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妻、早耶香の妊娠を喜んで下さったすべての皆様へ




この場は元より、5月12日放送の『メレンゲの気持ち』の番組内でも妊娠の発表をさせていただきましが…
楽しい筈のこの場での、このような報告をする事を御許し下さい。

















5月20日(日)


妻がお弁当を作り、家族で茅ヶ崎の海へ…
以前、思い立って!!と書きましたが、実は計画的でした。お腹の中のりりいを海へ連れて行ってあげたかったからです。

茅ヶ崎の海岸は少し肌寒かったですが、それはとっても気持ちの良い♪心地の良いひとときでした。

りりいもママのお腹の中で、海の匂いを感じていたことでしょう。




























5月21日(月)





妻、妊娠6ヶ月(21週と1日)での人工的出産にあたり、以前、不妊治療中に発覚した子宮ケイ癌の手術で御世話になった、大学病院にam10:30入院する。





この日から3日間かけて、1日二度の子宮口を開く処置を開始…


私も二日目に、この処置に立ち会いましたが、かなりの激痛をともなうものなのです。


この3日間は、私は家の事など、ベイビとハニーも居るので付き添いの宿泊はせずに夜中まで妻と病室で過ごし帰宅…













5月24日(木)


妻、am 6:30に分娩室へ…am7:00、一回目の陣痛促進剤の投与を…





am8:00頃に妻から連絡があり、病院に来てほしいと。


私は既に起きていたので、支度を整えベイビとハニーをペットホテルに預け病院へ向かいました。



私が着くと同時位に二回目の陣痛促進剤投与を…




陣痛促進剤は、三時間おきに1日最多で五回まで投与するとの事でした。



通常、個人差はありますが、2.3回の促進剤の投与で大概は出産.分娩に至るそうです。









am 11:00


大阪の実家から、義理の母が駆け付けてくれ、昼過ぎ程には私の両親も病院分娩室に…



そして、分娩室内で五人で過ごし、妻も陣痛の痛みが徐々に増してはきてるようでしたが、私達と話す事で多少は痛みが紛れたようでした。





そして、pm1:00

三回目の陣痛促進剤投与、、、



りりいもママのお腹の中にずっと居たかったんだね…なかなか出てきてはくれないのでした。






その間、処置と診察の度に私達家族は分娩室の外へ中へと行ったり来たり…









そして、pm 4:10

四回目の促進剤の投与を




りりいも少しづつ下りて来てくれてるみたいです。


陣痛の痛みが強くなるたび、りりいとの別れが近づいてきている事を意味していると思うと私達は涙が止まらなかった‥


pm 3:45、破水



破水はしたものの、りりいはまだ出てくるのを嫌がってるようで…





最終的には、りりいはdoctorに誘導してもらい


pm 6:20、りりいを人工的に出産。もちろん、私も立ち会いでの出産でした。




これまでの想像を絶する子宮口を拡げる処置から出産までの痛みに耐えた妻への

doctorの配慮で、胎盤の摘出は静脈麻酔で行って頂きました。


これ程までに痛みに強い、耐えた方は初めてでしたっ!!とdoctorも助産師さんも驚いておりました。

妻には何があっても太刀打ちできません。最高に素晴らしい妻、素敵な莉々生のママです。





そして、









りりいは…























死産でした。











産まれては来てくれましたが…
















元気に産まれて来てはくれませんでした…

















妻は麻酔から覚め、朦朧としているのが落ち着き始めた頃に










助産師さんが、りりいをキレイにしてくれて、私達の元へ連れて来てくれました。やっとやっとりりいに逢えた、、




初対面をしたりりいは天使のようで、帽子をかぶり両手を胸の上に握り組んでいてマリア様のようでした…助産師さんが組ませてくださいました。


初めて見るりりいの顔は、産後間もなくと言うこともあり、少し浮腫んでいましたが、


親バカですみません‥りりいは鼻筋がスーッと通っていて

二重瞼で目が大きく、目尻がスッと切れ長で


瞳がとても澄んでいて、何とも言い様のない!!めちゃくちゃ可愛い顔をしていました




このような形で出てくる赤ちゃんの多くは、目は閉じているそうなのですが、


りりいは目を開けたままに出てきたそうです。一度は、助産師さんが目を閉じてくれたようですが、


時間が経つにつれ、また目が開いてきました。きっとパパとママに逢いたかったんだね‥
パパとママの顔をりりいもしっかりと見たかったんだね‥



その夜、りりいは分娩室のある病棟の冷蔵部屋で過ごしました。





私達は病室に戻り、とにかくりりいの事を語り合いました。何も食べてない1日でしたが、食欲もまったく忘れる程に…ある意味、もちろん大きな悲しみは根底にありましたが、りりいと逢えた事の嬉しさも大きくありました。



