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第4編 戦う理由

遠くで砲声が聞こえる。
崩れた民家のガレージでわたしは薄汚れた毛布にくるまった。
一度破壊された場所に砲撃はない。
火薬の匂いを嫌うのか、野良犬もやってはこない。

ここは敵と味方が入り乱れる最前線。
砲声以外の音に耳を澄ます。
戦場に法はない
戦場を支配するのは、ただ戦場のルールだけ。
盗まれ、犯され、殺される。

わたしは、リクアニアに住むカルディア人。
父母を密告したのは近所のおばさんだ。
姉を殺したのはリクアニアの兵士だ。
リクアニア人は敵だ。
でも、わたしは昨日、カルディア人を殺した。
わたしの食べ物を奪い、わたしを犯そうとしたからだ。

ここは、戦場の街
敵も味方もない。
女は犯され男は殺される街だ。

(戦場になった街…サーニャ・シェシュリヤより)






「お腹がすいた」

サーニャは、自分の声に驚いて周りを見回した。
ずっと、しゃべっていなかった。
自分の声も忘れていた。

サーニャ・シェシュリヤ。
連邦からの独立を宣言したリクアニア領内に住むカルディア人。
破壊活動幇助という罪でリクアニアの武装警察が彼女の両親を連行、処刑したのは数日前のこと。
姉は、汚らしい兵士たちに犯され殺された。
ただ、その仇は討った。
その兵士たちも、密告した近所の住人ももうこの世にはいない。

サーニャは、おばの家に向った。
唯一の身寄りだが、おばは既にもうそこにはいなかった。
夫がリクアニア人とはいえ、おばもカルディア人だ。
サーニャの両親が捕らえられたのを知って、難が及ぶ前に避難したのだろう。
サーニャは、漠然と北へと向った。
北の新市街はカルディア人が多く住んでいる。
そしてその先は、カルディアとの国境だ。
昼間は、身を潜め、夜になると少しずつ少しずつ北へ北へと移動する。
誰も居なくなった民家のガレージ、物置小屋、身を潜める場所には困らなかったが、食べ物はすぐになくなった。

ほぼ二日間、何も食べていない。
お腹もすいているが、喉が渇いた。
眠いわけではないが、ふっと睡魔が押し寄せてくる。
(死ぬのかな…)
不思議な気持ちだった。
サーニャは、すでに四人、人を殺している。
頭を吹き飛ばして死んでいった兵士の姿がときどき脳裏に蘇る。
敵と戦うすべはあるが、飢えと戦うすべはない。
血を流さずにこんなふうに疲れて眠ってしまっても人は死ぬ。
殺されたくはないが、この街で生き残るのは難しい。

街を南北に分断する国道。
通称、スナイパーズストリート。
この道は、誰も渡れない。
その通りの一本裏の道にあるアパート裏の物置。
サーニャが、そこに身を潜めたのは昨日の夜明け前。
サーニャは、もう丸1日そこにいる。

どうしていいのかわからない。
北に行くには、通りを渡らなければならないが、頻繁に警備の兵士が行き来している。
姉を殺した一五二連隊の兵士たちだ。
もはや引き返すことも難しかった。

(ああ、喉が渇いた、お腹がすいた)

北に行きたいわけでもない。
今は、飢えと渇きを満たすことが先決だった。
(このままじゃ、死んでしまう)
夜が明けるまで、まだ数時間ある。
アパートに人が住んでいる気配はない。
サーニャは、物置を出て、アパートの中に入った。

ひどい荒れようだった。
ドアの鍵は壊され、中にはドアごと壊されている部屋もあった。
(ひどい…)
住民が避難して誰も居なくなった建物。
荒らしていったのは、住民自身だ。
先に避難して行った人の部屋を残った者たちが物色する。
奥に一部屋だけ壊されていないドアがあった。
おそらく最後までここに残っていた住人の部屋がそこだったのだろう。

何もない。
あっても食べられるものではなかった。
水道も水は出なかった。

(疲れた…)

サーニャは、床に寝転んだ。
両親も姉もいない。
北に行ったところで身寄りがあるわけでもない。

(眠ろう…)

サーニャは、体中の緊張を解いた。
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「おい」
誰かが自分を呼んでいるような気がした。
(誰?ほっといてよ…)
「おい」
何度も呼ぶ。
「うっ…」
目を開けると、すぐに口を塞がれた。

男が三人、自分を見下ろしている。
ポケットの銃?
ポケットに伸ばそうとしたサーニャの手を男がつかんだ。
銃は、その男が握っていた。
「お前、カルディア人だな?」
絶望的な質問だった。
(殺される…)
姉の姿が脳裏に浮かんだが、なぜか恐怖はなかった。
それも、もうどうでもいい。
抵抗する気も力もない。
サーニャはまた目を閉じた。

