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2015-04-01 06:29:58

格差社会!?

テーマ:虎のDaily
朝までテレビで「ピケティ旋風と日本の格差」を見て、
考えること多々、久しぶりに更新することにしました。
(とはいえ、全部は見れなかったのでとりあえず前半の1時間を経て)

「激論!ピケティ旋風と日本の格差」

ピケティの「新資本論」も買っておいてるんだけど、
それ以上に読みたい本が2冊あってそっちを先行していて、
仕事と大家族のフォローで当分読める環境は作れない。。。
まっ、様々な論評をSNSを通じて知る限りだいたいの流れは理解できてるし。。

っということでまずは、
①格差(貧困)について

経済格差は現状の経済システム、政治ある限り是正されることはないだろう。
そもそも格差があることが悪いと思わなくて、
経済格差が人種差別ぐらいに悪しきイメージにて、
言葉だけが先行してバブリックに浸透していることに問題があるように思う。
高度成長期にはこんなこと言う人いなかったんだろうな。。
競争意識を持って豊かになっていくリベラリズムがマジョリティを占め、
それが環境が厳しくなる衰退局面においてはコンサバティズムによって
マジョリティが形成される。
それは、世の常であり、恒常的なる民意を反映しているものと思う。

だからそれは是か非かという問題ではなく、
そういうものだと受け入れて考える必要があると思う。(前提条件というふうに)
戦後の日本は高度成長にのって経済大国になり、
バブル崩壊まで一億総中流という世界トップクラスの豊かさを謳歌してきたらしい。。
残念ながら39歳の私が経済というものを意識し始めたころはすでにバブルは崩壊し、世界一の豊かさを肌で感じるまではなかった。
すでに清貧という考え方、
求めるよりも我慢することへの消費思考の移転は起きていた。
(とはいえ、宮崎の田舎の商いだったので、そもそもバブルとも無縁だったのだが(笑

そんな豊かな時代を名残惜しみ、
未だ学歴主義や平等主義を平然と語る有識者には正直愕然としました。
その富は、変化の潮流にのって、
すでに日本の豊かさを支えてきた後進国に移転している。
それは資本収益ではなく労働生産において顕著です。
貧しさが豊かさへの希望をもたらし、後進国の成長の原動力となったのは、
戦後の日本のその姿と類似していて、
今すでに日本はモノ余りにて充足され、
満たされてない国が躍起になって成長しているというだけのことであります。

歴史はそうした栄枯盛衰、そしてパラダイムシフトを繰り返している。

世界競争と化した現代のグローバル経済下では、
高コストで降下基調にて失望の中にある日本と
低コストでこれから上昇基調にて希望に溢れる新興国とでは、
すでに競争力(労働生産性)という点においては比較になりません。

またマーケットそのものも日本ではなく、
それら新興国に変わっているというのだから尚更です。
高コストの日本で作ったものを新興国マーケットに販売するというのは、
競争力以前の問題であり、
もはやモノ作り(生産)に関しては日本はその選択肢にあらず、
一億総中流社会を作り出したモノ作りという単純作業に準じる雇用が
衰退の一途を辿ることなど容易に想像できるものです。
(大企業好業績と株価高にも関わらず平行して賃金が上がらない理由)

それでも国内に雇用をもたらし、格差を是正しろというのは、
銀行が金融緩和で溢れたマネーを低金利で貸し出すことを命じるようなもので、
金利が安いからと借りても、衰退していくマーケットでの過当競争下において、
元本返済どころか不良債権化するリスクが高い企業に貸すことはできない。
そこに社会的意義をぶつけられても、銀行としての大義名分は守れない。
という金融緩和の矛盾と類似しています。

いずれにせよ同じように票取り(マイノリティへのアプローチ)目的の
茶番であると思うところです。。
(評論家やコンサルタントにおいては著書などの販促活動)


