4月30日、黒猫シリーズ累計10万部突破&『四季彩のサロメまたは背徳の省察』刊行を記念して、都内某所にて、黒猫シリーズ並びに「サロメ」の装画をご担当いただいているイラストレーターの丹地陽子先生にお話を伺えることになりました。以下の文は同席し、進行役を務めた早川書房の高塚さんにまとめていただきました。マル秘エピソードなどもありますので黒猫シリーズの飼い主の皆様にはぜひお読みいただければと思います。
前半【黒猫編】が黒猫シリーズについてのお話を中心に、後半【サロメ・その他】のお話という構成になっております。【カラスのネタバレ編】の部分は伏字にしてありますので、左カーソルをクリックしながら色を反転させてお読みください。

【黒猫編】

黒猫の遊歩あるいは美学講義/早川書房

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――まず黒猫シリーズの装幀の描く手順について教えていただけますでしょうか?

丹地陽子(以下丹地):まずタイトルの位置を考えます(※黒猫シリーズの単行本では、タイトルの入る位置が左右交互になるようにしています)。それから作品を読みつつ、モチーフとして使えそうなもの、作品の主題をメモしていきます。
黒猫シリーズに関しては、黒猫と付き人が既刊と同じポーズ、同じ服装にならないように考えています。付き人は季節感を意識しつつ、前巻がスカートだったらパンツにしたり、コートを着せたり。黒猫の服装はいつも同じですけど(笑)
並べたときに雰囲気が違って見えるよう、色も変えます。

――描く順番は決まっているのでしょうか?

丹地:人物の顔から最初に描きます。顔がバチっと決まると、まわりも上手くいきますね。良い表情が描けないと先に進めなくなります(汗)
黒猫はイケメン設定ですけど、わかりやすくかっこよく描くのは違うかなと思っていて……読者さんに脳内補完していただけるように描いています。

――『黒猫の遊歩あるいは美学講義』装画打ち合わせの際は、丹地さんにイラストを見せていただきながら、お互いのイメージのすり合わせをしました。

森晶麿(以下森):丹地さんに見せていただいたイラストに、僕が食いついて……。

【見せていただいたイラストのURL】
https://www.flickr.com/photos/sicca/5510100357/

丹地:覚えてますよー。あのイラストはすごく気に入っていたので嬉しかったです。描く前に言っていただけると、作品のイメージがわかりやすいですね。
:丹地さんのイラストの、最後に少し現実から浮遊するような感じが好きなんです。具体的な場所ではなく、イマジネーションで描いてくださるのが嬉しい。黒猫シリーズにとってはそこが一番重要だったりするので。
丹地:相性がいいんですね(笑)あんまり現実的ではないモチーフが好きなんです。

――このイラストを見せていただいたとき、『黒猫の遊歩~』の装画の方向性が定まった感じがしました。黒猫シリーズの単行本と文庫で、装画を描くときに違いはありますか?

丹地:文庫版では、単行本のときの雰囲気を伝えられるように気をつけています。スペースが小さいので、見せ方が変わりますね。単行本は比較的引いた構図で描いていますが、文庫だと登場人物を小さく描いてもいっぱいいっぱいになってしまいます。タイトルが長めだから……(笑)
:すみません……(笑)
丹地:でもそれがシリーズのいいところでもあるので! タイトルが上手く入るように調整します。

――そしてシリーズ5作目『黒猫の約束あるいは遡行未来』では、初めて文字の背景に色が入りました。

丹地:『黒猫の約束~』では付き人の成長が描かれていたので、彼女を真んなかに描きたいということだけは最初に決めていました。背景が黒だったのは、レモン色をタイトルの色に使ってほしかったからです。

黒猫の約束あるいは遡行未来/早川書房

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――黒猫シリーズは5作になりましたが、作品の装画を描く楽しさ、難しさについて教えてください。

丹地:楽しいのは、原稿を最初に読めること!(笑)拝読しながら、どう描こうか考えている時間がいちばん楽しいんです。描けそうなモチーフが出てくると「これだっ!」って思ったり。
難しいのは、書籍を見たとき印象が違うように、変化をつけることですね。あとは本棚に並べたとき、読者さんのコレクター心が満足できるようにと思っています。本棚に入った時「背」が綺麗に揃うようにしたり……。『黒猫の約束~』の背にはレモンを描きました。

――お話をうかがうと、単行本で揃えたくなりますね。では森さんに質問です。『黒猫の遊歩あるいは美学講義』のイラストをいただいてからは、頭の中で黒猫や付き人を想像すると、丹地さんのイラストのイメージで動き出すのでしょうか?

