本質思考の人は、場の空気や人の感情に共鳴し過ぎる傾向もあったりするのかな。


 

(隠れファンです)

 

 

「読める」が故に、

ぺラい人も一瞬で見抜いてしまうから

人の往来がカオスなところへ行くと色々とぐだっとなる。

 

 

最近では朝の情報番組でも

取り上げられてるらしい「SNS起業」

 

読める系の人(って言っても良いのかな笑)は

このSNS起業系で表に立ってる人種を

基本的にはあまりよく思ってないんじゃないかなあ。

 

 

(【SNS起業系の人=ぺラい】

と短絡的に結びつけいると言う意味では無くて

SNS起業系の中でも本質つかんでやってる人と、

ただの情弱煽りでしょというのは

自分の中でわきまえてる、っていう前提でね。)

 

 

え、なにこのぺラい記事とか

いつも同じボキャブラリーのポエム書かないでよとか

何でこういうのにいいねがたくさんつくんだろう

 

などなど、よく感じたりしません?笑

 

 

まあ、私自身もタイトルを

「非キラキラ系」とかつけちゃったもんだからw

 

華やかな人たちの発信を斜に構えて見てしまって

 

「ああ、やっぱり自分は

受けの悪いことしかできないんだなあ」

 

って、ひとりで自己嫌悪劇場をしたり。

 

 

でも華やかさの中にも

ペラさと深さもあるし

 

一見洞察力がありそうな文章でも

ただでさえ少ないうどん粉を

めいいっぱい拡げただけだろう的な

ペラさだってある。


(プロブロガーの記事つまらん、

という告発的な記事をたまたま見て知りましたw)



わたし的所感としては、

イタコみたいに読める本質系の人は

本人基準で50点ぐらいの出来で何か書き物しても

ペラく見えることはほぼないと思います。

むしろ考え過ぎてオーバーヒートするかとw

 

 

なので、たまには

いわゆる「流行りもん」を
今どき風に楽しんでも良いんじゃないかなあ。
 

 

 

ってことで

インスタ映えやってみました。

いや、出来てないわ‥滝汗

 

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ふぇーすぶっくの傘下、

ブームもいつまで続くんだろうね・・・

(←あ、またひねくれてる!笑)
 

 

 

あ、口数(文字数・言葉数)少なながらにも

ずばっと突く傾向もあるでしょうし、

ツイッターはやりやすいかも?


 

twetter呟いてます。

パソコン煽られ過ぎて疲弊した人の拠り所となれば

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まあ、ふぇーすぶっくは

意識高い系のぺラい投稿が多いですからね。

 


 

 

嫌になるのもわかるんですが、

かといって全員が有意義な情報を

流してないかって言われたら

そんなことはないはずで。

 

 

SNSを開いて

「有意義じゃない」って思ってしまうなら

自分にとっての有意義なものを

わざわざ見えなくしてるんじゃないかなあ。

 

 

という、魔女見習いのぼやきでした真顔

 

 

 

ところでこのツイート、
あるある過ぎて笑えるニヒヒ

 



ツイッターは文字数が少ない分、
ストレートになりやすい上に

オープンなのに吐き出しやすい不思議さ。

 

それに、ツイッターこそ

色んな価値観垣間見れるからね。

 

 

三十一文字で気持ちを

表わすことのできる日本人には

ふぇーすぶっくより楽しいんじゃないかなあ。

 

 

ってことで、twetter呟いてます。

 

 

ニヒヒ

 

 

パソコン★あ、ひっそりと新しくブログ作りました。

 

 

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miyako


1987年千葉県生まれ。
親の転勤で拠点を転々とし、
現在は神戸のほど近くに住んで2年程。

言語は標準語と関西弁が入り乱れてますが、
神戸周辺の散歩やカフェめぐり、写真撮影も楽しんでいます。

 

本職は教育機関に携わりながら
こちらでは、スピリチュアルや心理学で陥りやすい罠や、
組織やコミュニティに群がる人を
冷たい視点で見ながらも、
実は過去の自分の反省文として紡いでいます。

 

好きなことは、緑の多い場所でのんびりすること。

苦手なモノは、うわべだけのキレイゴトや眩しすぎる女性たち。

 

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「非キラキラ系にしかなれない生き方」

 

なにをもって「非キラキラ」とするかというところですが、

わたし自身の定義としてはこれです。

 


「この世に確かなものは存在しない。
だからこそ、自分だけの感覚を信じ
群れず、媚びず、錆びない人になろう。」

 

 

 

これでもいいですが、もう少し、

「わたしも非キラキラ系です!」と

共感を呼んでもらえそうな定義を書くと。


 


 

