ぽやぽやエブリデイ

ドラクエ10などのWeb世界で、世知辛い世の中を憂い

それでいながら眠気には勝てない毎日を繰り返していきます。

ミソスープの具は豆腐とワカメ!!

特撮やアニメの歌が好きです。スライム状のものは嫌いです。


テーマ:

第5話 シロイセカイ 前編 」の続きです。



注:この小説は18禁です。現実と空想の区別がつかない方にはおすすめしません。


バックナンバーは「こちら 」から!!



マインドスイーパー


……精神掃除士(患者の精神疾患を主とした自殺病治療の特殊能力を持つ医師の総称)




5.シロイセカイ 後編



汀は、淡々とした目で、眠らされている赤ん坊を見た。


赤ん坊の頭には、マスク型ヘルメットが被せられている。


そこは円形の部屋になっていて、中心部に赤ん坊がいる。


そして汀がその隣に、圭介が汀の脇の機械の前に。


他のマインドスイーパーは、それぞれ部屋の壁部にあたる場所に腰掛け、マスク型ヘルメットを被っていた。


総勢十一人のマインドスイーパー。


殆どが、十五、六の男女だ。


汀は眠っている小白を抱いて、そしてヘッドセットをつけてからマスクを被った。


そこに大河内が近づいて、しゃがみこむ。


「汀ちゃん、危ないと思ったら、すぐに帰還するんだ」


「せんせ、これが終わったら、一緒に遊ぼう」


大河内の言葉には答えずに、汀は無邪気に言った。


圭介が顔をしかめて、大河内を睨む。


「汀、集中しろ」


「うるさい圭介」


圭介の言葉を跳ね除け、汀は動く右手を大河内に伸ばした。


「ね、約束。ゆびきりげんまん」


「分かった。約束しよう」


大河内が、汀の小指と自分の小指を絡ませる。


そこで圭介が立ち上がり、大河内を汀から引き離した。


「ダイブの邪魔だ。早く配置につけ」


「分かってる。だが、妙な胸騒ぎがしてな……」


大河内が小声で言う。


圭介は息をついて、彼の耳元で言った。


「仮に戦闘する羽目になったら、俺が直接回線を切る。得策のない話は嫌いだからな」


「それを聞いて安心した。頼むぞ」


「言われるまでもない。もらう分は働くさ。俺も、汀もな」


そう言って圭介は、背中を向けた大河内に代わって、汀の脇にしゃがんだ。


「余計なことは考えるな。いいか、精神世界でどんなジャックにあっても、動揺するなよ。俺が何とかする」


「分かってるけど……どうして、圭介も、せんせも、そんなに緊張してるの?」


問いかけられ、圭介は口をつぐんだ。そして軽く笑いかけ、汀の頭をなでる。


「緊張なんてしていないさ。ただ、赤ん坊の意識の中に、十二人もダイブさせる施術は、世界初だからな。そのせいかもしれないな」


「大丈夫だよ。仮にどうにかなったとしても……」


汀は、冷めた目で赤ん坊を見た。


「少しくらいなら大丈夫でしょ」


「だな。気負わずに行け」


「うん」


彼女の答えを確認して、圭介は席に戻った。


そして声を上げる。


「一番、準備整いました。ダイブを開始します!」



汀は目を開いた。


彼女は、いや、「彼女達」は一面真っ白な空間に立っていた。


汀が少し離れたところに立っていて、他のマインドスイーパー達が固まってきょろきょろと周囲を見回している。


そこは、一面が白い珊瑚の砂浜のようになっていた。


足元には柔らかい砂地。


そして真っ白な空が広がっている。


水音。


そして、クラシックの優しい音楽がかすかに聴こえる。


汀は、米粒のような砂を、しゃがんで手ですくうと、サラサラと下に落とした。


風はない。


完全に無風だ。