:丹地さんのイラストが頭の中で動き出したら、僕はイラストレーターになれると思います(笑)というのはおいておいて、映像は浮かびませんが、折に触れて『黒猫の遊歩~』の装画を見返します。この世界観から外れるときがあるので、初心忘るるべからずです。
丹地:私も最初に描いた黒猫シリーズのイラストをいつも見返しますね。
:読者さんにとっては装画は入口なんですけど、僕にとっては出口なんです。出口であり、次の作品の入口。装画をいただいて、よし! 次はこういう話を書こうとか考えます。最後に丹地さんに烙印をいただく感じですね。
丹地:まずい、ちゃんと描かなきゃ!
:十分ちゃんと描いてくださっています!(笑)ゲラの最終作業をしているタイミングで、ラフをいただけることが多いんです。正直、最後の作業は気力が持たなくて負けそうになっているときもあって……。そんなときにラフをいただくと、もっとがんばろうと思います。装画をいただける喜びを知ったことで、女性の楽しみはこういう感覚なのかな? と思います。

――ご褒美ということでしょうか?

:そうですね、男性にはあまり無い感覚なんじゃないかな?
丹地:男性は買う物を決めて出かけるといいますもんね。
:装幀は、本の最後のお化粧。とても大切だと思います。
丹地:読む前は、見た目でしか判断できないですよね。だから書店で平積みになっているときに、読者さんの目になるべく多くとまってほしいといつも願っています。かつ、読み終わったときに、装画は内容にあっていると思っていただけるとさらに嬉しいですね。

――黒猫シリーズも10万部に到達しました。今後も何卒よろしくお願いいたします。




【サロメ・その他編】

四季彩のサロメまたは背徳の省察/早川書房

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――続いて『四季彩のサロメまたは背徳の省察』についてうかがいます。今回は忍とカラスを描いてほしいとだけリクエストさせていただきましたが、丹地さんの最初のイメージをお聞かせください。

丹地:自分のなかでは、最初からいまの装画に落ち着きました。忍は少し偉そうに椅子に座っていて、性格的に正面を見ているほうがいいかなと思いました。カラスは表情をどうするかは悩みましたね。女性的なモチーフは、彫刻や石膏像にするのもありかなーと色々検討しましたが、結果的に描かない方向になりました。
:作中のカラスの苦悩と重なって、いい表情だと思いました。絶妙に艶っぽい!
丹地:普段あまりそういう表情を描かないんですが、恥ずかしがっちゃいけないと思ってがんばりました(笑)

――『四季彩のサロメ~』の装画に関して、何か気をつけたことはありますか?

丹地:早川書房から出るので、色合いや配置、絵のタッチなど、黒猫シリーズと似た印象にならないように気をつけました。
:出版社は意識しますね。僕も、黒猫シリーズ以外を書くことが決まった時に、全くトーンの異なる作品を書いたらどうなるのか悩みました。かといって、冒険しない小説は書きたくない。
そのときに「丹地さんのイラストが似合わない作品は書かない」ということだけは基準として意識しようと思いまして。結果論ですけど、いつも以上にイラストに助けていただきました。
丹地:ありがとうございます!

――丹地さんの装画には様々なタッチのものがありますが、各装画のタッチはどのように決めていらっしゃるんでしょうか?

