2006-02-23 02:07:10

菜の花粥(夢見食堂)

テーマ:ちいさな小説

yumemi



 風邪、ですか?

 オーダーを取りにきたシェフにそう言われて、あ、いえ、と首を横に振る。
 その、ちょっと、二日酔いで。
 ああ、と笑顔で肯くシェフに「珈琲を」と言うと、彼はそれ以上訊ねることなく、静かに厨房に戻っていった。  


 たしかに、ひどい顔だ。
 天井までの大きな窓にぼんやり映りこんでいる自分の顔をそっと眺めて思う。境のはっきりしない曇天の空と灰色がかった海の上にうっすら浮ぶその顔には、生気がない。まるで心霊写真みたい。
 でも実は二日酔いなんかじゃない。いや、ゆうべお酒を飲んだのは本当だ。それもかなりの量のお酒を。だけど、「思いっきり飲んで、あんな男のことなんか忘れなさい」と息巻いていた好美のほうが先に潰れてしまい、彼女を家まで送っていったらすっかり酔いがさめてしまった。仕方なく自分の部屋に帰ってから、ひとりで缶ビールを飲み続け、夜が明けてようやくベッドにもぐりこみ、目覚めたのが午後2時。
 でも不思議なことにお酒は残っていなかった。二日酔いどころか、酔いもアルコールも、それどころか祐太への怒りまでもが手品みたいに消えてしまっていて、なんだかぽかんとしてしまった。
 もう、いいや。
 ぽろりとこぼれた自分の言葉にうなずいて、あたしはもそもそと服を着替え、この店にやってきたのだった。




続きは、「夢見食堂」にて。

http://www.mimei.info/mimeo/archives/2006/02/post_26.html


+++


「夢見食堂」は、

「夢見荘」と呼ばれる我が家のシェフ(=主夫)ミメオの美味しいゴハン・ブログ。

そこにアップされるゴハンにまつわる小さな小説を、

時々(ほんとうに時々ですけれど)アップしていこうということになり、

これがその2回目。

なので、続きはぜひあちらでお楽しみくださいね。

もちろんシェフによるレシピもついてます。

どうぞよろしく。




fc2b

2006-01-15 23:47:50

キャベツのパスタ(「夢見食堂」より)

テーマ:ちいさな小説

pasta


つやつやと色鮮やかなキャベツと、薄桃色のベーコン。塩とコショウ、そしてオリーブオイル。ただそれだけのシンプルなパスタ。
 メニューに、このパスタを見つけた時には驚いた。慌てて振り向き、オープンキッチンをのぞきこんでしまったほどに。もしかしたら夫かもしれないと思ったのだ。いや、正確には元・夫だけれども。ある日突然私の前から姿を消した義昭が、この夢見食堂のシェフなのではないか。そう思ってしまったのだった。

 13年前のうららかな日曜の夕暮れ近く。ちょっとそこのスーパーまで行ってくると言って出かけた夫は、それきり帰ってこなかった。研いだばかりの菜切り包丁を、まな板の上にきちんと置いたまま。事故か事件に巻き込まれたのではないかと、捜索願いも出したし、心当りを片っ端から訪ねて歩いたりもした。でもどこにもいなかった。結局夫には「蒸発」という烙印が押され、初めはそのことに納得しかねていた夫の家族や友人達も、そして私も、その曖昧な烙印をそれぞれの胸にしまいこみ、見て見ぬふりをしながら、しだいに日常に戻っていった。義昭というひとりの男が欠けた日常に。


 唐突に離婚届が送られてきたのは、それから3年後。私が30歳になった年だった。縦長の封筒に入ったそれを見たとき、一瞬何かの冗談かと思ったくらいだ。その日は七夕だったから。離ればなれのふたりが年に一度だけ逢瀬する七夕に、こんなものが届くなんて。驚いたり怒ったりするより先に、なんだか呆れて笑ってしまった。添えられた白い便箋には、詫びの言葉がひとこと書かれていただけだった。薄っぺらい離婚届に署名捺印された義昭という文字は、精一杯ていねいに書いたらしく、まるで見知らぬ男の名前のようだった。私はダイニングテーブルの椅子に腰をおろし、負けないくらい丁寧に自分の名前を書いてから、長い長い溜息をついた。判子を取りに立ち上がると、窓の外に雨が降っていた。七夕に音もなく降る雨は、私の涙のようでもあり、どこか遠くの空の下で、他人の顔をして生きている夫の涙のようでもあった。


 オープンキッチンから、オリーブオイルの匂いが漂ってくる。そっと振り返ると、シェフが真剣な面持ちでフライパンを振っていた。夢見食堂のシェフは義昭ではなかった。歳は義昭と同じくらいかもしれないが、顔は似てもにつかない。若いときは、さぞかし女性にもてただろうと思わせるようなシェフに向かって、人の良いだけが取り柄の丸顔で目尻のさがった元・夫と間違えたなんて言ったら、気を悪くするに違いない。
 でも、その人の良いばかりの夫のことが、私は確かに好きだったのだ。今夜はあのパスタがいいな。もう春キャベツが出ているかもしれないし。あの日、日曜のたびに腕をふるう夫に私は甘えてそう言った。もしかしたら夫は春キャベツを探しに、どこか遠くまで行ってしまったのかもしれない。美味しいキャベツを求めて、さまよい歩いているのでは。行方知れずの夫の帰りを待ちながら、私は何度もそう思った。そんな酔狂なことをする人ではなかったが、そんな馬鹿な想像でもしないことにはやりきれなかったのだ。
 だが、その想像はそれほど間違ってはいなかったのかもしれないと、今になって思う。人というのは、時に自分でも驚くようなことをしてしまうものだから。なぜ、と問われても、はっきりと答えられないようなことを。


