English version of the president blog

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2015-04-27 08:04:14

長年に渡る悲願を実現した瞬間

テーマ:虎のDaily
思い返せばこの19年間は絶えず、
仕組みを作ることにチャレンジしてきました。
自分の頭に思い描いたイメージを自ら実践するだけでなく、
よりシンプルにして誰にでもできるようにすること。

働く人が考え方を知り、自分の頭で考え、その知恵から付加価値を高めたり、合理化を実現することができる。
その経験を形式知にすることで、組織のノウハウは個人のノウハウと一つとなり、「このレストラン業界の限界を突破する定石はできる。」と、勢いで駆け上がって限界を迎えた30歳ぐらいから、個人のプロ化と支えるシステムの必要性においては今の完成形に対するイメージをぼんやり描いていました。

心理に影響される業界の事情に翻弄され、また自分自身かぶれながらも、心の中ではそれだけでは業界を変える要因にはならないとわかっていました。
でも、システムを語ることは日本の商習慣において敬遠されがちで悲観される側面が強く、また、作成したシステムが複雑過ぎて浸透するまでには至らず、
何度も何度も繰り返し作っては実用性なく断念することの繰り返しでした。

それでも、共感とともにプロフェッショナル(専門分野のプロ)を自分の周りにおかないと、このビジョンは達成できないということは確信していました。
だから、外から経験のある人を連れてきたこともありましたが、既存のシステムへの執着が強く、この世界に存在しない実用的で応用可能なシステムを作り発展させていくということは臨めませんでした。
結局のところ、社内にそのシステムを創り、定着させるしかないのです。

そして、機会は与えられました。

もう一つのビジョン(国際ブランド)を実現するために海を渡り、
言葉の通じない事情、必要以上に信頼という言葉に依存し盲目になった結果、人生の上半期最大の危機を迎えることとなりました。
窮地への没落から這い上がる過程では、実に高いハードルを失敗なしで超えなければならないプレッシャーの中で思考は極限化し、氷川きよしというビジネスモデルを分析することで、このブルーオーシャン戦略、マネジメントシステムは誕生しました。苦難を乗り越え最高/最短の上昇を実現する過程で、戦略とシステムの信憑性は確実なものとなりました。

そして、この論理を突き詰め応用編が完成したとき、100%この業界を変えれると確信しました。
苦行から真理を切り開くことができました。

実際、本家本元のブルーオーシャン戦略を超えるAburiブルーオーシャン戦略に基づき、いくつもの事業は好転したし、また不採算店を持ったとしても結果と原因が明白だからうろたえることなくカイゼンに臨めます。
マネジメントシステムでは論理性を得ることで、点と点を結んで線にすることに覚醒し、スイッチが入る経営幹部もいて、皮肉にも地獄の経験が大きな進歩をもたらしてくれました。

与えられた巨大な試練は危機ではなく機会(チャンス)だったのです。

そしてリバースイノベーション。
海の向うでの経験から新しい仕組みを考案し、日本の既成概念を破壊し新しい秩序を作るのためのマネジメントセミナー応用編前編。
これまで幾度となくシステムを構築しては、このように導入してきたのですがイメージする結果をもたらすことはなく、勉強会に参加しているメンバーの思考にロジックを作ることは実際叶わないもので、それは業界に蔓延している自己満足の集合教育(勉強会)の様相を呈していました。

そんな中、そして私の直近の大きな課題であり、
疲弊しきった日本の外食産業の革新に臨むにあたり、
このシステムを本格的に導入するためのスタートアップセミナーに満を持して臨んだのです。
長年に渡り悲願であった実用性と論理性を有したマネジメントシステムのセミナーは、実に6時間という長丁場にも拘らず参加した経営幹部/店長たちは、集中力を切らすことはありませんでした。

初めてイメージした通りの反応を得ることができました。

もちろん強制ではく主体性を見出す術として存在し、
そこ(パーソナリティ)を引き上げるためのモノでもあるので、一瞬でも気を抜いて思考を止めれば、繋がっていたセオリーは遮断され、たちまち理解が弱くなっていく性質を持っているので理解すればするほどと気を抜けなくなります。
裏を返せば、繋がって行くから理解ができて、しかも、明日からすぐに実践できるシステム。
顧客満足を高めながら、合理化を果たし、
生産効率を上げることで労務環境を飛躍的に伸ばし、利益を最大化する。
顧客/社員/会社の三方全てがWin&Winの関係を循環することで、本質的にこの業界を変えることができる。