丹地:媒体と読んだ印象、想定する読者さんによって、タッチはかなりかわります。例えば、最近出た『話虫干』(小路幸也さん著)は、内容はもちろん、ちくま文庫のフォーマット(※イラストの周りに白い縁がある)を強く意識しましたね。ちくま文庫は大人の読者さんが多いイメージがあったので、落ち着いた感じにしました。デザイナーさん、編集者さんからリクエストをいただくこともあります。

話虫干 (ちくま文庫)/筑摩書房

¥799
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――『四季彩のサロメ~』の装画に関しても、読者さんから多数反響をいただきました。いま、丹地さんから見ていかがでしょうか?

丹地:描いた直後は「上手くかけたぞ。早く本にならないかな~」って思うんです。でも『四季彩のサロメ~』に限らず、その装画も本が出る頃になると描いたときの気持ちを思い出して、ちょっと恥ずかしくなっちゃって……(汗)一年くらい経つと頑張って描いてよかった! と思うんですけど、どんな装画も一度思春期を通りますね。
:僕も基本的に照れくさくて読み返さないです。文庫化の際に『黒猫の遊歩あるいは美学講義』を改めて読んだんですが、青臭さにびっくりしてました(汗)

――そのほか、装画を描く際に共通して気をつけていることはありますでしょうか?

丹地:私はすべてデジタルで描いているんですが、必ず印刷します。モニタで描いているときは気づかないのに、印刷してみると必ずおかしなところに気づくんですよね。印刷したイラストは、本に巻いて確認します。そのとき「本っぽさ」が出ていれば、まずは合格かなと思いますね。
あとは紙の種類や加工かな。PP加工(※紙にポリプロピレンを張る加工。ハヤカワ文庫はすべてこの加工です)があると、赤味が少し強く出るので一応気をつけます。

――紙や加工で雰囲気が変わりますよね。丹地さんは現在装画を中心にご活躍されていますが、少し変わったお仕事の依頼がありましたら教えてください。

丹地:仕事ではないんですけど、チャリティ企画『スケッチトラベル』は楽しかったです! アカデミー賞候補にもなったアニメーション監督の堤大介さん発案で、世界各国のイラストレーター71人が一冊のスケッチブックに絵を描いて、オークションにかけて……。落札金額は発展途上国で生きる子供を支援する団体に全額寄付されました。

http://www.asukashinsha.jp/s/sketchtravel/


――いい企画ですね! 本日は黒猫シリーズから『四季彩のサロメまたは背徳の省察』まで、たくさんお話を聞かせていただきありがとうございました。丹地さんの装画を入り口に、これからも多くの読者さんのもとへ飼われていってほしいです。今後とも何卒よろしくお願いいたします!



【カラスのネタバレ編】


丹地:雑誌掲載用の原稿をいただいた段階では、連作になるのかも、最後の仕掛けも知らなかったんです。だから二作目の扉イラストにカラスを描いたらあんなことになっていてびっくりしましたよ!
森:第2話のイラストを見たときは、もう気づかれているんだと思っててました(笑)
丹地:最初に知ったときはけっこうびっくりして、一週間ぐらい引きずりました。思い返しては「そうなんだ……へぇ……そうなんだ……そうなんだ」ってしばらく考えていました(笑)
森:雰囲気を汲み取っていただくとこうなるんだなと感動したんです。
丹地:言われてみればなるほど! って繋がったんですが、全然違う話と思い込んでました。読者の方には読んで驚いてほしいですね。シリーズの今後はどうなるんですか?
森:『サロメ』を挟んだので。「うわぁ、見ちゃったぁ……!」という読者さんが戻ってこれるくらい、強い物語にしたいと思っています。



以上で、対談の内容は終了です。実際はこの倍くらい話したのですが、そこは高塚さんの裁量ということで(笑)、お任せしました。
あ、でも一つ。これは面白いから言っておこう。
今回お話をさせていただいたときに判明したのは、高塚さんは『四季彩のサロメ』のある重要なオチについて最初に僕がそのネタのことを伝えていたのに、聞いていたことを失念していたのだそうです。そこのところを「え! 忘れてたんですか?」と責めた部分がばっさりカットされていたので、あ、カットしたなぁ? と思ったことをここで付け加えておきますね。

最後になりますが、僕は丹地先生のイラストをみるといつも初心に戻されます。それは単に絵柄に引っ張られるということだけでなくて、何というか、読者と作者を最初につないだ一点に帰っていく感じといいますか、そんな気持ちになるのです。
そんなこともあって、今回サロメ刊行に際して何かできないかと考えたときに、僕は真っ先に丹地先生にお話を伺いに行きたいと高塚さんに言ったのでした。
とても楽しい時間でした。丹地先生どうもありがとうございました。そして、高塚さんもありがとうございます。

ではでは今夜はこのへんで。

【補足】三つ前の記事で、『四季彩のサロメ』特典クイズを行なっています。期間は6月15日までですので、まだ全然間に合います。多くのご応募お待ちしております!






