• 09 Dec
    • 精神科の問題

      フェースブック 小倉健さんよりシェアクスリを飲み続けている理由…・お医者さんに言われたから・きっと治ると思っているから・それが正しいと思っているからで、治ってますか? 根拠と実績を知っての判断ですか?実際にクスリ飲み続けている理由は、それを飲み続けないといられないような化学物質だということを知っておきましょう。非常にシンプルな話ですが…精神薬を止めた人ほど元気になる。そして…精神科と縁を切った人ほど治っていく。これが私の人生の中でたくさん起きている事実です。いじめが原因でPTSDになった…。抗不安薬を飲んでも いじめ はなくなりません。借金が原因でうつ病になった…。抗うつ剤を飲んでも借金はなくなりません。勉強が苦手なので発達障害と診断された…。ADHD治療薬を飲んでも勉強ができるようにはなりません。彼氏(彼女)フラレて双極性障害になった…。抗精神病薬を飲んでも彼氏(彼女)は戻ってきません。眠れないので睡眠障害と診断された…。睡眠導入剤を飲み続けるとどんどん眠れなくなります。…薬は原因を解決しません。それどころか、どんどんクスリが「意識」を支配し、真の原因を意識しづらくさせていきます。もちろん原因はなくなったわけれはありませんから、その人はどんどん悪化させられていくこととなります。こんな簡単で初歩的なことさえ分かっていないのが精神医学です。精神医学の真実を知るには、精神医学発祥の地であるドイツの歴史を見てみると良いでしょう。市民の人権擁護の会ビスマルク、ヒトラー、優生学、選民思想、独裁そして戦争…。この背後には精神医学という思想があるのです。常に、そして絶対に…。必見の映像です。

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  • 05 Dec
    • 性悪説・この世は牢獄

      人間の本質は原始的で野蛮で幼稚であるか、あるいは単に愚かであるかのどちらかである。我々自身の内なる世界から出発するものは、すべて我身可愛さから始まるものである。私自身を想起するのだとすれば、それは自己中心性である。それ故なのか人はまるで超自我によって検閲される必要があると語っているかのようです。嫌でもフロイトの説く心の構造を連想せずにおれません。人間には本来統一された主体、自由意志というものは無く、バラバラな部品の寄せ集めのような機械だと言いました。統合された意志を持たない人間は、条件反射のように外的な刺激に反応して、その時々の都合で思い、感情を表し、行動し続けているばかりなのだと言います。バラバラな部品を人格と呼び消滅させることが必要だとも語ります。自己想起は葛藤、苦しみを伴うもの…思い出したくもない自分の本質ということになります。機械は与えられたものを知るのみだし、そもそも誰かが電源を入れてくれなければ動けない、本来無知無能なものです。絶望的現実も容認せざるを得ない奴隷状態。そして次から次に空想、夢想に耽り、益々現実遊離の観念が増幅され、いよいよその機械性に気付くことが困難になっていきます。この様な眠りの状態にある人間は、自分を捕らえるライフの牢獄に気づくこともできず、脱出することが不可能になると語ります。月を生みだすとは苦しみを犠牲にすることでしょうか?これは月はマイナス感情を食べるとのグルジェフの言葉に起因する概念でしょうか?苦しみを犠牲にするとは被害者意識を手放すこと??それは恒久的な重心を生み出すことと同じ??恒久的な重心とはセンタリングであり、俗に胆が座るといわれる下丹田の育成と言えるのでしょうか?重心が生まれると散漫さが無くなり目的とその方向を見定めることができる。その目標が実践的になるためには、障害となる否定的的な力を手放す、被害者意識を手放す。苦しみを犠牲にし月を産みだせば人生の責任主体としての主人育ちができるという意味なのでしょうか?

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    • 自然のままで宇宙と響きあう

      人は言語の獲得と共にESP感覚、魂感覚を忘れてしまいます。左脳優位に変化してゆきます。幼子が、小さな生き物が 無心に 今生きていることの喜びを表現する。ただ自分を生きる姿こそ 癒しそのもの。誰にも認められず、愛でられもせず 命を寿ぐ様は癒しそのもの。愛とは何か?の問いへの答えが「命」と聞きました。その意味がよくわかる気がします。これが安心立命の一つの姿かもしれません。宇宙と響きあい 内の自然の意志のままに芽吹き 命を輝かす。ありのまま自然のままで宇宙と響きあう故、自然は美しいのでしょうか。人間は優劣で 様々なことを評価します。優の字は 人が憂うと書いて優れている、優しいと読み 劣の字は少ない力、力まない、ありのまま・・・それなのに劣ると読む。優の字は大人イメージ、劣の字は子どもイメージ人間は優を求め、劣を軽んじる。裸の自分を恥じ ありのままの在り方を蔑む。だから自然を失ったのでしょうか?幼子の持つ無条件の愛と信頼を失ったのでしょうか?聖書はその姿を「死」と呼びます。自分を守る鎧を脱ぎましょう。勝手にラベリングされたパーソナリティ(仮面・社会的アイディンティティ)から自由になりましょう。ありのまま。自然を取り戻しましょう。創世記第 3 章1 さて主なる神が造られた野の生き物のうちで、へびが最も・・であった。へびは女に言った、「園にあるどの木からも取って食べるなと、ほんとうに神が言われたのですか」。2 女はへびに言った、「わたしたちは園の木の実を食べることは許されていますが、3 ただ園の中央にある木の実については、これを取って食べるな、これに触れるな、死んではいけないからと、神は言われました」。4 へびは女に言った、「あなたがたは決して死ぬことはないでしょう。5 それを食べると、あなたがたの目が開け、神のように善悪を知る者となることを、神は知っておられるのです」。6 女がその木を見ると、それは食べるに良く、目には美しく、賢くなるには好ましいと思われたから、その実を取って食べ、また共にいた夫にも与えたので、彼も食べた。7 すると、ふたりの目が開け、自分たちの裸であることがわかったので、いちじくの葉をつづり合わせて、腰に巻いた。8 彼らは、日の涼しい風の吹くころ、園の中に主なる神の歩まれる音を聞いた。そこで、人とその妻とは主なる神の顔を避けて、園の木の間に身を隠した。9 主なる神は人に呼びかけて言われた、「あなたはどこにいるのか」。10 彼は答えた、「園の中であなたの歩まれる音を聞き、わたしは裸だったので、恐れて身を隠したのです」。11 神は言われた、「あなたが裸であるのを、だれが知らせたのか。食べるなと、命じておいた木から、あなたは取って食べたのか」。「幸せも・苦しみも自分の選択だ」と言えば どのように思われるでしょうか?。「可愛い子には旅をさせろ、」「若い頃の苦しみは買ってでもしろ」ってお聞きになったことありますよね。本当に 苦しみは買う価値があるのでしょうか?苦しみって何でしょう?自分が作り出していると言ったらどのように思われますか?卑近な例で説明しますと のどが渇いて 水を探すとします。コップに半分の量が入った水が見つかりました。これを観て「半分しかない」は苦しみを選択することにり「半分もあるは」楽しみを選択することになります。でき事は受け取る自分の選択次第で 苦・楽が決まると言えます。(価値は自分が決めるものとも言えます。)苦楽表裏一体です。であれば 人生・自由自在なはずです。このことを人間関係の原型とも言える親子関係で見てみたいと思います。幼い頃 母を無くするとします。 こんなこと誰でも起こって欲しくないことですよね。殆どの人にとって苦しみです。幼い時に目の前で母を交通事故で亡くし 哀れな子として生き、40歳を過ぎても閉じこもったままの男性を知っています。亡くなった母に執着し 父の愛も、新しい母の愛も受け取る意志を持たないで被害者として生き続けてきました。また 死産をした女性が 亡くなった子以外の 健康に生まれた子どもを愛することができず育児放棄せずにはおれないケースを幾例も知っています。多くの場合 母としての自責の念が 亡くなった子への執着心に繋がります。執着心は過去に生きる在り方と言えます。二例とも 自分の期待を裏切る出来事に圧倒され、 つまり自分の願いに執着し 苦の裏にある楽を知ることができず 苦しみの情に溺れています。母を亡くした幼子の苦しみはどのように楽に転じられるのでしょうか?母を亡くした故に 身辺自立を早くできた。それ故に愛の大切さを知るものとなった。それ故に人の痛みを理解できるものとなった。人が憂うと書いて優の字になります。優しい、優れていると読みます。苦が楽に転じられると 慈悲が培われ始めることがよく分ります。死産をした女性は 失ったものに執着しないで「足るを知る」知恵があれば育てる責任のある愛子を 愛し育む喜びを得ることができたはずです。子育てを通して慈悲育てをする恵みを得たはずです私も長男の出産は難産で 生れてはじめて救急車で病院に運ばれ 医師からは母子ともども命の保証はできないと宣言され 一晩中 押し寄せる陣痛に苦しみぬきました。ようやく生まれた愛子に「よく生まれてきたね」と心からの感謝と喜びを伝えずにはおれませんでした。これも苦楽表裏一体です。それはさておき 苦しみは買うほどに 価値があるとまで言えるのでしょうか?みなさんは筋肉トレーニングを知っていらっしゃいますね?使うほどに筋肉は強くなります。楽をして身体を動かさなければ 身体の機能は停滞し、遂には使わない機能は失われてしまいます。楽の裏の苦しみを示唆します。転ばぬ先の杖を用意する子育てに警鐘が鳴らされています。過保護過干渉な大人が 子どもが失敗から学ぶチャンスを奪い取り、ストレスに弱い 軟弱な子ども 新型鬱の予備軍育てをしているからです。子どものために心を砕いて 慈悲を注いでいるかのような錯覚を持ち、ありのままの子どもを尊重しないで 自分の枠にはめようとするからです。そのような関わりからは真楽は生まれません。一方子どもは 親の関心を貪るために 相手の期待先取りで 頑張ります。いい子が危ないと言われてきた所以です。いい子とは普通周りの大人にとって都合のいい子を指します。楽の裏の苦に警鐘が鳴らされているとも言えます。ネグレクトも溺愛も 愛の誤用 誤った愛 誤った楽の追及 つまり アブ(否定の接頭語)・ユース=アビューズ、虐待です。現在を生きて 要約 楽は訪れます。真実の楽を模索する 親子関係こそ 四無量心への誘いとなるのではないでしょうか?

