美音

80年代の洋楽とライオンズが大好き♪

悪性リンパ腫と闘うナレーターです。


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2009年06月20日(土) 22時14分04秒

「Happy Ending」 ~脱ヅラ~

テーマ:抗がん剤
すっかりご無沙汰してしまった。
私は、とても元気に毎日を過ごしている。

先月の終わりには、CT検査があった。
画像検査の結果は・・・

なんと、こちらも異常なし!!

以前は、体重の10%以上が腫瘍だと言われたのに、
びっくりである。

血液検査の結果、1年数か月ぶりに
白血球が3000に届いた。
何よりもスカスカだった「好中球」というのが増えて、
「生モノ」を食べても良し!と太鼓判を押された。

やったー!!!

お寿司を食べよう!!
本当は一緒に喜んでくれる人と食べたかったけど、
世の中、そんなにうまくはいかない。

駅前の「京樽」で、ネギトロ巻きを買って、家で一人で食べた。

今まで食べた中で最高のお寿司だった。
一生忘れられない美味しさ!!

・・・なんて安上がりな私・・・。


もうひとつ!!
髪が伸びてきた。
私は、元々、茶色っぽいストレートな地毛であった。

「抗がん剤とステロイドで髪質が変わるよ」
という話は聞いていた。

新しく出てきた髪は、後ろの方がクルクルの天然パーマで、
前髪がものすごい縮毛である。
しかも、太くて剛毛でまっ黒ある・・・。

ツルッぱげだった時には、
「どんな髪でも生えてきたら愛そう」と思っていた私だが、
このままじゃ、ヅラを脱げないーーー!!

一年半ぶりに美容院に行って、少し明るめの色にカラリング。
凄腕の美容師さんに、カットしてもらった。

しかし、ザンバラに生えている髪は、
スタイリッシュにはならない。

横が長くて、前髪が短いその姿は・・・
ルパン3世のようなのだ!!

「これは、縮毛矯正をしないと、自分では無理かも」と言われ、
その2日後、縮毛矯正をしてもらう。

華やかな巻き毛のかつらとのギャップを
少しでも埋めるため、まつ毛のエクステをしてもらう。
まつ毛もずいぶん生え揃ってきた!!

「できるだけ派手にして下さい」というリクエストで、
ものすごく気合いの入ったまつ毛になった。

縮毛矯正をしたら、せっかくカラリングした色が消えてしまい、
さらにその2日後に再度カラリング。


去年の夏はずーっと「かつら」と「マスク」で、
その暑苦しさは、何かの罰ゲームのようであった。

髪が抜けてから、お風呂に入る以外は、
いつもかつらか帽子を被っていた。

スタジオ・ナレーターやDJの仕事は、ヘッドフォンを使う。
かつらは、ものすごいストレスだった。

仕事のクライアントさんや、制作会社には、病気を伏せてある。
だからせめて、プライベートではかつらを脱ぎたい!!

かつらを脱いで出かけたら、あまりの快適さに涙が出た。

迷いに迷ったあげく、思い切って仕事にも出かけた。
がん友の言葉、
「私だったら、嬉しくて脱いで行っちゃう」に
背中を押されたのである。

不格好でもゴワゴワでも、この髪は、私が「闘いに勝った」証し。
誰に恥じることもないのだと。

あるディレクターさんに
「ショートカット、すごーく似合うよ」と言われ、
お世辞でも嬉しかった!!

もうヘッドフォンも怖くない!!