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飼い主募集のお知らせ

テーマ:
飼い主を募集しています。
今回募集していますのは、わりにお酒を飲む種類の、小さい子です。
そう、『名無しの蝶は、まだ酔わない』を改題して文庫化しました『花酔いロジック 坂月蝶子の謎と酔理』です。

花酔いロジック 坂月蝶子の謎と酔理 (角川文庫)/KADOKAWA/角川書店

¥562
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装画はゆうこさん。装丁は西村弘美さん。
このポップでキュートな表紙が目印です。書店で待っています。我こそは、という方、また「名無しの蝶の時、図書館で借りたんだよね」とか「もう一回読んでみるかな」という方はぜひぜひ。

この本はサイズも薄さもお値段もお手頃でいて飲み心地は痛快爽快、飲み終えた後はほろ酔い心地。そのくせノンアルコールタイプですので、読後にドライブに出ていただいても全然問題ございません。しかし、読んでいるうちについぐびぐびとお酒を侍らせたくなってしまった場合は、注意が必要です。まずお風呂はやめたほうがいいでしょう。もしどうしても入らなければならないのなら、半身浴で我慢しましょう。

と、関係ない話はそのへんにして、中身についても触れておきます。
以下は、前回「名無しの蝶」の宣伝のときの一話ごとの簡単なまとめです。

第一話「花酔いロジック」
推理研究会に入るべく戸山大学に入学した坂月蝶子は、
「スイ研」と称するサークルの新入生歓迎コンパに参加してしまい、
酔理研究会の会員となる。
そんなある日、屋外での飲み会のさなかに男女の失踪事件が起こる。
男は翌朝部室に顔を出すが膝に傷を負っていた。
はたして女の行方は? いったい昨夜何が起こったのか?
スイ研幹事長、神酒島が酔いの理を説くとき、真相が現れる。
アンソロジー『名探偵だって恋をする』収録。

第二話「球酔いロジック」
戸山大学のライバル校恵塾大学との野球の試合が行われる日、
スイ研メンバーの1年男子モッキンは、ゴールデンウィーク中に
地元で出会った同じ戸山大学の先輩の女性とデートの約束をしていた。
最初、モッキンは野球観戦をデートコースに選んでいたが、
彼女に断られ、映画にしようと自ら言われて承諾する。
ところが、当日、彼女はデートの待ち合わせ場所に姿を見せなかった。
一体彼女はなぜデートをすっぽかしたのか?
大学野球の熱気と酒気がミックスされた五月の狂想曲。

第三話「浜酔いロジック」
夏合宿で熱海にやってきたスイ研メンバー。
しかし、現地に先に来ていた大山先輩は皆が到着するのを待たずに
すでに酔いつぶれていた。どうやら、つぶしたのは
神酒島先輩の元恋人の現在の恋人らしい。
いったい、彼はなぜ大山先輩をつぶさなければならなかったのか?
「浜辺の歌」の抒情をひもとくとき、一組の男女の心理が
あぶりだされる。

第四話「月酔いロジック」
学園祭のシーズン。スイ研は恒例の酒博士バーを出店しようとしていた。
ところが、学園祭実行部からスイ研の出店禁止令が出される。
しかも翌日には、学園祭のチラシ三万部を盗んだ濡れ衣まで着せられてしまう。
はたして、一夜にして消えた三万部のチラシの行方は?
そして、スイ研は無事に酒博士バーを出店できるのか?