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    • 意識と呼応した現実

      三界は虚妄にして、但これ一心の作なり(華厳経)エネルギー医学の研究者は環境を支配するエネルギーがレセプター(シナプス受容体)を変化させることにより細胞の機能に影響を及ぼすと言っています。いつも怒りの中にいる子は 怒りのレセプターが増え、怒りやすい性格になることはよく知られている事実です。また人体は壮大なオーケストラと言われ 臓器は固有の周波数を持ち、痛みや疾患も 電気信号として同様に周波数を持つと言われます。スイスの科学者ハンス・イェーニー博士は人体の細胞には独自の周波数特性があり、すべての臓器がその細胞の周波数と倍音の関係にあると言っています。振動性の音響を奏でたり聴いたりすることで私たちの体の バイオケミストリー(生理化学)をすばやく変換し、神経組織や筋肉の正常な緊張や諸器官に調和的なバランスを もたらします。バイオフォトン呼ばれる素粒子があります。…生物の基本的な生命活動に伴って 発せられる極めて弱い光。細胞内の呼吸や エネルギー代謝に関わる自発的な発光であり、 肉眼で感知可能な生物発光とは強度の面で区別される。(コトバンクより)「光子」と呼ばれる素粒子フォトンを、私たちは体の中にも持っています。そのフォトンを「バイオフォトン(生体光子)」と言います。ロシアの生物学者アレクサンダー・ダルビッチ博士によって1923年に発見されました。その後、ドイツの理論生物物理学者フリッツ=アルバート・ポップ博士が、DNA内でのバイオフォトンの存在を確認しています。DNAの中にあるということは、私たちの全細胞の中にバイオフォトンがある、ということになります。 加えて、フリッツ=アルバート・ポップ博士は ”意識とはコヒーレント(共時的な)なフォトンである。つまり、脳内だけで起こるものではなく、体のあらゆる部分(全細胞)に生じる全体現象である” 簡略すれば「意識とは光であり、その光は体全体から発せられている」と述べています。 つまり、私たちは常に光を発しており、その光は意識ということなんです。あなたの意識が「喜び」というチャンネルを選択したとします。 そうすると、あなたの体全体から「喜び」という周波数が発せらます。そして、あなたから発せられた周波数に共振した現実を、あなたの目の前にある体感型ホログラム映像として観る事になる。 つまり、あなたの意識に呼応した現実が、あなたの目の前で展開しているということです。 逆を言えば、あなたが発した周波数の現実しか、あなたは見れない、ということでもあります。 そういう意味でも、あなたの目の前に展開している現実は、あなたの意識の鏡なんです。現実は意識が作っているということです。(人が「光」を発して引き寄せてる科学的根拠 より )現実は自分の意識の鏡。現実を望んでいる状況が叶った積りで、演出してみるのはいかがでしょう?意識の別の使い方です。これをソリューションフォーカスト(解決志向)アプローチと呼びます。ウィキペディアでの解説です。シーターヒーリングでもコマンドをした後「できました、できました、できました。ありがとうございます」と宣言し、顕在意識、潜在意識、ハイアーセルフの全てに向けてこの行為が完了したのだと伝えた後、ヒーリングプロセスを進めていきます。予祝(よしゅく) とも呼ぶようです。予め祝う 叶えたいことを 先に、叶った! ということにして(^-^) 皆でお祝いする すると!叶う♪「問題解決できた時点から問題を見る」ブレーン・システムは「現在から過去に出会った障害・壁を見る」のに似ています。あなたも「あの時は、ああすればよかった」とか、過去のその時点では見えなかったいろいろな事が、今になってみると見えてくるという体験をお持ちではないでしょうか?脳内タイムラインはイメージで設定できるということも記しました。悟った人、慈悲深い人、聡明な人etc.憧れの人の積りになってみて、現実を演出してゆくと形から内実が育つという体験を味わうことになるでしょう。パーソナリティの言語が「仮面・社会的役割」であるのも興味深いです。 

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    • 自己イメージ

                         脳は実体験も、イメージ体験も同じインパクトを持つ刺激として受け取ります。またイメージ・思惟・意志が現実を生み出します。「私は~~である」のように自分に対して持つイメージを自己イメージと呼びます。自己イメージは自分の考え、行動、態度に大きな影響を与えます。自己イメージをチッェクしてみましょう1)自己イメージを10項目書き上げます。2)Ⅰ項目ごとに そのイメージは「ポジティブ・ネガティブ・ニュートラル」の何れになるか?「過去・現在・未来」のどの時世を意識しているか?そのイメージは「事実・推論・人の評価」の何れによって持つようになったか?を検討します。3)「私は~~~できない」と思っている自己イメージを10項目書き上げます。4)10項目のそれぞれを①「私は~~~しない」②「私は~~~するつもりがない」③「私は~~~しなければならない」④「私は~~~したい」⑤「私は~~~できない」の5種類に当てはめ、声に出していってみる。「私は~~~できない」と思っていることが実際は①から⑤のどの表現がぴったりくるか観察しましょう。ダンワールドのワークショップに参加したとき(テキストに)ゴミのようなものは (エクササイズであったとしても)汚いという現実認識が強すぎて リフレーミングができないと書いてありました。塵、芥にはポジティブなイメージは伴わないのでしょうか?ゴミを「豊かさの象徴」と考えると ゴミもポジティブなイメージに変えられると思わずにはおれませんでした。もっとも「この豊かさは貪りの表れで ネガティブと考える」いうのであれば話は別.......善悪の区分をするのはややこしいですね。しかしあえてポジティブを選択し続けると 脳のオペレーションシステムは ポジティブシンキングになり ポジティブな事象を引き付け続けるというのですから 更にややこしい。しかも一度掛けた心の色眼鏡(自己イメージ、人生脚本=内的抑圧)は自力で取り外すことがとても困難です。その上色眼鏡を通してすべてを見ますから その色はスタッキングアンカーされ、ますます濃くなってしまいます。いろいろな心の刷り込みがありますが ジェンダーの刷り込みは大問題です。「男は~であるべし」「女の子のくせに」こんな押しつけ(外的抑圧)は誰もが経験しているのではないでしょうか。幼い頃自分の性を否定された(例えば 男児の出産を期待された中で女児として生まれた、レイプなど)ことで 一生を左右するほどの 自己否定感を抱いた人によく会います。性は生です。性の否定は生の否定に繋がります。心の色眼鏡(自己イメージ、人生脚本)は気がつかないうちに掛けてしまいます。唯識論に立つと 自己イメージのように私たちは生きていきます。自己イメージの検証はとても大切です。(このためのトランプを作成しました。「アウェアネスカード」と呼びます。ひと組1500円です。関心のおありの方はお問い合わせください)エゴグラム、エニアグラムも自己イメージの検証の参考になります。

