ぽやぽやエブリデイ

ドラクエ10などのWeb世界で、世知辛い世の中を憂い

それでいながら眠気には勝てない毎日を繰り返していきます。

ミソスープの具は豆腐とワカメ!!

特撮やアニメの歌が好きです。スライム状のものは嫌いです。


テーマ:

第1話 劣等感の階段 後編 」の続きです。



注:この小説は18禁です。現実と空想の区別がつかない方にはおすすめしません。


バックナンバーは「こちら 」から!!



マインドスイーパー


……精神掃除士(患者の精神疾患を主とした自殺病治療の特殊能力を持つ医師の総称)




2.血の雨の降る景色 前編



涙が落ちる。


土砂降りの中、立ち尽くしたその人は涙を流していた。


降っているのは雨ではない。


赤い。


どろどろした粘性の血液だった。


それが、バケツをさかさまにしたかのような猛烈なスコールとなって降っているのだ。


足元には血だまり。


コンクリートの地面は赤い血で着色され、五メートル先は見えない。


その人は、両拳を握り締め、スコールの中、俯いてただ泣いていた。


壮年男性だろうか。


背丈は分かるが、スコールがあまりに強すぎるため、ずぶ濡れになったシャツとジーンズしか判別できない。


顔は見えない。


ただ、子供のようにスン、スン、と泣く声が聞こえる。


汀は血の雨の中、体中ずぶ濡れになりながら、その男性の目の前に立っていた。


男性の泣き声以外、スコールがあまりにも強すぎて何も聞こえず、何も見えない。


汀は口を開いて何事かを言おうとした。


しかし、スコールにそれを遮られ、諦めて口をつぐんだ。


少しして彼女は、血まみれになりながらヘッドセットのスイッチを入れた。


そしてかすれた声で呟く。


「ダイブ続行不可能。目を覚ますよ」



「今日はこれ以上は無理だ。汀ちゃんを家に帰してやれ」


そう言われ、圭介はしばらく考え込んだ後、苛立ったように部屋の中を歩き回り、ぴたりと足を止めた。

「患者の家族は何て言ってる?」


「相変わらず知らず存ぜずだよ」


「そうか……」


圭介の肩を叩いて、彼と同様に白衣を着た男性……大河内裕也が続けた。


「この患者に入れ込むのは分かるが、少しは汀ちゃんのことも考えてやったらどうだ。肩の力を抜け」


「お前に言われなくても、それは分かってるよ」


柔和な顔立ちをした圭介とは違い、大河内は髭をもみ上げからアゴまで生やした、熊のようないでたちをしていた。


そこで、ガラスで覆われた部屋の向こう側……真っ白い壁と床、そして薄暗い蛍光灯の光に照らされた施術室の中で、車椅子の汀が、もぞもぞと動きにくそうに体を揺らすのが見えた。