第五話「雪酔いロジック」
冬合宿の誘いを断り、酒蔵を営む父の手伝いで、福井県にやってきた蝶子。
ところがこの旅行、父親の策略だった。
行き着いた先は父の友人の酒蔵で、そこの次男坊と蝶子は
その晩に婚約式を開くことを決定づけられていたのだ。
何としてもこの縁談を無しにしたい蝶子。
そんなとき、相手の次男坊にもどうやら思う相手がいるらしいことがわかり…。
思わぬ地でのスイ研との再会と、雪深い地で出会う恋の謎。

とまあ、そんな感じで、四季折々の酔っ払い学生たちの馬鹿騒ぎと恋愛もようを、ミステリにのせてお贈りします。

発売当初は「こんな酔っ払ってばかりいる学生なんかいるわけない」などのクレームまじりのご感想もいただいたりしたのですが、実際スイ研の皆さん並みにほぼほぼ毎日飲み歩いていた人間としては「す、すみません」と言う感じでした。そういえば、以前、同じ早稲田出身の小説家、青柳碧人さんと高田馬場で飲んだときに青柳さんも「まさにこんな感じでしたよね」と仰っていたので、たぶん早稲田ではとくに僕が変わっていたとかいうことはないんじゃないかなと思います。

これを書いた当初はあまり意識しなかったのですが、あの時代に限らず、
どんなキラキラした過去も、二度と戻ることはないのだ、ということを最近強く思います。
失われた後でも、そのキラキラはいつまでもこびりついて離れません。
恐らく僕が死ぬまで消えないでしょう。そのキラキラを覚えているということ、あるいは忘れ去ってしまったとしても、誰にも見えない心の奥底でキラキラがうごめいていることくらい確かなこともないと思います。
残念なことに、キラキラの真ん中にいるときはその光の眩さには気づかないものです。かく言う僕もまた、十年後、二十年後の自分からすれば、今がそうであるかも知れません。
文庫化に際してゲラを読み返しながら、ふとそんな中二臭いことを考えました。

そして、先週、じつは来月刊行予定の蝶子セカンドのゲラの最終話を読んでいました。
蝶子と神酒島の迎えるラストとはべつの部分で、ある意味寂寥感のあるテーマが描かれていて、けっこう自分自身にズシンと突き刺さりました。(←自分で書いておいて馬鹿かと思いましたが)皆さんにどう届くかはわかりませんが、そんなわけで僕にとっては蝶子セカンドもちょっと特別なものになったように思います。

しかしまずは、『花酔いロジック』を手にしてくださるすべての飼い主に、酒と幸アレ。未成年には自称・酒アレ。
そして、来月には、「くれぐれも言っておくけど、私は絶対文庫派だからね!」って宣言しながら、「ちょ、ちょっと手にとって中身見るだけなんだから」って言いながらレジに向かってくださらんことを……。

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黒猫:こんばんは。毎月20日に更新しております〈黒猫の夜話または活字ラジオ〉の第3回です。
作者:やってくるねぇ、一か月って早い。ココダケ話を挟んでるせいでよけいに早い。こんなにしょっちゅう更新してると本当に言うことがなくなりそうだ。
黒猫:自分で始めたことだろう。それで、今日は何を話すんだ? お題がなければ、いま僕が興味をもっている美学的課題についてでも……。
作者:いやいや、ちょっと今度出る本の宣伝をさせてくれたまえ。
黒猫:また出すのか。蕎麦屋じゃないんだ。本なんてそんなにしょっちゅう出すものではあるまい。
作者:蕎麦屋? 俺は蕎麦屋なのか?
黒猫:蕎麦屋じゃないだろう。へんなところに食いついてないで早く話を先に進めなさい。
作者:はいはい。ええと、きたる5月23日角川文庫より『花酔いロジック 坂月蝶子の謎と酔理』が発売されます。
花酔いロジック 坂月蝶子の謎と酔理 (角川文庫)/KADOKAWA/角川書店

¥562
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カバーイラストはイラストレーターのゆうこさん
カバーデザインは西村弘美さん