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    • 意識が現実を生み出す・一人一宇宙

      宇宙には様々な波動が存在します。宇宙の相互作用として働くエネルギーをアトランダムに記して みました。①【遠心力/求心力】:義/愛、分析/統合、西洋/東洋、陽/陰 、光/水、無/有、 アニマ/アニムス ②【循環】:支配/被支配、加害者/被害者、虐待者/ 被虐待者、上/下 ③【自転/公転】:粒子/波、今/時間、個/全体、顕在意識/潜在意識④【セット】:S極/N極、左/右、明/暗、死/再生、プラス/マイナス⑤【黄金率】:調和、フィボナッチ数列、自然界の渦⑥【波動干渉・波動共鳴】:正負の法則・引き寄せの法則 ⑦【相似性】:フラクタルetc.相生・相克を説く五行の考えはどこに分類できるのでしょう。プラトン哲学や一霊四魂の考え方は4大元素説になるのでしょうか?方位や星座エネルギーは?数のエネルギーは? 言葉のエネルギー、思考のエネルギー、色や音のエネルギー、反射エネルギー・・・・  どのように分類できるのでしょう?しかも現実は認識を持って立ち現れる。一人一人の現実は皆異なり、マトリックスといわれます。ホイーラーという物理学者は「この世は人間に記録(観測)されるまでは存在しない」ことを証明する実験をし「ホイーラーの遅延選択実験」として公表しています。シュレーディンガーの猫の話も類似していますね。エネルギーのベクトルや、極が不明確でも、調和・バランスを生み出しながら変化し続けるタオは統合・止揚を繰り返すメビウス運動と言えるのでしょうか? 「表がいつの間にか裏に変わり、裏がいつの間にか表に変わるメビウス運動」は「陰、極まれば陽となり、陽、極まれば陰となる、タオ のダイナミズム」そのものの様です。タオの語意は道。タオとは人の成長する道と言えるのでしょうか? 天・地・人ともいわれます。天と地を結ぶ人(間が抜けていても)はタオと言えるのでしょうか?聖書には言葉が世界を生んだと記されています。(創世記1:1~1:5 ) 初めに神は天と地を創造された。地は混沌であって、闇が深淵の面にあり、神の霊が水の面を動いていた。神は言われた。「光あれ」こうして光があった。神は光を見て善しとされた。神は光と闇を分け、光を昼と名づけ、闇を夜とされた。夕べがあり、朝があった。第一日目のことである。(ヨハネ福音書 1:1~1:5 ) 初めに言葉があった。言葉は神と共にあった。言葉は神であった。この言葉は、初めに神と共にあった。万物は言葉によって成った。成ったもので言葉によらずに成ったものはひとつもなかった。言葉のうちに命があった。命は人間を照らす光であった。光は暗闇の中で輝いている。暗闇は、光を理解しなかった。言葉を話せるのは人間だけ。その人間が世界の調和バランスを整える課題を負うのでしょうか?「自然の摂理には人間の意識を超えた客観性がある」はずですが「人間の意識が介入することで初めて(その人の)現実は確定する」と言えます。般若心経に「色即是空 空即是色」という教えがあります。「色」の意味は「物質」、そして「空」の意味は「エネルギー」です。「色即是空 空即是色」を簡単に言えば「物質の本質は実体のないエネルギーであり、そのエネルギーが実体としての物質でもある」という意になります。「吾であり・宇宙である」という実感も「量子は粒でもあり波でもある」という、量子の二重性と同じ内容です。仏陀は、量子力学が確立される2000年以上も前に、「この世の本質は実体のないエネルギーであり、現実は実は幻想に過ぎない」と語っています。また、仏教には「縁起の法」という概念がありますが、この意は「すべての存在は関係性で成り立っている」ということです。この世に「絶対的な単体」という存在は有り得ないということです。あなたという存在は、何らかとの関係性の中で、初めて定義(説明)できるのです。この「縁起」という概念は量子力学でも同様です。なぜなら、この世はそもそも「観測者」と「対象物」という関係性がなければ存在しえないからです。この宇宙でさえ、人間という観測者がいなかったら存在しない、となる。 陰と陽、明と暗、上と下、善と悪、自分と他人など、これらの概念も片方だけの単体では成り立ちません。

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    • 捉われから自由に

      「あなたの与えるものが、あなたの受け取るもの」である。         心の安定と集中力を高めるためには 捉われから解放される必要があります。人生の成り行きに執着すると 意にそぐわないことが山積し ストレスフルな状態になります。失敗への過剰な恐れが生じ、消極性や引きこもり、被害者意識、競争意識などが生じ、人間関係を損ねます。執着心は自分を損なう悪行と言えます。人生の成り行きに執着する姿はオーギュスト・ロダンの『地獄の門』を覗き込む男・考える人を連想させます。全ては自分の選択ですから。絶対的な善悪の区分は存在しないと書きましたが、自分にとっての悪行は存在します。人生の自然な流れに任せる時、世界に愛が溢れ、光が溢れていることに気づき、生かされている事への感謝を取り戻すのではないでしょうか?起きて欲しくなかったこと、望まなかったことからも学びが沢山得られることを上図の「嫌なことノート」普及委員会は以下のように記しています。    ●「嫌なこと」を書きだすだけで、あなたの「嫌なこと」がみるみる消えていく! ●ストレスや怒りもなくなり、仕事も人生もうまくいく一番簡単な成功法則それが「嫌なことノート」です。●松下幸之助も、ユニクロも、牛角も、トヨタも、実は「嫌なこと」を経営に活用していました!ある調査によると、若手サラリーマンの職場でのストレスの原因の第1位は「言うことがコロコロ変わる上司」だそうです。また、ベスト10の中にはほかに「反論を許さないワンマン上司」「自分の意見をまったく聞いてくれない上司」「仕事ができない上司」など、上司に対することが5つも含まれています。 ストレスのタネはほかにもたくさんあります。「相談に乗ってほしくて声をかけたのに、自慢話ばかりする同僚」「何回言っても、同じことを聞き返してくる部下」「毎回、毎回、名刺の束から電話番号を探している自分」「移動中の電車の中で隣り合わせになった人のイヤホンから漏れてきた音」1日の中には、ストレスの元になる「嫌だなあ」「困ったなあ」「不便だなあ」と感じる嫌なことはいくらでも転がっています。「嫌なこと」は存在する。でも嫌なことは何より嫌!だから、「嫌なこと」とうまく付き合うことがとても大切です。「嫌なことノート」は、あなたが遭遇したり、感じたりした「嫌なこと」を毎日書き続けていくだけのノート術です。その日あった嫌なことをまず書き、それに対する対策を書く。たったそれだけで、嘘のように、ネガティブな感情とうまく付き合えるようになる魔法のノートです。

