English version of the president blog

 ↓ ↓ ↓

1 | 2 | 3 | 4 | 5 |最初 次ページ >>
2016-01-17 17:12:17

マネジメトスキルを上げる以前に必要な資質

テーマ:虎のDaily
虎のブログは久しぶりの更新です。
バンクーバーではDine Outがスタートし、全店共に連日にぎわっております。

「基礎能力ー(客観思考)」


目的思考を強くし論理思考で考え、マネジメント脳を鍛錬させていくことにここ数年力を入れてきました。それは心理ばかりが重要視され、思考が停止していく外食産業の未来に危惧を抱いたからであり、そうしていくことが新しい世界を創ると確信したからです。
 ただし、バランスは何より重要です。論理を追求する傍らで、心理が正しく、組織が肥大化していく過程においても、並行して発展していくことは必須であります。そしてこの場合の心理とは客観思考のことを指します。

相手から組み立てる

レストラン産業はサービス産業です。相手を喜ばすことに執着しないリーダーが上に立つとシステムも無用の長物となってしまいます。ただし、その客観思考はテクニックでは身につけられません。
なぜなら、自分の人生観から生まれるものだからであり、教えられて改善できるレベルにはないからです。
 例えば、優秀な営業マンがそのテクニックにおいては目的と論理性を有しているとしても、その起源は高い客観性(心理)から生まれたもので、それを体系化したに過ぎないものであります。きっとその営業マンは人一倍、相手を喜ばすことに執着し、そこに快感を得ていたのではないか?だからアイデアも湧いて、目的思考を持って論理を追求し、体系化することができたのだと僕は思います。
でないと、突き抜けた結果を導くことは不可能です。
本人にとってまさに天職とであったと言えます。

 そしてレストラン産業は料理を作るのも、サービスするのもそれを使って誰か(ゲスト)に喜びをもたらすことが仕事の本質であり、そこに至っては心理(客観思考)が目的であり、マネジメント(論理)は手段に過ぎません。経営なので数値から組み立てたり、ビジネスモデルによってターゲットを変えたり、そこに合わせてコンセプトを思案したりするものでありますが、根底にはこの心理が定着していなければブランドとして確立することはありません。そこが一つのブランドバリューであり、エクセレントサービスは高いパーソナリティから育まれるのであって、ブランドはそうして創られるものなのだと僕は確信しています。

またこの場合、「自分の人生を生きる。」と「客観思考を持つ」とは対立しているのではないか?と思う人もいるようであるが、そうではありません。自らの意志を伴って思考を働かす矛先に相手を喜ばすという客観思考(心理)がある状態をさしていますので、それは自己意識に通じるものであります。
だから、言われたからやるというわけではなく、潜在的に持っている能力であるものです
実際僕は、その能力が常人のレベルではないと自負しています。会社の成長ステップにおいて、その心理のあり方はより大局的に変化してきていますが、根本は何も変わってはいません。それは誰から諭されるわけでなく自意識によるものであり、だからこそそこにストレスを感じることはなく、結果的に結果を出せてるのだと思います。

誰よりも喜ばすことに執着しているからこそ、アイデアも湧き、自己成長意欲も際限なく溢れてくるのです。
 
 だから、部下に何かしてあげるにおいても、自分の意志で持って部下にしてあげているので基本的に見返りは求めません。してあげたことで、相手に何を求めるということはないのですが、自我ではなく指導者の立場で考えた場合、相手の客観性のなさにポテンシャルを見失うことがあります。それは、成長の中に隠れ潜んでいる一抹の不安であります。

何かしら喜びをもたらされたことで、「そのことに対してどのタイミングで反応したら、相手は喜ぶか?」と、考え行動し、与えられた喜びをも、相手の喜びに変えることができるというのは能力で、サービス業においては不動の真理(買って頂いた自分の喜びを、買った相手(ゲスト)の喜びにする)です。
それが考えられないというのはそもそも客観思考に乏しく、目的思考も論理思考も机上の論理として捉えているに過ぎないのではないか?と考えてしまうからであり、その場合、ポテンシャルにちょっとした限界を感じてしまいます。

放っておけばこの世界一のブランドを創り上げるという道程で必ず綻びが表面化し、本人も潰れてしまうでしょう。

なぜなら、会社の成長と発展とともに楽しさを失っていくからです。

 本当にプロフェッショナルに成る人財というのは、この心理と論理のバランスが取れてて、スキルの成長(論理)と楽しさ(心理)が一体化し並行して伸びていきます。人を喜ばすということに対してステージが変わってもそれを実現していくことに楽しさや、喜びを見出していくことができる人です。
その資質が不十分なのに責任ある立場に立つと、頭でっかちになり、どうしてもそこ(心理)が見えなくなっていくか?またその逆になるのが通例で、その双方のバランスを有している人財は本当に少ないものです。
 その人の器の問題と言ってしまえばそれまでなのですが、これはポテンシャルの問題で、現時点で伸ばすことは可能であると考えています。
 ただ、それは言われて気づくというよりも自分の心と自問自答して見出していくことです。
そこに蓋をして成長していくことは難しく、だから企業としてマンパワーで発展していくということは、きれいごとではなく難しいことなのです。それを実現させブランドにしていくには、料理もサービスも自意識を伴って心理を追求し、そこに価値観を見出せる人財と共にしてかなければなりません。
 