本質は変えることが不可能なマクロ経済の流れにのって、現状を受け止めて、
そこから考え、時流に乗った行動を起こすことであると思います。
過去の成功にすがっても、もう、同じことをしていても、
この時代に一億総中流社会などと言われる時代は二度とこないでしょう。

また、どこを目安に中流というかは、
これもその概念がその時代からは大きく変わっています。
「格差拡大!」
「貧困層が増加している」と言っても、日本はまだまだ豊かであり、
仕事だって選ばなければ有効求人倍率が1.15倍ですでにいくつかの産業では
すでに人材枯渇で存続さえも危ない状況に陥っています。

それでも高学歴を目指し、一流企業に安定を求めて志願するという感覚は
全く理解できないものです。
大企業こそ何があるかわからない時代で、機動力がない分、
シャープのように一つの経営判断ミスで城が石垣から崩れ落ちていくように
衰退していくことだってあります。
会社や国家に依存して守られる時代はとうに終わったのに、
未だに大企業志向、安定志向が教育者(親含めて)に多いのには言葉を失くす。

どんな仕事であっても、”自分の力で業界を変えたい”という意気込み。
”現存しない価値をこの世界に創りたい”という意欲があれば、
何の仕事だってのめり込んで学んで考えて、トライすることができる。
そうして今は三流と言われていても、
自分たちの力で一流にすることだってできないわけがない。

今は、格差!?どころか、
そうしたチャンスを技術革新やイノベーションで摑み取る絶好のチャンスで、
学歴などに捉われないでチャンスを得られることのできる、
最も公正な時代であると言えます。

むしろ、単純作業を後進国に奪われているのであれば、
日本という移民を拒否し、生産年齢人口の減少のなかで内需を上げるとすれば、
労働価値を高めて行くこと、即ち、技術革新やバリューイノベーションに
価値を極限化するとともに、世界にPR、ブランディングしていくグローバルセンスを磨くこと。ことこそ日本人のアイデンティティを極限化する方法やと思います。

うちのグループも今年は経営テーマを「個人主義」として、
パーソナルスキルを上げていくことに注力し、
組織論はその延長線上にあるとしました。
つまり、
「明日、会社が潰れてもいいようにすること。
会社に依存するのではなく、自分の能力や思考力を高めて、
自分に執着し、1人ではできないこともっと大きな目的を果たすたに
会社という集団に属し、自信の価値を発揮していくこと。

そうして個人の価値を高めて専門分野にて変わることのない労働価値を作る
ことがこれからの時代の仕事の仕方であり、
組織というのは、そうした専門能力を有したパーソナルを集めて、
集団でしか叶えられない目的を果たすためにあるということ」

それは、僕自身も経営者であるとか、これまで功績に甘んじていれば
生きる道を失うというプレッシャーを背負っているということで、
想像する未来が実現可能で、そうした1人1人の潜在能力を引き出す
リーダーシップ(陣頭指揮)が発揮できなければ、
いつでも彼らは僕のもとを去っていく。

理想ばかり語って惰性で求心力を発揮するのではなく、
壮大なイノベーションを確実に有言実行していく。
というプレッシャーの中で進化を遂げていくことがチャレンジであり、また、
それは自身の人生の楽しみでもあります。

また、ここで論じらてているようにそうした上昇意欲などなくとも、
今の若者たちは世界一の生活インフラを誇る日本で収入が高くなくても、
生きていく術を身につけつつあります。
どっちを選ぶかはそれぞれの人生観で、こっちでなければならないと断定
してしまうことに問題あって、大きく進歩したこの世界においては、
その価値観だって国家や慣習に影響されることなく、
個人レベルで自由であるのです。

だから組織に属したければすればいいし、しなければしなくていい。
ただし、どちらにせよ、自分が選んだ人生を生きるためには、
それぞれの分野で自己確立を果たすことはやはり必須であるとは思います。