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    • 自律神経のバランス

                 低代謝状態の時にストレスは解放されるといわれます。日々刻刻、新陳代謝を繰り返す私たちは 「低代謝状態」と聞くとよいイメージを持ちません。しかし けがや病気は睡眠中に癒されるとか、ヨーガでもシャバアーサナ(完全弛緩、屍のポーズ)が大事だと言われています。屍のポーズ(シャバアーサナ)の基本的な効果は● 脳を休め、ストレスや軽いうつ症状を軽減する● 頭痛・倦怠感・不眠症を解消する● 血圧・呼吸数・心拍数を落ち着ける● 意識を内側に集中させて、瞑想の状態を作りやすくする● 体操の効果(リラックス感等)を自分自身が身を持って体験できる● 体(全身)が弛緩する etc.かといって低い状態ばかりが良いわけではありません。日中、仕事をしないといけない時に、副交感神経にスイッチが入って弛緩状態だと、覇気に欠け、仕事は手に尽きません。日中は、代謝を上げて、交感神経にしっかりスイッチを入れて、脳が目覚めた状態で仕事をした方が、効率はよくなりますし、頑張る気持ちにもなります。身体の活動時や昼間に活発になる交感神経。安静時や夜間に活発になる副交感神経。自律神経のこの2つの神経系は、それぞれ真逆の働きをします。2つの神経系のバランスが崩れると自律神経の乱れが起きます。天孫民族=テンション民族といわれる日本人。エコノミックアニマルとまでいわれる程、働き過ぎが憂われる日本人。緊張を解くことを困難にする心の絡繰りの一つ、ドライバーをチッェクしてみませんか?    自己イメージ(ドラィバーチェックリスト)私たちは無自覚に、何かに駆り立てられるように一定のパターンで行動してしまうことがあります。その要因である衝動を自覚するためのチェックリストです。次の文を読んで自分の普段の行動によくあてはまるものに3,だいたいあてはまるものに2、少し当てはまるものに1、全くあてはまらないものに0をつけその数字を得点としてグループごとに小計を出して下さい。このグループの小計があなたのドライバーの強さです。チェックリストの結果は自分で内省するための参考です。ドラィバー 1;完全であれ1.人の話を遮ってでも相手の考えを訂正したり、そうしたい衝動を感じる。2.話す時肩や首などが緊張する。3.話す時要点を指で数えあげたり、多少オーバーなジェスチャーをしがち。4.これで止めようと思っても、つい念押ししてしまう。5.何をしてもこれで十分だろうかと気になり念のために 何かしておきたい衝動に駆られる。                               小計(   )点ドライバー2;努力しろ1.「できるだけやってみます」「やってはみますが」など責任をぼかす表現が多い。2.質問にずばりと答えず、曖昧な答え方、遠回しな答え方をする。3. 話を聞く時前のめりになる姿勢で熱心に聞こうとする。4.「努力しなければ」「努力してればなんとかなる」と自分に言い聞かせる。5.話す時肩などの筋肉や胃などに緊張感がある。                                小計(   )点ドラィバー3;他人を喜ばせよ1.「ね、そうでしょ」のように同意を求める言葉「これでいいで しょうか?」のように相手の機嫌を伺う言葉が多い。2.他の人よりも頷くことが多い。3.話す時胃の奥に緊張感を感じるが肩の筋肉にはあまり緊張感がない。4気配りが足りないのではないかと気になる。5. 出しゃばらないように気をつける。目立つ行為をしたくない。                                 小計(   )点ドライバー4;急げ1.相手が話し終えるのを待てない。2.貧乏ゆすり、指で机をたたくなど、身体の一部を小刻みに反復して動かす癖がある。3.せかせかしている。4.「時間内にやり終えられないのではないか?」という不安を持つ。5.「さあ、やろう」「急ごう」など、せきたてる言葉を使う。                                 小計(   )点ドライバー5;強くあれ1.動作がぎこちなく、堅苦しい。2.感情を表現するのが苦手。3.弱みを他人に見せたくない。4.声に抑揚がなく、単調で機械的。5.腕組みしたり、足を組む癖がある。                                小計(    )点           下図はスポーツ心理学が生み出した概念です。「気がついたらこんな時間になっていた!!!」時間の感覚がなくなるほど、ある行為に没頭した状態を『フロー状態』(flow=流れること)と呼びます。流れに乗っている状態、ということです。フロー状態では、高い集中力を維持できるガンマー波(約26~70Hzの範囲)が発生しています。ガンマー波は右脳が活性化しているときに発生します。交通事故などが起きたとき、時間がスローモーションのように感じられる、あるいは今までの記憶が走馬灯のように頭の中をかけめぐるetc.の体験談をお聞きになったことがおありではないでしょうか?高いパフォーマンスを得るためだけでなく、交感神経と副交感神経(自律神経)のバランスを整えることはとても大事です。そのためには心の安定が必須のこととなります。ヨーガ・仏教の「禅定」は、瞑想による心の安定と集中という意味であり、それが、物事を正しく見る知恵と、知恵と一体の慈悲、悟りをもたらすといわれます。瞑想は ①集中する瞑想 ②観察する瞑想 ③イメージする瞑想 ④気をコントロールする瞑想  ⑤あるがままの瞑想etc.に分類できます。コズミックヒーリング企画の「瞑想プログラム」は①顕在意識の働きを鎮め潜在意識を掘り起こし ②潜在意識と対話し ③気づきと統合を促し ④成長と変容をもたらし ⑤創造力や判断力を高めるためのプログラムとして提供しています。意識の構造は下図に示した通りです。潜在意識は 動物的本能、個人的無意識、親族的無意識、民族的無意識(集合無意識)、普遍的無意識(神意識)の総称をいいます。潜在意識の中心を「自己・セルフ」顕在意識の中心を「自我・エゴ」と呼びます。瞑想プログラムは潜在意識と顕在意識のギャップを埋める役割を持ちます。瞑想プログラムでアクセスしたい潜在意識の層は、集合無意識、普遍的無意識になります。この意識はシューマン波(地球の脳波)、アカシックレコード、サムシンググレートなどと呼ばれています。潜在意識へのアクセスは リラックスして脳波が覚醒シーター波(シューマン波・地球の脳波)になった時におきます。日本人は天孫民族=テンション民族など言われるほど過緊張民族です。世界と響きあい、内なる自然、本質との繋がりを取り戻し、心地よい一体感を味わってみませんか?脳波が深い意識の波動になれば 顕在意識では無自覚だった深い意識に触れ、対話し、顕在意識に自然に「気づきと統合」が起きることになります(波動干渉・波動共鳴)。瞑想体験を重ねると、より「一つとなった自分・本質の自分」を取り戻すことになります。潜在意識からのメッセージは 瞑想や、身体の感覚、夢、イメージ、アート、象徴などを通して直感的に聞くことが多いと言われます。エネルギー感覚、ハートの感覚(魂感覚)として仏像や法具、大地のエネルギーや音、光、波動などにシンクロして何かに触れることもあります。またロウソクの炎・線香の煙などに意識を集中すると深い意識に誘われたりします。視覚と意識が切り離されると五感を超えた意識,エネルギー感覚が動き始めます。現実を引き寄せているのは自分であることを実感します。人生の主人公としての現実を取り戻していきます。是非ご体験下さい。

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    • 陰の部分に光を当てよう

      自分の内に、自分を照らし返す鏡を持てば、ミクロの人間一人ひとりが自分の闇を観、浄化し、光に変容させていく。そんな変容が閾値を超えるとき、マクロの闇がオセロのように一斉に光へとひっくり返る。私たちはもともと光なのですから!!!誰もが持ってる不安、恐怖、焦り、不全観、悲しみ、怒り、イライラ、許せない気持ちetc.これらの未解決の感情は心と体の緊張を生みます。カラダを全体的にゆるゆるにリラックスさせます。思考で抑圧されてきた緊張をほぐすと身体(私)感覚が弱まりエネルギーが循環しはじめます。最初は 今まで無視してきたこれまでのブロックや蓋をしてきた感情、恐れが出てくるかもしれません 。しかしそれを味わい続けているとわたしたちは全体的な普遍意識、つまり動き時間の止まったあるがままの今・永遠の今に回帰していきます。緊張は自分で自覚出来てるものと出来ていないものがありますが、自覚できていない緊張程厄介です。それをポジティブシンキングとか、肯定的に捉える事で、自分に鞭打って頑張るんだけど、限界がくる。何故なら、ネガティヴに対する否定だから。ネガティヴな自分も自分!!自己否定して、真実の自分に出会えることは決してありません。悲しいものは悲しい。寂しいものは寂しい。辛いものは辛い。苦しいものは苦しい。この陰の部分が自分への気付きをもたらします。人間は、ありのままで完全なんだけど、なかなかそう思えない。恐れや悲しみ、怒りが、どれだけ自分の可能性を奪っているか・・・陰の部分に光を当て、感情をサインと受け取り直し、未知の自分に出会い、そんな自分を抱きしめ受け入れ、今まで無視してきたことをお詫びし、ありのままの自分に還ってゆく。そうすると心と体の緊張は緩んでゆきます。その上で溜まっているネガティブなエネルギーを浄化しましょう。声によるヒーリング法を2例紹介します。1・音声内功法   http://www.brain-training.jp/archives/118よりハミングするように、「ン~」という音を出しながら、音に意識を集中してみてください。続けて長く音を出していると、最初に脳、その後、全身に響きと振動がひろがっていくのが感じられます。音は、エネルギーの3大要素(光、音、波動)のひとつで、人体の細胞、組職、器官に、纎細ですが、強い影響を及ぼします。母音で長く声を出す「音声内功法(英語ではトーニングと呼ばれています)」には、すばらしいヒーリングの力があることが、医学界でも報告されています。たとえば、米国音楽・教育・健康研究所のドン・キャンベル博士によれば「トーニングは、身体に酸素を供給し、呼吸を深くして筋肉を和らげ、エネルギーの流れを促進する」のだそうです。【楽な姿勢を取り、以下のように実施します。】        *目を閉じて小さく「ンーンーンー」と音を出しながら、その音がどのように脳の中で響くのか、注意深く観察します。この時に音を短く出さずに「オーンー」と長く伸ばしながら、体の中の細かい振動に心を集中するのが重要です。*両手を胸にあてて音に全身が溶けてしまうような感覚になるように、できるだけ長く音を出します。「オー」という音を出す時には胸に響き、「ンー」という音を出す時には下腹に力が入るのが感じられます。最初は息が切れて音がすぐに絶えてしまいますが、続けていると自然に音が長く出るようになります*慣れたら「ンー」にリズムを乗せて歌うように音を出してみてください。特定の調子を真似ずに、思いのままに音楽を作ってみます。音の波長が同心円のように広がりながら、すべての細胞一つ一つを振動させるのが感じられます。*仕上げに3回ほど息を大きく吸ってから吐き出した後、両手を熱くなるまでこすって顔と体をなでます。2・ハートソング:悲しみの浄化二人一組。一人が 自分の体のいろいろな部位に意識を集め、その部位を振動させるイメージで「あ」の音を響かせます。吐く息とともに悲しみのエネルギーを吐き出します。(10分)他はそれを黙って見守ります。その後受け取った感じをフィードバックします。役割を変えてもう一度、実施します。