しかし温かい。


足に擦り寄ってニャーと鳴いた小白を抱き上げて肩に乗せ、汀はヘッドセットのスイッチを入れた。


他のマインドスイーパー達も、同じような動作をしている。


「ダイブ完了。周りの状況を確認したよ」


『どうだ?』


圭介に問いかけられ、汀はマイクの向こうの保護者に、肩をすくめてみせた。


「ただの、自然構築された無修正の白空間。本当に自殺病を発症してるの? ってくらい平和」


『そうか。中枢は……探すまでもないだろうな』


「うん」


汀は、先の空間に目をやった。


そこには丸い、一掴みほどの玉が浮いていた。


顔の位置にあるそれは、多少濁ってはいるが、ほぼ透明で、水晶のようだ。


中に、黒い墨のような紋様が浮いていて、それが形を変えつつ、徐々に広がってきている。


汀はその前に立って、少し考え込んだ。


「訂正。ちょっと難しいかも」


『どういうことだ?』


「中枢が剥き出しで置いてあるのは乳幼児によくあることだから、問題はないんだけど……中枢の内部まで、ウイルスが入り込んでるね」


『取り除けるか?』


「駄目元でやってみる」


そう言って玉に手を伸ばしかけた汀に、追いついたマインドスイーパーの一人が声をかけた。


「あ……あの!」


振り返った汀の目に、自分を見ている少年少女たちが映る。


中には、不穏そうな表情を浮かべている子もいた。


全員同じ白い病院服なので、判別がつけにくいが、明らかに汀に敵意を向けている子もいる。


汀は一歩下がって、自分に声をかけた女の子を見た。


「何?」


「私、理緒。片平理緒(かたひらりお)って言います。あなたが、高畑汀さん……なのよね?」


理緒と名乗った女の子は、車椅子状態とは違う汀と、肩の上の猫を見て、少し戸惑った様子を見せたが、笑顔で手を差し出した。


「ご一緒できて、嬉しいわ。私、このチームのリーダーをしてるの。本当に猫を連れてるんだ。びっくりしました」


汀よりも一、二歳程年上だろうか。しかし丁寧で優しい、おっとりした口調は、どこか落ち着いた風格を漂わせている。


灰色になりかけているショートの髪を、両側に編んでいる。


可愛らしい子だった。


しかし汀は、理緒が差し出した手を、顔をしかめて見ると、小さな声で返した。


「仕事中でしょ? 余計な手間をかけたくないんだけど」


汀の態度に、数人のマインドスイーパーが表情を固くする。


しかし理緒は、一歩進み出ると、優しく汀の右手を、両手で包み込んだ。


そしてニッコリと笑う。


「そんなことないですよ。挨拶も重要な仕事の一つです。あなた、会議室では一言も返してくれなかったから……」


そういえば、会議室でのマインドスイーパー同士の計画チェックで、何度も話しかけられたことを汀は思い出した。


しかし、彼女は理緒の手を乱暴に振り払い、そして言った。


「馴れ馴れしいのは好きじゃない」


「気に障った……? ごめんなさい。そんなつもりじゃなかったんだけれど……」


理緒は少し表情を暗くしたが、すぐに笑顔に戻り、玉を指で指した。


「それ、私、上手に治療できます」


「……?」


怪訝そうな顔をした汀に、理緒は慌てて顔の前で手を振って続けた。


「あ……あなたが、もっと上手く治療できるなら、その方がいいですけれど……考えてる風だったので……」


「精神中核を触れるの?」


「はい。私、そのためにこのダイブに参加しました」


理緒が、花のような笑顔で笑う。


顔の前で指を組んで、彼女は玉に近づいた。


「綺麗な核。やっぱり、赤ちゃんの精神は凄く安定してて、強いなぁ」