圭介はため息をついて、彼女の方に足を向けながら呟いた。


「これで六回目のダイブ失敗か」


「元々無茶なダイブなんだ。特A級スイーパーでも難しいことは分かっていた」


大河内がフォローするように言う。


汀の前には、目を閉じて両指を胸の前で組んだ、白髪の壮年男性が眠っていた。


余所行きの服を着ている汀とは違い、こちらは病院服だ。


腕には栄養補給用の点滴がつけられていて、頭にはヘルメット型マスク、そして血圧や脳波を測定する器具が取り付けられている。


汀はそこで、強く咳き込むと、まるで溺れた人のように胸を抑えた。


急いで圭介が、施術室のドアを開けて駆け寄る。


「汀!」


呼ばれて、汀は動く右手でマスクをむしりとり、ゼェゼェと息を切らしながら、真っ青な顔で圭介を見た。


「圭介……吐く……」


「分かった。もう少しだけ我慢しろ」


備え付けられているバケツを大河内から受け取り、圭介は汀の顔の前に持ってきた。


そして背中をさすってやる。


何とも形容しがたい、くぐもった声を上げて、汀が弱弱しく、胃の中のものを戻した。


しばらくしてやっと吐瀉感が収まった少女の頭をなで、圭介はその口をタオルで拭いた。


「限界か?」


問いかけられ、汀は落ち窪んだ目で言った。


「もう一回行けるよ。もう少しで見つかりそう」


「なら……」


「いや、今日のダイブはこれでお仕舞いだ」


圭介の声を打ち消すようにして声を上げ、そこで大河内が顔を出した。


彼の顔を見て、真っ青だった汀の顔色が少しだけ上気した。


「大河内せんせ!」


嬉しそうに彼女がそう言う。


大河内は朗らかに笑いながら、汀の小さな体を抱き上げた。


そしてその場をくるくると回ってやる。


「久しぶりだなぁ、汀ちゃん」


「せんせ、いつ頃来たの?」


「二回目のダイブの途中から見ていたよ」


「私が吐くとこも?」


圭介が呆れたように息をつき、水道に汀の吐瀉物を流している。


大河内は肩をすくめて、汀を車椅子に戻した。


「今日は、私も君達の病院に遊びに行こうかな」


「本当?」


汀が目を輝かせて、両手を膝の前で組んだ。


「圭介、大河内せんせが遊びに来てくれるって」


「ああ。で、患者はもういいのか?」


「どうでもいいよこんなの」


汀が端的にそう言って、左手で大河内の手を握る。


「せんせ、圭介がこの前、Wii買ってくれたの。一緒に毛糸のカービィやろ」


「うん、うんいいだろう。元気そうでとても安心したよ」


「汀、はしゃぐのはいいが、薬もまだ飲んでいないしダイブ直後だ。大河内も少しは考えてくれ」


「あ……ああ、すまない」


圭介は、はしゃいでいる汀とは対照的に、苦そうな顔をして彼女の車椅子の取っ手を持った。


「高畑、それじゃ今日は……」


「お前が顔を出しちまったから、汀の集中力が激減したよ。これ以上のダイブは無理だな」


「せんせ、手つなご」


汀がゆらゆらと細い、骨ばかりの右腕を伸ばす。


大河内は微笑むと、汀の手を掴んだ。


「私が下まで送っていこう。高畑は看護士を呼んで、患者の移動をさせてくれ」


圭介は一つため息をついて、ベッドに横になっている白髪の壮年男性を、横目で見た。


「分かった。汀、大河内先生に失礼のないようにな」


圭介から汀の車椅子を受け取り、大河内はゆっくりと動かし始めた。


汀は完全に圭介の事を無視し、大河内に、車椅子から取り出した3DSの画面を見せている。


「見て、せんせ。圭介に手伝ってもらって、今度のポケモンも全部集まったよ」


「おおそうか。早いなぁ。さすがは汀ちゃんだ」


「えへへ」


「お寿司でも頼もうか」


「本当? 私も食べる!」


二人を見送り、圭介は施術室の中の計器の一つを覗き込んだ。


そしてその数値を見て、苛立ったように頭をガシガシと掻く。


いつも柔和な表情は、極めて暗かった。



大河内が頼んだ寿司の出前を前に、汀は、自分の部屋で、彼とゲームに熱中していた。


それを興味がなさそうに見ながら、圭介が寿司を一つつまんで口に入れる。


「汀ちゃんは上手いなぁ」


「ここを、こう飛び越えるんだよ」


「こうか? それっ!」


子供のように騒いでいる大河内を呆れ顔で見て、圭介は手元にあった資料に目を落とした。


先ほどの壮年男性の顔写真と、経歴などが書いてある。


しばらくして、リモコンを振り疲れたのか、汀が息をついて、パラマウントベッドに体を預けた。


大河内もリモコンをテーブルに置き、彼女の汗をタオルで拭う。


「汀、少しはしゃぎすぎだ。休んだ方がいいぞ」


圭介が資料から目を離さずに言う。