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    • 善悪の区分をしない

      聖書に「園の中央にある善悪を知る木から取って食べてはならない。食べると死ぬから」と書いてあります。取って食べたアダムとイブは神を失い、楽園を追放されます。善悪の区分をすることは自己を神化することであり、独善を生む行為です。絶対的な善悪は 存在しないのではないでしょうか。「ハートビーイング」というライフスキルプログラムがあります。その中で人に言われて嬉しかった言葉を書き出す作業をします。いつもと言って良いほどトップになる言葉があります。それは「ありがとう」です。感謝の言葉が人を癒し 愛の循環を生む力を持つことが 良く分ります。若い頃の私はモラリストが嫌いでした。 偽善者のように思えたからです。しかし偽とは人(の)為と書くのも面白い。 (無関係かもしれませんが 私が優の字が好きなのは 人が憂うと書くからです。 憂いを知る人は優しく優れている、優秀ともいえます。) 道徳律を押しつけられるのも嫌でした。 ひところ不登校が話題になりました。「よい子で頑張ること」が 不適応を生む大きな要因と言われました。 善い子とは 周りの大人にとって都合のよい子の呼称です。善い子は自分の意思より 周囲の期待や価値観に応えることを優先します。成長する中でいつの間にか自分を失っていくのです。プロフィールで思春期の自分のささやかなレジスタンスぶりを紹介しました。この頃の自分はむしろ偽悪者を目指していたのかもしれません。虚無に目覚めた中学時代のある日から 毎日やり続けていた気象観測もぴたりと止め、レギオン遍歴をはじめました。授業は興味が持てないとボイコットに徹するのですが(教科担任に帰れと言われ 帰ると次回からは教室に入れないと宣告されました。クラス担任が平謝りに謝って事なきを得たこともありました。) 試験をボイコットした時も クラス担任が自宅まで 車で迎えに来てくれました。 教科書持ち込みでいいから 追試を受けるよう言われましたが、授業が進めば そこまでの教科書は破り捨てていましたので 持ち込み用の教科書もありません。その後はどうなったか記憶にないのですが退学届まで提出し、突き返された高校を 無事卒業してしまいました。休み時間は職員室に入り浸りの 不思議な少女でした。教師たちには主に「生きる意味」を尋ね続けるのです。ある理科の教師が「命とはリトマス反応のようなものだよ」とそっけなく言い切りました。(今はわかる気がします)教師たちもニヒリストが多く、逆に「死ぬ自由があるものとないものとどちらが幸せだと思うか?」 「浦島太郎はなぜ老人になったと思うか?」など酔狂な質問をされてしまいました。 授業中はチョークを投げつける教師が自宅にまで招待してくれました。 理科室、図書室はフリーパス。図書室は高校生になってからもフリーパスでした。 こんな私は真面目か不真面目か決められますか? 意味を問う落とし穴は 無知の底なし沼、レギオンの墓場となりました。 善悪を区別してすっきりしようとする独善からようやく解放され続けています。

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    • でもやるんだよ !!!

      花開いても無駄だろう?意味ないだろう?馬鹿だろう?今更だろう? でもやるんだよ !!!仕方がないから?やるしかないから?それしかないから?自分で決めたから?ただありのままでいたいから?自分らしくありたいから? やる思いは様々。意味を問う幼さから脱し、評価を気にする弱さから脱し、目的意識からも自由になり、内の英知に委ねて今日一日の命の花を咲かす。喜び煌く花を。潜在意識に眠るイラッショナルビリーフ、観念、自己イメージ、心の癖に気づき、その時は必要があって採りこんだそれらを認め、今はもう不要だから感謝をもってお別れする作業をすること、心のお掃除のマインドフルネス瞑想を日課とすること。それが過去に縛られないで今を生きる手軽な方法と言えます。【マインドフルネス瞑想のやり方 】 1・ 自律訓練法・・・リラックスしていると自己暗示①静かな落ち着く環境を準備。楽な姿勢で座り(椅子に座っても良い)②目を閉じて、「今、私は、落ち着いて安心して穏やかな気持ちで 座っている」と、自己暗示をかける。声に出して宣言することから始めても良い。③ゆっくりと呼吸を行う 。意識せず、楽な自然の呼吸で良い。2・感覚に意識を向ける・・・思考、感情が鎮まる。④意識の集中を、胸から始めて身体の各部位に移動しながら「感じ取っている感覚に意識を向ける」*力んで行わない事*感覚以外の雑念を呼ぶ思考が表れてきたら、それをただ認め「雑念が出てきたな・・・もとの感覚に意識を戻す」と、頭の中でつぶやき、感覚に持続的に意識を向ける。*雑念が次から次へとでてきても、唯これを繰り返し行う。*身体への意識は、床に触れている足 椅子に触れている腰掌 肘 肩 など、数か所行ってもよい。ただし、めまぐるしく速く意識を移していかない。*吸う息とともに膨らんでいく胸 吐く息とともにすぼんでいく胸、など、意識を呼吸と共に変化する身体に向ける。*この時に呼吸はこれでいいのだろうか?もっとこうした方がいいのではないだろうか?など、思考を働かせず「胸の感覚」のみに意識を向ける。2分から3分行う3.集中したリラックス感(トランス)の効果を確認しアンカリングする⑤身体の感覚に意識集中が終われば、「とても穏やかで、リラックスしている」と、自己   確認を行う。⑥再度呼吸に意識を戻してきて、自然な呼吸を行う。⑦プラスの暗示をつぶやき、目を開ける。例えば「とても明るい気分で気持ちがいい」etc.アファメーションでもよい。最初は15分からはじめて 30分・・・40分へと時間を伸ばしていくようにしてください。絵本「このママにきーめた」「ねぇ、どうしてママをえらんだのか、しってる?」あかちゃんが、おそらのうえから一人のママをえらびます。「ようし! ぼく、このママにきーめた! 」おそらでは、みんながビックリ!「うえ~! ホントにあのママでいいのかい?」「うん! ぼく、あのママがいい! 」ママとお腹のあかちゃんとの対話がはじまりました。産まれてからはいっしょの生活もはじまります。ある日、毎日おこってばかりのママは、あかちゃんからひみつのおはなしを聞かされて号泣しました。あかちゃんがママに伝えた、おはなしとは?☆「あとがき」おなかのなかの記憶がある子どもたちに会って描いた絵本です。ビックリしたのは、「なんで産まれてきたの?」ってきくと「そんなのママをよろこばせるために決まってるじゃん! 」と全員がいうことです。子どもは、まずママをよろこばせて、だれかをよろこばせる自信をつけるんです。ところがママは、自分の子がちゃんと育ってほしいから、よろこばずにしつけようとおこってしまう。子どもがしてほしいのは、しつけることじゃなく、子どもがしたことによろこぶことです。ママをよろこばすことができたら、ママ以外の人もよろこばそうとするのが子どもたちです。みんながだれかをよろこばすようになったら、世界は、さらによくなるよね。世界をよくするのは、ママがどれだけよろこぶかにかかってるんですよ。えほんさっか のぶみ

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    • 人生は修行?

      なぜ人は命を懸けて 修行をするのでしょう? 修業とは何でしょう?グルジェフは望むものの完全さは人為的に達成不可能。だが最初は人為的な方法が必要と語ります。 ウィキペディアでは「修行(しゅぎょう、異音:すぎょう)は、仏教における精神の鍛錬に関する用語の一つ。財産・名誉・性欲といった人間的な欲望(相対的幸福)から解放され、生きていること自体に満足感を得られる状態(絶対的幸福)を追求することを指す。」と紹介しています。私は 千日修行を2度やり遂げたという 酒井雄哉大阿闍梨の戦友から カウンセラー認定のための教育面接を受けました。酒井雄哉さんは事業をすれば倒産、結婚すれば妻は自殺。仏門に入り 要約目標達成。 私のカウンセラーは毎新年、彼の焚く護摩法要に参加していたそうです。阿闍梨は素うどんの粗食で,弟さんが真似ると栄養失調になったとか。信者から頂くお茶で健康が保たれたのではないかとのこと。 阪神淡路大震災のあった年の元旦、護摩が消えたそうです。酒井雄哉大阿闍梨は「何があっても心を騒がせないように」と静かに語ったとのことでした。叡山には、山中や京都市内を、7年がかりで千日間計約4万キロ歩く千日回峰行という荒行がある。 千年を超す比叡山の歴史で、2度の千日回峰行をやり遂げた人は3人しかいない ・・・修行の700日が終わると、修行のクライマックス「堂入り」に入る 9日間、断食、断水、不眠、不臥つまり、食べ物も水も断ち、眠らず、横にもならずお経を唱え続ける。医者に言わせれば「間違いなく死ぬ」というもの 。また、この行は途中でやめると自害するという決まりがあり、始めたら必ずやり遂げる、という覚悟を持って始められる。やりきるか、やめるなら死ぬ、ということ。 そのため自害用の短刀をいつも持って回峰が行われる 。AERA dot.の記事によると 酒井雄哉大阿闍梨が最後に残した言葉は「・・・ただ感謝だな」 よく口にしていた言葉は「寺ですることだけが修行ではないよ。誰にとっても、生きていることが修行なんだな」。 このことを悟るために 命を懸けて修行したのでしょうか?Twitter世界の絶景‏@sekainozekkei11より【ギリシャ】 メテオラ。 メテオラの険しい地形は、俗世との関わりを断ち祈りと瞑想に生きるキリスト教の修道士にとっては理想の環境となされ、9世紀には既にメテオラに修道士が住み着いてい幼子は命の輝きに満ち 不全感とは縁遠い存在です。 大人になるほど 「私は誰?」「なんのために生きるの?」「死んだ後 どうなるの?」 「人間に生まれ、人間として生きるとは どんな意味?」 「毎日繰り返される 命の営みの意味は?」etc.考えてしまいます。 幼子は本来人間が持つ「魂感覚・ESP感覚」を失わず、「あるがままを受け入れて生きている存在」です。 然し私たちは言語を獲得するに従って 「個別化」「社会化」の過程を歩み 「個の確立」・ 「他に掛け替えのない独自な自分」を 知るに至りますが 幼子の持つ「魂感覚・ESP感覚」 「あるがままを受け入れて生きる喜び」を失ってしまいます。これが 大人の持つ不全感となるのではないでしょうか? そして安心立命の境地を求めて彷徨う・・・心の構造が潜在意識と顕在意識に分けられ 顕在意識を海面に浮かぶ氷山の一角に譬えた解説はよく知られるところです。 潜在意識は顕在意識をはるかに超えるエネルギーを持っているので 顕在意識と潜在意識が食い違えば 顕在意識でどれほど頑張っても 心が満たされることは決してありません。 ところが私たちは 潜在意識に眠る魂からのメッセージを聴くことで 魂と一つになり 本来の自分を生きる喜びを取り戻すことができます。 (もちろん潜在意識には 「自分を制限する不適切な信じ込み」も沢山あります。潜在意識のお掃除をすることはとても大切です。) それから「吾であり・宇宙である」自らを体験し アイデンティティの変容を遂げていきます。 「ワンネスから産まれ、魂の成長と冒険の旅を楽しみ ワンネスに帰っていく」「右脳人間から左脳人間に育てられ、両脳人間、そして全能人間になっていく」それが人生ではないでしょうか? ストイックな修行以上に 宇宙の無条件の愛と響きあい 本来の自分を取り戻す喜びが 人生を豊かにする力になるのではないでしょうか? 悟には 深い意識と一つになる瞑想体験の方がよほど効果的ではないでしょうか?

