2007-01-24 03:54:27

美鈴(5・ヘアゴム)

テーマ:連作掌編


gomu




小春日和。

目覚めてテレビをつけたら、気象予報士がそう言ったのだ。

小春日和ということは、洗濯日和ということ。

そう思ったとたん、美鈴はもうベッドから抜け出して、

スリッパに素足を突っ込んでいた。


服を着替え、脱いだパジャマを洗濯機に放り込む。

窓を開けはなし、キッチンで珈琲メーカーをセットして、洗面所に向かい、

肩までの髪をゴムでくくって、丁寧に歯を磨き、勢いよく顔を洗う。

とって返して、ベッドから剥がしたシーツやカバー類をベランダで叩き、

ネットに入れて、洗濯機に。

洗剤を入れて、スイッチオン。

もう一度とって返して、ベランダの手すりを雑巾できれいに拭いてから、

羽毛布団と綿毛布を干し、布団ばさみ――巨大な洗濯ばさみのようなもの――で、

しっかりと留めた。


そこまで一気に終わらせると、ちょうど珈琲が落ちたところだった。

大ぶりのマグカップに、きっかり1杯分。

それを片手に窓際に立ち、朝の空気を胸いっぱいに深く吸う。

見あげれば、澄んだ水色の空が広がっていて、

家々の屋根に朝の光が反射して眩しい。

冬が好きだ、と、美鈴は思う。

一年中で一番「凛」としているから。

葉を落とした木々も、どこかさっぱりとした表情で、

すっくと背筋を伸ばして立っている。


そういえば、いつか苑子が言っていた。

冬は淋しくて嫌いだと。

あの子は、いつだって淋しがっているくせに。

春も夏も秋も、朝も夜も。

気まぐれなよもぎは、一見季節なんかに振り回されず、

ひょうひょうと暮らしているように見える。

けれど、実は極度の冷え症なのだ。

かじかんだ指先に息を吹きかけているのを見ると、

美鈴はいつもひとこと言わずにいられない。

だいたい、よもぎは痩せすぎなのよ――。

だから冬になると、苑子はいつにも増して家に籠もりがちになり、

よもぎは、冬眠するクマみたいに寝てばかりいる。

きっと今も、ふたりの部屋のカーテンは閉めきったままだろう。

こんなに気持ちの良い朝なのに。


そう、柊も朝寝坊だった。

何度起こしても、蓑虫みたいに布団にくるまったまま、起きようとしなかった。

難しい年頃の少年みたいに眉間にしわを寄せて、眠りこけていた。

実際、あいつは蓑虫みたいな男だった。

冬の寒さをしのぐためだけに、この部屋にいて、

春一番が吹いたとたん、蓑を破り捨て、どこかへ行ってしまった。

風にさらわれるようにして。


あれは、不覚だった。一生の不覚。

あんな男に関わるなんて、私はどうかしていたのだ、と、

美鈴は訳の分からない怒りにかられる。

でも、それももう過ぎたこと。終わったことなのだ。

そう自分に言い聞かせて、醒めかけた珈琲を飲むと、

束ねた髪の首筋がぞくりとして、美鈴は小さく身震いをした。


さて、と。

声に出してそう言ってから、珈琲を飲み干し、キッチンに立つ。

一日の始まりは朝食から。

冷蔵庫を開けて、豆腐やしらす干しを取りだしながら、

キッチンカウンターの端にあるデジタル時計を確認する。

11時になったら、苑子とよもぎに電話をすることになっているのだ。

待ち合わせの時間を決めるために。

きっとその時間まで、二人は眠りこけているつもりなのだろう。

安心しきって。


念のために、時計のアラームを11時にセットしてから、

新聞紙にくるんだ泥付きネギを、1本取りだして流しに置く。

蛇口を開くと、水はまるで雪を溶かしたかのように冷たかった。

その冷たさに、胸のどこかがきゅっと縮む。

また何かを思い出しそうになり、慌てて蛇口を全開にする。

唇をきつく結んだ美鈴が、ごしごしと力をこめて泥を洗うと、

青白い身を露わにしたネギが、不満そうにきゅっと鳴いた。



+++


ものすごく久しぶりに、「お題」小説の続きを書いてみました。

一応、お題は1から順に書いてはいるのですが、

3の「よもぎ」から、3人の女の子の物語になりそうな気がして、

とりあえず続き物として書きはじめました。

(って言ったって、まだこれで3話目だけども)

なので、できれば↓から読んでみてください。

と言いながら、この続きを書くのは、いったいいつになることやら……?(汗)

