自死遺族の特殊清掃屋ブログ ◯36977713◯

ハウスクリーニング // 特殊清掃 // 遺品整理 // 害虫駆除 // 脱臭•消臭 // 除菌•消毒•殺菌 // 死者枕経典
仕事とオフ、日々のつぶやき、死後存続を知った体験でも書ければと思います。
記事削除したFacebook掲載「さとりのしっぽ」の転載もしていきます。


テーマ:

 

タイミングに悩みましたが、

今回は..若干際どい話題について書こうと思います。

 

 

 

事故物件です。

 

 

自分的には

「いつか触れねばいかんだろう」..とは

思っていました。

 

 

心理的瑕疵をめぐる問題で

モメる事はごく普通にあることです。

 

信仰意識の個人差や観念が左右してくるゆえの

難しさがあるように思います。

 

 

 

 

 

有名な事故物件サイトと遺族側で

度々衝突が起きていますが、

 

一番の問題は明らかに、

"死に対する世間の捉え方"にあります。

 

 

 

 

遺族支援団体が偏見に対する取り組みに

力を注意でいます。

 

それが必要な事は確かに感じます。

 

しかしその道は険しいという現状が

あります。痛感せざるをえないです。

 

 

 

人の死が

どこか日常から離れがちな今の日本の社会で、

死について直接的に掘り下げて考える機会は

少なくなってきました。

 

考えざるをえなかった遺族の立場と、

考えなくても差し支え無く暮らしていける立場とでは、

 

問題に向き合い論ずる上で

どうしても温度差が生じてしまうでしょう。

 

解決には、無理のない

死生観の自己啓発の課題が

第一に挙げられるように感じますが、

 

その実現あるいは定着への難しさが

心理的瑕疵問題の前に立ちふさがっていると

言えましょう...。

 

 

 

 

[死]に向き合う姿勢は

[生]に対する啓発機会にもなります。

 

現代社会がそういったことに

疎遠になればなるほど、

生きることについての根本的な考え・指針に、

脆弱性が孕むとも限りません。

 

....."芯"が育まれないと思うのです。

 

 

<考えて、考えて、考えて、

...そして気づかされる>

 

という機会が無くなれば

いずれどこかしらで不具合の生じる可能性は高い筈です。

 

 

死を知ることで生を知り、

それによって己のなすべきを見出す...。

 

これを欠いて

社会の歪みは正せないのではないでしょうか。

 

 

 

 

 

 

 

....スピな話を付け足しましょう。

 

事故物件で、

世間が恐れるような明確な現象めいた出来事

そうそう起こり得るものでは無いです。

 

(物的関与は本来無理な相談ですから...。)

 

 

ただし、

 

居るか居ないか

でいうと、

 

気付こうが気付くまいが、

...自死に限ればその可能性は

まあ...ぶっちゃけ、

大いにあります。

(関わり合いは別として)

 

 

しかし、亡くなった方自身の意識問題に

何か良い変化があった場合には、

その心理的不安感は全く無駄

心配となるでしょう。

 

 

 

 

 

肉体と意識の接続が絶たれた以降は、

時間概念が強制的になくなります。

 

そして意識自体は、

思うことによって行動を可能とする

ようになります。

(多次元環境においては祈りも行為になるという事です。

行動を伴わない祈りの在り方について考えを改める一要素になるでしょう)

 

そして、

"その時"を思い返すことが

現場で反復現象として表れます。

(認識の可否こそあれ)

 

今の自分の心の状態を

直視せざるをえない仕組み/状況下の中で

意識が好転に向った時、

故人の心は"その時"の事から解脱します。

 

 

気持ちに決着がつくか否かが肝心なのであり、

結局はそれが全てです。

 

これは意識の世界の仕組みです。

 

 

 

 

こうしてみますと、

 

事故物件を気味悪く思うのも理解出来る反面、

一方的な勝手な思い込みで

心理的独り相撲みたいな

ことをやってしまっている可能性も

非常に高いわけで、

 

...なんだかなぁ〜 (-"-;A

 

とは思います。

 

 

 

とある名の知れた宗教団体では

「自殺者の魂は本来の寿命に至るまでその場に留まる」

というような教えを説いていますが、

 

これは、

あっち側を正しく

把握できていない証拠

です。

 

 

何かの文献で得た知識なのか、

情報得られずに立てた独自の仮説なのか、

わかりませんが

 

誤った認識が浸透している

ことの証の一つだと思います。

 

 

 

 

..........(´・ω・`)

 

 

無理もないとはいえ、

残念ながら今の宗教界は多くが道を外しています。

 

これはなにも

形式的な教理に限った話ではありません。

 

 

"立場"というものが使命や責任感を与える一方で

良からぬ影響をもたらしている様子が見て取れます。

 

...しかしそれは

僕らにとっても言える事......。

 

 

 

なんにせよ、

 

発想を"立場"から離してみるのは、

多くの問題にとって極めて重要な事ではないでしょうか。

 

 

自然調和、社会調和の鍵だと思います。

 

 

 

 

 

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