「中核を無傷に素手で触れるスイーパーなんて、聞いたことないわ」


「触れます。ほら」


そう言って、理緒は手を伸ばし、汀が制止しようとする間もなく、丸い玉を両手で包み込んだ。


そして、つぷり、と音を立てて指を中に入れる。


どうやら鉱石質なのは外観だけらしく、ゼリー状らしい。


そのまま理緒は


「うん、うん……怖くないからね。大丈夫だよー」


と、子供に言い聞かせるように呟きながら、目を閉じた。


そして黒い筋を指でつまみ、するっ、と抵抗もなく引き抜く。


時間にして十秒もかからなかっただろうか。


「ほら、心配ない」


くるりと振り返って、理緒はニコリと微笑んだ。


彼女が手につまんでいた、黒いウナギのような筋が、塵になって消えていく。


「……驚いた。精神中核の奥に食い込んでたウイルスを、核を傷つけずに、素手で除去するなんて……」


汀が、思わずと言った具合で呟く。


それに、マイクの向こうで圭介が答えた。


『その子は、赤十字が保有している数少ないA級能力者の一人だ。治療には成功したのか?』


「私が来る意味あったの?」


『……特に問題がないようだったら、戻って来い。深追いする必要はない』


「どういうこと?」


それに、圭介が答えかけた時だった。


理緒が精神中核から引き抜いた黒い筋が、途中から千切れてポタリ、と地面に落ちた。


途端にそこがボコボコと沸騰をはじめる。


「トラウマ……?」


きょとんとして汀が呟く。


『何?』


「トラウマだ。何で……?」


汀が言っている間に、沸騰している地面の染みは広がると、直径一メートル程の円になった。


そこから、黒いゼリー状の物質が、沸騰しながら競りあがる。


「え……?」


ポカンとしている理緒の方に、蛇のようになった、そのゼリー物質は鎌首をもたげた。


次いで、その口が開き、凄まじい数の牙があらわになる。


「きゃあああああ!」


理緒が悲鳴をあげ、幼児の精神中核を抱いて、その場にしゃがみこむ。


「何してるの!」


そこで、汀が動いた。


座り込んでいる理緒に駆け寄り、突き飛ばす。


そして地面をゴロゴロと転がる。


二人がいた場所に、黒い巨蛇が頭から着地する。


そのまま地面にするすると入り込み、蛇は姿を消した。


「あ……ありがとう……」


震えながら、理緒が口を開く。


それをかき消すように、汀は呆けた感じで立ち尽くしているマインドスイーパー達に怒鳴った。


「トラウマの攻撃が来る! 邪魔だから早く帰って!」


『汀、状況を教えろ。何故生まれたばかりの乳幼児の頭の中に、トラウマがあるんだ!』


圭介が声を張り上げる。


『回線を遮断するぞ!』


「駄目! 今遮断したら、中核を置いてトラウマを残しちゃうことになる!」


『乳幼児の頭の中にトラウマがあるわけが……ザザ…………ブブ…………』


そこで、圭介の声がかすれて消え、マイクの向こうからノイズが聞こえ始めた。


「圭介? 圭介!」


汀が声を上げる。しかし、ノイズの方が大きくなり、圭介の声を上手く聞き取ることが出来ない。


『ジャック…………遮断できな…………ブブ…………ユブ…………』


プツリ、と音を立てて通信が切れた。


「圭介…………?」


汀が呆然と言う。


「圭介、どうしたの? 圭介!」


マイクのスイッチを何度も動かすが、ヘッドセットは壊れたかのように全く動かなかった。


「応答してください! 先生!」


理緒も、泣きそうな声で叫んでいる。


他のマインドスイーパーも、口々に担当医のことを呼んでいた。


次の瞬間だった。