そして私は病室に泊まりました。
当然、りりいとひとつ屋根の下に居たかったのと、辛い痛みに耐え抜いた妻の側にも居たかったから。

















5月25日(金)



朝食を妻と共にすませ、私はいったん帰宅…家の事を少しし、シャワーを浴び区役所の出張所へ…前日にりりいの死産届けを病院から受け取り、りりいを自宅に連れて帰るには、火葬許可書を区役所から受理されなければ法律上、病院から出してあげられないのです。




翌日が土曜日で区役所が休みの為、早急に行わなければならなかった申請でした。死産届けを記入している私…書いている自分を何度も何度も疑いました…しかし、やはり現実でした。





出張所からその足でタクシーに乗り、再び病院に戻り…途中、何か食べなければと、コンビニに寄りざるそばを買い妻の病室で食べました。





出産から1日が経ち、妻も徐々には体力的には回復はしてきましたが、精神的.肉体的に一番辛い想いをしている妻を見ていると、本当に胸が痛く心が苦しかった…妻は私のそれ以上です。




この日、私は16:00から仕事の為、妻とりりいから離れなければなりません。15:00前に病院を後にし、仕事先の初台へ向かいました。








そして仕事を終え…







21:30頃には病院に戻る事が出来ました。


一度、妻の病室へ…それから病室のひとつ下の階のりりいの居る病棟へ二人でりりいに逢いに行きました。


助産師さんがりりいと逢う面会部屋を用意して下さり、そこへ我が子りりいを連れて来て下さいました。

1日経ったりりいの顔は、浮腫みもすっかり取れて昨日より更にとても美人さんのりりいでした。


この助産師さんの山崎さんは、妻が分娩室に入る前から産後も妻に付き添って下さり、ずっと妻を励まし支えて下さいました。

山崎さん、本当にありがとうございました。感謝の気持ちでいっぱいです。




そして、今回の人工的出産にあたり担当して下さったdoctorチームの仲村先生.白土先生.新城先生.三科先生.野村先生に、心より感謝申し上げます。














その夜、りりいと二時間程三人で過ごしました。

私が自宅を出る際に自宅の庭に咲いていた一番小さな、りりいサイズの赤いバラを一輪、りりいに捧げました。





もちろん、りりいの写真、三人の3ショット、動画もたくさん、沢山撮りまくりました。りりいの沢山の記録と思い出を残したかったから…






その夜、私達とお別れした後…りりいは病院地下2階の霊安室に移されました。




そして明日は念願の☆りりいを自宅に連れて帰れるのです♪♪♪



もちろん、この日も私は病室に宿泊…













話が前後してしまいますが、りりいに異常が見っかったのは、4月の初め頃でした。『メレンゲの気持ち』の収録の直前でした。


妻は、大阪の実家近くのクリニックでりりいを出産する予定でした。いわゆる、里帰り出産です。


当時妻は、切迫流産の診断を受けておりゆっくりして貰おうと実家に帰っている最中でした。


その際に、大阪の出産予定の病院に妻の姉に付き添ってもらい、仮予約を入れがてらの診察でりりいに何らかの異常がある事がわかりました




妻から直ぐに私へ連絡が入りました。これから紹介状をもらい、奈良県の胎児の病気に詳しい専門の大学病院を紹介して頂き、その日のうちに大学病院で診察をしてもらいました。


やはり、この病院でもある病名の疑いがあると…







そして次の日、私は妻を大阪の実家へ迎えに行き、実家に一泊し二人で東京に戻りました。




その翌日が『メレンゲの気持ち』の収録日だったのです。





りりいに異常が見つかったという、このタイミングで妊娠の発表をしてもいいのか‥と悩み、戸惑いましたが、奇跡がおきる事を信じて発表を控えるのもネガティブ過ぎると思い、発表に踏み切りました。






翌日、私の知り合いの胎児専門のdoctorの居る病院へ妻を連れ診察に…





少しの確率でも、妊娠の継続とりりいの治療は出来ないものかと





10月3日の出産予定に、何とかりりぃが生きてさえ産まれてきてくれれば…
りりいに障害があろうが、病気の後遺症があろうが、その子の個性だと思えば私達は当然受け入れるつもりでした。





でもやはり、この病院での診断も、他の病院と同じ病名でした‥妊娠の継続は難しいと…doctorからは直接その言葉はdoctorの立場上、発せられませんでしたが、こちらとしては察しました。









今回診断された病名は何万分の一の確率であまり症例がなくインターネットで調べてもほとんど情報がありませんでした。
これは、私の遺伝子か何かに問題があるのでは、、、

自分を深く深く責めました‥


それでもdoctorからは、偶然としか言い様がなく、事故に遭ったようなもの…としか。このような遺伝子的なことの遺伝だったりという事は、現在の時点では医学的には証明された例がないらしいのです。