ちなみに先日いただいた見本がこちら。



ポップでいて青春の甘酸っぱさが凝縮されたような素敵な装丁に仕上げていただきました。

黒猫:ほう。これは新作かな?
作者:単行本『名無しの蝶は、まだ酔わない』の改題だけど、全体的に加筆修正はしている。
黒猫:どんな内容なんだろうか? この表題にある酔理というのは誤植じゃないの?
作者:こんなところ誤植するわけないだろう。推理ならぬ酔理小説なんだな、これは。
黒猫:酔いどれミステリという感じか?
作者:ただの酔いじゃない。さまざまな酔いで話を展開している。酔うといえば酒が浮かびがちだが、人間はじつにいろんなものに酔いながら生きているからね。とくに日本人には四季折々の楽しみがある。
黒猫:それで「花」か。これは連作短編集なんだろ? ほかにはどんな酔いがあるんだ?
作者:球酔い、浜酔い、月酔い、雪酔い。ぜんぶで五篇。ただ、全体を考えたときに、まあ通しのタイトルとしても「花酔いロジック」でいいんじゃないかな、と今回編集さんから改題案をいただいた際に改めて思ったんだよね。というのも、そもそも単行本の際の『名無しの蝶は、まだ酔わない』ってタイトルは書き上げてから考えたタイトルで、第一話の「花酔いロジック」を書いた段階ではとくにトータルの題って何も考えてなかったんだ。ただ次々話を書くうえで「~酔いロジック」で統一していこうってことに自分のなかでなって。。そうなると、トータルのタイトルにふさわしいものってじつはなかなか浮かばないものなんだよね。結果として、あえて文章っぽいタイトルを用いることになったわけ。あれはあれで今でも一つの正解だったとは思うんだけど、今度は文庫化だから、見せ方だって当然変わっていい。もっとシンプルに勝負してみよっかな、ということになった。
黒猫:この表紙のお二人を紹介してもらおうか?
作者:ヒロインの坂月蝶子と神酒島先輩。坂月蝶子は酒に酔えない大学一年生で語り手。じつは元有名子役で、いまは演技の世界から離れ自分の人生を模索中だ。




対する神酒島先輩は三年生なのに度重なる留年で蝶子と同学年で、スイ研の幹事長。本作の探偵役でもある。



黒猫:スイ研?
作者:何も知らないんだな、君は。酔理研究会、略してスイ研。というか、このへんのあらすじは、カドカワさんのホームページに出ているものを抜粋しておこう。

大学に入学した蝶子は、勘違いから<スイ研>――酔理研究会に入ることに。酒に酔えない蝶子だが、先輩・神酒島が読み解く謎の理(ことわり)は蝶子に心地よい酔いをもたらし……。モラトリアム系青春恋愛ミステリ!