抗がん剤で髪の毛が抜けてしまうのは、
どんな慰めも、心に届かないほど傷つくものである。

今、抜けてしまってる人もいるであろう。
「かつら被ればいいじゃん」って軽く言われるけど、
毎日、24時間、何かを被っているのは、本当につらいもの。

でも、「髪は生えてくる」。
抗がん剤が終われば、必ず生えてくる。

闘病に最中には、とてもとても前を向けないこともあったし、
「心を強く持って」と言われても、
何のために強くならなければいけないのか、
正直言って、わからなかった。

それでも、病気になって、いろいろなものが見えてきた。
何のために生きるか、いかに生きるか、
そんなことがわかってる人はほとんどいない。

「生きているそのもの」にこそ、価値があるのだ。

偉そうなことを言える立場ではないけれど、
せっかく生まれてきたからには、人を愛して、
人に喜ばれる仕事をしたい、と思う、今日この頃・・・。


このブログを読んでくれた、すべての人の物語が
「ハッピー・エンド」でありますように。
私の大好きな曲を送ります。

Joe Jackson 「Happy Ending」


・・・。
で、気になるその他の毛は・・・

髪より早く元に戻った。
しかも、剛毛・・・。

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2009年04月12日(日) 01時48分08秒

Tears in Heaven ~約束~

テーマ:ブログ
一昨年の暮れに闘病を始めてから、多くの「同志」と知り合いになった。

その中でも、特別に仲の良いのが、TさんとSさん。

Tさんは、私と同じ、悪性リンパ腫の女性だった。
私がステージ4であったのに対し、彼女はステージ1。
彼女の方がずっと病状は軽く、見通しも明るかった。
一昨年の暮れ、同じ日に、同じ抗がん剤で治療を開始した。

病院の年末年始。
余程症状が重くなければ、殆どの患者が一時帰宅する。

ちょうどその時、強烈な副作用と発熱に襲われ、
「一時帰宅」など、程遠い状態であった私たちは、
病院で年末年始を迎えた。

緊急入院のその病棟では、二人だけであった。

クリスマス、大晦日、お正月・・・。
病院の淋しさは格別であった。

大晦日の夜、共有スペースの大画面テレビで、
遅くまで二人で「紅白歌合戦」を観た。
「紅白を見るなんて、何年ぶりかしらね」なんて言いながら。
消灯時間をとっくに過ぎても、看護師さんにも注意されなかった。

元旦には、病院の最上階から富士山を見た。

「もしも、ひとりぼっちだったら、心が折れていたね」

その後、何度もその時のことを思い出してはそう言いあった。


夜には、病院の窓から、ライトアップされた東京タワーと、
東京ドームホテルが見えた。

「私たち、なんでこんなところにいるんだろうね。
どうせなら、ここが東京ドーム・ホテルだったら良かったのに」

「お互いが良くなったら、東京ドーム・ホテルまで行ってみない?」
「どうせなら、帝国ホテルに行きましょうよ」
「そうね!帝国ホテルに泊まるのは無理でも、お茶ぐらいできるね」

「帝国ホテルでお茶」は合言葉のような約束になった。

抗がん剤と放射線治療で、彼女はぐんぐん良くなった。
なかなか効果が出ない私を尻目に、
Tさんは、夏には温泉旅行に行ってたほどだ。

「待ってね。私ももう少ししたら、良くなるからね」

私が入院している時に、彼女はいつも来てくれた。
元気になった彼女が病室に入ってくると、
まるで厚い雲の切れ間から、太陽が射し込んだように明るくなった。


今年に入ってから、彼女の病状は一変した。
今度は私が通院の度に、彼女を見舞った。

そして先月、彼女は転院することになり、お見舞いに行くには遠い、
彼女の地元の病院へと移っていった。

お魚の美味しい漁港にあるその病院いる彼女と、
電話で話をした。
「いつか、美味しいお魚を食べさせてあげるから、
彼氏を作って遊びに来てね。
でも、その前に『帝国ホテルでお茶』だからね」


携帯に電話をしても、メールをしても、ご家族が対応するようになった。
ご本人は、電話に出られるような状態ではなくなってしまったのだ。

そして、連絡が途絶えた。


闘って戦って、頑張ってがんばって、
それでも力尽きてしまって、彼女は天国へと旅立った。

私は、まるで私の半分が死んでしまったように感じ、
久しぶりに、沢山泣いた。
涙は、まるで尽きることがないかのように。

なぜ、私たちはあの「約束」を果たせなかったのか。
二人とも体調の良かった午後に、
ほんの少しだけ、病院を抜け出せば良かった。



もう一人のSさんは、Tさんが病院で私に
「お見合い」させてくれた男性である。
彼は消化器のがんだが、全身に転移していた。

もしもお互いが健康だったら、恋人になったかもしれない。
もしもお互いが健康だったら、知り合うこともなかったが。

去年の今頃、治療と失恋の痛手で、くじけてしまいそうな私を
いつもいつも励ましてくれた。
彼は、その時既に、「余命宣告」を受けていたのだが、
私よりはるかに元気だった。

