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第7編  鉄の墓標

俺は、今、おそらくは、地上で最低の部類に入るであろう乗り物を操縦している。
身動きできないほど狭い操縦席。
中は、限りなく暑く、果てしなく寒い。
轟音を撒き散らすエンジン。
レシーバーがなければ、会話も出来ない。
揺れを全く吸収しない無限軌道(キャタピラ)。
不用意に口をあけていると舌をかむ。

ただ、それは相手も同じことだ。
M84
ロシア製T72を改良したわが国の主力戦車。
ロシアは我が国に輸出用にスペックダウンさせたT72のモンキーモデルを持ち込んだ。
姑息なやつらだ。
仕方なく、自国生産に切り替え、スペックを元に戻したら、重量が増し、エンジンの非力さが浮き彫りになった。
おかげでエンジンを付け替えた。

M84が出来て、オリジナルのT72よりも強力になったと関係者は口をそろえた。
ばかばかしい話だ。
同じ戦車同士の戦いだ。
いったいどっちが強いと言うんだ?

             (ある戦車兵の回想録より)

本作品には、実際の国名・地名が出てきますが、全くのフィクションです。


SCENE 1

クロアチア内セルビア人居住区

クロアチア軍に向って投げつけられた一個の石。
戦闘は、そこから始まった。
投石は日常的な行為だったが、その日は、いっきにクロアチア正規軍がなだれ込んできた。
当初、防戦一方だったセルビア民兵軍だったが、セルビアもまた40両を越える戦車を、国境を越えて投入してきた。
攻守はいっきに逆転した。


「シュワルツス大尉、準備は整いました」
国道から50mほど奥に入った自動車修理工場。
部品取りのために山済みされた自動車のスクラップ。
再びこの街が戦場になることを想定して、クロアチアは、ここに戦車を隠していた。
M84戦車
ロシア製T72を改良したもの。
防御力、機動力においてT72をしのぐ。
ただし、セルビア軍も同じ戦車だ。
兵器としての優位性はない。
数に劣る分、劣勢だ。
国境を越えたセルビア軍の戦車は40両。
クロアチア軍のここにいる戦車は、わずかに5両にすぎない。

「よし、そのまま待機」
「来ますかね?そんな都合よく…」
撤退する我が軍を追ってくる敵の戦車を50m先の国道で分断する作戦だが、敵の戦車が、我が軍を追ってこなければそれまでだ。
戦車が集団で移動するならば、広い国道を通るのは当然だが、当然、歩兵もいっしょにやってくる。
敵の歩兵が近づけば、待ち伏せている我が軍も応戦せざるをえない。
そうなれば、それはもう待ち伏せではない。
歩兵を置き去りにして戦車だけを連れてくるというようなことができるのか?

「来る」
それでもシュワルツスははっきり断言した。
(やつらなら必ずここに戦車を連れてくる)

ドドーン
そう遠くないところに迫撃砲弾が落ちた。
「早いですね」
予定の時間より早い。
「着弾観測用だろう」
「今頃?」
クロアチア軍は、常に準備不足の状態だ。
本番の10分前にようやくリハーサルが始まった。
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SCENE 2

「小隊長」
ボシュコからだ。
「何だ?」
「本部から撤退の命令です」
「言われなくても撤退する」
「急いでください。7分後に重迫撃砲の一斉射撃です」
(一斉射撃だと?)
MO120RT、口径120ミリの迫撃砲だ。
これは従来の我が軍の正式ではない。
不足する野砲の代替として緊急輸入されたもので、実戦配備はつい2週間前のことだ。
迫撃砲でありながら、ライフリングされ、射程距離も長く命中精度も高いが、それは訓練された兵士が使っての話だ。
これが初陣の部隊では、命中精度を望むほうが無理だ。
ダルコは、先ほどから何発か試射されているのは気づいていた。
(たった、あれだけで、一斉射撃をするというのか?俺達を殺す気か)

「ビェラク、撤退だ。急げ、味方に殺されるぞ」
「了解」
「小隊長、急いでください。戦車が来ます」
ボシュコの悲痛な声が入ってきた。
「ハンニャ、撤退だ。先に行け」
ダルコは、階段を駆け下りながらハンニャに命じた。
「了解」
「アンジェラ、我々はそっちに向う。用意はいいか」
「急いでください。ここからでも敵兵が見えます」
「アルメル」
「はい、小隊長」
「民兵が3人、通りを渡った。やつらのターゲットは俺だ。やり過ごせ」
「了解」
アンジェラとアルメルの小隊は、すでに予定の位置についていた。



誰かが階段を駈け降りて来る。
スアドは、物陰に身を隠した。
(女?)
スアドに気づいた女が立ち止まる。
銃を構えたのはスアドのほうが早い。
「お前…」
見覚えのある女だ。
「こんなところで何をしている?」
サーニャは構えかけた銃を下ろした。
手にしているのは、相変わらずベレッタ951。
「よくこっちにこれたな」
通りの北側は、セルビア人居住区だが、こちらは違う。
クロアチア側の監視は厳しく、スアドもセルビア軍の侵攻にまぎれてようやくこっちに渡ってきたのだ。
「お前、まさか…」
「まさか、何?」
「クロアチア軍と通じてる…?」
「だとしたら?」
スアドが、銃をにぎり直す。
「わたしなんかがスパイになって、なんか役に立つと思う?」
たしかに民兵でもない、ただのセルビア女に利用価値などない。
「わたしは、ここで生まれた。ただ、それだけ」
「戦わなけりゃ、この国に、セルビア人の住む所がなくなるぞ」
「戦ってるわ」
「一人でか?」
「わたしは、わたしを守ってるの。仲間はいらない…」
「まわりすべてが敵になるぞ」
話しかけてスアドは、突然、また物陰に隠れた。