天国から地獄へ突き落とされたかのような私達は、それでもりりいは助かるかもしれないという想いを捨てきれませんでした。りりいを諦め切れませんでした。







私達夫婦は話し合った結果、世田谷にある、日本で一番と言われている胎児.赤ちゃん.子供の専門に長けている医療センターでりりいを診てもらい、これまでの病院と同じ診断結果であれば

決断をせざるおえないと…




妻の母体の配慮も当然しなければなりません。










そして4月23日(月)、世田谷の医療センターへ…




物凄く、混んでいる病院で受け付けを済ませてからどれくらい待ったのか‥かなり診察まで待ちました。




そして、いよいよ妻の名前が呼ばれ、二人で診察室に…





先ずはこれまでの状況とプロセスを話しエコー検査へ


医療センターのdoctorは、30分程、エコーを見ていました。その間、数名のdoctor達も絶え間なくエコーを見に来てました。



エコー検査が終わり、診察の結果やはり、残念ですがと…




他の病院と同じ病名…診断結果でした。


















私達は1日でも長くりりいと一緒に過ごしたかったので人工的出産が出来るギリギリの6ヶ月(21週)でのりりいの出産を決断しました。決断したというより、他に選択の余地がなかった‥私達には、この選択肢しかありませんでした。




この日から妻と私はどれくらい泣いたのか…
43年間生きてきて私の人生でこれ程までに辛く哀しい事はなかった…
人生で一番辛かった…










5月26日(土)





am 10:00


妻、退院の日…



私が退院手続きを済ませている間、妻はりりいに手向けるLily =ゆりの花を病院近くの花屋さんへ買いに…





そして、霊安室に移されたりりいを迎えに行きました。私達の手で、りりいの状態を保つ為のドライアイスを棺に入れてあげました。一緒に前日にりりいに捧げた、赤い小さなバラとうさぎのガラガラも入れてあげました…










am 11:30


タクシーで自宅に到着…念願のりりいを自宅に連れて帰ることが出来ました♪






りりいの眠っている棺を私達家族が食事をするリビングのテーブルの上に…妻がりりいの棺の周りを可愛らしく☆センス良く飾り、後ろに天使の羽が付いたベビー服と帽子を棺の上に…
ママがパタパタ動いてる間寂しくないようにおしゃぶりを置いて、ボーロや動物ビスケット、それに哺乳瓶にママの母乳を入れて…


そして自宅のリビングも、りりいの状態を保つ為、20℃以下を保たせました。









それより、何よりも自宅で一瞬でも
りりいと過ごせる事が私達は本当に本当に嬉しかった☆☆☆



その日の食事をりりいサイズに盛り付けて、これはパパが作った○○‥
これはママが作った○○だよ。
貝はね、りりいも一緒に行った海にいるんだよ、、
いろんなお話をしながら…。






その夜はリビングに布団を敷き、りりいに添い寝するかのように休みました…


















5月27日(日)



私は早朝からのドラマ撮影の為、5時に起床…






りりいが自宅に居る間、最初で最後でも「りりい、パパお仕事に行ってくるね♪」と一回でも言えて良かったし、嬉しかった☆







撮影現場で、普段通りに振る舞えるのか自信はありませんでしたが…










りりいの事を想い考えていながらも、
何とか普通に振る舞えたようでした。








そして、りりいが撮影現場に私と一緒に来てるみたいでした。






羽の生えたりりいが、私の周りをパタパタと飛んでいるような感じです。なので、パパのお仕事はこういう事をするんだよ♪撮影現場で、みんなで食べるお弁当をロケ弁って言うんだよと…心のなかでひとつひとつ、りりいに説明してあげました。













この日は弊社の所属俳優、吉田光が付き人として、現場に付いててくれました。撮影現場の往復の車の中…時折襲ってくる、嗚咽と涙を吉田に気付かれないよう、堪えるのに必死でした…。








途中、近所の写真屋さんでりりいの大量の写真をピックアップし帰宅…










明日はりりいを空に返さなければいけません‥








その夜は、家族で穏やかに過ごしました。


















5月28日(月)