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    • 進化の過程

              http://www.takemoto-shozo.com/eichi(B)1-20.htm より私たちは死後の世界で今現在、生きています。これを本当に人類に理解してもらいたいのです。これは、コナン・ドイルが死後、霊媒を通して送ってきたことばである。生前から彼は「人は死なない」という重大な真実を伝えるために、作家としての地位や名声や財産を擲ってまで、懸命に講演や著述を続けた。霊界からさらに、彼は次のように訴えた。人間は死後も生き残るだけでなく、すべての生命の背後には普遍的かつ創造的な神の力が働いているということ、そして、人間がこの神の力を認識し、すべての生きとし生けるものとの同胞愛に生きる気持ちになるまでは、人間はけっして永続的な心の安らぎ・幸せ・調和を見いだせないということを証明したいのです。あなたはあまりにも美しくかけがえのない存在である 「あなたは誰なのか?なぜここにいるのか?あなたの目的と運命とはいったい何なのか?あなたは自分が単なる偶然の産物であり、ほんの短い時間ここに生きて。次の瞬間には消滅するためだけに生まれてきたと思うのだろうか?」― かつて3万5千年前のこの地上に王者として生きたラムサはこう問いかけて、自分が見てきたいのちの真実をつぎのように解き明かす。あなたは、膨大な時間の中で繰り返し繰り返し生きることを通じて、いまの自分であるすべてになってきたのだ。そしてその生の一つひとつから智慧を得て、あなたという独自の美しい存在をつくり出してきたのだ。永遠という時間のほんの一瞬の間のためだけに創造されるにしては、あなたはあまりにも美しく、あまりにもかけがえのない存在である。私たちの祖先は、「死」があるが「進化」もある道を選んだようです。一粒の麦が地に落ちて死ななければ、それはただ一粒のままである。しかし、もし死んだら、豊かに実を結ぶようになる。(ヨハネ12:24)東大の臨床医矢作医師は「人は死なない」と主張します。「生れ生れ生れ生れて生の始めに暗く 死に死に死に死に死んで死の終わりに冥し」と詠んだ空海も「人は死なない」と言います。 日本人は古来「あま(あの世)」と「うつしよ(この世)」を想定し 二つの世界をつなぐ「ま」を大事にしてきました。「ま」をつり合わせる「まつり」は神事として祀られてきました。釣り合わせるとは調和バランスを図ること。均衡状態は凪のように、ゼロフィールドそのもの。 祀り・祭り・奉り・政りとは、感謝や祈り、慰霊のために神仏および祖先をまつる行為(儀式)であると言われます。 祭のお囃子、太鼓や鈴の音。神輿や踊りや香り。祭に預かるものは いつしか変性意識になり潜在意識とコンタクトする=神からの啓示=ご神託 を受けとることになります。「ま」つりを行えば「うつしよ」に居ながらにして「天」と交信できるともいえます。祭りにより、みんなの心が一つになる。そして集合無意識と一つになる、宇宙との調和バランスを回復することになると言えます。「命」は「人が一を叩く」と私が解釈したことに対し、本来命という字は「令と口に分けられます。この口は祭器を表し、礼服をつけて 跪いて神の啓示を待つもの。ゆえに神の啓示を意味します。」との指摘を受けました。 然し「神の啓示を受け取れるもの」は「ひとつを体験できるもの」だと思うのですが如何でしょう? 「あま」と「うつしよ」の関係は キリスト教の直線的な時間感覚に類似しています。 あの世の中にこの世が内包され(これが五次元、形成磁場の概念なのでしょうか?) 永遠の中に今が内包されているともいえます。 永遠の象徴である「円」は 「直線」の集合であり、直線は 位置を示すことだけができる 「点=0」の集合です。永遠はゼロの集合でありそれは即ちゼロであることになります。一点・ゼロから広がる世界 。逆ベクトルに広がった世界は、祭りを通して調和・バランシングされ、ゼロに収束。時空は中今の一点(ゼロフィールド・天の御中主)から広がり 、時間と空間の産霊(結び)を起こす (高御産巣日神・神産巣日神)。 円は永遠の今を表していることなのでしょうか? 私はキリスト教の時間観は直線的と錯覚していたのでしょうか? ヨベルの年、最後の審判の概念が時を直線に見せていましたが 、円=ゼロであり無限であれば 、直線に見える時も循環することになります。古事記によればまだ天地も定まらず混沌としていた時に最初に現れた神は天御中主神(あめのみなかぬしのかみ)であったとします。そしてその次に現れたのが高御産巣日神(たかみむすびのかみ)と神産巣日神(かみむすびのかみ)で、この三神を一般に造化三神(ぞうかさんしん)と言っています。グルジェフの進化についての教えです。

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    • メーキング・ア・スペース(ゼロ地点への実践)

      怒りや激情の渦中にいるとき 自分の真実を見失い勝ちです。激情を抑圧しないで観るには、「情動を鎮める・メーキング・ア・スペース」が必要です。【情動を鎮める6つの対応 】~体感覚を使って~*深呼吸をする *スポーツやダンスをする *筋肉をほぐす~聴覚を使って~ *音楽を聞く*友達と話す *独り言を言う *コマーシャルソングを思い出す *数字を逆に数える  ~視覚を使って~*楽しい「思い出」を思い浮かべる  *額縁のパワー  *サブモダリティチェンジ 怒りの場面を外から眺める (分離体験⇒実体験の臨場感が和らぎ、渦中から出る~創造力を使って~*気持ちを詩や手紙に書く *刺繍や編み物をする *絵を描く*楽器を演奏する ~自分を大切にして~*温かい風呂に入る*大好きなものを食べる *マッサージをする *身体をなでる ~笑って ~*面白いビデオを見る *ジョークを言う *口角を上げる *笑顔を作る  *笑いヨガ⦅怒りをしずめる深呼吸の方法⦆1 まず、ゆっくり息を吐き出す。2 息を吸い込んで、風船のように体に空気をためる。3 怒りの水溜りをイメージしながら、風船の空気を抜くように息を吐き出す。⦅がくぶちのパワー ⦆1 片方の手をおでこに、もう片方の手を頭の後ろに当てて、目を閉じる。(FOフォルディング)2 そのままで、腹の立つこと(困ったこと・こわいこと・悲しいこと)をゆっくりと思い出す。3 はっきり思い出したら、それを「がくぶち」に入れる。4 その後どんな「がくぶち」かイメージする。がくぶちは大きいですか。小さいですか・ どんな形のがくぶちですか。丸ですか。四角ですか。・ どんな色のがくぶちですか。濃い色ですか。薄い色ですか。・ がくぶちには飾りがついていますか。どんな飾りですか5 「がくぶち」をもっとすてきなものにかえて、そのすてきながくぶちを4のようにイメージする。6 深呼吸する。7 「がくぶち」に入れた情景をもう一度イメージし、はじめとの違いを確認する。(最初のいやな感覚が色あせるよ!) この方法は、テストの前などで緊張したり、落ち着かなくなったり、いやなことがあったりした時にも行うと、気持ちがすっきりします。「ストレスがなければべんきょうはかんたん」ゴードン・ストークス著(フォンス アモーリス発行)参照

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    • 進化は退化?

