作品全体のトーンに関する話は巻末のインタビューをご覧いただくとして、
ここでは、個々の短編について、ざっくりと執筆時に考えていたことなどを
まとめてみました。ご興味のある方はどうぞ。

「数寄のフモール」
ミスマガ掲載時から、短編集を編むときのオープニングの一篇にしようと
思っていたもの。オープニングには毒のある話で軽いカウンターパンチを
喰らわせておきたいという狙いがあったので、まあ、そういう意図は
ある程度成功しているかなというかんじです(当社比)。

「水と船の戯れ」
よく黒猫シリーズを「推理小説としてどうなんだ?」的なご意見を目にす
るのですが、作者としてはまったくその意見に反対しません。
というのはですね、黒猫シリーズは少なくとも「読者にとってフェアな
推理小説」ではないからです。
美学的見地からこうあらねばならないという風に黒猫が読み解く
「創理小説」ではあるかもしれません。あるいは「類推小説」とかね。
でもミステリであり、探偵小説ではあると思います。
そう言う意味で、この短編は、これまで言われがちだったことへの
「ええおっしゃるとおり」的回答となる短編かなと。
ゼロ稿から初稿、二稿、三稿にかけて劇的な変化を見せた短編でもあります。

「複製は赤く色づく」
これはもう、僕のニワトリ愛が実現せしめた作品という一言に尽きます。
どんな動物園でも期待を裏切らないコーナーが二つ。
一つはキリン。彼らの餌を食べる特異な舌づかいと愛嬌のある仕草は
どんな動物を見るよりも楽しい。
もう一つがニワトリ。なんでしょうね、ニワトリってやっぱり目力がある。
あの捨て身のいさぎよさは現代を生き抜く活力になるのではと。
で、そのニワトリの問題を考えながら、
「電子書籍導入って、今後どうなるんだろうね」的なことを
ぼんやり考えながら書いたら、出来上がっていた、という感じでしょうか。
何度もアレンジを最後まで繰り返した結果、想像以上に化けた作品かなと
思います。「とけいかん」という建物が出て来るのですが、
まあご容赦を。

「追憶と追尾」
「数寄のフモール」「最期の一壜」から、ほかの四作を書くまでけっこう
間があいたので短編集の全体イメージも特に決めずにバラエティ豊かな
作品集にする、というざっくりなコンセプトで書き始めたんですが、
初期段階で4作を2~3か月程度でざらっと書いていたとき
、この短編を書いたことで「この話があるからいっか」という安心感を
得た一本。
ひそかに黒猫シリーズは「2つのS」が大事だと思っていて
それは「スウィート&サディスティック」なんですが、この作品は
「サディスティック」のほうに振ってみた話です。
だって……ねえ。書いていて、とっても楽しかった一篇ですw。

「象られた心臓」
8月に『ホテル・モーリス』という作品を上梓しました。
「格調」と「コミカル」がどこまで融和できるかという個人的目標を
掲げつつ、展開も読めやすい、安心して愉しめるスラップスティックと
ミステリとしてのテクニックの問題を、バンドのアンサンブルのように
自由に考えた作品でした。
ええと、なんでここで『ホテル・モーリス』の話をしたのかというと、
『ホテルモーリス』を書かなかったら「象られた心臓」はできていない
だろう、ということです。
この話は、構造的にみると、黒猫シリーズでどこまで自由な振り方が
できるか、という試みに尽きるのではないかと。
じつはこの短編は、黒猫シリーズが、007だとかダール短編に通じる
軽やかな毒と結びつくという「意外性」を愉しみたくて
書いたものだったのです。
ミステリー的には、乱歩が「赤い部屋」でやり、谷崎が「途上」で
やったような●●●●ものになりましたが、これはそういうトリックが
やりたかったというよりコンセプチュアルに考えていったら、結果的に
そうなったというだけです。

「最期の一壜」
タイトルからニヤっとする方もいるでしょう。エリン『最後の一壜』へ
のオマージュ的な内容になっています。音楽でいうと、
あまり難しいコードを用いずにメロウに奏でた感じで、
この短編集における最後の「スウィーツ」になるのでは、と。
受賞直後に書いたので、じつはもうあまりこの作品を書いた経緯とか
覚えてないんですね。
これまで精神を尖らせて生きてきたぶん受賞できてホッとしたら
バラードを歌ってみたくなった、という感じでしょうか。

全体に、「遊歩」がインな作風なのに対して
「刹那」はアウトかなと思います。
『遊歩』読んでいない方でも、まずこの作品から
黒猫シリーズに入っていただけたら嬉しく思います。