汀はむすっとして彼を見た。


「全然疲れてないもん」


「まぁまぁ。歳のせいか、私のほうが先に疲れてしまった。少し休憩といこうか」


大河内がそう言って、寿司を口に入れる。


「汀ちゃんも食べるかい?」


「せんせが食べさせてくれるなら食べる」


「どれがいい?」


「うに」


「やめておけよ」


圭介が資料をめくりながら言う。


「また吐くぞ。クスリ注射したばっかだろ」


「うるさい圭介。さっきからブツブツブツブツ。邪魔しないでよ」


「はいはい」


肩をすくめた圭介の前で、大河内が小さくまとめたシャリとウニを、箸で汀の口に運ぶ。


「おいしい」


やつれた少女は笑った。


しかしその顔が、すぐに青くなり、彼女は口元を手で押さえた。


「ほらな」


慌てて大河内が洗面器を彼女の前に持ってくる。


そこに胃の中のものを全て戻し、汀は苦しそうに息をついた。


その背中をさすって、大河内がおろおろと圭介を見る。


「す……すまない。少しくらいならいいかと思ったんだが……」


「全く……人の話を聞かないから」


呆れた声で圭介は資料を脇に挟み、汀の吐瀉物が入った洗面器を受け取った。


「とりあえず、大河内も少し汀を休ませてやってくれ。俺は診察室にいるから」


バタン、と音を立ててドアが閉まる。


少し沈黙した後、汀はため息をついた。


「……圭介、怒ってる」


そう呟いた彼女に、大河内は口元をタオルで拭いてやりながら首を振った。


「疲れてるのさ。汀ちゃんも、そういう時があるだろう?」


「違うの。私には分かるの」


汀はそう言って、Wiiのリモコンを握り締めた。


「私が、役に立たないから……」


大河内が、発しかけていた言葉を飲み込む。


そこで汀は、突然右手で頭を押さえた。


強烈な耳鳴りとともに、彼女の視界が暗転する。


体を丸めた汀を、慌てて大河内が抱きとめた。


「汀ちゃん!」


汀の視界に、先ほどダイブした男性の、脳内風景が蘇る。



血の雨。


立ち尽くす男。


泣き声。


血だまり。


コンクリートの地面。


先の見えないスコール。


土砂降り。


――あなたは何をなくしたの?


汀はそう問いかけた。


答えは返ってこなかった。


何をなくしたのか、汀はそれを知りたかった。


何をなくして、どうして泣いているのか。


しかしスコールは、彼女のことを拒むかのように、強く、強く降り、身体を粘ついた血液まみれにしていく。


――何をなくしたの!


汀は叫んだ。


何度も、何度も。


掴みかかって、男を揺さぶる。


そこで汀はハッとした。


聞こえるのは、泣き声。


しかし男の顔は。


ただ、笑っていた。



「…………っ」


頭を振り、汀が声にならない叫び声を上げる。


頭の奥の方に、抉りこむような頭痛が走ったのだ。


「高畑! 高畑、来てくれ!」


大河内が大声を上げる。


そこで、汀の意識はブラックアウトした。



「……悪かった。汀ちゃんの病状を、軽く考えていたよ」


診察室の椅子に座り、大河内がため息をつく。


圭介は資料をめくりながら、興味がなさそうに口を開いた。


「気に病むなよ。いつものことだ」


「…………」


「それに、お前は汀の中では『お父さん』でもあり、『恋人』でもあるんだ。多少はしゃいでゲロ吐いたって、あいつの精神衛生上プラスになってることは間違いない」


「だろうが……口が悪いぞ、高畑」


「そうか?」


顔を上げずに、彼は続けた。


「まぁ、起きた頃には忘れてるさ。それより見てみろ、大河内」


資料を彼に放り、圭介は椅子の背もたれに寄りかかった。


「あの患者の経歴だ」


「どこから取り寄せた?」


「世の中には『親切な人』が沢山いてね」


柔和な表情で彼は腕を組んだ。


大河内は資料に目を通してから、深いため息をついた。


「なぁ、この患者の治療はもうやめにしないか?」


「…………」


圭介は少し沈黙してから、言った。


「嫌だね。一度依頼された治療は必ず行う。それが俺の方針だよ」


「汀ちゃんを見ろ。負担がかかりすぎてる。この患者の治療をするには、十三歳では難しすぎると私は思うがね」


「でも、汀は特A級だ」


「天才であることは認めるよ。しかし、適材適所という考え方もある。これは、赤十字の担当に回したほうがいい」


「大河内」


彼の言葉を遮り、圭介は言った。


「汀にとって、お前は『お父さん』であり、『恋人』であるかもしれないけど、お前にとって、汀は『娘』でも『恋人』でもないぞ。俺も同じだ。入れ込みすぎているのはどっちだ?」