15年に渡る一つのチャレンジに対して、やっとの思いで光明を見出しました。
後は、アウトプットを実行して自分たちの中に刷り込んでいくこと、
経験を伴ってセオリーを習得して行くことで、点と点を線で繋ぎながら点を深めていくこと。
まずは自分自身が業界において労働価値を高めて、組織に依存する以前の強さを有すること。
組織よりも自分自身の成長であるということを知り、
そこが叶って組織には依存するのではなく、目的を果たすために執着する。ということを知ることです。

日本の外食産業モデルは2年で刷新し、
「とりあえずビジョンのひとつである産業革新の第一歩を踏み出す。」と決めました。
行動に移す時がきました。
疑うことなく、臨めば必ず実現するでしょう。

顧客も働く人も会社も全てに喜びが循環されなければ継続も発展もありません。
とりあえず業界を変えるイメージは鮮明です。
その後の日本のビジョンもすでに描いています。

破壊期には新たな創造が始まる。
これから虎コーポレーションも、
人々が想像を絶するイノベーションを実現するでしょう。

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2015-04-12 15:33:51

教育問題について

テーマ:虎のDaily
格差の主たる原因の一つが教育問題にあるというのは間違いないでしょう。
ただ、前持って明言しておきますが、僕は格差を悪しきモノだとは考えていなくて、
平等論(共産主義)以上に、
それは世界の均衡を保つ上でも物理的にもたらされるものであると考えています。
だから、この問題に関して文言するのは決して格差是正のためではありません。
その環境を受け入れて考え生きていくこそ本質であると思うからです。

僕が考えるこの時代の教育トレンドについて。

起業家として壮大なビジョンを持っているにも拘らず、
腹違いの5人の子供+1(今年度中)がいて、今の奥様は前妻の子4人の母役をここ
バンクーバーでともにしてくれています。
3人思春期で2人は幼児。普通なら夢だの事業だの自粛する立場にあるものなのですが、僕は事業意欲旺盛で極度のマゾヒストなので両方を欲しがってしまい(見方を変えると馬鹿)、
足りない頭を極限まで使って、セルフマネジメントしないとそのバランスを悪くしてしまう、ある意味極限の生活をしています。

自分でも時々客観的に考え「何でこうなったんだろう?」ってなるのですが、

それは一つのビジョン(人生の楽しみ)である「産業革新」を果たす上で、
必然であったのだと、最近、Aburiブルーオーシャン戦略から様々な戦略フレームを
構築していく上で確信するようになりました。
ギリギリの状況で最高の合理化を計りながら、どちらも描いた結果を作る。
アイデアを創造、構築し、論理性を追及し、最短で結果を出すために思考を極限化する。
それは学校に行くよりも、誰に、何を習うよりも有益な学習法であり、
またこの環境でなければ考えられなかったかもしれないもので、
そうした環境があったからこそ、(まだまだ机上論ではありますが、)
レストラン産業の職業価値を刷新する仕組みを構築することができたと思います。

どんなに人に何万回「企業は人や!」と諭され学ぶよりも、
「優秀な人がいないとビジョンどころか起業もできなくなる」という状況に追い込まれたことで、本当に人財が活きる方法とあり方を考えることができました。

自分自身がこの家族環境においてもなお、
それでもこの事業意欲を満たすためにはどう考え行動すべきか?
と、足りない頭を思考力と情熱でカバーし、
完成した現状の経営システム(何度もバージョンUP)から生まれる結果は想定以上です。

つまり環境が一番なんやと思います。
「環境によって人は育つ。」

ただ、その環境は自分で作る。
そしてその環境を自分で作ることを支援するのが教育なんだと思います。

それでは教育についての考え方を少々、、、

①子供に期待などしない。
親が子供に期待して手取り足取り構っている姿はあまり理解ができません。
また、自分が叶わなかったことを願ったり、
将来どんな経歴を持ってどんな仕事に就いて欲しいか?など全くありません。
それは、僕の父親の影響なんですけど、なんか厳しかったんですけど強制は、
一切されなかったんです。
だから、幼少期から自分で考えるしかなかった。
自分を見出すために何をすれば良いか?考え見出すしかありませんでした。
だから常に自分と向き合いっていたから、
親の期待に応えたいなんて一切思わなかったし、今もそんな感情ではないですね。
だから、跡取りする時も零細企業の寿司屋に、自らの意志で臨んだからこそ、
苦難も乗り越えられ、今、生かされているだと思うのです。