 今日の夕暮れ、私は旅に出る。男とふたりで。長年勤めてきた歯科医院の先生の息子と。あの日以来、生真面目な堅物を通してきた私が、40にもなって年下の既婚者と恋に落ちるなんて。熱に浮かされたような彼の口説き文句を、最初は笑ったはずなのに。どうしてこんなことになったのか。いくら考えても答えは出ない。
 もしかしたら、きっかけはキャベツのパスタだったかもしれない。あの日食べられなかったれなかった夫の得意料理、自分で作ることさえ拒んできたそのパスタを、この店のメニューに見つけて思わずオーダーしたあの時。キャベツの優しい甘さ、香ばしくて少し塩味の効いたベーコン。その懐かしい味に、香りに、何かがほろほろと解けていったのだ。それが何なのか、よく分らないけれど。


 大きな窓の向う、眼下に広がる薄青い海が、柔らかな陽射しを受けて光っている。霞に煙った水平線。果てのない海。夢見るような、うららかな春。


                                                ミメイ



「作り方は簡単です。新鮮なキャベツさえあれば。でも今は巻きの悪いものしかないのがちょっと残念だけど。これをザク切りにして小さめのザルに入れてパスタの茹で上がる1~2分前に同じ鍋で10~15秒ほど火を通し、あらかじめ2cmくらいに切ってフライパンで炒めておいたベーコン(ウチではここに糸切り唐辛子を少量加える)に合わせ、少し火をいれる。そうこうしているうちにパスタが茹で上がるのでこれも入れて火を入れながら混ぜ合わせる。この時茹で汁がバシャバシャと入ってもかまわない。これで塩味がつく。水気がなくなってきたら味を見て、塩・コショウ。最後にお好みでヴァージンオイルとパルメザンを。要はフライパンでも火が入るのでパスタもキャベツも茹ですぎないこと。新鮮なキャベツなら間違いなく春に出会った気がします。特に誰かと旅に出なくても」


                                      夢見食堂シェフ・ミメオ


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実はこれ、今回「夢見食堂」にアップしたもの。

「夢見食堂」とは、公式WEBのコンテンツのひとつでもあり、

そして我が夢見荘亭主であるミメオの「料理ブログ」でありまして。

いつもは、カンタン美味しい・シェフ特製料理のレシピに、

夢見荘の実体(?)などをまじえての、

楽しい「シェフ(&主夫)ブログ」なのですが。

これから時々(かつ唐突に)、

その料理にちなんだ小さな何てことのない物語をあたしが書いて、

添えさせてもらうことに致しました。

言ってみれば、「美味しいゴハン・オハナシ添え」というようなもの。

その第一回ということで、今回はここにもアップすることに。

次回からは、ぜひ「夢見食堂」のほうでお楽しみ頂ければ、と思います。

皆さまのご来店を、心よりお待ちしております。

どうぞ、よろしく。

「夢見食堂」

http://www.mimei.info/mimeo/

2005-01-11 04:06:44

ひとり歩き

テーマ:ちいさな小説
17の日用雑貨をお題にした掌編に
「よもぎ」 を書いたのは、
もうひと月も前のこと。
でもなぜかずっとそれが気になっていて、
時々思い返しているうちに、
「よもぎ」がひとりで歩き出してしまった。

なので、「よもぎ」さんには、
タテガキの短編(あるいは中編)に
登場してもらうことにいたしました。
(名前は変えるかも)

こちらの「17の…」のほうはそれとは別に、
掌編で繋げていって「よもぎ」を含めた3人の
オンナノコの話しを書いていけたらな、と思っています。
いや、あくまでも「書けたらな」と(逃げ腰)

なんかまた手を広げて、
とあるサイトに招かれるままに入り込んでしまったけど、
まぁそこは息抜きのための場所なので、
カキモノはこちらで続けていきたいと思っています。

というわけで。
ようやくカキモノに着手できそう。
あたしの新年はこれから、かな。

ふう。

って今から溜息ついてどうするんだ……。


+++


写真は鎌倉駅のすぐ横にある建物。
すぐにも取り壊されるらしい廃屋なのだけど、
かなり凝った造りだったようで、とても気になる。
朽ちた建物は怖いけれど、
でも、どうしようもなく好きなのだ。

いったい何の建物だったのか。
もしご存知の方がいたら教えてください~。



2004-12-02 23:21:35

赤い三日月 (2・爪切り)