あと、ポオ作品を黒猫解釈をもとに読み返す、という方が多いようで
それはそれで楽しみの一つと思いますが、
正解がないのが解釈の世界なので、あまり黒猫の言うことを
鵜呑みにしないでせっかくお読みになるのでしたら、
自由な気持ちでポオ作品に接してくださいませ(僕がお願いするのも変ですね)。
そうでないと僕がポオに怒られそうです。ポオ研究者にも。

ではでは。


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飼い主を探しています。
非常に大人しいタイプで、本棚に収まっていれば
勝手に出歩いたりは決してしません。
それもハードカバーサイズの大きな本棚なんかじゃなくて
ほんのちょっと、そう、文庫の大きさが入る本棚なら問題ありません。
ああ、とは言っても、やや国内では変わった品種で
ハヤカワ文庫サイズといえば、ピンと来る方もいるかと思いますが、
わずか五ミリ程度標準文庫より背が高く、
愛好家の方々にはそこがかえってたまらないとも聞いております。
このハヤカワ文庫のなかでも今回飼い主を探しておりますのは
生れたての『黒猫の刹那あるいは卒論指導』という本です。
毒のある話から甘い余韻の話まであれこれ揃えた半ダースの短編集。
こう聞けば、おや、と思う方もおられるでしょう。
そうです、クリスティー賞受賞作『黒猫の遊歩あるいは美学講義』も
六編そろった連作短編集でした。
8月に『遊歩』が文庫化したものの、第2作『接吻』、第3作『薔薇』が
まだ文庫化していないのに、それを通り越して
文庫化されたコイツはいったい何者なのか……。
『遊歩』だけ読んだ方が、『接吻』『薔薇』を読まずに
手にとってしまったらどうするのか?
ご安心ください。
まったく問題ございません。
『黒猫の刹那あるいは卒論指導』はタイトルからもわかるとおり
黒猫と付き人が大学時代の話。いわば、ゼロ・エピソード集なのです。
表紙の二人の格好をご覧ください。

黒猫の刹那あるいは卒論指導 (ハヤカワ文庫JA)/早川書房

¥735
Amazon.co.jp

今の二人よりほんの少し若々しいでしょ?
それもそのはず、これは『遊歩』の3年前。
ですから、さいあく『遊歩』を読んでない方だって、
本書を飼っていただければ、黒猫シリーズにすんなり馴染むことが
できるのです。いわば、黒猫入門編ともいうべき内容となっております。
というわけで、我こそは飼い主にという方はぜひ
お近くの本屋さんに足をお運びくださいませ。
『黒猫の刹那』は尻尾を振ってすぐに貴方になつくに違いありません。







とまあ、そんな話はともかく。
少しは内容に踏み込んだことも、せっかくなので。


収録短篇は以下のとおり。
「数寄のフモール」(ミステリマガジン掲載)
「水と船の戯れ」
「複製は赤く色づく」
「追憶と追尾」
「象られた心臓」
「最期の一壜」(ミステリマガジン掲載)


じつはいちばん古く、受賞直後に書いたのが「最期の一壜」
だったんですが、当初から次に短編集を出すときはこれを最後に
もってこようと思っていました。
こうして書き上げてみると、ビターなものとスイートなものが
ちょうどよいバランスで集まったのではないかと。

『接吻』と『薔薇』で黒猫と付き人が離れてる場面が
多かったぶん、今回、学生編ということもあって
最初から最後まで二人が出ずっぱりなので
黒猫と付き人がキャッキャウフッフしてるイメージが
強く残ってお腹いっぱいになるんじゃないかと思います。
だから今回はミステリも美学講義もまったく抜きでいいんじゃないか
とも思ったんですが、そうもいかないので、
まあ適当にいろいろ楽しんでみていただければ幸いです。

個人的には、『接吻』『薔薇』は長編なせいもあって
どちらかというと恋愛色が強かったんですが、
久々に短編集スタイルということで、
「デビュー時のとがった森晶麿を返せ」との声にも
「恋愛面さえあればいいのよ」的な声にも
両面でご満足いただけるのではと考えております。
願わくば、読み返すたびに甘くなり、
読み返すたびに新たな苦みが出ますように。

最後になりますが、今回も素晴らしいイラストを描いてくださった丹地陽子先生、
また巻末インタビューでインタビュアーを快諾いただいたブックファースト鈴木香織さん、
そして、デビューから支え続けてくださる担当編集さんをはじめとする
早川書房の皆々様に心より感謝申し上げます。

あ、最後ですが、本書にはダレトクかはわかりませんが
ひらがなで書くと「とけいかん」という館が出てまいります。
どこに出て来るか探してみてくださいませ。

ではでは。









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