格闘してみるのもいいもんかもしれません。


☆人気blogランキング に登録してます☆
ここをクリック していただけるとうれしいです!☆

AD
いいね!した人  |  コメント(0)  |  リブログ(0)
2004-12-07 02:20:59

「いとし・こいし」のこと

テーマ:演芸
「いとし・こいし」の本の感想を書くはずが、次から次へと書きたい事が出てきて収拾がつかなくなってしまいました。

ちょっと日を変えまして想い出をつらつらと…

「いとし・こいし」は私の最も好きな漫才コンビであった。
やすし・きよしもあのドギツイ芸風が苦手だった。
80年代の漫才ブームの時もブームに乗って漫才は見ていたが
やはり漫才は「いとし・こいし」だった。
「いとし・こいし」のあのスマートな芸風が
何とも「粋」で好きだった。
そしてあの飄々とした話術がなんともおかしかった。

大学生から社会人になり
寄席にホール落語会を見るようになり
東京の、そして上方の贔屓の落語家は
ほとんどライブで見ることが出来た。
しかし唯一見ることができなかったもの…
私の目標はいつのまにか
「いとし・こいしを生で見ること」になっていた。

しかし「いとし・こいし」は関西の大御所。
東京の寄席に出る事など不可能だし、
ホール落語会でも「いとし・こいし」のゲストというのは
あまりにも大きすぎたのだろう、皆無な状況であった。

しかし一度は諦めかけた目標は1996年6月に果たされた。
東京の落語協会と、関西の上方落語協会が
東京のイイノホールで「東西落語会」という
ジョイント公演を行い、そこでの上方からのゲストが
「いとし・こいし」だった。

ちなみに当日のいとこい師以外の出演者は
 柳家権太楼、橘家円蔵、柳家小さん、
 桂春雨、露の五郎、桂春團治
今見てもすごい顔ぶれである。

「いとし・こいし」は開演2番目という
大御所らしからぬ浅い出番であった。
演じたのは十八番「ジンギスカン鍋」。

もう凄かった。

なにが凄かったって、会場の笑いが、である。
もうひっくり返らんばかりの爆笑に継ぐ、爆笑。
私も見事にこの中に入っていた。
笑いすぎて泣いていた。
「いとし・こいし」がこの日、
どれくらい受けてたかの証拠には
次に出演の柳家権太楼が会場の受けを察知し
「ちりとてちん」を大熱演し、
これまた会場を爆笑の渦に巻き込んでいた。
東京の落語家を思わず熱くさせてしまったのが
「いとし・こいし」の飄々とした漫才であったのが
何とも皮肉でおもしろい。

本当にこの日は幸せであった。

その後も「夢よもう一度」で
「いとし・こいし東京出演」をチェックしていたが、
なかなか師は東京へやってこない。
もうダメかな、と思った時に耳に入ってきたのが
夢路いとし氏の逝去の報であった。

あの日、あの晩の「ジンギスカン鍋」が
最初にして最後、唯一ライブで見た
「いとし・こいし」であったのだ。
AD
いいね!した人  |  コメント(2)  |  リブログ(0)

AD

Ameba人気のブログ

Amebaトピックス

      ランキング

      • 総合
      • 新登場
      • 急上昇
      • トレンド

      ブログをはじめる

      たくさんの芸能人・有名人が
      書いているAmebaブログを
      無料で簡単にはじめることができます。

      公式トップブロガーへ応募

      多くの方にご紹介したいブログを
      執筆する方を「公式トップブロガー」
      として認定しております。

      芸能人・有名人ブログを開設

      Amebaブログでは、芸能人・有名人ブログを
      ご希望される著名人の方/事務所様を
      随時募集しております。