「髪の毛なんかなくても、あなたは魅力的だ」と言ってくれた。
嘘でも嬉しかった。

私がまるで口癖のように「海が見たい」と言ったのを
覚えていてくれて、江の島から病院に電話をくれたこともあった。

電話越しに「潮騒」を聞かせてくれたのだ。


彼はホスピスへと移った。
私は何度か、そのホスピスに足を運んだ。
すらりと背の高い彼は、まるで半分の大きさになってしまったように見えて、
病院から出ると、私はいつも涙を流した。


そんな彼から電話をもらった。
実家のそばのホスピスに転院した、と苦しそうに、途切れ途切れに。
そして、もうお見舞いには来てくれるな、と。

病院が遠くなってしまったし、私の体力も心配してくれている。
それ以上に、もうここから先は、見せたくないのだと。

「海を見せてあげられなくて、ごめんね」と。


Eric Clapton 「Tears in Heaven」



2009年03月04日(水) 14時13分43秒

「You’ve got a friend」 ~寛解~

テーマ:悪性リンパ腫
「これを持ってCRとします」

主治医の言葉である。

CRと言っても、パチンコのことではない。
「完全寛解」のことである!!

血液のがんの場合、「完治」という言葉は使わない。
「寛解」というのである。


それは、夢のような瞬間だった。

やったーーー!!!
(もちろん、叫んだ。)


私はステージ4だった。
全身のリンパ節に腫瘍ができていた。
脾臓にも、肝臓にも浸潤していた。
数十箇所に「骨転移」をしていた。
おまけに、「骨髄」も侵されていた。


奇跡って、起こるんだー。
こんなことって、本当にあるんだー。


人生にリセット・ボタンはないと思っていたけれど、
そうじゃない。
否応なく押されてしまったリセット・ボタンだけれど、
人生は、いつ、どんなところからでもやり直せる。


今は不思議な気分である。
病気になる前よりも、今の方が幸せな気がするから不思議だ。
お金はすっからかんだし、仕事は思うようにできないし、
体力は衰えてしまって、老人並みだし、
歯を抜かれ、髪もちゃんと生えそろってないけれど、
私には、とびきりの友達がいる。

近くにいていつも励ましてくれた友。
遠い空から、私のために祈ってくれた友。
エールを送ってくれたり、一緒に泣いてくれたり・・・。

本当に大切なものは、何一つ失わなかったのかもしれない。
そんな風に思える。


白血球は、まだ回復しない。
もちろん、体力も。
これから、地固めのリツキサン投与は続く。

でも、世界は輝いて見える!!

せっかくだから、手の届きそうな夢は叶えておこうと思う。
ディズニー・シー&ミラコスタに連れてってくれる人を探さなくちゃ・・・。


私を励まし、支えてくれた全ての人に感謝します。
私も、私を愛してくれる人たちにとって、良き友でありたいなあ。

そして、病気と闘っている全ての人にエールを送ります。

♪ You just call out my name
♪ And you know wherever I am
♪ I'll come running to see you again
♪ Winter, spring, summer or fall
♪ All you have to do is call
♪ And I'll be there
♪ You've got a friend

「You've got a friend」 by Carol King


2008年12月06日(土) 23時14分25秒

「When You Wish Upon A Star」~足踏み~

テーマ:抗がん剤
昨日は抗がん剤の日だった。
新しい治療になってから二度目である。


抗がん剤の前日は、本当に嫌なものである。
これは、どうにも致し方ない。
登校拒否の子供のようだ。
相変わらず、「愛してるから頑張れ」と
抱きしめてくれる人はいない。