「おい、起きろ」
無理矢理引き起こされた。
「心配するな。俺達も同じだ。敵じゃない」
(敵じゃない?…敵?)
「名前は?」
30歳くらいだろうか、やけに色の白い男に訊かれた。
「サーニャ」
信用したわけではないが、知られて困る名でもない。
「で、サーニャ、こんなとこで何をしてる?」
(何をしてる?…何をしてるんだろう、わたし?)
「逃げてきたのか?」
サーニャは、うなずいた。
「どこへ行くつもりだ?…北か?」
もう一度、うなずいた。

男は何か考えているようだった。
目があってはいるが、自分を見ているようには思えない。
「サーニャ、俺達は、カルディア人居住区の分離独立のために戦っている。北に行きたいんなら、連れていってやってもいい。俺達と来るか?」
思いがけない言葉だった。
選択の余地はない。
このままひとりでいても、飢えて死ぬだけだ。
サーニャは、また、うなずいた。
「よしっ、じゃ、行こう」
男に腕を引っ張り挙げられたが、サーニャはうまく立てない。
「どうした?怪我でもしてるのか?」
なんとか立ち上がったサーニャは首を横に振った。
「何も…食べていない」
たったこれだけの言葉も一息では言えなかった。
「食え」
横から別の男がビスケットと水筒を差し出した。
わずか数枚のビスケットと数百ccの水
たったこれだけでも関節に力が戻った。
最初に声をかけた男は部屋の隅で携帯で誰かと話し出した。
彼の名はスイイド、彼らのリーダーだ。

「行くぞ」
スイイドは、そう言うとそのまま歩き出した。
他の男達が立ち上がる。
怪我でもしているのか先頭のスイイドは左足を引きずるように歩く。
彼の後に従う二人の男に挟まれるようにサーニャも歩き出した。
歩きなれた道なのだろう。
まだ薄暗い中を男達は、黙ったままたんたんと歩く。
男達は、誰も名乗らなかった。

建物の合間から、国道が見えた。
スイイドが立ち止まった。
「サーニャ」
押し殺した小さな声だ。
「俺達は、別の任務があるので、ここまでだ。…あそこの三つ並んだビル、わかるか?」
男の指差す建物をサーニャは目で追った。
「あの三つのビルのどこかに仲間が居る。頻繁に移動しているので、どこかはわからない。たぶん、どれかのビルの二階だ。後はそいつらがお前を北に運んでくれる」
「探すんですか?」
「彼らは隠れている。お前が行くことは伝えてある。向こうがお前を見つけてくれる。心配するな」
心配するなと言うほうが無理な話だ。
サーニャは無理に北に行きたいわけでもない。

「あのぉ…」
「しっ!」
スイイドがサーニャの言葉をさえぎった。
後ろを見張っていた男が、こっちに指を一本立てている。
その指が、五本になった。
「くそっ!さっき回ったばかりだろ」
「早く!」
前を見張っている男が、手招きする。
「サーニャ、これを返そう」
スイイドが取り上げていた拳銃をサーニャに返した。
サーニャがそれを受け取り、ポケットにしまったとき…。
「行け!」
(えっ?)
サーニャは、突然、背中を押されて通りに飛び出してしまった。
振り返ろうとしたサーニャの視線にリクアニア軍の忌まわしい軍服が目に入った。
「誰だ?動くな」
先頭の兵士が、自分に向かって駆けて来る。
ようやく振り返ったときには、男達は、ビルの谷間を縫うように消えていた。
(置き去られた…?)
「動くな!」
兵士の足音が、すぐそこに迫っていた。
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「いや…きゃぁーっ…」

女の悲鳴が聞こえた。
いや、そんな気がしただけだ。
俺達がここに配備された最初の頃は、けっこういたるところで女の悲鳴は聞こえた。
だが、しだいに減り、ここ数日は、女どころか人の気配さえない。

「ビェラク」
俺は、インカムでビェラクを呼んだ。
「はい」
「女の悲鳴が聞こえたか?」
「いえ、何も…。一五二連隊じゃないですか?」
「たぶんそうだろうが、こんな時に…」
「こんなとき?…そう…ですね。変ですね」
ビェラクも不審さを理解したようだ。

カルディア正規軍は国境に集結した。
全面戦争は、時間の問題だ。
ここは、女がひとりでうろつく所ではない。
今、無理にこの通りを渡らなくても、すぐにカルディア軍がやってくる。
カルディア人の武装勢力も友軍の進撃を待っているのだろう。
二日ほど前から、やつらの動きも止まったままだ。

「見てきましょうか?」
「いや、俺が見る。お前は通りを見張ってろ」
「了解」

俺の名は、ダルコ・ブレシッチ。
プロのスナイパーを集めた狙撃中隊の第三小隊の小隊長を務めている。
階級は少尉。
俺のことを、“壁の奥まで見える”と言うやつもいる。
さすがに壁の奥は見えないが、壁越しに狙撃したことは何度かある。
ターゲットは壁の向こうだ、当たったかどうかはわからない。
ただ、
…外したとは思っていない。
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