 そのために経営理念というものは存在し、Aburiは3ブランド戦略を敷いています。

今回気づいたことは、心理が充実していないというわけではなく、客観思考というスキルが薄弱だっただけで、これを機に思考力を高めるというレベルであるんだろうと今は思っています。何事に対しても何にたいしても、その心理(客観思考)を恒常化させ、考える力を身につけることができればもっと伸びるし、可能性を見出すことができるのだろうと思います。



AD
いいね!(23)  |  コメント(0)  |  リブログ(0)
2015-10-06 00:08:32

始まりの始まり

テーマ:虎のDaily
僕がギャンブルに興味を持たないのは、
ビジネスが常にその要素を持っていて(もちろん事業なので確信は追及するものですが)、
どこまで追及して確信を持っても蓋を開けるまではわからないとという緊張感が、
それらの快感を優位に超えてしまうからです。



どんな戦いも、100%優位と前評判がたってもちょっとしたきっかけや出来事で形成逆転し、
番狂わせとはあるものです。

だから、絶対に負けられないトーナメントに挑む気持ちです。




オープンを前にしてのなんとも言えない緊張感に気持ちが高ぶります。





「知る勇気」
人は知ることで望みを抱いたり、時に失望するものです。
知ったことで自分の潜在能力や、ポテンシャルに覚醒し、今以上を手にいれる人もいれば、
知ったがためにネガティブな人生になるケースもあります。

例えば、給与が10万上がるとその上がった世界を知ることになる。
タイトルが上がるとその優越感を知ることになる。
なのに維持、またはそれ以上に発展させる力がないと、やがて必要とされなくなったり、
その価値に見合わないとお払い箱扱いされるというのは通念の理解です。

その後の進歩もないのに、実力以上の世界を知ってしまったがために、
そのステータスに固執してしまい結果ネガティブな人生を送ることになってしまうというのは少なくありません。



「知るということには勇気がいるのです。」


だから知るということには対して準備が必要だし、
知ったうえでそこに本質を見出し、それからの自分の進歩をイメージしすることができないと、
知ったことで人生を狂わすリスクに発展してしまいます。

これから彼らはいろんな場面で既成概念を壊す世界を知ることになるでしょう。
それが当たり前にならないように、
もっと先の世界を望む勇気と、自分の進歩に臨む気概が重要だし、
そこまで自信がないのであれば知らないほうがいい。
教えない(与えない)方がいいことだってあるのです。

Aburi Canadaの機会創出はその業界の通念にないものですからね、
パーソナルのポテンシャルをを見極めながらチームマネジメントをしていくことが
そのリスクヘッジには欠かせません。

僕は停滞させないように、そのリスクを回避できるように先に先にイノベーションを画策していきます。
あとは、それぞれが人生の価値観によってその機会を取りに行くか否かの問題であり、チャレンジするか?しないかだけなのです。
ただ、したからいいといいわけではなく、しなかったからダメだというわけではありません。
それは上記した通りです。
どっちを選ぶかは本人の人生であり、リスクを負ってでも知ることを選ぶのも、
リスクを回避して知らない方を選ぶのも本人の人生のタスクですからね。

さてプレオープンまであと三日。
あのWカップラグビーの試合前のような気持ちで臨みたいと思います。




AD
いいね!(20)  |  コメント(0)  |  リブログ(0)
2015-08-29 06:19:42

世界無形文化遺産「和食」に対して

テーマ:虎のDaily
和食が世界無形文化遺産に認定され、日本ではかなり話題になりました。
加熱する反面どこか違和感を感じていたのですが、 先日ついに案の定という経験をしました。

カナダのある都市で知人の紹介にて客人を案内した日本懐石のお店。
そこはランチで$200、ディナーで$300のそれぞれ1コースだけというかなり強気の商売をしており、それはカナダのハイエンドレストランといわれるレストランでも類を見ません。
(もちろんリクエストさえすればやるところはありますが、それしかないとうコンセプトはありません)

ビジネスのセオリーは国が変わっても基本的には同じであり、 それだけの値付けをするのであればロケーション、外観、内装、サービス、器、料理、お酒と、その全てはターゲット客層に合わすものであり、こちらでもハイエンドはかなりそれらに時間とお金をかけて重要感を持ってもてなすのが当たり前に認識されています。