結局のところ、親なんかの余計な期待が、
本人の思考力や創造性を曇らせるのだと思います。

まだまだ子供であると思っても、本人の人生ですから本人に決めさせればいい。
適切な情報は与えても後は自分で情報収集し、自分で考え自分で決める。
なぜなら、人は自分の強い意志(願望)で決めたことしか本気でやらないし、
そうでないと、結局のところ誰かのせいにしてしまいますからね。
自立した環境を幼少期から作ってあげることが、思考力を高め、大人になって、生きていく知恵を生み出していくのだと思います。

ちなみに僕は6人の子供がいますが、誰にも継がせる気はありません。
そんな期待をかけて実質実現することなど皆無だと思っているからです。

②学歴など屁の訳にも立たない。
だいたい学歴振りかざして過去の栄光ひけちらかして、
社会で通じると思っていることがないでしょ!って思います。
その努力は認められるものかもしれませんが、
その価値は「3年間休まず学校いきました!」と同じやと思います。

結局、学歴主義の問題は、就職がゴールになっていることです。

高度成長期をそれで良かったかもしれませんが、
そんな時代はとうに終焉を迎え、
現状の経済社会では何が起きるかわからないからこそ、
その変化に対応して生きてく知恵や思考力、そして精神力が求められます。
学歴のない僕が言うと笑われるかもしれませんが、
イノベーションもマーケティングもマネジメントもファイナンスも
独学と体験(様々な失敗)で、今は、少々オリジナリティではありますが
この世界で結果を出すセオリーまで作ることができました。

正直一昔前の自分は、学歴がないことに多少の劣等感を抱いていましたが、
実体社会というのは何よりも学習意欲の沸く、また学習する機会に溢れたもので、
そうした劣等感を払拭するのは容易でした。
手前味噌ですが、今ではUBC大学(京大以上東大未満)から
高卒の僕にセミナーのオファーまで頂くようになりました。
(もちろん通訳必須ですが,,,,)

下手に学歴に依存して社会に出てしまうと、
その小さなプライドがこの情報化社会の余りある学習の機会に気づくこともなく、
その機を逸してしまうことになります。
30歳超えて、学歴を鼻にかけていたら完全に終わっていると思いますね。

学歴って結局過去の栄光じゃないですか、
社会に出たらあるのは未来だけ。
未来を生きるためにどう考えるか?
過去は全て切り捨てていく。
過去の成功も失敗も、そこから学んだことを活かして進歩はしても、
後悔したり、過去の栄光を自慢したりすることには何の意味もありません。

だから経歴なんかに依存することなく、
とにかく経験や情報からもっともっと学んで自分を成長させることやと思います。

それが、教育環境であり、それは自分の中にあるんだと思うのです。。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

日本を離れてカナダに移住したことも、
離婚して再婚し、腹違いの6人(6人目は9月^^;)の子供との生活も、
そんな中でも抑制できない事業意欲で多大なリスクを負ってチャレンジするのも、
すべては自分の意志によってもたらされた必然であり、
誰のものでもない僕の人生です。
そんな自分のすべてを受け入れ、
それでも妥協することなく実現するために考えるからこそ
思考力は高まり、知恵を生まれて来るものだと思います。

そうしてもたらされた環境が僕の最大の指南書となり、
教育環境となっています。

だから僕個人の意見としましては、
今日の日本の教育制度や新卒採用制度は現状の経済社会のあり方と、
基本的に逆行していると言わざるを言えません。
偏差値ではなく特異性や思考力(基礎能力)を高めていく教育制度に変えていかないと、個人も企業も経済も連結して成長して行くことはないと確信しています。

これはあくまでも私的見解であり、僕の考え方です。

うちの日本の会社にも新入社員が入社したということで、
ちょっと熱く語ってみました。
どう受け止めるかは本人たち次第ですが^^










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2015-04-01 06:29:58

格差社会!?