きのこクラスの中心グループにもなれなくて

教室の隅っこの方でぐちゃぐちゃと落書きを楽しむような人種

 

 

きのこ就活で大手企業を受けてみてもしっくりこず

あまのじゃくに脇道逸れたサラリーマン(サラリーウーマン?)を楽しむ人種

 

 

きのこかといって、

起業して「好きを仕事に♡」という人種が

キレイゴトにしか聞こえなくて

口に含んだ牛乳を吹き出しそうになる人種

 

 

 

・・・・チーン真顔

 

 

 

非キラキラ系は、

レッドカーペットを歩まず、

王道外したらどうなるんだと

変な道をコソコソと楽しむような人を指します。

 

 

レッドカーペットの先にある特等席に

ダイレクトに座ることで

「女王様感覚」を得る訳ではなく

 

脇道を歩むことそのものが

「女王様感覚」を得てしまう

とっても奇特な人種です。

 

 

 

もしかしたら、

「自分だってそうなりたかったんじゃないのかよ」

と激しいツッコミが入りそうになる

最高につまらないブログです。

 

 

ああ‥読者が離れてしまいそう滝汗

 

 

そうです。

 

いわゆる
 

「10kg減量する方法」
「月収100万円を達成するノウハウ」
 

などと言った、問題解決型のブログではありません。




ですが、文章を書く大前提として

「群れない、媚びない、錆びない」

をモットーにしております。



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何でそんな一匹狼みたいなモットーなの?

 

 


人間嫌いなの?
俗世を捨てたの?

そんな、変な妄想が巡るかもしれませんw



その大きな理由として、
カウンセラー・セラピスト、起業系の世界に
足を突っ込んだ時に、組織やコミュニティ、
リーダー格の人などに過度に依存し、

 

「この人ついていけば!
 この組織に属していれば、絶対に大丈夫!
 時代に乗り遅れることはない!」

 

と、ほかの世界の考えを取り入れることのない風潮と、
トライ&エラーで考えない
腐りきった自分自身にウンザリしたからです。

 
 

新卒入社2カ月目にして「絶対に辞めてやる」と決意

 

 


少し過去にさかのぼりますが、
大学卒業後、繊維専門商社にて
経理事務に携わっていました。


ところがどっこい!


新入社員2カ月目の部署での飲み会にて、
部署全員が居るにも関わらず、
上司同士の殴り合い寸前の喧嘩がはじまり
会が終わっても止まなかったのを目の当たりに。


その事件をきっかけに


「こんな大人たちと働いて、
 ずっと同じ組織に居るのは危険だ。
 自分の仕事や人生は、自分で作っていかなきゃ。

 でも、何をやりたかったんだろう。
 何でわたしはこの会社に入ったんだろう‥」



と、思い悩んだことから、
色彩心理をはじめとした心理学・潜在意識
スピリチュアル・カウンセリングなどついて追求しました。


講座に参加するにつれて
セラピスト、カウンセラーの方、

またその職を目指す人や
既にフリーランスであったり、
起業している人とも関わることも増えてきました。


休日に会社以外の方と過ごす時間や
ボーナスを使って直感的に旅行に行ったことは
入社当初は「毎日つまらない」とぼやいていた
OL生活に刺激を与えてくれました。


ずっとわたしの中にあった
「ずっと正社員で同じ会社で勤めなきゃダメ」
という謎の神話を崩すことになり、
入社3年半後にしてめでたく退職することに。

 

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組織から脱出したはずなのに、脱出できなかった

 

 

以来、自分らしい人生の幕開けだ!と希望を抱き
セラピスト業、セミナー撮影業、英語講師などを
色々チャレンジしながら、起業家などと交流していきました。

 

世間が言うところの
「好きを仕事に」、「パラレルキャリア」
という理想的な生活に着実に近づいているように
傍からは思えたかもしれません。

 

ですが、自分の身を顧みずに多忙すぎる日々を送り
心身をすり減らしてしまったことと、
コミュニティや特定の人に依存しきっている人も
人を駒としてしか見ていないような人とも
関わることもあり、


「ほんとうに自分らしく生きている人って一体??」

 

と疑問を抱くように。

 

中には、生活も危うい人もいれば
カウンセラーとして生計は立てているものの、
精神的にクライアントに依存しきっている人もいました。

 


そして、長年つきあいのあった方と
あっさりと切られてしまったときに
ある種の諦めがわたしをよぎりました。

 

(この「切られた」というのはとんだ被害妄想であるのは承知ですが
当時のわたしには、そう感じざるを得ませんでした)


 

 

「あぁ、どんなにチカラのある人と居たって
 繁栄してるコミュニティに参加していたって
 絶対的なものは存在しないんだ。
 
 他の世界の智恵も取り入れながらも、
 自分の内なる声を丁寧に聞いて
 人生をデザインしていく人が、伸びる人なんだ」


 