とうとう、りりいとお別れする日…りりいを空に返す日が来てしまいました。









でも私達はりりいと約束しました。パパとママの所へ必ず帰ってきてね。と…
また、絶対に絶対に逢おうね…。






am 9:30


りりいを空に返す為、私が運転する車で自宅を出ました



自宅から車で3.40分程にある斎場へ







出発前に妻が、「りりいのパパを有名にしてくれた、光GENJIの歌をりりいに聴かせてあげて」と妻からリクエストされました。

光GENJI のベストアルバムを探し、斎場へ向かう車の中で流しました。












am 10:15

斎場へ到着…





通常、赤ちゃんの骨は脆くお骨が残りづらいとの事。


葬儀社の方の薦めで、朝一番で火力が比較的低い斎場を選びました。








りりいのお骨をしっかり残したかったので、ベビー服のボタンなど妻が全部取り除きました。











そして、りりいを空に返す時が来てしまった…








りりいが眠っている棺からドライアイスを取りだし、燃えづらいものを取りだし、天使の羽が付いたベビー服、帽子…折り鶴を三羽、りりいへの私達からの手紙、中の鈴を取ったうさぎのガラガラを棺に収めました。












am 10:30


りりいを空に飛び立たせました…
気を付けてね、りりい…迷子にならないようにね

パパとママのところへ来てくれて
ありがとう‥


パパとママは、いつでもりりいを待っているからね



お空にいったらゆっくり休んでね‥
がんばったもんね、りりい、、、

必ずまたパパとママのところへ戻ってきてね、、、



今度元気に産まれてきた時は楽しい事たくさん、たくさんしよう‥
美味しいものたくさん食べよう‥
いろんなところへお出掛けしようね…








宇宙一愛してる♪りりい…




パパがママを宇宙一愛するように…
ママがパパを宇宙一愛するように…





パパとママはりりいを宇宙一愛しているよ…





りりいはパパとママの一生の一番の宝物だからね‥





ママとパパの子供になってくれてありがとう‥




愛してるよ。大好きだよ。























大澤莉々生(りりい)







2012´5.24生



身長/20.0㎝


体重/174g










名前の『莉々生』は、莉々生の誕生を心待ちにしてくれていた妻の姉の子供…莉亜菜と菜々実から一文字づつ戴き、「生」は妻がパパとも一生繋がってる証、と私の名前から一字入れました。







この命名の色紙の文字は、書道家の金澤翔子さんに書いて頂きました。

急なお願いにも関わらず、快く引き受けて下さいました。

翔子さんと御母様には、心より感謝を申し上げます。






















私達の最愛の莉々生…






(☆)ここの場所に、莉々生の写真をUPしておりました。沢山の皆様に莉々生に会って戴き、莉々生に対し皆様から沢山可愛い♪とおっしゃって戴けた事…大変嬉しく思っております。ありがとうございます。莉々生も沢山の皆様と会い、少し疲れたと思いますので、一度写真を戻させて頂きます。

大澤樹生・早耶香







めちゃくちゃに可愛いでしょ(^.^)






亡き莉々生の写真をUPする事は不謹慎承知のうえ…お許し下さいm(__)m







こんなに可愛い莉々生を皆様に紹介したかった…。














最後に、





このような結果になってしまいましたが、莉々生を授かった事に喜んで下さった皆様、温かな御言葉と励ましとお見守り下さった皆様に心より感謝申し上げます。


本当にありがとうございました。






そして現在、不妊治療をされている御夫婦の方々…先の見えない根気のいる治療です。経済的にも負担は大きく、更なる不妊治療の進歩と不妊治療への高額な医療費の軽減が、早く国に支援策を取って頂き、不妊治療がより身近なものとなることを切に切に願っております。



























莉々生が産まれ1週間が過ぎました。未だ、私達の心の痛みと苦しみが癒える気配はありません。約3年にも及ぶ不妊治療の末に授かった莉々生なので、莉々生に対する想いも無限大です…今も、もぬけの殻…抜け殻状態です。









ですが、泣き言は言いません。自暴自棄なんかになったりしません。必ず立ち直ります。

私達と同様の想いをされた方、もっと辛い想いをされた方…いらっしゃいます。




そしてこの現実から逃げず、しっかりと向き合う事が莉々生の親としての努めだと思っております。








そして今…ご妊娠をされている方々、近くご出産予定の方々、いらっしゃると思います。どうか!どうか!!母子共に健康で、元気な赤ちゃんを産んで頂けるよう御祈りしております。


私達は莉々生の病気を通じ、胎児.赤ちゃんの病気が物凄くあることに驚かされました。私達にとっては、赤ちゃんが元気に産まれて来てくれる事の方が奇跡です☆どうか、元気な赤ちゃんが産まれてきましたら、最大級の愛を注いであげて下さい。そして、大切に大切に育ててあげて下さいm(__)m
私達が今、強く想うのは、流産.死産…赤ちゃん.子供に関わる事件.事故が、この世から本当に消えて無くなって欲しいっ!!










すべての皆様へ感謝…。










大澤樹生

早耶香

零次

莉々生















【頑張ってるぜ東北!!繋がってるぜ日本!!】


Lily ☆ Angero 私達の天使,永遠に‥








































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