黒猫:間違えて入ったわけだね。
作者:そういうこと。もとは推理研究会に入りたかったのに間違えて酔理研究会の門戸を叩いてしまうところから物語は始まる。
黒猫:そういえば、君も大学時代はミステリ系のサークルに入ろうとしてたんだよね?
作者:そう、初代顧問が江戸川乱歩先生という偉大なるサークルにね。でもまあ何だかんだあって一か月で辞めてしまった。
黒猫:その「何だかんだ」が気になるが……。
作者:まあそこはご想像にお任せするとして、僕は大学入学の目的をそこでいったん喪失してしまうんだよね。何しろ、そのサークル目当てで早稲田を受けたようなものだったわけだから。
黒猫:それはなかなかつらい。
作者:で、何を間違ったのか昼間っから酒を飲むようなサークルに入り浸るようになった。
黒猫:スイ研そのままじゃないか。
作者:ある意味、いちばん本を読める時期を酒ばかり読んでいたんだな。酒を読む男。
黒猫:表現変えてもかっこよくはならんよ。ただの酔っ払いだろう。
作者:そうとも言う。大学浪人まで培ってきたミステリ脳がこの大学四年間でいちじるしく破壊されたのは言うまでもない。でも今考えるとね、異常なくらい楽しい四年間だったよ。何しろぎりぎり単位を取得する以外は遊びまくってたからね。出なくて済む講義はなるべくサボっていたし、出なきゃいけないものもけっこうサボっていた。みんなこの四年が終わると社会人だってわかってるからね。まさにモラトリアムだよね。
黒猫:モラトリアム系青春恋愛ミステリ、か。
作者:そうそう。大学生って制服があるわけでもないし、法律に触れるようなことをしないかぎりは、基本何したって周囲から文句は出ない。しかも大学の講義はけっこうゆるいからサボろうと思えばサボれてしまう。これって考えようによってはユートピアだよね。モラトリアムって、まあ言えば期間限定ユートピアのことなんだろう。
黒猫:まったく呆れるね。その間にどれだけの書物と出会えることか。悪いが、時間の浪費としか思えないな。
作者:まあね。たしかに100人の人と話しても得られないことを百冊の書物は教えてくれる。ただ、僕は逆も実際には言えるんじゃないかって思ってる。
黒猫:というと?
作者:僕は大学入った当時、本を読まない奴なんか嫌いだったし、毎日酒を飲んでいる連中とかどういう神経しているんだろう、と腹さえ立てていた。でも毎日そのサークルの人たちに付き合って酒を酌み交わしているうちに、何かが見えてくるんだよね。それはべつに酒の力を借りているとかではなくて、本からしかわからないことがあるように、人からしかわからないこともやっぱりあるっていう気がしてきたんだな。
黒猫:なるほど。
作者:さっき酒を読んでいたと言ったけれど、いま考えれば大学時代にはとにかく人を読んでいた気がする。それがなかったら小説家にはなれていなかったかも知れない、とも思うんだよね。
黒猫:たしかに、生身の人間というテクストに触れるのは大事かもしれない。その点、坂月蝶子もなかば強制的に書を閉じる青春を選ばされたわけだね?
作者:書を捨てよ、酒を飲め。人間関係なんてくだらないことが八割をしめるし、時間の無駄と感じることも少なくない。本とは違うよね。本は肌に合わなきゃ読みやめればいいし、いい本は惜しみなく魅力をこちらに見せてくれる。でも人間はそうじゃない。どれだけこちらが必死になっても相手が素敵な時間をくれる保証はどこにもない。ナマモノだからね。そこが嫌なところでもあり、面白いところでもある。
黒猫:まあそこは同感かな。では、この酒気帯び青春ミステリの見どころを最後にお願いしよう。
作者:見どころは、何もかも自由な世界にぽんと放り出されたモラトリアム期間特有のふわふわした孤独感とかそこでこそ感じる人の想いみたいなものがあれこれ詰まってる青春恋愛ミステリってところなんじゃないかな。
黒猫:もうひと押し。
作者:んん……「神酒島先輩」というキャラクター、じつはうちの嫁とか長女の間では黒猫よりよっぽどいい男だと評判がよい。「リアルにいそうないい男」なのだとか。まあ、たしかに君は実際に近くにいるとじつに厄介そうだからね。
黒猫:僕を目の前にしてそういうことを言うのはどういう神経をしてるんだろうね? だいたい僕からすれば君のほうが面倒くさいけど。
作者:どうして? 『四季彩のサロメ』みたいな作品を書いてしまうから?
黒猫:……その話はしたくないな。
作者:『サロメ』のなかで●●●●●●●から?
黒猫:伏字でも何でもやめたまえ、もう。
作者:そのうえ特典クイズで出した断篇集に付き人が出てきて君が会わせたくなさそうな人物と会わせてしまったから?
黒猫:ノーコメントだと言ってるだろう。話を戻そう。神酒島先輩の話だ。この人物にはモデルとかいるの?
作者:基本的に登場人物にモデルというのはないね。その作品のコンセプトに必要な人物かどうかで考えてる。神酒島先輩は酒に酔うけど飲まれはしない。酔いのいちばんいい状態をよく知っている人物だと思う。
黒猫:ふむ。とにかく読んでみることにしよう。
作者:そう、そして来月に備えてほしい。
黒猫:来月? どういう意味だ?
作者:ふっふっふ。帯の裏をよく見るのだ!