テーマ:ちいさな小説
   

二の腕の内側をえぐってしまった。
自分の爪で。
指がすっと当たっただけで、すっぱり切れた。
二枚爪が割れて、薄い刃物のようになっていたのだ。
もう四日も経つというのに、
傷は、柔らかな腕の内側に、
赤い三日月のように残っている。

これはまずいと、爪を切る。
ぱちんぱちんと爪を切る。
ほんとうは切ることもないほどに、
あたしの爪は軟弱だ。
すぐに折れては、裂けてしまう。
ぺらりと2枚にはがれてしまう。


爪を切っても、痛くないのは何故だろう。
腕の内側をえぐった時は、
真っ赤な血がぷぅと膨らんで、
じくじくと沁みるように痛かったのに。
爪を切っても、血が出ないのはどうしてだろう。


ずっと昔、
伸びない爪が悔しくて、
つけ爪をつけたことがある。
今みたいに上質の接着剤もなく、
両面テープで貼るだけの、
オモチャみたいなつけ爪だった。
長い爪が嬉しくて、
真っ赤なマニキュアを塗ってから、
良い気分でオトコと寝たら、
朝になったら爪がなかった。
驚いて布団をめくってみると、
白いシーツに、ぽろんと、爪が。
真っ赤な爪が、ひとつ、ふたつ。
小さな薔薇の花びらみたいに。

つけ爪の落ちたあたしの指は、
いじけた子どもみたいで哀しかった。


爪を切る。
ぱちんぱちんと、妙に軽い音を響かせて、
薄くて弱い爪を切る。

爪を切っても痛くないのは、なぜだろう。

柔らかな腕の内側の
赤い三日月

虫の声が沁みて うずく


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ミ・メディアの「夢ウツ日記」にも載せましたが、
ここに転載。
ほんとはひとつ物語も書いてみたんだけど、
なんだかまた執拗なオンナの話しになってしまったので、
却下。
うーん。なんでなんだか。
で、これを「17の日用雑貨」その2「爪切り」として。

写真は、あたしのコレクション。
「マニキュア」
ほんとは爪切りの写真を、と思ったんですが、
ちょっと淋しい写真になりそうだったので。
それに、このブログのジャンル「コレクション」だし。ね。

   


2004-12-01 02:07:45

透明な、水色の (1・歯ブラシ)

テーマ:ちいさな小説
2001・10・29
 初めての日
2001・11・2
 手を繋いで帰ってくる。
2001・11・7
 ベッドに並んでビデオを見た。
 たしか、あれは……、そう「ショコラ」

手の中の歯ブラシを見つめながら、
あたしは、ひとつひとつ思い出す。
その1本1本に小さくしるした日付の、
ふたりのことを。
どこに行ったか、
何をしたか、
どんな言葉を交わしたか。
今も、ぜんぶ、覚えている。

透明な水色の歯ブラシには、
あの人の名前も書いてある。
でも。
あの人は一度だって使わなかった。
あの人には、帰る家があったから。
あたしの知らないその家へ、
その家で待つ人の元へ、
その日のうちに必ず帰っていったから。
一緒に朝を迎えたのは、
真冬の温泉と、夏の終わりの海辺のホテル。
その2回だけだった。

それに。
あの人は知らないのだ。
あたしが歯ブラシを用意していたなんて。
鬱陶しい女だと思われたくなかったから。
歯ブラシ1本で男を縛るような女には、
なりたくなかった。
そして何よりも、
一度差しだしてしまったら、
その歯ブラシを見るたびに、
あの人を待ってしまいそうだったから。

それでも。
あの人がこの部屋にくる日、
あたしはいつも歯ブラシを買った。
透明な、水色の歯ブラシ。
そしてあの人が扉をあけて帰っていくたび、
小さく日付を書き込んだ。
名前をしるした。
そして、しまった。
丁寧に。
心をこめて。

でも、もうおしまい。
あの人はもうここには来ない。
二人目の子どもが生まれたのだ。
男の子。
あの人に似てるのだろうか。
耳たぶの裏にほくろはあるのだろうか。
襟足の髪はくせ毛だろうか。
やがて眩しいほどの白い歯が生えてきて、
眩しいほどの笑顔を見せるのだろうか。
女たちに向かって。

だから、お祝いに、
この歯ブラシを贈ってあげる。
ここにある、ぜんぶ。
1本残らず。
大きな白い箱につめて、
あの人の家に届けてあげる。

しるした日付を見ながら、
あたしは思い出す。
ふたりの日々を。
あの人もきっと思い出すだろう。
幸福な日々を。
そして戻ってくる。
この部屋に。
そうしたらまた歯ブラシを買おう。
透明な、水色の歯ブラシを。

歯ブラシの首に、
白く艶やかなサテンのリボンを、
ひとつひとつ結んでいく。
きゅっと蝶々むすびにして、
静かに箱に横たえる。

丁寧に。
心をこめて。




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あれ?
お題で「雑記」を書くつもりだったのに、
なぜか物語になってしまった。
ええと。
まぁ、アバウトにいきましょう。
(性格そのまんま)

ということで、お題その1の「歯ブラシ」でした。


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写真は、「c*break」さんからお借りしました。  
http://park10.wakwak.com/~c-break/
    

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