問いかけられ、大河内が口をつぐむ。


圭介は資料を彼から受け取り、テーブルの上に戻した。


「治すさ。汀は」


「…………」


「たとえそれが、家族から見放された、重度の『痴呆症』の患者であっても」


「痴呆症の患者は、精神構造が普通の人間とは違う。汀ちゃんに、それを理解させるのは無理だ」


「無理でもやるんだよ」


いつになく強固な声で、圭介は言った。


「それが、あの子の仕事だ」



汀が目を覚ました時、丁度圭介が点滴を替えているところだった。


汀は起き上がろうとして、体に力が入らないことに気がつき、息をついてベッドに体をうずめる。


「おはよう」


「おはよう、良く眠れたか?」


圭介にそう聞かれ、汀は軽く微笑んで首を振った。


「よく寝れなかった」


「遊びすぎたんだよ。お前達は、加減を知らないから……」


「加減?」


「…………」


圭介が、不思議そうに問い返した汀を見る。


そして少し沈黙してから、また点滴を交換する作業に移った。


「いや、いいんだ。別に」


「気になるよ。何かあったの?」


「大河内が来ただけだ」


「せんせが来たの?」


汀は、途端に顔を真っ赤にして圭介を見た。


「ど、どうして起こしてくれなかったの?」


どもりながらそう聞く彼女に、圭介はまた少し沈黙した後、答えた。


「お前、覚えてないだろうけど、昨日の夜かなり具合が悪かったんだ。どの道、クスリ飲んでたから話は出来なかったと思うよ」


「せんせ、ここに入ってきたの?」


「ああ」


「恥ずかしい……私、こんな……」


毛布を手繰り寄せて、汀は小さく呟いた。


彼女の女の子らしい反応を見て、圭介は小さく微笑んで見せた。


「大河内は気にしないだろ。お前の格好なんて」


「せんせが気にしなくても、私が気にするの」


まるで、昨日大河内とWiiで遊んだことを、いや、彼がこの部屋に来たことさえもを覚えていない風だった。


否、覚えていない風、なのではない。


覚えていないのだ。


圭介はこの話は終わりとばかりに、点滴台から離れると、隣の診察室に歩いていった。


汀が胸を押さえながら、俯く。


大河内と話せなかったと思ったことが、相当ショックらしい。


圭介はしばらくして戻ってくると、汀に写真のついた資料を渡した。


「これは覚えてるか?」


問いかけられ、汀は写真を覗き込んだ。


そして首を傾げる。


「誰?」


「覚えてないならいいんだ。今回の患者だ」


興味がなさそうに資料をめくり、しばらく見てから、汀はある一箇所を凝視した。


「ふーん」


と何か納得した様な声を出す。そして圭介に返し、彼女は彼を見上げた。


「それで、いつダイブするの?」


「今日は無理だな。お前の体調が戻り次第、ダイブしてもらいたい」


「いいよ。圭介がそう言うなら」


にっこりと笑って、汀は続けた。


「その人を助けることも、『人を助ける』ことになるんでしょう?」


問いかけられ、圭介は一瞬口をつぐんだ。


しかし彼は、微笑みを返し、頷いた。


「……ああ。そうだよ。お前が、助けるべき患者だよ」



「……そうか。一緒に遊んだ記憶が飛んだか」


赤十字病院の一室で大河内がそう言う。


彼は暗い顔で、腕を組むと壁に寄りかかった。


「ダイブした患者の記憶も、スッキリ飛んでた。お前の用意したクスリは、本当に良く効くな」


資料に目を通しながら圭介が言う。


大河内は反論しようと口を開けたが、言葉の着地点を見つけられなかったらしく、息をついて呟いた。


「クスリが強すぎる」


「それくらいが丁度いいんだ。あの子のためにも」


含みを込めてそう言うと、圭介はガラス張りの部屋の向こうに目をやった。


数日前のように、車椅子にマスク型ヘッドセットをつけた汀と、前に横たえられた壮年男性の姿が見える。


マジックミラーのようになっていて、向こう側からはこちらの様子を伺うことは出来ない。


汀はもぞもぞとヘッドセットを動かすと、車椅子の背もたれに体を預け、脱力した。


『準備完了。これからダイブするよ』


壁のスピーカーから彼女の声が聞こえる。


圭介は、壁に取り付けられたミキサー機のような巨大な機械の前に腰を下ろすと、そのマイクに向けて口を開いた。


「説明したとおり、その患者は普通の患者じゃない。重度のアルツハイマー型痴呆症にかかってる。普通の人間と精神構造が違うから、注意してくれ」


『大丈夫だよ。すぐに中枢を探してくるから』


「時間は十五分でいいな?」


『うん』


頷いて、汀は呟いた。


『ここ、赤十字でしょ? ……大河内せんせに会いたいな』


隣で大河内が軽く唾を飲む。


圭介は小さく笑うと、なだめるように言った。


「集中しろ」


『分かってるよ』


「これが終わったら、考えてやってもいい」


『本当?』


「ああ、本当だ」


『約束だよ』


「ああ、約束だ」


『うん、私頑張る。頑張るよ』


何度も頷く汀を、感情の読めない顔で見つめ、圭介は言った。


「それじゃ、ダイブをはじめてくれ」



後編に続く。



バックナンバーは「こちら 」から!!



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