こんなときに「1分でいいから声を聞かせて」と
甘えられる相手がいたらなあ、
とつくづく残念に思う。

こんなに甘えた根性だから、私は強くなれないのだ。
自分の力で立て!と自分を戒めてみる。


そんな時、救世主が!!
思いがけない友達から「電話をしてもいい?」というメール。
他愛ないことをしゃべっているだけで、ナーバスな気分が消えていく。
友達とは、かくも有難いものである。



血液検査の結果、あまりにも数値が悪いので、
結局抗がん剤は見送り。
4週間も経ってるのに、白血球はやっと1000ぐらいしか回復せず。
R-CHOPで受けたダメージがまだ残ってるとのこと。
血圧も上が80しかない。


だるくて、すぐに疲れてしまったり、
貧血を起こして立っていられなかったり、
立ちくらみが激しいので、すぐに立ち上がれなかったり。
めまいが激しくて階段が怖かったり、
すぐ息切れしてしまったり。

主治医曰く、
「こんなに数値が低かったら、当り前です!」

老人ってこんな感じかしら?と思う体調である。

今回の薬は「骨髄抑制」という副作用が強烈らしい。
抗がん剤投与から、10日後から2週間後ぐらいに、
赤血球、白血球、血小板が、一気に低くなる現象である。

私の場合、中でも「好中球」というのがスカスカになってしまう。

R-CHOPの時も、この骨髄抑制に悩まされ、
その時期に何かに感染して 高熱を出したり、
あっちこっち皮膚感染してとても痛い目に遭った。

私は皮膚が弱い。
人間、弱っている時には、弱いところに出る。

お腹のあたりが皮膚感染で、パンパンに赤く腫れあがったりする。
なんでそんな所が腫れるのか不思議だった。
毎日、お風呂できれいに洗っているのに。

ところが、お風呂で洗う時にこすっただけで、
やわらかいところは、目に見えない傷になるのだという。

そこが感染症になってしまうらしい。

健康な人ならあり得ない!

健康な人なら、身体の中の白血球が菌と戦い、膿となる。
そしてそれが外に出て治るのだ。
ところが、白血球がないと膿にもならない。
ひたすら赤く腫れあがって、痛いのだ

ひどくなると、敗血症になる場合もあるらしい。
おできや、虫歯や痔で死んでしまう人もいると聞き、
びっくりしてしまった。

先月の18日ぐらいから、この感染症にかかってしまった。
熱が38度を超えたら飲んで下さいという抗生物質を
もらっていたが、痛いだけで熱はあがらない。

それを先生に言ったら、
「そんなに我慢しなくて良かったのに。
あなたの体には、今、自力で傷を治す力はないよ」と。
2週間飲みきって下さい、という抗生物質を処方してくれた。


もう、今年の抗がん剤投与は難しいと言われた。
28日周期の治療は、身体が耐えられないとのこと。
せっかく始めたばかりの治療なのに、
早くも頓挫してしまった。

抗がん剤が、悪い細胞をどのくらいやっつけてくれたのか
わからないけれど、私自身はずいぶんやっつけられてしまった。


白血球はどうやったら上がりますか?
先生「そんな方法があったら、こっちが教えてほしいよ」

じゃあ、血圧はどうやったら上がるのかしら?
先生「塩分を摂って下さい!」(わかりやすい!!)


