2007-09-11 15:07:56

花火

テーマ:うそ日記・その弐

hanabi




縁側で、花火を見た。

夏を送る花火である。


こいびとが来ると、いつもは姿を現わさない獏が、

――といって隠れているわけではなく、どこかの物陰(豚の蚊遣りの中とか、

文箱の後ろとか、竹ぼうきの透き間とか)でひっそりと眠っているだけなのだが――

珍しく、今夜は縁側の端に腰掛けている。

こいびとは、その獏の姿を注視するでもなく無視するわけでもなく、

ごく自然に並んで腰をおろしている。

いったいいつのまに、ふたりは互いを受け入れたのか。

訊きたいような気もしたが、それは野暮というものです、と、

こいびとに言われそうだったので、やめておいた。


こいびととあたしは顎を高くあげて夜空を眺め、

獏はうつむいて、睡蓮鉢を見おろしている。

どうやら獏は、水面に映る花火を楽しんでいるらしい。

夜色の水の中では、赤い金魚がひらりと尾を揺らしながら、

さかんに顎(どこが顎なのかさだかではないが)をあげている。

金魚が見ているのは、夜空に咲く花火なのか。

それとも水面に揺れる花火なのか。

水の中から眺める花火は、いったいどんなものだろう。

ちょっと見てみたいような気がして、わずかばかり金魚を羨む。


いよいよ最後の2尺玉。

今か今かと息をとめて待っていると、

ふいに火の玉が天に向かって飛び立った。

あ、と、こいびととあたしが思わず声をあげるそばで、

獏が、えっ、と、声にならぬ声をあげる。

え? 

そう思いつつも火の玉を追う目の端に、ちらりと赤い金魚が見えた。

火の玉を追うかのように、まっすぐに天にのぼっていく。

高く高くのぼりつめ、どこまでのぼるつもりなのかと案じたとたん、

玉は弾けて花になり、夜空いっぱいに広がった。


あんぐりと口をあけるこいびととあたしと獏の顔が、

夕焼けのような色に染まっている。

どーん、と、遅れて音がやってくる。

音と共に、大輪の菊の花びらが、しゅわしゅわと夜空に溶けていく。


花火の消えた夜空に、ひとつふたつと星が戻り、

庭の草むらには虫の声が戻ったが、

赤い金魚は戻らなかった。


夏の終りの花火は、さみしい。



2007-08-12 04:00:34

金魚

テーマ:うそ日記・その弐


sora



獏が、睡蓮鉢をのぞいている。

睡蓮鉢といっても、睡蓮は数年前に枯れ絶えてしまったので、

ただの水を張った鉢である。

いい具合に水藻が繁っているので、そこに先日の金魚を放ったところ、

獏は日がな一日、その縁に腰掛けて、水面をのぞいているのだった。

どうやら、惚れてしまったらしい。


獏の思いを知ってか知らずか、金魚は青い藻のあいだを、すんすんと泳いでいる。

時には長く沈み込み、時には水面にぽかりと口を出したりもする。

獏は、なにもせず、なにも言わず、ただただその様を見つめている。


獏と金魚の恋は、成就しうるのか否か。

明日こいびとが来たら、聞いてみようと思う。


午後遅く、文机に向かうと、

立てかけてあった温度計が、真っ赤な顔をして倒れていた。

あまりの暑さに、へたばってしまったようである。

気の毒に思って冷凍庫に横たえると、今度はかたかた震え出す。

温度計にとっての適温とは、と、しばし思い悩む。


日暮れても、空が蒼い。



2007-07-29 16:53:45

長靴

テーマ:うそ日記・その弐


nagagutu


七月三十日  はれ のち かみなり


午後遅く、盛大な夕立がやってくる。
ざあざあと降る雨の音に、昼寝する獏のいびきも聞こえぬほど。
雷神さまに何かあったのだろうか。
何かよほど、気持がくさくさとするようなことがあったのか。

それにしても、このままではいたるところ洪水、ということになりかねない。
にわかに不安になり、うろたえたとたん、雨はやんだ。
蛇口をきゅっと締めたように、ぴたりとやんだのだった。
呆気にとられ、玄関の引き戸をあけて、空を見あげると、
もう気が済んだとばかりに、悠々と引き上げていく黒雲が見えた。
くさくさとした想いは晴れたのだろうか。
雲の透き間から、薄青い空が、困惑気味に広がっていく。