      創世記2:7 「主なる神は土(アダマ)の塵で人(アダム)を形づくり、その鼻に命の息を吹き入れられた。人はこうして生きる者となった」ヨブ記34:14-15「神がもしその霊をご自分に取りもどし、その息をご自分に取りあつめられるならば、すべての肉は共に滅び、人はちりに帰るであろう」聖書には人間は土の塵から創られ土に返っていく存在だと 語られています。更に神の息(=聖霊、風)を吹き入れられ生きるものとなったとも記されています。命は大地から生まれ、大地に帰る存在。大地を通して循環し続けるエネルギー。そのエネルギーに神の息が吹き込まれ生きるものとなった。神の息が取り去られると(抜けると)肉体は滅び土に帰ると聖書は語ります。聖書の神話表現を 今日的な言葉で置き換えると 肉体は大地から生まれ 神の息(霊魂)が去れば肉体の死が訪れ、大地に帰り その成分は循環し続ける。幼子はESP感覚、魂感覚を持つといわれます。動物は鋭いエネルギー感覚を持ちます。阿吽の呼吸ですべてを自分なりに理解します。魂感覚、エネルギー感覚を復帰さす、これがグルジェフの語る自己想起の意味ではないでしょうか?シーターヒーリングでは受胎するとしばらくたって 魂が(今世を生きる目的をもって)受精卵を選んで入り、命として成長してゆくと伝えます。(選択が間違っていたと感じるときは 出て行き流産)冬の日の弁天島に吞まれけり  高資たまかぎる冬の日を呑む沖の島  高資天照(大日如来)が島に入り込み一つになる感じですね。まさに天人合一。天照(大日如来)は魂と言われます。三種の神器の一つ・ 鏡 は天照を映し出すと言われます。神社参拝は 映し出された自分に出会う。すなわち岩戸に閉じこもった魂が呼び出される行為と言えます。ウィキペディアで調べると、「大日如来は、無限宇宙に周遍する点では超越者だが、万物と共に在る点では内在者である。全一者であり、万物を生成化育することで自己を現成し、如来の広大無辺な慈悲は万物の上に光被してやまない。」となっています。この写真は正に天人合一の瞬間をとらえたといえるのでしょうか?ダンワールドでは百会が活性化する時、私たちの体の中に閉じ込められていた魂が 大きな自由を得て宇宙と一つになり、神人合一をななすと考えます。ハイヤーセルフと一つになることにより、魂が完成され 霊的な身体を得るともいえます。写真のこの地は国譲りの神話の地です。国譲りとは神人合一により肉体の主が「土の塵から魂にかわる」ことの神話表現と言えるのでしょうか?大国主命が国譲りの条件として求めた96mの天空の神殿!!これは祝福なのでしょうか?グルジェフを見ていると祝福と受け取っているようでもあります。神人合一により肉体の法則から解放されるという意味になるのでしょうか?しかし大地につながる命の存在が 大地から切り離されるとパワーを失うのはあまりにも明確です。大地には過去との繋がりや現在の自己を確認できる時間と、柔軟で奥行きがあり、光や風、土や緑、生命のエネルギーと動きが感じられる空間があります。しかし現代人はコンクリートジャングルといわれる乱立するビルの谷間に住み 大地はアスファルトやコンクリートで塗り固められ 大地と切り離された命を生きています。より安全に、より快適に自然を克服し、支配する科学万能主義は「天空の城ラピュタの物語」を連想させます。バベルの塔、大国主命の国譲りの条件の話・・・etc.私たち人類は大地に根差すことより 天高く昇ることを求める生き物であることを 示すのでしょうか?安全、快適、便利さを求めて進化してきた人間は 本来供えられていた機能を退化させ 五感、エネルギー感覚を失い 今や人口脳に支配される明日さえ杞憂される程になりました。まさに大宇宙の愛と調和のエネルギーと響きあい 本来の姿を取り戻す必要を痛感します。

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    • 三つの法則(偶然・運命・意志)

      今日、偶然に起きる出来事などありえないというのが一般的な理解です。「我々が観察する出来事とは別の流れとは何のつながりもなしに、別の出来事が起こる」とはどんな意味でしょう?観察するとは顕在意識の行為ではないでしょうか?潜在意識を観る力がない故に、何も繋がりがないと決めつけるのではないでしょうか?運命とは何でしょう?体内記憶を持つ子どもたちの語る話、ライフビジョンの考えは、「運命は自分が選ぶ」ということを指します。グルジェフは自分が人生の主人になったとき「存在」していると言えると説いていますが 選択の主体としての自分は考慮しないのでしょうか?意志に対する理解も私たちが関係存在であることを無視した見解です。波動干渉・波動共鳴の世界で、意志を区別するアプローチは不要の行為ではないでしょうか?

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    • パーソナリティ

      パーソナリティ(人格)の語源は仮面、役割です。左脳の発達、社会化の過程で、私たちは様々なパーソナリティを身に着けます。関わる相手,場面で登場するパーソナリィティが変わってくる体験を誰もがお持ちのことでしょう。【セルフ(本質)が丁度オーケストラの指揮者のように、「様々な役割を演じ、奏でるパーソナリティ(人格)」を統合し、調和バランスの取れたハーモニーを奏でる有機体として育つ】ことが人間の成長と言えます。バラバラの人格を統合する力を確立することをアイディンティティの確立と呼びます。セルフ(本質)は好きになれないサブパーソナルも自分の大事な一面として承認し、昇華さす役割を負い、そんな自分育ちを通して成長するとも言えます。しかしグルジェフはパーソナリティは本質を損なうもの。パーソナリティは消滅させ続け、変わらない私になることを勧めます。反抗期の子どもが反抗することで自分が照り返され、自己を確立するかのように、思春期 生きる意味を求めて、もがき続けた私は、ささやかなレジスタンスを繰り返しました。そんな私はイガイガだらけの金平糖の様でした。グルジェフの教えのように「変わらない私」が存在しうるのか否かは別として、彼の本質育ては、ちょうど金平糖のイガイガをみんな「そぎ落とし、小さなまる」になることを勧める感じがします。好きになれないパーソナリティも受け入れ、愛し、自分の大事な一面として統合していくことはイガイガの「谷間を埋め、大きなまるに成長」してゆくイメージです。パーソナリティの語源は仮面と同時に社会的役割です。社会的役割を演じることは、社会に適応し、その社会の構成メンバーとして生きていくうえで避けて通れないことです。社会的役割と本質の違いに気づいたとき(私はそれが自己想起の目的だと思うのですが・・・)沢山のパーソナリティと折り合いをつけ、自己イメージに取り入れていく「選択の主体としての本質の働き」が始まるのではないでしょうか?これを実存的アイディンティティの確立と呼びます。従ってパーソナリティ(社会的アイディンティティ)は変容を繰り返し続けるものです。幼児に死に、児童に蘇る、児童に死に青年に蘇る・・・日々新たな存在です。パーソナリティが偽りの自己であるという考え、消滅させることを勧める教えは 人間の社会的な側面を軽視していると思わずにおれません。社会的存在である人間、関係存在である人間を軽視する見方こそ いわゆる内的考慮だと思うのですが論理の矛盾はないのでしょうか?これも「フロイトの性悪説」の影響を受けた発想でしょうか?変化成長は葛藤・苦しみによってのみ成り立つという考えも性悪説の影響を思わずにおれません。