(料理の価格だけですが)カナダ最高峰とも言える値付けをする懐石スタイルの和食がどのようなパフォーマンスで、どれだけの驚きと、どれだけの訴求力を提供してくるのか?
ある意味興味津々で行ってきました。
ところが場所は、ダウンタウンからタクシーで30分(渋滞にはまると1時間)もかかる場所にあり、であれば、庭園から楽しませる何か特別な仕掛けがあると思いきや、 文化センターの一部を借りて営業しているという数奇ないでたちでした。
その外観を見たとき、なんか嫌な予感がしました。
中に入ると飾られた日本風な装飾品は全てニセモノであり、 そのしつらえの稚拙さにはおそらく日本を知らない現地の人でもがっかりするはずです。

店内に人の気配はなく、金曜日というのに個室で分けられた他の部屋にGuestはいなかったものと思います。 ご家族で経営されているらしく、それはいいのですが、 出てくる料理はお世辞にも特別とは言えず、味も食材も普通であり、日本から持ってきているという割には 価格との相関性に大きなギャップを感じました。

それほど日本風の懐石を体験したことはないので私は半信半疑でしたが、 同行した客人はまさに京都出身の知る人ぞ知る人物なので経験豊富。
私の認識と合致してそれが懐石料理というには程遠いことを確信しました。

そんな時、私の客人がその違和感に対して質問をしだしました。
その中のやりとりに価格を高く設定している理由が、
「日本から食材を運び、伝統的な懐石を崩さないように協会に支持されているから」 という話を聞いて、僕の違和感は確信になりました。
まず、価格を高く設定してその価値を表現できない理由が、上記の理由だとしたら、 伝統に固執し目の前のゲストを軽視している何ものでもない、ただの自己満足であると僕は思うからです。
その場合外国人に対して日本の伝統を伝えるという行為は傲慢にしか映らない。
和食が世界文化遺産に認定されたからその価値を世界中に知らしめるという行為にものすごく違和感があります。

例えば、イタリアンにしても、フレンチにしても、中華にしても、 日本でそれらは見事に日本の食材を使った日本スタイルに形を変え、 一部、そうした日本人がそれらの料理を自国スタイルに変えてしまうことに賞賛する外国人さえいます。

決して、伝統でなければならないとは考えていないでしょう。
「良いものには賞賛を送る。」いたってシンプルであり、まさに、グローバルリスムに則っている。
自国の文化を無理強いして相手に伝えることはグローバルリズムに反するものです。

また日本の和食には日本語という語源から生まれた外国語(少なからず英語にはない)、 味の表現があります。 言葉が先か?感覚が先か?それは私には断言できないけど、 少なからず言葉にできない感覚をイメージすることは彼らには難しいものです。
「コリコリとか、ほんのりあまいとか、とろけるとか、ジューシー」だとか、 実に多くの味の表現が擬音語を含め日本語は多く持っていて微妙な味の加減を言葉で表現することができます。

それを「日本の和食をわからない外国人に教えたる」なんて、傲慢以外の何ものでもないと私は思うのです。

ご主人さんは日本の和食の重鎮「000さんから日本の和食のスタイルを変えないで、現地で商売するように言われている。」と、おっしゃっていました。
その言葉に私の違和感は頂点に達してしまいました。

日本の良さを持って現地の良さと融合し、国境を越えた世界を創りあげることにグローバルビジネスの本質を見出しているので、私にはこうした日本食を伝えるなどという意義はありません。
ただ、否定はしません。そうした気概を持って世界に打って出るという考え方にも一理あるかもしれないので。
ただし、私たちのような日本発グローバル企業が、こうして海外のマーケットに迎合していく中で、これだけの価格設定と和食を伝えるという大義を持って臨むのであれば、助成金を引っ張ってでもそれなりの格式あるしつらえを準備し、料理とサービスも極めるなかで、
「あれは日本の伝統スタイルで高貴なものなのです」と、自慢できる存在であってほしいものです。

和食という食文化が世界から賞賛されることは素晴らしいことです。
私も外国に住む日本人として誇り高いものですが、
勘違いしてはいけないのは世界にはまだまだ素晴らしい食文化もあるということであり、
そして優劣はなく、融合していくことが本質であるということやと思います。







AD
いいね!(13)  |  コメント(0)  |  リブログ(0)
1 | 2 | 3 | 4 | 5 |最初 次ページ >>

AD

Amebaおすすめキーワード

Ameba人気のブログ

Amebaトピックス

ランキング

  • 総合
  • 新登場
  • 急上昇
  • トレンド

ブログをはじめる

たくさんの芸能人・有名人が
書いているAmebaブログを
無料で簡単にはじめることができます。

公式トップブロガーへ応募

多くの方にご紹介したいブログを
執筆する方を「公式トップブロガー」
として認定しております。

芸能人・有名人ブログを開設

Amebaブログでは、芸能人・有名人ブログを
ご希望される著名人の方/事務所様を
随時募集しております。