テーマ:虎のDaily
朝までテレビで「ピケティ旋風と日本の格差」を見て、
考えること多々、久しぶりに更新することにしました。
(とはいえ、全部は見れなかったのでとりあえず前半の1時間を経て)

「激論!ピケティ旋風と日本の格差」

ピケティの「新資本論」も買っておいてるんだけど、
それ以上に読みたい本が2冊あってそっちを先行していて、
仕事と大家族のフォローで当分読める環境は作れない。。。
まっ、様々な論評をSNSを通じて知る限りだいたいの流れは理解できてるし。。

っということでまずは、
①格差(貧困)について

経済格差は現状の経済システム、政治ある限り是正されることはないだろう。
そもそも格差があることが悪いと思わなくて、
経済格差が人種差別ぐらいに悪しきイメージにて、
言葉だけが先行してバブリックに浸透していることに問題があるように思う。
高度成長期にはこんなこと言う人いなかったんだろうな。。
競争意識を持って豊かになっていくリベラリズムがマジョリティを占め、
それが環境が厳しくなる衰退局面においてはコンサバティズムによって
マジョリティが形成される。
それは、世の常であり、恒常的なる民意を反映しているものと思う。

だからそれは是か非かという問題ではなく、
そういうものだと受け入れて考える必要があると思う。(前提条件というふうに)
戦後の日本は高度成長にのって経済大国になり、
バブル崩壊まで一億総中流という世界トップクラスの豊かさを謳歌してきたらしい。。
残念ながら39歳の私が経済というものを意識し始めたころはすでにバブルは崩壊し、世界一の豊かさを肌で感じるまではなかった。
すでに清貧という考え方、
求めるよりも我慢することへの消費思考の移転は起きていた。
(とはいえ、宮崎の田舎の商いだったので、そもそもバブルとも無縁だったのだが(笑

そんな豊かな時代を名残惜しみ、
未だ学歴主義や平等主義を平然と語る有識者には正直愕然としました。
その富は、変化の潮流にのって、
すでに日本の豊かさを支えてきた後進国に移転している。
それは資本収益ではなく労働生産において顕著です。
貧しさが豊かさへの希望をもたらし、後進国の成長の原動力となったのは、
戦後の日本のその姿と類似していて、
今すでに日本はモノ余りにて充足され、
満たされてない国が躍起になって成長しているというだけのことであります。

歴史はそうした栄枯盛衰、そしてパラダイムシフトを繰り返している。

世界競争と化した現代のグローバル経済下では、
高コストで降下基調にて失望の中にある日本と
低コストでこれから上昇基調にて希望に溢れる新興国とでは、
すでに競争力(労働生産性)という点においては比較になりません。

またマーケットそのものも日本ではなく、
それら新興国に変わっているというのだから尚更です。
高コストの日本で作ったものを新興国マーケットに販売するというのは、
競争力以前の問題であり、
もはやモノ作り(生産)に関しては日本はその選択肢にあらず、
一億総中流社会を作り出したモノ作りという単純作業に準じる雇用が
衰退の一途を辿ることなど容易に想像できるものです。
(大企業好業績と株価高にも関わらず平行して賃金が上がらない理由)

それでも国内に雇用をもたらし、格差を是正しろというのは、
銀行が金融緩和で溢れたマネーを低金利で貸し出すことを命じるようなもので、
金利が安いからと借りても、衰退していくマーケットでの過当競争下において、
元本返済どころか不良債権化するリスクが高い企業に貸すことはできない。
そこに社会的意義をぶつけられても、銀行としての大義名分は守れない。
という金融緩和の矛盾と類似しています。

いずれにせよ同じように票取り(マイノリティへのアプローチ)目的の
茶番であると思うところです。。
(評論家やコンサルタントにおいては著書などの販促活動)


本質は変えることが不可能なマクロ経済の流れにのって、現状を受け止めて、
そこから考え、時流に乗った行動を起こすことであると思います。
過去の成功にすがっても、もう、同じことをしていても、
この時代に一億総中流社会などと言われる時代は二度とこないでしょう。

また、どこを目安に中流というかは、
これもその概念がその時代からは大きく変わっています。
「格差拡大!」
「貧困層が増加している」と言っても、日本はまだまだ豊かであり、
仕事だって選ばなければ有効求人倍率が1.15倍ですでにいくつかの産業では
すでに人材枯渇で存続さえも危ない状況に陥っています。