「よもぎ(3・眼鏡)」http://ameblo.jp/mimei/entry-10000259792.html

「苑子(4・枕)」http://ameblo.jp/mimei/entry-10000488691.html


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「日用雑貨で17のお題」

01:歯ブラシ
02:爪切り
03:眼鏡
04:枕(まくら)
05:ヘアゴム
06:包丁
07:ティッシュ
08:絆創膏(ばんそうこう)
09:鋏(はさみ)
10:お弁当箱
11:コーヒーカップ
12:薬缶(やかん)
13:タオル
14:ピン
15:スプーン
16:印鑑(いんかん)
17:シャンプー

*お題提供*Diagram
http://leo.raindrop.jp/

2005-01-12 03:19:07

苑子(4・枕)

テーマ:連作掌編


   
枕が変わると眠れないから、
と、携帯の向うでよもぎが言った。
そう、そう言われるのは分かっていた。
「なんだったら、苑子がこっちにくれば?」
「うん、でも、電話があるかもしれないから」

仕事で遠くの町に行った夜でも、
耕治は部屋に電話をかけてくる。
携帯に、ではなくて、この部屋の白い電話機を鳴らす。
苑子がここにいることを確かめるために。
この部屋で耕治だけを待っている、
そのことを確認するかのように。

よもぎにそう言うと、
彼女は、ふぅん、と静かに言う。
これが美鈴なら、呆れたように溜息をつき、
「そんなオトコやめなさい」と母親のように言うだろう。
よもぎも苑子も、美鈴と同じ22歳だというのに、
彼女だけが年上のように見えるのは、そんなときだ。

「でもあたし、さっき帰ってきたばかりなの。
だから、これから出かけるのはちょっと辛い」
外は寒いし、と、淡々とよもぎは言う。
その言葉に、悪気もなければ、媚びもない。
よもぎの言葉は、言葉通りの意味を持っている。
彼女はとても正直なのだ。
それが良いところでもあり、悪いところでもあるのだけれど。

正直なよもぎには、好きなオトコが何人もいる。
好きなオトコと寝るのは自然なことだから、と、
当たり前のように何人ものオトコと寝てしまう。
そのくせ、眠るときには自分の枕じゃなければだめだという。
それでも、苑子が非常事態に陥ったとき―失恋したり、
会社をやめたり―ならば、泊まりに来てくれたこともあるのだ。
大きなバッグに枕をひとつ押しこんで、
何でもないような顔をしてやってきた、よもぎ。

「わかった。大丈夫。今日はひとりで寝られると思うから」
苑子がそう言うと、よもぎは、うん、と返事をして、
「何かあったら電話して」と、ゆったり言って電話を切った。

携帯の電源を切ると、
ライトが消えるのと同時に静けさが濃くなった。
しんしんと肌に沁みる静寂。
静けさは、冬の夜気とよく似ている。
指や爪先を凍えさせる。

何人もの好きなオトコがいるよもぎは、
ひとりきりで眠りに就く。
愛しい枕を抱きしめて。
でも、苑子はひとりきりでは眠れない。
愛しい人の腕こそが、わたしの枕。
ううん、愛する男が傍にいれば、
枕なんて、いらない。

そう思いながら、夜の闇をため息で湿らせる。

明かりを落とした部屋に、
白い電話機のランプだけが青白くにじんでいる。

午後9時。
冬の夜は、ひどく長い。



+++



17のお題を元に、小さな物語を書いています。
今回のお題の4の「枕」は、
3の「眼鏡」からの続き。
このまま続いていくような。(たぶん)


「日用雑貨で17のお題」

01:歯ブラシ
02:爪切り
03:眼鏡
04:枕(まくら)
05:ヘアゴム
06:包丁
07:ティッシュ
08:絆創膏(ばんそうこう)
09:鋏(はさみ)
10:お弁当箱
11:コーヒーカップ
12:薬缶(やかん)
13:タオル
14:ピン
15:スプーン
16:印鑑(いんかん)
17:シャンプー

*お題提供*Diagram
http://leo.raindrop.jp/

2004-12-03 23:48:24

よもぎ (3・眼鏡)

テーマ:連作掌編

  


よもぎは眼鏡をかけて、洋平の顔をのぞきこんだ。
薄い眉を寄せ、唇をわずかにひらいて眠っている。
安らかで健やかな寝顔。
揺すったぐらいじゃ起きそうにない。
彼の眠りは、深いのだ。
光すら届かない海の底に横たわるようにして、
彼は眠る。
今に深海魚みたいに目が退化してしまってもしらないから。

外はすっかり日暮れている。
ジーンズに足を通しながら、
壁にかかったいびつな三角形の時計
――洋平はへんてこりんなものが好きだ――をみあげると、
6時まであと10分しかなかった。
たいへん。
急いで身支度をしながら、洋平に声をかける。
突く。
たたく。
耳をひっぱる。
ようやく、うぅと喉を絞りながら寝返りを打つ彼に、
帰るからね、と声をかける。

