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第5編 動く標的

仲間が死んだ。
射撃訓練を鼻で笑うやつだった。

動かない的を撃ってどうする?
人は、動く。
止まっていてはくれない。
戦場でじっと動かないやつは、もう死んでいる。
それが口癖だった。

止まるのを待っていたのでは、いつまでたっても狙撃はできない。
標的の未来位置を推測して射撃する。
動く標的、それを撃ち抜いてこそ、プロのスナイパーだ。

だが、戦場で死体のほかにも、じっと動かないやつはいる。

獲物を狙うスナイパーは、動かない。
狙うものは、狙われていることに気づかない。
獲物を狙って、トリガーを引いた。
その瞬間、やつは、頭を撃ちぬかれた。

人は、動く。
止まっていてはくれない。
戦場でじっと動かないやつは、もう死んでいる。
それがやつの口癖だった。

ばかやろう。

俺の名は、ダルコ・ブレシッチ。
階級は少尉。
第三狙撃小隊の小隊長だ。
何よりもまず、自分に向いた銃口を探し出せ。
それが俺の口癖らしい



本作品には、実際の国名・地名が出てきますが、全くのフィクションです。


SCENE 1
「ぞくぞくと集結ね」
通りを見下ろしながら、ハンニャが呟いた。

ここは、国境に最も近い街。
通りを挟んで北が新市街、セルビア人が多く住んでいる。
南は旧市街、古くからのクロアチア人の街だ。
クロアチアが連邦から独立したことで、この街は一時、クロアチアからの分離独立を望むセルビア人に占拠されたが、クロアチア正規軍が制圧した。

北の新市街に住むクロアチア人の移動は3日前に終わったが、国境のセルビア軍の動きがいよいよ慌しくなった。
クロアチア軍は、国境で対峙していた守備部隊の大半を、この街へと移動させている。
国境に最も近い北の新市街…。
国境ではなく、どうやら、ここを戦場にするようだ。

「戦場は、ここだ」
ダルコはそう言うと、タバコを咥えたまま、コーヒーを飲んだ。
普段は左手しか使わない。
スナイパーの右手は、トリガーを引くためだけにある。

「ここのセルビア人は、だいぶボスニアに移動みたいですね」
副長のアンジェラもタバコに火をつけた。
まっすぐ北に進めば、セルビア共和国との国境だが、そこはクロアチアとセルビアの両軍が対峙している。
北の街に住んでいたセルビア人たちは、東に回って、隣のボスニア自治区に逃れて行った。
クロアチア政府も、セルビア系住民がボスニアへ流れるのを放置した。
ボスニアはまだ、クロアチアとの国境を封鎖してはいないが、それも時間の問題だろう。
多くのセルビア系難民の受け入れは、今度はボスニアの民族バランスを壊す。
やがてなんらかの手を打って来るだろうが、クロアチアは今、それどころではない。

「ここで食い止める気ですかねぇ?」
アンジェラは、遠く西のほうに目をやった。
その視線の先にはクロアチアの機甲師団が待機しているはずだった。
「ここには入ってこないだろう。虎の子の部隊だ。……市街戦に戦車は要らない」

陸戦における最強の兵器は戦車である。
それは、歩兵が携帯する対戦車兵器が進歩した今でも、なんら変わることはない。
対戦車ロケット弾も軽量の無反動砲も射程が短い。
砂漠や田園地帯では、歩兵は身を隠す場所がない。

この街から国境までは田園地帯だ。
クロアチア軍が、その田園地帯でセルビア軍を迎え撃つことはない。
セルビア軍の戦車の数は、クロアチアの3倍だ。
同じ性能の戦車で、数の違いは致命的だ。
しかも、クロアチアに空軍はない。
戦車の天敵、戦闘ヘリを持っているのは相手のセルビアのほうだ。
この田園地帯では、クロアチアに勝ち目はない。

残された道はただひとつ。
市街戦だ。
市街地ならば、身を隠す場所には困らない。
戦車も横一列でやってくることは無い。
通りでは、先頭の車両を破壊すれば、後続の車両は立ち往生だ。
巻き込まれる市民はたまったもんではないが、ここは、セルビア人が多く住んでいた新市街。
もともと破壊するつもりの街だ。

「装備変更だ」
ダルコは、小隊を補給所のトラックの回りに集めた。
セルビアとの戦争が必至の状況になって、さまざまな武器が入ってきている。
この街に集結してきた兵士の中には、ロケットランチャーM72とは別に、スティンガーを背負っている者もいる。
どちらも、我が国の正式ではない。