同じ先進国であり、国債の格付けに関してはトリプル3のカナダにおいても、
格差は当然あって、その差は日本の差など比になりません。
手を差し伸べることことさえ無力と思えてしまうほどです。
しかも日本は単一民族であり、基本的に移民国家でないので、
人種格差(区別)もありません。
世界の中の日本と思えば、格差とか不平等とか考える必要なく、
正しい努力次第でいくらでも上昇できるものです。


だらだら長くなってしまいました。。。。


最後に、
環境は常に一定ではありません。
環境(現状)に失望して世界に悲観しても何も生まれません。
今のその環境を肯定的に受けいれて、
そこから何を考え行動するか?ということが大事であり、
金持ちであろうと、貧乏であろうと、片親であろうと、両親に恵まれようと、
そこを起点に考えれば、平等も不平等も、格差もないものです。

あるのは未来だけ!

と、私は思いました。。。













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2015-01-26 00:58:36

グローバリゼーション

テーマ:虎のDaily
2015年スタートからグローバリズムによる世界の変化が、
経済/社会において顕在化しています。
歴史的を振り返ると、
このタイミングで独裁者が現れ大戦(戦争)の引き金を引くことで、
破壊が引き起こされグローバリズムの終焉とともに、
国民国家の再生へと循環しています。

それが超情報化社会とテクノロジーの進歩、
または第二次世界大戦の反省から、
大戦は起してはならないというのが世界共通の認識となっているので、
そうはならないと考えて間違いなのと思うところですが、、、、

そうなると、グルーバリズムは未知の領域へと向かいます。

国民国家の崩壊と新資本主義

それが今日、世界の様々な地域で活発化する独立運動に象徴されるように、
民意は国家という制約を超えることを臨み、
昨今では国家のあり方を根本から覆す、
イスラム国の存在が世界の脅威となっています。
経済においては、市場経済における国家間の経済障壁を取り除くグローバル経済が主流となり市場経済と国家財政の連動性が乖離しています。

そのグローバル経済社会に関しては、
賛否両論あって日本やカナダのような先進国ではどちらかというと単純労働が
世界の新興国に奪われているので、
これまでの国家資本主義の恩恵を享受していた圧倒的な数を要する民意は、
変化(進化)を否定し、当然ながら批判に走ります。
でも一方では、これまで貧困に喘いだ発展途上国においてはチャンス到来にて、
戦後の日本のような上昇気性に経済のグローバル化を歓迎しているでしょう。

どちらにせよ経済も社会も相反する論理がせめぎあうもので、
世界レベルでは全ての民意が合致する平定を実現した歴史は、
過去にも1度もありません。
もしもグルーバル資本主義を終焉させて、
国民国家の威信を取り戻すとしたら、
上記した通り、戦争起して破壊を導き、
再生を促す以外方法はないのではないかと僕は思います。
その選択肢がないのですから、
現状の変化のうねりを受け入れて、何ができるか?
思考をその方向に集中させることが必然です。

グローバリゼーションというと、
台頭する企業や起業家の富の独占ばかりがやり玉にされて非難されますが、
いい意味の進化だって数知れずあるものです。
この変化の潮流の中で人のことなど気にせずに、
何をすべきか?考え行動することだと思います。

僕は経済とは血液みたいなもので、
流れを止めないことが本質であると考えています。
そして川上には立てない産業ですが、
流れを呼び込むためにアイデアと価値を通して、
この産業にイノベーションを起し、新しい社会(価値)を作っていくことで、
経営活動にて富の再分配を叶えるようにまい進していくことに、
最大のやりがいをおいて臨んでいます。

また、うちのグループはたまたま日本人の僕がFounderとなっただけで、
カナダのバンクーバーにあり、様々な人種が国家の慣習や言葉の壁を越えて、
うちのグループの組織の論理で価値観を共にしています。

何処の国の会社であるとか、どの国の価値観を主とするかなどありません。
ある意味日本の会社でもあり、ある意味カナダの会社とも言えます。
本質は真グローバル企業なので、
国家レベルの狭い了見に留める気はありません。