何をどうやって頑張ればいいのかわからない。
なすすべもなく、今年が終わってゆく。

でも、誰にとっても「今日」の積み重ねが人生である。
明日は少し、私の身体が頑張るかもしれない。




ディズニー・ファンってわけじゃないけれど、病気が治ったら、
「彼氏とディズニー・シーに行って、ミラコスタに泊まる」のが夢なのよ。
子供っぽいと笑わないでね。

「星に願いを」 ビリー・ジョエル




星に願いを懸けるとき
誰だって
心を込めて望むなら
きっと願いは叶うでしょう

心の底から夢みているのなら
夢追人がするように
星に願いを懸けるなら
叶わぬ願いなどないのです

愛し合うふたりの
密めたあこがれを
運命は優しく
満たしてくれます

星に願いを懸けるなら
運命は思いがけなくやって来て
いつも必ず
夢を叶えてくれるのです
2008年11月26日(水) 22時22分04秒

「Last Christmas」~世界一のプロポーズ~

テーマ:ブログ
彼女の名前は井上怜奈。
フィギュア・スケートの選手である。

お父様をがんで亡くした翌年に、
彼女自身にがんが見つかった。

単身、アメリカで、抗がん剤治療をしながら
スケートはあきらめずに続けた。

人生には期限があるのだと突きつけられた時、
「それなら、好きなことをやっていたい」
と思ったからだそうだ。

今年の全米選手権。
ペアの演技を完璧にこなした直後、
パートナーのジョン・ボルドウィンが氷上でプロポーズ

「世界一ロマンティックなプロポーズ」と言われる、
有名なお話である。

「Could you marry me?」





誰の人生にも期限がある。

それは、当り前のことなのだが、
生きているのが当たり前すぎて、
見過ごしがちだったりする。

先日、友人が話していた。
「あと何回、両親とお正月が迎えられるか・・・」

私も、父を亡くした時に、
もっと親孝行すれば良かったと思ったし、
すっかり弱気になってしまった母は、
「あと何回、元気で年を越せるか、
あと何回、桜が咲くのを見られるか」
などと言っていた。

ところが、自分が病気になってしまい、
「あと何回」は親よりも、むしろ自分の方だ。




去年のクリスマス。
私は病院のベッドの上にいた。
「人生で最後のクリスマスを、病院で過ごすのか」
と、一人淋しく考えながら。

元気だった頃のクリスマスに、
何か特別なことをしていたわけではない。

ロマンティックな思い出も、
はるか昔にほんの少しあるだけだ。
学生時代からDJをやっていた私は、
クリスマスはイベントで忙しかった。

街中にあふれるカップルのために
どれほど多くのクリスマス・ソングをかけ
誰かが恋人に贈るメッセージを、
どれほど多く読み上げたか。


私のサンタさんは、何年も来てくれたことがない。
まっとうな大人なら、12月は忙しい。


サンタクロースがいるとしたら、
今年はどんなプレゼントをリクエストするか。

降ってきそうな星空を見せてくれること。

それから、今年、ずーっと見たくて焦がれて、
結局一度も行かれなかった、海を見せてくれること。
(埼玉には海がないのよ…)


と、ここまで書いて、重要なことに気付く。

私のサンタさんは、一足早く来てくれて、
素晴らしいプレゼントをくれたのだ。

愛するライオンズの日本シリーズ。
胴上げの瞬間を東京ドームで見ることができた。

その後のアジア・シリーズの胴上げも。

優勝パレードまで。

私のサンタさんは、お約束の赤い衣装ではなく、
多分、ライオンズ・ブルーのユニフォームを着ている!!



さて、冒頭のお話。
某保険会社のCMでもおなじみだし、
テレビ番組でも何度も取り上げられているので、
ご存じの方も多いだろう。

プロポーズの瞬間は、ひざまずいている彼を見て、
彼女よりも観客の方が早く気づいたそうだ。
「Say Yes, Say Yes」という観客の声で気付いたという。

頑張った彼女に、素晴らしいプレゼントだ。

「父親をがんで亡くした翌年、彼女自身にがんが見つかる」
と、ここまでは、私も同じである。

さあ、ここからが大事だ。
私もこれから、頑張って、頑張って、
病気を克服して、いつか!!!


フィギュア・スケート選手になる!!

というのは、やっぱり無理か・・・。




人生には期限がある。

だから、「ありがとう」とか「ごめんなさい」とか
「愛してる」とか、大事な言葉はちゃんと
伝えておいた方がいい。
なかなか難しいけどね。


今宵はワムの「ラスト・クリスマス」を。
「Last Christmas」Wham!!


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