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最近、自分からお散歩をおねだりルンルン


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ドアを開けると、ぴょんぴょんお庭にお出かけ。


掃除をすませて、一緒にお庭で遊ぼうと思ったら……


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おや? もういいの?


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おかえり。帰れるおうちがあるっていいよね。


それって、当たり前のようだけれど、すごく幸せなことなんだよ。


心の中でそっと話しかけながら、扉を開ける。





3.11から、もう6年、まだ6年。


家はあるのにまだ帰れない、


帰りたいのにもう家がない……


今日をどのような思いで過ごしている人たちがいるのだろうと、6年前の今日のことを思い出しながら想像する。





今日の午前中は、長男の通う学校の保護者会。


6年前の3月11日はちょうど卒業式だったこと、その日は校内で卒業生たちと一晩明かした話などをお聞きする。


そしてご紹介いただいたのが、五木寛之氏の「慈悲」の言葉。





「慈悲」とは、


本当は誰も他者の思いを理解することはできない、
自分の力ではどうしようもないという無力感から生まれるものなのだと。


頑張れとか、大丈夫とか、そんな言葉ではどうにもならないことがこの世にはある。


一緒に悲しみ、ため息をつき、どうにもしてあげられない己の無力さを嘆くこと。それが、安らぎや励ましに通じることもあるのではないか。


大地を拳で叩いて、ちゃんと泣いた人だけが、心から笑うことができるのだと。





話をお聞きしながら思い浮かんだのは、3.11の翌月に他界した父のこと。


抗がん剤の治療に苦しんでいた父、余命を宣告されていた父を前に私ができたのは、ただ父の手を包むこと。背中をさすること。


まさに何もできない自分を嘆きつつ、父の傍にいることしかできなかった。








今年はもう一度、自分の無力さに向き合おう。ちゃんと悲しもう。








それからまた前を向こう。








そんな思いで学校を後にする。









 
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