スティンガー、重量は15kg程度。
歩兵が携帯する対空ミサイルだ。
有効最大射程、8,000m
有効最大高度、3,000m
発射後は、音速を超える速さで、自動的に目標を追尾する。
命中率は、きわめて高い。
これがあるというだけで、ヘリは簡単には近づけない。
いや、高速の戦闘機ですら、低空で地上を攻撃することをためらう。
正式にアメリカの議会を通過した供与品だ。

「ハンニャ、アンジェラ、アルメル」
ダルコは、3人の分隊長の名を呼んだ。
目の前に見慣れたロケットランチャー、M72と見慣れない大型のライフルが並んでいる。
正式にアメリカの連邦議会を通過した供与品の箱の中には、時に、記載されたものとは違うものも入っている。
それが、ダルコの小隊に支給された。
「これは?」
ハンニャが大型のライフルに興味を示した。
「口径25mmのライフルだ。まだ、米軍にも正式に採用されていないらしい」
「お試しセット?後で、モニタリングレポートを書かされたりしない?」
「だいじょうぶだ。本来、ここにあってはならないものだからな」
ダルコのひと言に、ハンニャは、肩で笑った。

バーレットXM109、25mm対物ライフル(アンチマテリアルライフル)
口径25mm、有効射程2000m
戦車以外の戦闘車両なら、装甲を撃ち抜く能力がある。
大口径弾のため射程も長い。
もちろん、人に当たれば、どこに当たっても、かなり高い確率で死ぬ。
通常の口径7.62mmの狙撃銃の場合、軍用のフルメタルジャケット(鉛の弾を銅と亜鉛の合金で包んだもの)弾では、人体を貫通してしまい、心臓や肺といった重要臓器や頭に当たらなければ、死なない可能性も高い。
だが、口径が25mmともなれば、そうはいかない。
たとえ、腹部の貫通だったとしても、胴体が千切れる可能性もある。

余談だが、大口径ライフルでの人の狙撃は、不必要な苦痛を与える非人道的な行為として、ハーグ陸戦条約で禁止されている。
軍用の小銃弾が、すべてフルメタルジャケットなのもこの条約のせいだ。
鉛の弾そのままのソフトポイント弾、先端が窪んで貫通しにくくなっているホローポイント弾、先端に十字の切れ目があって、当たって体内で4つ分裂するダムダム弾などは、軍用としては認められていない。
愚かな取り決めだ。
対物ライフルでヘリを狙う。
ヘリのコクピットの防弾ガラスを撃ち抜く。
そのための銃だ。
コクピットの防弾ガラスの先には…当然、パイロットがいる。

戦場には、手榴弾に小さくきった針金をテープで巻きつける者もいる。
爆発と同時に小さく切った針金が周囲に飛散して人を傷つける。
殺さなければ殺される。
それが戦場なのだ。
どんな取り決めをしようと、戦場のルールは変えられない。
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SCENE 2

ズン
近くにセルビア軍の155ミリ野戦重砲が着弾する。
腹の底に響くいやな音だ。
進撃援護の集中砲火ではない。
不定期にばら撒くように撃ってくる。
昼間はもちろん夜中も…。
気の弱いものは、この音だけで参ってしまう。
この音を聞きながら眠れなければ、戦場では生き残れない。

重砲の砲撃音の中にへりのエンジン音が混じって聞こえる。
「お客さんが来たようだ」
ダルコは立ち上がった。
「場所も任務も同じだ。この通りを誰も…何も、渡らせるな」
ダルコが部隊に指示をする。
「イエッサー」
「不用意に高いところに上がるな」
「イエッサー」
「退路は確実に確保しておけ」
「イエッサー」
誰もがそんなことは十分に承知している。
言うまでもない。
それでもダルコは細かく指示をする。
ダルコは、小隊全員に目をやった。
わずか12名の特殊な部隊。
ゆっくりひとりひとりと目をあわした。

一瞬たりとも気を抜けない戦い。
それが市街戦だ。
路地という路地、建物という建物に敵がいる。
どこからともなく手榴弾が投げ込まれる。
通りの北の街では、数か所で発生した火災が、消火されることなく燃え続けている。
この街に再び人が帰ってくることはないだろう。