地面からぬるりと現れた黒蛇が、手近なマインドスイーパーをそのまま丸呑みにした。


耳を劈く絶叫が辺りに響き渡った。


蛇の腹の中で、飲み込まれた少年と思わしきものが、バキボキと砕け散る音が聞こえる。


遅れて、鎌首をもたげた蛇の口から、おびただしい量の血液が垂れ下がった。


「散りなさい!」


汀が大声を上げる。


しかし、マインドスイーパー達は、とっさの事態に対応できないのか、迫ってくる黒蛇に背を向けて逃げるのが精一杯だった。


近くにいた女の子の胴体が、半ばから噛み千切られる。


噴水のように辺りに血が飛び散る。


鞭のように、蛇が体を振る。


数人のマインドスイーパーが、数十メートルも吹き飛ばされ、頭から落下して動かなくなる。


また、一人飲み込まれた。


「ああ……あ……」


理緒が精神中核を抱いたまま、震えている。


小白が足元に降り立ち、シャーッ! と鳴いて風船のように膨らんだ。


そして体高五メートルほどの、巨大な化け猫になって蛇を威嚇する。


「逃げて! 早く!」


どこまでも続く白い砂浜に、逃げ場や隠れるところなどどこにもなかった。


たちまち、汀と理緒、そしてもう一人の男の子を残したマインドスイーパー達が蛇に、動かぬ肉片に変えられていく。


蛇は体の中のぐちゃぐちゃになった肉塊を吐き出すと、一人腰を抜かしてしゃがんでいた男の子の口めがけて、凄まじい勢いで突進してきた。


そして、明らかに大きなサイズであるというのに、全て男の子の体の中に吸い込まれて消える。


「ガッ!」


そこで、蛇を飲み込んだ男の子が奇妙な声を発した。


その目がぐるりと裏返り、血の涙が溢れ出す。


「み……汀さん! 汀さん!」


痙攣しながら立ち上がった男の子を見て、理緒が汀にしがみつく。


小白がうなり声を上げている。


汀は反応しないヘッドセットを地面に叩きつけると、理緒を庇うように立った。


「……あなたが……ナンバーX……!」


「はは! はははは! ははははははは!」


男の子が、血痰を吐き散らしながら叫ぶように笑った。


そしてその目がぐるりと元にもどり、彼は首をコキコキと鳴らした。


「トロイの木馬作戦。上手くいったかな」


男の子の体中のいたるところから、血が流れ出す。


それでも足を踏み出し、彼は口を裂けそうなほど開いて笑った。


「赤十字も、ピンポイントで僕が、『偶然』選ばれた患者の中に隠れてたなんて、思ってもみなかっただろうね」


「ナンバーX? あの人……!」


理緒が悲鳴のような声を上げる。


「端役がうるさいよ」


パンッ、と音がした。
汀の隣で、理緒がもんどりうって地面を転がる。


いつの間にか、どこから取り出したのか、男の子は拳銃を握っていた。


その弾倉を回転させて止め、彼はニヤリと笑った。


「銃……? どうして……」


汀が呟く。


肩を撃たれたのか、理緒がうめきながら、立ち上がろうとしてまた、地面に崩れ落ちる。


彼女は、それでも中核を離そうとしなかった。


「あと五発」


もう一回弾倉を回してから、少年は走り出した。


「楽しもうじゃないか! 赤十字!」


飛び掛ってきた小白の頭を掴んで、くるりと曲芸師のように飛び越え、彼は一瞬で汀に肉薄した。


そこでハッとした汀が手を伸ばし、彼の銃を持った手を横に払う。


「一発」


パンッ! と弾丸が明後日の方向に発射された。


彼は体を回して、汀の腹に蹴りを叩き込んだ。


小さく悲鳴をあげ、汀が地面に転がる。


弾倉を回し、彼は地面に倒れた汀の頭に向けて銃の引き金を引いた。


「二発、三発」


パンッ、パンッ!