色々学んで、会社勤めを一旦辞めてみたものの
いわゆるキラキラした生活はそこにはありませんでした。
当時の恋愛もあんまりうまくいかず、残念でしたw

 
 

今流行りの、「自分らしく生きる」の解

 


「好きなことを生業に!」
「会社員の傍らでブログ書いて月収●●万!」
「SNSは絶対に自撮り!w」

を実践している人が、
らしく生きている人ではなくて。

 

「ほんとうに自分らしく生きている人」は
自営でも、会社員でも、専業主婦でも
社会への露出度も関係ない。

人生は自分でデザインし、
自分なりの信条を持ち、たまに間違えたとしても
本音と感性を貫き通す人こそが、”らしい”人。


 

そういう人こそ気持ち良く愛されるんだ、と
20代が終わる前にして気付いたときに
ようやくわたしにも春が訪れました。笑


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何物でもないことに目を付けることこそ、長く愛される在り方に繋がる




ところで、古典の授業でおなじみの
「徒然草」著者の吉田兼好さんも
いわゆる出世コースを歩んだ訳でもなく、
掛け持ちでアルバイトしていたという、
いわば「何物でもない人」だったそうです。


何物でもない人によって
徒然と書かれたものが、時代を超えて読み継がれる。



もちろん、第三者に読んでもらうと思ったら、
単に好き放題にすれば良いというものでは決してない。

だけど、パッと見なんでもなさそうなことに対して
多角的に考えることが、
結果的に読んでもらえる(目を引いてもらえる)
ものを生み出す体力がつくように感じます。


参考図書:兼好法師徒然草 [ 荻野文子 ]

 

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わたしは、キャリアウーマンでもなければ
インパクトのある実績も残していません。


営業で数字を挙げる方や、
子育てと仕事を両立している人などを見ると、
「神か!!」
と思います。


現在はセラピスト、カウンセラーでもなく
ほんとうになんでもない
事務方の企業勤めでありますし、


Facebookやブログなどで、
啓発めいたイケイケな言葉や、
スピリチュアル感満載の綺麗な言葉を紡げるほど
達者でも仙人でもありません。


むしろそういう人種を見ると斜に構えてしまいます。笑


そんな、何者にもなれない人だからこそ
特になんということもなさそうに見えることに
価値を見だして綴っていきたいな、という所存です。

 


「群れない、媚びない、錆びない」

 

それは、一見寂しそうに見えて
ほんとうに繋がりたい人と深くつながる在り方。


「こんなこと思っているのは自分だけかな?」
「自分の感覚は変わっているから、理解してもらえない」



と感じてしまう、感性豊かな人こそ
センセーショナルなその場しのぎの
思考や表現に巻かれることのないように。



多少いびつでも、
臆することなく表現していけば、
自分にフィットした人を愛せるし愛される
ことを感じられる一石になれば、と
ささやかながら思っております。


どうぞよろしく。

 

 

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わたしは、わたしのままでは輝けない。

多少はよそゆきの顔しなくちゃねwwウインク

 

 

 

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「好きを仕事にしよう!」
「強みを仕事に活かそう!」

 

 と今日もぎゃんぎゃんSNSやアメブロを賑わせておりますが。

 

能力があるというのと、

そのスキルが直接的に連想される仕事へと活かす、 

または事業をするとことは、

必ずしもイコールにはなりません。  

 

 

というよりか、そもそも

その職業を目指す必要がないのに

「これじゃなくっちゃ、ダメなの!!」

と固執してることが問題のような気もしますけどね。

 

 

講座で得たスキルが仕事にならないのは、そもそもその職業を目指す必要がない。

 

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よくある論理。

 

 

「AIが発達したら、これまでの仕事の

ほとんどが奪われてしまうから

好きなことは仕事にせざるを得ない」

 

 

これは甚だ謎。

 

 

 

 

 

 

わたしは思うんですが、

 

お金をもらわなくても、注目を浴びなくても

純粋に「好き」な気持ちであるならば

 

 

その「好き」が

「せざるを得ない」に変わってしまったら、

好きなことへの深みにはまりきれないと

思ってしまうのです。


 

頻度はどうであれ

長く”続いてしまう”ものは

好きなことでしかないのは事実。

 

 

ただ、

好きなことを仕事にしない人もいるでしょう。

 

 

たとえね、今の身分が給与定額のサラリーマンで

好きではないことをやむを得ずやっていたとしても、

それが自分しか出来ないことがあれば、

それも尊いことじゃないかなあ、と思うのは、

没落組の言い訳かもしれませんね^^