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    • 観察

      「自己観察」とは、自分の心身の働きを観察し、それらを4つのセンターと各センターを成す4つのパート①本能パート ②運動パート、③感情パート ④知性パートに(各パートにおいて生じる注意力のタイプで分類)分類することを指すとのこと。①②はまとめて機械パートと呼ばれ、「気づき」無しに自動的に機能するパート、③は注意力が何かに強く惹かれて機能するパート、④は注意力を保ち、方向性をもたらす意図的努力を特色とする。と解説されています。同じページにはさらに「非常に強い感情的要素がなければ、人は15分間自己に気づくことができない。あなたは自分を感情的に指す何かを生み出さなければならない。そしてそれをするには、感情センターの助けが不可欠である。」との解説もあります。しかし今日の一般の心理学では 感情の渦中にいては 適切な自己観察は困難だと考えます。観察とは、「自分の価値観(色眼鏡)を手放し、評価しないで、ありのままを注意深く見ること」であり、分類作業とは異なります。しかも分類作業はフォーマットに嵌める作業であり、グルジェフが望まない機械人間の技法ではないのでしょうか?グルジェフは下図の解説では、観察する困難を強調し、「観察する私が働き始め、機械的な人間を制御し始める。内面で観察する私の周りに他の私が集まり内なる生の混沌ののさなかに私の小さな集団がつくられる」etc.の解説をしています。機械的な人間を制御することが感情センターの助けだという意味でしょうか?感情は自然に生じる大きなエネルギーなので 観察するためには先ずは制御が必要ということだと受け取れます。自分の感情を感じ、その感情が何を示すサインなのか?何を望み、どんな意思をもっているのかを観察する作業を通して、気づきを得、混沌が終わり問題解決が生まれることを意味すると考えられます。今日の心理学では適切に観察するには実体験の渦中から出て分離体験で観ることを勧めます。観たいことをFOフォルディングしてみることが有効です。FOフォルディングとは前頭葉と後頭葉を両手で包み込むことです。側頭葉の感情領域を回避してみることになるので、体験を感情の伴わない分離体験としてみるには適切です。それでも強い情動を伴う場合は情動を鎮める6つの対応 をお勧めします。情動を鎮めて、要約観察は成り立ちます。体感覚を使って *深呼吸をする    *スポーツやダンスをする *筋肉をほぐす聴覚を使って*音楽を聞く  *友達と話す   *独り言を言う *コマーシャルソングを思い出す  *数字を逆に数える視覚を使って*楽しい「思い出」を思い浮かべる  *額縁のパワー *サブモダリティチェンジ  創造力を使って*気持ちを詩や手紙に書く *刺繍や編み物をする *絵を描く *楽器を演奏する自分を大切にして*温かい風呂に入る *大好きなものを食べる*マッサージをする *身体をなでる笑って *面白いビデオを見る  *ジョークを言う *口角を上げる   *笑顔を作る観察の「目的の一つは、空想的な自己イメージの認識と克服にあります。」と記していますが 空想的な自己イメージの認識と克服のためには自己開示と他者からのフィードバックを大事にする「ジョハリの窓」の実習が有効適切です。世を捨て去ることを求められる「伝統的な三つの道(苦行僧の道、修道僧の道、ヨーギの道)とは異なる、第4の道」を志向するのであれば 心理療法その他を導入することをお勧めしたい思いになります。(ブッタは最終的に中道の道を選びましたが、これは伝統的な道とは言えないのでしょうか?しかも道の語源はタオ。あるいは止揚と言えるのかもしれません。)第4の道は「ハイダ・ヨーガ」の道、ハイダとはロシア語で「非常に素早い」を意味する。時として「狡猾な人間の道」と呼ばれることがある。知識は正確で完全であり、意図的に選択した印象を自己想起の努力と共に摂取することだと解説されています。

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    • 目覚め

      グルジェフは「覚醒は自分は何の目標ももっておらず、どこに向かえばよいのかわからないということを認識するときにこそ初めて始まる」と記しています。上図は夜明けを告げる鶏が御者であり、命の主人であることを示しているようです。知性、感情、動作、本能を制御することがその役割・・・超自我の役割のようです。では自我は?本質は?下の解説は「不在であり あらゆる宗教が探し求めていると」述べています。私は思春期、、生きる意味を求めて、もがき続けました。(これをダンワールドでは初知の段階と言います)意味どころか真実に自分を満たしてくれるものは何もありませんでした。ニヒリズムの淵に溺れ、生きる意欲もない毎日、息をするのもおぞましい!!かといって命を絶つこともできず、ただ毎日をやり過ごし、きりきり舞いを舞い続けました。これも覚醒の始まりというのでしょうか?そんな私を生き延びさせてのは、視点変更です。「点(ゼロ)」に等しい、小さな私が「求めても、求めても分かるわけがない。」「生きるより、生かされるものとして、絶対者から生き方を問われるものになろう」と決め、雲のような証人に囲まれた啓示宗教である「キリスト教」に賭け、生かされてきました。「生きる意味への問いを棚上げ」して、聖書を規範に日々をやり過ごしてきたとでもいうのでしょうか?そんな私にブレークスルーの体験をもたらしたのは、ランドマークのブレークスルーテクノロジーコースでした。そこで得たものは「過去の体験は過去に返し、未来に空を生む」つまり「過去に学んだ想念に縛られず、未来に可能性と選択を生む」ということでした。「生きる意味は自分が選択し創り出すもの」という気付きでした。その後、クリスチャンワーカーからセラピストへの社会的アイディンティティの変容の時が訪れました。教育者から援助者への転換過程で、自分の浄化を仕事のようにやり続けました。一番大きな感情ストレスのスタックポイントを外した時、振顫現象で立っておれないほどになり、大きな白昼光と、アメジスト色の光がセットで2度、翌日もう一度輝き、基底部からエネルギーが突きあがり続け、クンダリーニエネルギーの覚醒が起きました。ある意味ではブレークスルーも覚醒かもしれません。2度の覚醒体験は苦痛、葛藤、摩擦と呼ばれるものとは全く異質のものでした。自分への気づきや、信じ込みの破壊は喜びそのもの、充実そのものでした。グルジェフに於いての覚醒理解は?目覚めとは?自分が機械であることの自覚、人格の死 etc.・・・信じ込み破壊、想念破壊のプログラムは皆無です。魂さえ否定!!!悟りとは縁遠い覚醒概念です。私の魂との出会い、悟りへの導きは主として、悟りの教育企業であるダンワールドのプログラムへの参加によるといえます。参加プログラムは マスターヒーラーコース、指導者養成コース、セドナ、韓国瞑想旅行、パワーブレーンメソッド、チャクラの瞑想、真我発見プログラム、・・・数え上げればきりがありません。悟りへのプログラムとして一番人気があるのがパワーブレーンメソッドです。私はこのプログラムにボランティアスタッフとしても何度も参加しました。想念破壊で特に印象に残っているのは「魂に関するイメージ」まで光に戻した時、胸のあたりからエネルギーが立ち昇ってくるのを感じた瞬間です。肉体は言うまでもなく、魂まで「粒子であり、波動であるエネルギー」だと実感した体験でした。トランスパーソナル体験に関しては、主にバイオダイナミックス研究所(NLP、ボディワーク)の各々のコースとコースサポーター体験を通して、諸富祥彦先生のワークショップ参加を通して学ばせていただきました。トランス体験は皮膚感覚を失う心地よい感覚、すべてと一つになる安らぎの感覚です。この体験があったためか、パワーブレーンメソッド中の一つになる体験は飛び越して、無我の体験に入り続けてしまいました。その体験を記しています。自動制御の肉体、宇宙摂理に従った肉体を「牢獄」とみるか 魂の成長のために「自ら選択した命・肉体を感謝を持って慈しむか」・・・肉体を牢獄とみれば死の恐怖から解放されるのかもしれません。しかし生きることを失うことになります。もしかしたらグルジェフの覚醒理解は、生まれることは嘆きであると考える性悪説に立った、悟りの境地と言えるのでしょうか?身体・心・魂を大切にする在り方、自分を大切に、他者を大切に、命を大切にするアプローチを期待したいものです。私たちの命は沢山の他の命によって生かされています。牢獄とみる見方は「輪廻の鎖に繋がれた命」「命に放り込まれる」観方。被害者意識の生き方。選択した命(体内記憶を持つ子どもたちの聞き取り調査から判明した「命を選んだ目的は貢献すること」と聞きます。)と観る見方は「自己実現・成長の機会を命に求めている観方」、「人が一を叩くと読める命」の観方「和して同せず」「吾であり宇宙である」「粒子であり波動である」観方と言えそうです。被害者意識の生き方には主人は不在です。だからグルジェフの教えは主人の不在を解くのではないでしょうか?後者の方こそ主人としての生き方ではないでしょうか?

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      テーマ:
  • 04 Dec
    • 空想

      グルジェフは否定的感情、空想、フォーマトリー(機械的な)思考が人々の障害になっていると考えているようです。私には不思議でたまりません。否定的感情を障害とみる見方からは「泣いては駄目!」と言われて育った感情抑圧型子育ての歪を連想します。ありのままの自分を愛し受け取ることが困難になります。フォーマトリーな思考が障害だとするのであれば真似ることからスタートする学習はどのように評価されるのでしょう?親の後姿を見て育つといわれるように自分育ちのモデルはとても大事です。言葉もフォーマトリーなものです。空想が障害???すべてはマトリックスと言われる今日、観測者問題が云々される今日、一人一宇宙と言われる今日・・・・あまりにもナンセンスな教えではないでしょうか?ガリレオが地動説を唱えたとき、宗教裁判にかけられ、決して認められなかった話は周知の事実です。そればかりか空想からいろいろなものが生まれてきたりもしました。ここでいう空想のマイナス面は、不安、恐れのようですね。この面にばかりフォーカスするのは 2元思想がベースにあるからではないでしょうか?世界に何よりも自分に、イエスということ、敵対しないことが必要かもしれません。グルジェフにはセルフエスティームの発想は皆無ですね。自分を尊重できないものは世界を尊重できません。であれば、そんなあなたを尊重するものは皆無です。

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