連続して銃声が聞こえる。


汀はそれより一瞬早く地面を転がり避けると、男の子に駆け寄り、殴りつけた。


彼はそれを軽くいなして、銃口を汀の頭に向けようとする。


何度か、その応酬が繰り広げられ、今度は汀が男の子の頭を殴りつけ、後ろ蹴りを彼の腹に叩き込んだ。


地面に叩きつけられた少年は、しかし笑いながら、弾倉を回して銃の引き金を引いた。


「四発」


パンッ! と音がして汀の頬を銃弾が掠める。


すかさず汀は男の子に馬乗りになり、腕を振り上げた。


「あれ……?」


そこで男の子は口を開いた。


「なぎさちゃん?」


呼びかけられ、振り下ろしかけていた汀の手が止まった。


男の子はその隙を見逃さず、逆に汀の体を抑えると、彼女を引き倒し、馬乗りになった。


そして弾倉を回し、彼女の眉間に銃を突きつける。


「こんなところで会えたなんてびっくりだけど、さよならだね。残念だよ」


汀が必死に動こうとしているのを、血涙を流しながら見下ろし、彼は裂けそうなほど口を開いて笑った。


「アディオス。また会おうね、なぎさちゃん」


カチッ。


撃鉄が虚しく虚空を叩く音が響いた。


「あれ?」


男の子はそう言って、ポカンとした。


「運がいいね……失敗か……」


そこで汀の手が動いた。


彼女は一瞬で男の子の銃を指で叩き、回転させると、今度は自分の指にはめた。


親指で弾倉を回転させ、そして引き金を引く。


銃声がして、男の子の眉間を弾が貫通した。


崩れ落ちた男の子を蹴り飛ばし、汀は荒く息をつきながら立ち上がった。


小白が駆け寄り、よろめいた彼女を支える。


「凄い……精神世界で、あれだけ動けるなんて……」


理緒が唖然として呟く。


そこで、ヘッドセットの電源がつき、圭介の声が響き渡った。


『汀! 無事か!』


汀はしばらく呆然としていたが、やがてうっすら涙が浮かんだ目を手で拭い、ヘッドセットを拾った。


そして何度か深呼吸をした後、口を開く。


「一番、五番、治療完了。目を覚ますよ……」



「あーあ、負けちゃった」


雑然とした部屋の中、マスク型ヘッドセットをむしりとり、少年……ナンバーXは悔しそうに口を開いた。


「なぎさちゃんが相手じゃなぁ。ま、今回は不意打ちだったし、他人の体だったし、仕方ないか」


「何一人で割り切ってるんだい」


タバコを口にくわえた、白衣を着た女医と思われる女性が、彼の頭をカルテで叩く。


「痛っ。何すんだよ」


「お前、また赤十字のサーバーに侵入してただろ。やめろっつぅのが分かんないのか」


男口調で喋って、女医は顔をしかめた。


「いい加減にしないと、本当にブチのめすよ」


「ごめんごめん。今回が最後だって」


「それ、前回も聞いた」


ナンバーXはベッドの上から起き上がると、女医に向かって手を広げた。


「それより聞いてよ。なぎさちゃんが生きてたんだ」


「なぎさ?」


「あぁ、ナンバーⅣのこと」


「何?」


女医が聞き返して、そして考え込む。


「まさか、そんな……でも、考えられない話じゃ……」


「元気そうだったよ。髪の毛は真っ白になってたけどね。はは、僕とおそろいだ!」


そう言って、彼はくるくるとその場を回った。


「綺麗になったなぁ、なぎさちゃん。あの頃と変わらないと思ってたけど、神様は面白いいたずらをするね!」


「いいか、よく聞けよ」


女医はナンバーXの頭を掴んで、自分の方に向かせた。


「お前をあそこから助けてやったのは、こうやって好き勝手暴れさせるためじゃない。私達の『理想』を実現するための駒として、お前を『使ってやろう』って考えの下、手間隙かけて助けてやったんだ。お前、何か勘違いしてるんじゃないだろうな」


