うそ日記(願い事)
テーマ:うそ日記・その壱「たなばたまつり」のお誘いをうけた。
ご用聞きの兄弟から。
七夕。
織り姫と彦星の、年に一度だけの逢い引きの日。
だから、もしかしたら花屋に逢えるかも。
花屋がやってくるかも。
と、なんの根拠もない期待を抱いて、
その日一日花屋を待ってしまいそうだったので、
ご用聞きのお誘いをありがたく受けることにした。
「期待」など抱かない方がいいのだ。
期待はずれというコトバは、
期待する者のためにだけあるのだから。
ご用聞きの家は、
裏庭を通って、桑畑を突っ切ったその果てにある。
こじんまりとした木造の粗末な小屋だけれど、
その庭はどこまでも広く、あちらこちらに四角く区切った畑がある。
ほうれん草や小松菜、トマトやナスやサヤエンドウ。
その庭の真ん中あたりに、例の木がある。
そら豆の木。
小屋には不釣り合いなほどに大きいドアをノックすると、
「弟」が顔を出した。
大男である弟を見あげながら、
腕にぶらさげたカゴの中から無花果のジャムを取り出し、
「おみやげ」と言って掲げた。
庭の無花果がたくさんの実をつけたのだ。
次から次に熟れて割れる実をどうにかしなければ、と、
昨日一日ジャムを煮ていた。
心なしか、あたしのからだからもジャムの甘酸っぱい匂いがする。
大男はちょっとぶっきらぼうに、「どうも」とだけ言って、
それでも大事そうに、大きなてのひらで瓶をつつみこみ、
オーバーオールの胸ポケットにそっと入れた。
その弟の兄である「ご用聞き」は、あのそら豆の木の下で、
あたし達を待っていた。
そら豆の木は、たしかに大きくて、
「弟」の背の2倍ほどもあるのだった。
木の傍らには、木でできた頑丈そうなテーブルが設えられていて、
そこには野菜と果物とパンとチーズが、
それぞれのカゴに景気よくどかんと盛られていた。
その他には干したオレンジをつけこんだ果実酒と、
水をなみなみと張ったガラスのボール。
その水面には、青々とした空が映って揺れていた。
と、「弟」の胸ポケットから、ぽーんと何かが飛び出して、
その青空の真ん中に着水した。
アマガエル。
どうやらジャムの瓶にはりついていたらしい。
それを知らずに、アマガエルごと「弟」にあげてしまったのだ。
機嫌を損ねているらしいアマガエルが、青空の真ん中でふくれている。
ご用聞きは、アマガエルとあたしに「ようこそ」と言ってから、
ではさっそく、と椅子をひいた。
促されて座ると、目の前に大きな箱がそっと置かれた。
その蓋を、ご用聞きがうやうやしく持ちあげる。
中に入っていたのは、折り紙だった。
長方形の、さまざまな色の。
ご用聞きが、さ、どうぞ、とペンを差しだす。
え?
なんでもいいんですよ。いくつでも構いません。
何が?
何がって、もちろん、あれですよ。
あれって。
あたしは首をにねってご用聞きの顔を見る。
ほら、七夕につきものの。ええと、その。
ど忘れしたらしく、ご用聞きは弟の顔を見る。
「弟」はひとつ大きく頷いて、「ねがいごと」と小さく言った。
そう、そう。願い事。なにしろ七夕祭りですから。
なるほど、色とりどりの折り紙は短冊だったのだ。
たしかに七夕に短冊はつきものだろう。
でも、これを飾る笹の葉は?
ササノハ?
今度はご用聞きが首をひねる。
この辺りにはササノハなんてものはありませんです。
じゃあ、この短冊はどうするの?
もちろん、アレにぶらさげるんです。
ご用聞きが指さしたのは、豆の木だった。
幾重にも実った緑色の莢が、太陽の下でつやつやと光っている。
あたしは驚いて、ぽかんと口をあけてしまった。
大丈夫です。弟がいますから。どんなに高いところでも飾れます。
いや、そういうことじゃなくて。
そら豆の莢は最初上向きになるんです。だから天の豆。でも、
中の実が次第に大きくなるにつれ、莢も少しずつ下を向く。で、
ぽってりとふくらんできたら収穫です。今日の分は夜明けと共に
弟がすべて収穫してしまいました。ですので、どうぞご遠慮無く。
結局、あたしは願い事を書いた。
初めは何を書こうかとあれこれ願い事を考えてみたが、
そのうちに、思いつくことを端から書いていくことにした。
なにしろ、いくら書いても短冊が減らないのだ。
いったい何枚あるのだろう。
健康でありますように。いつも笑顔でいられますように。
あたしはせっせと願い事を書く。
世界が平和でありますように。
ご用聞きも、弟も、せっせせっせと書いている。
空が落ちてきませんように。海が干からびたりしませんように。
アマガエルの分までもせっせと書く。
水がいつまでも透明でありますように。明日が晴れでありますように。
半ばやけになって、何でも書く。
希望という名の列車がきますように。
花屋に逢えますように。
花屋が来てくれますように。
花屋があたしを忘れませんように。
あ。
と、気づいたときには、もう書いていた。
一度書いてしまったら、もう止まらなかった。
あたしは何枚もの短冊に、「花屋」のことを書き続けた。
何かの呪文のように書き続けた。
短冊の中に花屋をとじこめるようにして。
あと一枚です。
そう呟いた「弟」が、ため息をついて天を仰ぐ。
その一枚を、ご用聞きがあたしの前にそっと置く。
最後の一枚、何を書こう。
ペンを握ったまま考えていると、
天を仰いでいた弟が、その姿勢のまま小さく言った。
くもだ。
真っ青だったはずの空に、雲が押しよせてきていた。
はるか地平線に湧きあがる入道雲の向うから、
薄灰色の雲がじわじわとやってくる。
こりゃまずいですな。
そう言ってご用聞きが立ち上がるのと同時に、
風が庭を渡ってきた。
土埃をたて、ほうれん草を倒し、トマトを揺らして、
小さな竜巻のようなつむじ風が駆けてくる。
そうだ、短冊。
はっとそう思ったときにはもう遅かった。
短冊が、大きな蝶のように飛び立っていく。
くるくると、一気に舞いあがる。
色とりどりの願い事が、豆の木に絡みつく。
その向うへ、軽々と消えていく。
空の果てへ。
地の果てへ。
あたしの願いは、天に届くだろうか。
花屋のところまで、届くだろうか。
あたしは、胸の中で最後の願い事を呟いた。
祈るようにして。
「願い事が叶いますように」
◆◇◆
「平塚」の七夕祭りに行って来ました。
なんとなく、どこか懐かしい「夏祭り」
写真と共に、新ブログにアップしましたので、
ぜひ遊びにきてくださいね。
夢ウツツ@田川ミメイWeblogMook