黒猫:これは……!
作者:かみんぐすーん。蝶子の2年目が始まります。今度の話では蝶子と神酒島先輩の恋の行方であったり、二人のそれぞれの未来を少しずつ考え始める話になるかな。そして大学2年という時期に特有な倦怠感なんかも描いている。さらに新キャラも登場!
黒猫:新キャラ?
作者:じつはそのあたりのこともあって、今回は文庫発売に併せてちょっとした計画があるんだけれど、まあこれは発売当日とかその前後あたりにお知らせすることにしよう。
黒猫:含みを持たすね。とりあえず、愉しみだと言っておこう。
作者:楽しみにしてください。「興味はあるけど文庫化待ってようっと」だった人も、この機会に文庫から入っていただき、来月の蝶子2年目のほうは、「ほ、本来文庫派なんだからね!」って言いながら手に取っていただけたら嬉しいです。
黒猫:あざとい…。
作者:何か言った?
黒猫:べつに。では、最後に「このアルバムがすごい」のコーナー。
作者:今回はね、今年久しぶりにニューアルバムをだしたことでも話題になっているブラーの昔のアルバム『ブラー』。
ブラー/EMIミュージックジャパン

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黒猫:なぜこのチョイスなのか教えてもらおうか?
作者:じつは『花酔いロジック』の最初の一話を書くちょっと前、すごく迷っている時期で、薀蓄入れてくれとか、男女バディもので、とかそういう要望の前に自分しか書けないものって何だってことを考えていた時期なんだよね。
黒猫:それで酔っ払いサークルにたどり着いた、と。
作者:そうそう。酒がなければ俺の青春はなかったからね。「文は人なり」と言うならば、まずは自分のうちにあるものを手がかりにしていくのがいい。それで大学時代のあの空気感を書こうって思ったとき、同時に浮かんできたのが「ビートルバム」だったんだよね。ビートルバムって、ようするに「ダメな人」みたいな意味なんだけど、モラトリアム期間のだらだらした空気感ってすごくブラーっぽいし、ある意味人間として「ダメな」時期なんだよ。で、ブラーから入って、自分流の『トレインスポッティング』みたいな話にしたいと思っていたら……。
黒猫:全然違うものができた、と。
作者:そういうこと。まあ、誰もあれを読んで『トレインスポッティング』を目指したとは思わないだろうね。じつは、モラトリアムっぽいだらだら感とか孤独とかを感じるような曲を作中にもいっぱい出してるんだよね。そういうのもちょっと目を留めながら読んでいただけると面白さが増えたり増えなかったり。
黒猫:ふうん(パラパラ眺めながら)ミステリの名作の名もちらほら見えるけど?
作者:ああそれはね、季語みたいなもんだよね。季語代わり。こういう舞台設定ってなったらとりあえずこれ浮かぶよね、という。まあとにかく、モラトリアムってのは、後から振り返るとキラキラしてるよ。その後の人生では無関係になってしまう人たちともサークルという場所で一時期を過ごす。その輝きは一瞬で二度と戻らない。でも二度と戻らないからこそ、今もこうしてその頃のことを細かく考えることができるんだと思うね。
黒猫:失われてからが、本当の関係性の始まりだからね。
作者:そうそう、それは君の哲学でもある。でも付き人との関係ばかりはそうは言ってられないんじゃないかな?
黒猫:……なぜそこに話をもっていくかな……。
作者:君の場合、まず作者である俺が君と付き人を引き離そうとしているんだから、そんな悠長な哲学を語っていると本当に失ってから関係性を考えることになるぞ。
黒猫:だから、僕たちのこ…いや、僕たちの話に矛先を向けるなって。
作者:いま「こ」って言った? 「恋」って言おうとしたの?
黒猫:違う。
作者:みなさん、いまこの男は恋って……(背後の冷蔵庫に押し込まれる)……。
黒猫:それでは今夜はこのへんで。僕は後ろの冷凍庫で冷やしておいたジョッキでこれからビールを飲みますよ。皆さんも成人している方はお酒を片手に、そうでない方は「自称・お酒」を片手に『花酔いロジック』をお読みください。冷蔵庫で頭を冷やしている男にかわって僕からお願いします。ではでは、また来月の20日にお会いしましょう。
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