それでも高学歴を目指し、一流企業に安定を求めて志願するという感覚は
全く理解できないものです。
大企業こそ何があるかわからない時代で、機動力がない分、
シャープのように一つの経営判断ミスで城が石垣から崩れ落ちていくように
衰退していくことだってあります。
会社や国家に依存して守られる時代はとうに終わったのに、
未だに大企業志向、安定志向が教育者(親含めて)に多いのには言葉を失くす。

どんな仕事であっても、”自分の力で業界を変えたい”という意気込み。
”現存しない価値をこの世界に創りたい”という意欲があれば、
何の仕事だってのめり込んで学んで考えて、トライすることができる。
そうして今は三流と言われていても、
自分たちの力で一流にすることだってできないわけがない。

今は、格差!?どころか、
そうしたチャンスを技術革新やイノベーションで摑み取る絶好のチャンスで、
学歴などに捉われないでチャンスを得られることのできる、
最も公正な時代であると言えます。

むしろ、単純作業を後進国に奪われているのであれば、
日本という移民を拒否し、生産年齢人口の減少のなかで内需を上げるとすれば、
労働価値を高めて行くこと、即ち、技術革新やバリューイノベーションに
価値を極限化するとともに、世界にPR、ブランディングしていくグローバルセンスを磨くこと。ことこそ日本人のアイデンティティを極限化する方法やと思います。

うちのグループも今年は経営テーマを「個人主義」として、
パーソナルスキルを上げていくことに注力し、
組織論はその延長線上にあるとしました。
つまり、
「明日、会社が潰れてもいいようにすること。
会社に依存するのではなく、自分の能力や思考力を高めて、
自分に執着し、1人ではできないこともっと大きな目的を果たすたに
会社という集団に属し、自信の価値を発揮していくこと。

そうして個人の価値を高めて専門分野にて変わることのない労働価値を作る
ことがこれからの時代の仕事の仕方であり、
組織というのは、そうした専門能力を有したパーソナルを集めて、
集団でしか叶えられない目的を果たすためにあるということ」

それは、僕自身も経営者であるとか、これまで功績に甘んじていれば
生きる道を失うというプレッシャーを背負っているということで、
想像する未来が実現可能で、そうした1人1人の潜在能力を引き出す
リーダーシップ(陣頭指揮)が発揮できなければ、
いつでも彼らは僕のもとを去っていく。

理想ばかり語って惰性で求心力を発揮するのではなく、
壮大なイノベーションを確実に有言実行していく。
というプレッシャーの中で進化を遂げていくことがチャレンジであり、また、
それは自身の人生の楽しみでもあります。

また、ここで論じらてているようにそうした上昇意欲などなくとも、
今の若者たちは世界一の生活インフラを誇る日本で収入が高くなくても、
生きていく術を身につけつつあります。
どっちを選ぶかはそれぞれの人生観で、こっちでなければならないと断定
してしまうことに問題あって、大きく進歩したこの世界においては、
その価値観だって国家や慣習に影響されることなく、
個人レベルで自由であるのです。

だから組織に属したければすればいいし、しなければしなくていい。
ただし、どちらにせよ、自分が選んだ人生を生きるためには、
それぞれの分野で自己確立を果たすことはやはり必須であるとは思います。

同じ先進国であり、国債の格付けに関してはトリプル3のカナダにおいても、
格差は当然あって、その差は日本の差など比になりません。
手を差し伸べることことさえ無力と思えてしまうほどです。
しかも日本は単一民族であり、基本的に移民国家でないので、
人種格差(区別)もありません。
世界の中の日本と思えば、格差とか不平等とか考える必要なく、
正しい努力次第でいくらでも上昇できるものです。


だらだら長くなってしまいました。。。。


最後に、
環境は常に一定ではありません。
環境(現状)に失望して世界に悲観しても何も生まれません。
今のその環境を肯定的に受けいれて、
そこから何を考え行動するか?ということが大事であり、
金持ちであろうと、貧乏であろうと、片親であろうと、両親に恵まれようと、
そこを起点に考えれば、平等も不平等も、格差もないものです。

あるのは未来だけ!

と、私は思いました。。。













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