な、ん、じ?
6時2分前。
あいつは時間通りに来たためしがないから、
そんなに慌てなくても大丈夫だよ、と、
洋平は、掠れた声で、切れ切れに言う。
まだ眠りの淵で右に左に揺れているらしい。
右に倒れれば、甘やかな夢の中。
左に落ちれば、今ここにある現実。

こんなとき、あたしもやはり右を選ぶだろうな、と
よもぎは密かに思う。
そういうところは、似ているのだ。
だからこそ、こんなふうに寝たりもする。
いい気な奴。
そう言われることもあるけれど、
それはそれでしかたがない。
でもやっぱり、
洋平の彼女とハチアワセなんてしたくない。
彼女のためにも、あたしのためにも。

よもぎは自分のことを、

洋平のオンナなんかじゃないと思っている。

特別な存在になろうとも思っていない。
長いつきあいの、友だち。
セックスありの友だちだ。
もちろん洋平のことは好きだけれど、
好きな男なら他にもいる。
この世に男はたくさんいるのだから、
寝たいだけの男だってたくさんいる。
でも彼女には、それが理解できない。

そんな言い訳は通用しない。
彼の部屋に見知らぬ女がいたら、驚くだろう。

何よ、あんたは。

どうして洋平のベッドで寝てるのよ、と、泣き叫ぶはず。

実は、一度経験済みなのだ。
よもぎはその時、それこそ眠りの縁から突き飛ばされ、
訳も分からぬままに、ぽかんと彼女をみあげていた。
1㎝はあるのじゃないかと思うようなまつげを濡らした

――ウォータープルーフのマスカラらしく、それは見事に

落ちなかった――彼女は、頬を紅潮させて――ほお紅

なんかいらないほどに――、洋平につめよって言ったのだ。

どうしてこんなオンナと、と。


ぼんやりとした頭で彼女の言葉を聞きながら、
よもぎはその意味を考えていた。
浮気をした洋平を許せないのではなく、
「こんなオンナ」であることが許せないのか。
なるほど、カノジョとはそういうものか、と。
ぼうっとしたまま感心していると、
彼女はきっとよもぎを睨み、
そして甲高い声でひと声叫んだ。
この、インランメガネ! と。

じゃあまたね、と言ってバッグを肩に掛け、
玄関でブーツを履いていると、
う、と、あ、のあいだの声で洋平が答え、
夢遊病患者のように起きあがり、頭を掻いて、
寝言のようにあたしの名を呼んだ。
「よもぎ」
より一層掠れた声で
「また連絡する」とつけくわえる。
よもぎは、ふふっと笑い手を振って部屋を出る。
エレベーターに乗り込みながら、
笑いをこらえる。
マンションを出て、外灯がにじむ住宅街の細い路地をまがり、
こらえきれずに笑い出す。

合い鍵でドアをあけて部屋に入った彼女は、
洋平を見て、なんて言うだろう。
きっと目をまん丸にして、まつげをばさばさ揺らし、
大声で叫ぶだろう。
ちょっとどうしたの、その顔。
マジックで、黒々と描いた丸メガネ。
まさか洋平に向かって
インランメガネとは言わないだろうけど。

別に浮気の証拠を残してきたわけじゃない。
そんな面倒なことはしたくない。
ただ、洋平を驚かせたかっただけ。
あたしは確かに「いい気な奴」だけど、
何のリスクも負おうとしない洋平が、
あまりに「いい気な奴」なので、
ちょっと悪戯しただけなのだ。

バス停の前で足踏みしながらバスを待つ。
今頃、洋平は、叫びまくる彼女の前で、
訳が分からず、きょとんとしていることだろう。
ようやく事態に気づき、バスルームに行って鏡を見て、
それから必死に言い訳を探す。
たぶん友だちの浩二や慎之介の名前を出して、
彼らの仕業にしてしまうのだろう。
あたしなら、言い訳なんかしないけど。
そこが洋平とあたしの違いなのよね、
と、近づいてくるバスの明りを見ながら、よもぎは思う。

冬の夜を走るバスは、神々しいほどに明るくて、
よもぎは少しだけ切なくなる。
ううん、そうじゃない。
切ないのは、寒いからだ。
5つ目の停留所で降りたら、
目の前のコンビニで肉まんを買おう。
ほかほかの肉まんを食べながら、
夜道を歩くのは楽しい。
湯気で眼鏡が曇るけれど、
それもまた冬ならではの楽しみだと、
ほんの少し嬉しくなる。

街の灯を映すバスの窓に、
よもぎの顔が重なって走っていく。
ココア色の眼鏡ががたがたと揺れて、
こっそりと笑う。
場違いなほどに明るいバスは、
冬の夜によく似合う。



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まったくの思いつき。
ここから何かが続いていく、かも?
でも、そうはいかない、かも。
うーむ。
神のみぞ知る。      

   
  


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