「勘違いなんてしてないさ。感謝してる。してるよ」


「してるならそのニヤケ顔をやめろ」


「分かる?」


ため息をついて手を離し、女医は椅子に腰を下ろした。


そしてタバコの煙を吐き出し、灰皿に突っ込んで火をもみ消す。


「赤十字への警告は十分過ぎるほどやった。お前も、満足しただろ? これ以上やると逆探知される可能性が高い。一旦ジャックをやめて、居場所を変えるよ」


「またかよ」


小さく毒づいて、ナンバーXはニヤケながら鏡に映った自分を良く見つめた。


「ま、仕方ないか」


「我侭言うな。それにしてもお前……」


彼女はふと動きを止めて言った。


「どうやって次の患者が赤ん坊だってつきとめたのさ?」


ナンバーXはニヤリと、およそ少年とは思えないほど口を開いて、不気味に笑った。


「ま、世の中には親切な人が沢山いるってことで」


彼は大きくあくびをして、部屋の出口に向けて歩き出した。


「それだけのことだよ」



びっくりドンキーの店内で、汀はぼんやりとした表情のまま、チビチビとメリーゴーランドのパフェを口に運んでいた。


その前でステーキを切りながら、圭介が口を開く。


「どうした? 気分でも悪いのか?」


「うぅん。そうじゃなくて……」


汀は言いよどんでから、伺うように言った。


「圭介は、夢の中の自分と、現実世界の自分の区別がつかなくなったりすることってある?」


問いかけられて、圭介は軽く笑った。


「ああ、しょっちゅうあるよ」


「そうなんだ。普通のことなんだね」


汀も微笑む。


圭介はステーキを咀嚼してから言った。


「どうした? 嫌な夢でも見たか?」


「嫌なわけじゃないけど……夢の中では、私はなぎさって呼ばれてるの。そういう夢、よく見るんだ」


圭介の手が止まった。


「夢の中では、私はみーちゃんとたーくん……いっくんと一緒に、遊んでるの」


圭介は小さく微笑んで、ステーキを食べる作業に戻った。


「ただの夢だよ」


「そう……なのかな……?」


自信がなさそうに呟いた汀の目に、そこで近づいてくる人影が映った。


「こ……こんにちは」


どもりながら、頭を下げる女の子。


理緒だった。


病院服ではなく、今時の可愛い女の子の服を着ている。


汀はきょとんとして彼女を見た。


「どちらさまですか?」


聞かれて、理緒もきょとんとして、そして圭介を見た。


「あ、あの……先生に、ここに来ればお二人に会えるって聞いて……」


「チッ」


小さく舌打ちをして、しかし圭介はすぐに柔和な表情に戻ると、彼女を案内してきたオーナーを見た。そして視線を理緒に戻し、言った。


「君は……片平さんと言ったかな」


「は、はい! 高畑先生に名前を覚えていただいて、光栄です!」


勢い良く頭を下げる理緒。


舌打ちには気づいていないようだった。


圭介は汀の隣に座るように促し、ポカンとしている汀に言った。


「お前、覚えてないだろうけど、この前の仕事で一緒だったんだ。片平……理緒ちゃんだ。赤十字の、A級スイーパーだよ」


「そうなんだ」


微笑む汀。


精神世界と違ってやつれきっている彼女を見て、理緒はしばらく躊躇した後、彼女の麻痺している左手を、両手で包んだ。


「はい! 命を助けてもらいました。私、どうしてもお礼が言いたくて」


「言ってくれれば、こっちから出向いたものを」


「そんな……こちらからご挨拶に伺うのが、礼儀というものですよ」


そう言いながら、理緒はかばんの中に入っていた包みを取り出して、圭介に差し出した。


「どうぞ。上野駅で買ってきました。たまごプリンです!」


「気を使わなくていいのに」


「私、プリン大好きだよ!」


そこで汀が声を上げる。


「本当?」


理緒は圭介にプリンを渡し、汀に向き直った。


「……ね、お友達になりませんか?」


「友達?」


きょとんとして汀が聞き返す。


「うん。これも何かの縁ですもの。これからも、一緒にお仕事するかもしれませんし」


「汀でいいよ。理緒ちゃん」


そう言って、汀は素直に、理緒に右手を差し出した。


理緒は一瞬ポカンとした後、すぐに笑顔になってその手を握り返した。


「はい、汀ちゃん!」


その様子を、苦そうに圭介が見ていた。


彼は近づいてきたオーナーに、メリーゴーランドのパフェをもう一つ注文してから、水を口に運んだ。


溶けた氷が、カランと音を立てた。



第6話に続く。



バックナンバーは「こちら 」から!!



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