ダルコが言ったように、配置も任務も変わらない。
通りの北の市街地にセルビア軍が侵入したのは4日前。
すぐにこの通りにもセルビア軍の先遣部隊がやってきた。
通りの北側の建物の一角がセルビア軍に押さえられたが、それ以上の侵攻は阻止した。
やつらは、一度、通りを渡って南の旧市街に突入しようとしたが、多くの死体を残して、元の位置に戻っている。
その後は、補給がままならないのだろう、閉じこもったまま出てこない。
やつらが閉じこもった建物は、通りに面したオフィスビル4つ。
我が軍もこれを包囲できないまま、すでに3日めになる。
北の市街地を砲撃していたセルビア軍の重砲が、市街地を越えて、南の旧市街への砲撃に切り替わった。
北では我が軍とセルビア軍が入り乱れているためだ。

「小隊長」
インカムにハンニャの声が入った。
小隊でただひとりの女だが、第二分隊の分隊長だ。
腕は確かだ。
「何だ」
「東に戦車です」
街を東西にまっすぐ走る国道。
東はボスニアとの国境だが、セルビア軍は、そっちに迂回したようだ。
「確認した」
「来ますかね?」
「おそらく中には入ってこない。主力は南に回って、街を包囲するはずだ」

「小隊長」
今度はボシュコだ。
「何だ?」
「本部からの通信です。第53連隊に撤退命令です」
第53連隊は、今、目の前で市街戦を繰り広げている部隊だ。
日に日に戦闘場所が、南へ南へと押しやられてきている。
第53連隊が撤退すれば、この通りが最前線となる。

ダルコは、部下全員にインカムの回線を開いた。
「ダルコだ。53連隊が撤退する。これでいよいよ俺達が先頭だ」
全員の緊張がインカム越しに伝わってくる。
「53連隊の撤退が終わるまで、できるだけ時間を稼げ。ただし、東に戦車がいる。前からも来るかもしれん。アルメル、お前の分隊は交差点に近い。できるだけ交差点から離れろ。戦車が来たら、戦車に通り過ぎられる前にそれぞれの判断で撤退してよい。持ち場を死守する必要はない。ロケットランチャーはできるだけ使うな。繰り返す。戦車を相手にするな。俺達のターゲットは戦車ではない。以上だ」

ダルコは、スコープ越しにセルビア軍をうかがう。
ここ3日間の狙撃で、敵も用心深くなった。
外から見える位置には、もう誰も立たない。
ターゲットを探すダルコの銃がぴたっと止まった。
2階の部屋に人が集まっている。
ビルの西側の小窓からわずかだが、中が覗ける。
開いたままのドアから、男の肩と手が見えていた。
ダルコは、200㍍はなれて、窓に手をついた男のその手のひらを撃ち抜いたこともある。

セルビア軍による市街地の制圧はほぼ完了した。
目の前の国道を越えて南の市街地に突入する前に、その国道に面した最前線のビルで作戦の通達が行われていた。

ダルコは、バーレットXM109の弾倉をはずした。
装甲車両が来たときに備えて、通常のフルメタルジャケット弾とは別にAP弾とHEAT弾の2種類のカートリッジを準備している。
ダルコは、装てんしていた通常のフルメタルジャケット弾を念のためにAP弾(徹甲弾)に取り替えた。
弾芯に鉛よりも固いタングステン鋼を使用したAP弾は、通常弾より貫通力が大きい。
壁越しに男を狙撃する。
目標までの距離800m
開いたドアからのぞく男の肩と手。
肩の位置から胸の場所は推測できる。

ダルコは、引き金を引いた。
バシッ

間仕切りの壁に穴があいて、男が前に吹き飛んだ。
倒れた男に数名の兵士が駆け寄ってくる。
バーレットXM109はセミオートマティックだ。
ダルコは、立て続けに5発撃った。
(間仕切りの壁は、ただのコンパネ(合板)だ。通常弾でよかったか?…)
ようやく誰かがドアを閉めた。

作戦を指示していたマイヨル大尉の横に立っていた下士官が突然、血しぶきを上げて前に突っ伏した。

「おい」
何人かが、倒れた下士官に近寄る。
「近寄るな。ドアを閉めろ。早く」
スアドが叫んだときは、すでに遅かった。
ドアが閉まるまでの数秒間に死体が4つに増えた。

「これは…」
4人とも即死だった。
調べるまでもない。
最初に倒れた下士官の上半身は、左半分が無くなっている。
駆け寄ったひとりは、頭が逆さに向いて胸の中に埋もれている。
あとの2人は、頭がない。
あまりの惨状に言葉がなかった。