それぞれの国の慣習や文化を融合することで、既成概念を破壊し、
新しい時代に相応しい産業構造を作るのです。
それも小さなグローバリゼーションであり、
このグルーバル経済社会の典型的な良い事例になることをいつも想像しています。







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2015-01-03 06:55:31

同族経営の限界

テーマ:虎のDaily
この正月で「黒田勘兵衛」をやっと見終えました。

最小限のやりとりで時代を動かす決断に至る、
最後の徳川家康とのやりとりなんか背中がゾクゾクしました。
戦国時代を終えて迎えた江戸幕府は、
世界的にも例を見ない平定を300年続けた歴史を有しています。
世界から見た日本、
最も注目され今日学びの対称にされているのは、
はテクノロジーでもなければ食文化でもなく、
武士道でもない。
この300年という平定を実現した江戸幕府のあり方であると、
知人から聞いたことがありました。

確かに、創造と破壊を繰り返し進歩を果たしていくのが常であると考えれば、
文明開化の号令のもと明治維新が断行されるまで実に300年もの間、
15代続いた江戸時代というのは非常に稀なのでしょう。

この歴史の名残は、脈々と現代にも受け継がれ、
世代交代を一族で続ける企業(組織)が常態化しているのが現状です。
それは、この歴史の産物であるのかもしれません。

セブン&アイ鈴木会長、世襲への布石か

そしてここにもこうしてタイミングよく、
それを象徴する記事がでていました。

江戸時代が300年の歴史を終えた最大の理由は、
外国の脅威を知ったことであり、
日本が平定に浸かっていかに、世界から取り残されていたか?
その未来に危惧を抱いた有志によって倒幕の狼煙は上げられ維新は断行されました。

即ち、江戸時代には徹底的に情報が操作されていて、
知らないことで民を説き伏せ、平定を固持してきたのだと思います。
現代で言えば、北朝鮮のような国であり、
日本においても第二次世界大戦のと際には正しい情報を隠蔽して洗脳を計り、
実に多くの犠牲を作りました。
もしも真実が知らされれば、内紛によって戦火は鎮火していたかもしれません。

徹底的に情報操作することでしか平定とは維持することはできないという結論に至れば、家康が志した戦いのない時代を作るという思想は、
超情報化社会といえる現代には空虚なものだと認めざるを得ません。
すなわち、
会社経営において、能力の有無ではなく同族にこだわり何代にも渡って、
経営を治めていくというのが不可能であることはもはや明白であると言えます。

たまたまこの時代にフィットする経営者が先駆者となって会社を大きくしたとしても、
その次の世代をリードするトップが、
必ず同族から現れると考える方が常軌を逸しています。
最も優秀なリーダーに社長という職務と権限をバトンタッチし、
株は有するか?売却するか?
とにかく、会社がどんな時代を迎えても、
臆することなくチャレンジし、進歩し、発展していくことのできるリーダーに任せていくのが、
自然なる営みであると思います。

例え、うちのせがれが跡取りしたいというのであれば、
オーナーの息子であるという特権を排除し、
自力で社長業を全うできる知力、思考力、精神力、体力を有した時だけであり、
基本的にはそうした教育を僕から無理強いして施すことはありません。

それも会社を突き抜けて大きく発展させると決意したからであり、
特にその方向で進むのであれば、
同族に固執するのではなく半永久的なる繁栄に臨むことに執着すべきであります。
それは現代においては即ち、進歩を意味します。
その資質もないのに無理強いしても互いの人生に必要のない苦難を歩むだけであり、
会社にとっても百害あって一利なしです。

これからは小が大を食う時代であり、
規模が大きいからと言ってあぐらをかいているといつでもうっちゃられるし、
無能なリーダーをおいてしまえば間違いなく滅びていくでしょう。
少なからず僕は、世界有数のブランドに仕立てるから、
同族経営に固執する気負いはありません。

なんて、現役バリバリ、、、まだまだ先の話ですけどね。。。




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