サーニャはスアドの視線を追った。
そこには、男がいた。
いや、サーニャが見たのはその男の残像だったのかもしれない。
男も瞬時に物陰に身を潜めた。
大柄な男。
サーニャは、その男を知っている。
男の名はダルコ・ブレシッチ。
クロアチア軍のスナイパーだ。

スアドも男も動かない。
「早く隠れろ」
突っ立ったままのサーニャにスアドが命じた。
ガチャ
セーフティーロックを外す音だ。
その音はスアドの横から聞こえた。
サーニャの銃がスアドに向いている。
「何のまねだ?」
「銃を置いて、どこかに行って」
「やつを逃がすのか?」
「ううん。わたしが逃げるのよ。あんたたちといっしょにいたら、殺されるわ」
サーニャの銃口はしっかりとスアドに向いている。
当然だが、銃というのは、ターゲットに対してまっすぐ向いていなければ当たらない。
銃の後方上部に中央が窪んだ照準が付いている。
銃口には上方に向いた突起がある。
この突起を照星と呼ぶ。
ターゲットに向けた銃の照準の中央のくぼみに、銃口の照星が入っていなければ、弾は当たらない。
サーニャは、ベレッタ951をしっかりと両手でホールドし、照準を合わしている。
素人ではない。
スアドは、小銃の弾倉を抜き、ダルコのほうを見たまま、ゆっくり後ろに下がる。
5mほど下がってから、弾倉を置き、小銃は持ったまま走り去った。
別に銃が欲しいわけではないし、スアドに恨みはない。
サーニャは、走り去っていくスアドにしばらく照準していたが、スアドの背中を追いすぎた。
脇から飛び出してきた別の男の発見が遅れた。
男の銃がサーニャに向く直前。
タン
その男が後方に吹っ飛んだ。
発射音は、サーニャの右後方。
そこには、見知った大男がいた。
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SCENE 3

「また会ったな」
ダルコはサーニャを覚えていた。
「民兵に追われているのか?」
サーニャはうなずいた。
追われているわけではないが、逃げているのは確かだ。
「セルビア人じゃないのか?」
「セルビア人、セルビア人。…セルビア人って何?」
サーニャは、その言葉には過剰に反応してしまう。
「わたしは、ここで生まれたここの人間。セルビアには行ったこともない」
「すまん」
(えっ?)
サーニャは、思ったままを口にしただけだ。
謝られるとは思ってもいない。
「お前の言うとおりだ。犬は生まれながらに犬だが、人は違う。狼に育てられれば狼になる。俺だって、母親は日本人だ。クロアチア人ではない」
ダルコは、銃を担ぐとすぐに歩き出した。
サーニャも後に続いた。
「どうして、戦ってるの?」
「軍人だからだ」
「どうして軍に?」
「なぜ、そんなことを訊く」
「ごめんなさい。気に障ったら、あやまる」
「ここで生まれたからだ」
「わたしもここで生まれた」
「同じだな」
(同じ?…同じ)

黙り込んだサーニャにダルコが訊いた。
「逃げた男を知っているのか?」
「あのとき、向いのビルであんたを狙ってた男」
「そうか…。あのときは、助けてもらった」
おそらく、スイイドを撃ったことを言っているのだろうが、別にダルコを助けたわけではない。
「助けたわけじゃない。それより、なぜ、あいつを殺さなかった?」
「あいつに恨みは無い」
「向こうは恨んでる。仲間の仇だと…」
「俺は、300人以上殺してる。俺を恨んでるやつは、おそらく何千人もいる。そいつらを殺せば、また、俺を恨むやつが増える。きりがない。…それより、走るぞ」
ダルコは、サーニャの手を引いてすぐに走り出した。
「なんで、わたしを連れて行く?」
「お前もやつらに狙われる」
「助けてくれるの?」
「そんな余裕は無い」
そう言いながらも、ダルコは走るペースをサーニャにあわせていた。

通りの向こうから、セルビア兵が飛び出してくるのが見えた。
そのセルビア兵に向けて、機関銃の音が響く。
ダルコがよく見知った顔だ。
「小隊長、急いで」
ボシュコが、残りの弾丸を全て撃ちつくす勢いで連射する。
「これみんな、味方の置き去りです」
ボシュコが、呆れ顔を見せる。
機関銃類の重い火器は、全て置き去りにされていた。

通りからキャタピラ音が聞こえてくる。
「ボシュコ、この女を連れて先に行け」
「イエッサー」
ボシュコもサーニャは知っている。
多くは聞かない。
ダルコは、置き去りにされたPK機関銃を手にして、ベルト状の弾を肩からたすきにかけた。

ヒューッ
迫撃砲弾の飛翔音が響く。
(始まったか…)
ついさっき、ダルコがいたビルに着弾した。

「走れ!」
ダルコもボシュコもサーニャもひたすら走る。
迫撃砲弾は、全く無差別に着弾する。
(もっと後ろだ、どこを狙ってる。観測員はいないのか?)

ダルコは立ち止まり、振り返ると、追ってくる敵に機関銃で応戦する。
ダルコの突然の連射に敵の足が止まる。
「先に行け」
ダルコは、ボシュコとサーニャを先に走らせた。
PK機関銃、本体の重量は、9kg、なんとかひとりで抱えて発射できる重量だが、弾といっしょに抱えて走るとなると、半端ではない。

ダルコはひとり機関銃を撃ち続け、応戦した。
味方の迫撃砲弾は、相変わらずでたらめに着弾している。
そのダルコの耳に、ギリギリという耳障りなキャタピラ音がだんだん大きく聞こえていた。

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