「こっちもだ」
壁際で声がした。
そこに2人の兵士が倒れていた。
跳弾だ。
コンクリートの床で跳ねた弾が当たったか、コンクリートの破片が当たったのだろう。

「スアド」
マイヨル大尉が、スアドを呼んだ。
スアドたちは、セルビア正規軍に加わり、土地勘のない兵士を誘導していた。
「はい」
「これが、やつらなんだな」
プロの狙撃兵がいることをスアドは何度も口にしていた。
「そうです」
「何人いるんだ?」
「10名か15名」
「たった…?」
「そうです。たった10数名に仲間が1週間で57人やられました」
セルビア軍もここの通りで、わずか3日間で、すでに275名の死傷者を出している。
「やつらの場所はわかるか?」
「移動していますが、われわれの仲間が常に位置は確認してます」
「ウラジミール少尉。スアドといっしょにやつらを叩け」
「イエッサー」
「後2時間で、戦車部隊が来る。それまでに通りを確保しろ」
「イエッサー」
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SCENE 3

「小隊長」
ボシュコだ。
「何だ?」
「角から2番目のビルで銃声です」
「了解」
そのビルに近いのはアルメルだ。
ダルコは、アルメルの回線を開く。
「ダルコだ。向かいで銃撃戦だ」
「確認してます」
「北の我が軍は、撤退中だ。向かいの建物にいるのは全て敵だと思え」
「了解」

「小隊長」
ハンニャからだ。
「小隊長の前のビルに数人、入りました」
「確認している」
ハンニャは、移動中だ。
「軍曹」
「はい」
「俺の西側、3つ横のビルに来て、待機しててくれ」
「3つ横ですね。了解」
「もうすぐ、始まると思うが、俺が指示するまで絶対に撃つな」
「了解」

終結した敵兵は数人ではない。
すでに60人近い兵士が、ダルコのいる向かいのビルに集っていた。
「ビェラク、ボシュコ、そろそろ来るぞ。できるだけ離れろ」
通りの全域に守備部隊が配置されているが、ここの守備は、緊急招集された予備役中心の152連隊だ、あてにならない。

通りの向かいから、いっせいに発煙弾が撃ち出された。

「ビェラク、ボシュコ、下にさがれ」
ダルコは自分だけ3階に残り、ビェラクとボシュコを2階におろした。
ダルコは、守備隊が自分たちを守ってくれるなどとは考えてもいない。

窓際に積み上げたスチールのロッカーの上にバーレットXM109を置いたダルコは、銃をドラグノフに持ち替えた。
狙撃には、SV98のほうがいいのだが、今回は、接近戦が必至の状況だ。
ダルコは、部下にもドラグノフを持たせた。
通りの幅はわずかに40㍍、敵は目の前から突入するはずだ。
たとえ射程が短くてもセミオートのドラグノフのほうが都合がいい。

発煙弾が打ち込まれたが、敵は動かない。
おそらく、煙の向こうで、突入のための準備が行われているはずだ。

(何を待ってる?…戦車か?)
ダルコは、危険を承知で窓際の壁に寄った。
さっと窓に立ち、スコープ越しにターゲットを探す。
(いた…)
壊れた外壁に身を隠す兵士の皮のブーツが見えている。
(足で十分)
構えると同時に照準をあわし、トリガーを引く。
命中を確認する暇はないが、外すはずもない。
ダルコは、すぐに周囲を見渡し、自分に向いた銃口を探す。



銃声が響いた。
(同じ階なのか?)
発射位置が近いため、スアドは、すぐにその場所をつきとめた。
大柄な男が窓から身を乗り出している。
(やつなのか?)
仲間の命を奪った男。
狙撃された仲間は57人
今朝の6人だって、この男かもしれない。
スアドは、男に見つからないように身を隠した。

スアドは男の斜め向いのビルの3階にいたが、急いで4階に移動する。
同じ階では、相手に発見されて逃げられる恐れがある。
スアドが手にしているのはAK47自動小銃。
狙撃銃ではないが、わずか50㍍ほどの距離だ。
問題はない。
狙撃経験のないスアドには、自動小銃のほうがありがたい。
スアドは、男の姿を追った。

男は、1度撃つと周りを確認し、窓から消える
そして移動して今度は別の窓から狙撃する。
窓に姿を見せて発射するまでに2秒とかからない。
どの窓に顔を出すのか?
スアドは、全ての窓を見はっている。
だが、スアドが気づいて銃を構える頃には、男はすでに狙撃を終えている。
男は、すぐに周りを見る。
そのたびにスアドは慌てて隠れた。
最初の一撃なのだ。
それを外したら、男はもう二度と窓際に立つことはないだろう。

(くそっ…。なんてやつだ)
今度は、発射音を聞くまで、男が窓際に立ったことすら気づかなかった。
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