ふと、家の前に並べた植木の影に見慣れぬものを見たような気がして、
思わず目を懲らす。
と、黒いゴム長靴が一足。
しまった、と思う。
今朝の薄日に油断して、日だまりに干しておいたのである。
長靴はこいびとが置いていったものなので、日頃長靴など履かないあたしは、
その存在をつい失念してしまったのだった。

ゴム草履をつっかけて駆け寄ると、長靴の中にはたっぷりと雨水が溜まっていた。
青空を映すその水たまりの中に、金魚が一匹泳いでいる。
赤くすらりとした金魚である。
はて。いつのまに。
雨と共に降ってきたのだろうか。
雷神さまからの贈り物であろうか。

ふくらはぎに跳ね返った雨水が、ぽつんと冷たい。

 

2007-07-22 21:59:40

靄(もや)

テーマ:うそ日記・その弐

tuyu




夜明けに目が覚める。

あまりにきっぱり目覚めてしまったので、観念して起き上がり、

茶の間に行って雨戸をあけた。

と、庭に靄(もや)が立ちこめている。

朝顔と露草の青が、時折見え隠れするだけで、

あとはただ真白いだけの、うやむやな朝である。


そういえば目覚める間際まで夢を見ていたような気がするが、

いったいどんな夢だったのか。

思い出せそうで、思い出せない。

どうやら頭の中にまで、靄が立ちこめているらしい。


頭を前後左右に振り、ついでに手足も動かして、

でたらめなラヂオ体操をしていると、いつのまにか足もとに獏がいた。

驚いて、揚げた足の下ろし場所に迷い、思わずよろけて文句を言う。


獏は少しも動ぜず、大きな欠伸をしながら庭を指さし、

「もや」と言う。

そう。靄だ。見れば分かる。

憤然とするあたしを指さし、獏は更に「ゆめ」と言う。

夢?


そうか。そうだ。そうだった。

これは夢。

朝靄がたちこめる庭を、漠とふたりで見ている夢。

ただ白いだけの、うやむやな夢。


そう思ったとたん、目が覚めた。


ぼんやりとしたまま茶の間に行き、雨戸をあけると、

夜が明けたところだった。

庭のそこかしこから、白いもやもやとしたものがのぼっていく。

薄灰色の空の彼方に、すうと吸いこまれていく。

豚の蚊遣りの中で寝ていた獏が薄目をあけ、大きな欠伸をひとつして、

また静かに目をとじた。


朝顔とつゆ草の青が濡れている。


 

2007-07-19 00:55:15

相合い傘

テーマ:うそ日記・その弐


buta




七月十八日 曇り、ときどき、内緒

こいびとと、買い物に行く。
傘は1本しかないので、相合い傘である。
しばらくして、傘が濡れていないことに気づき、
やんだのかと思ってたたんで歩きはじめると、やはり肌に雨の気配がする。
目を懲らしても、しずくのようなものは見えないのだが、
髪やうなじや腕や頬が、しっとりと冷たい。
雨はぴちゃぴちゃともしとしととも言わぬまま、少しずつからだを濡らしていくのである。

降っているのか、やんでいるのか、いったいどっちなんだ、え、はっきりしろぃ、
と、空を見あげながら胸の中で毒づくと、こいびとが再び傘をひらいて、そっと言う。
内緒。
え?
内緒で降っているんですよ、この雨は。

そういえば時折、耳の奥がこそばゆいような感じがある。
どうやら雨は、ひそひそと内緒話をするように、こっそり降っているらしい。
得心して、それ以上雨を責めるのはやめにした。

煙ったような一本道を歩きながら、買うべきものを復唱する。
ひそやかな雨に遠慮して、こそこそと小声で言ってみる。
ほたるいかの一夜干し、ニッキ飴、三色そうめん、四川風麻婆茄子の素、
五色豆、六花亭バターサンド、七色唐辛子。
ニッキ飴は、獏の好物である。
ひとつ復唱するたびに、相合い傘の中にかすかに霧がたちこめる。
こいびとの顔が、もやもやと揺らいで見える。

どこからかフルートの音色のような、か細い祭り囃子が聞こえてくる。
市場はまだ遠い。

 

 

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